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8-03:それぞれの秘密

 



 ぐったりとしている少女に、護衛騎士は蒼白だ。


 実兄でも流石にマズイ。あれで吐かれでもしたら、皇帝を凌ぐ氷の加護で、宮殿ごと生き埋めにされかねない。


 第二皇子のオルヴェール殿下といえば、血も涙もなく、敵陣の雪竜を空で藻屑にしたことで有名だ。


 現在の皇族の中で、最も怒らせてはいけない人物である。


 しかし護衛の身では、第一皇子を止めることは叶わず、客室のソファーに降ろされた少女の顔色は、雪より白い。


 首の皮が一枚残るか怪しいくらいに、ヤバい状況だ。


 ともかく、女性の扱い方を知らないシルキリークを遠ざけ、数少ない女官を総動員して、介助に当たらせる。


「おい、何が駄目なんだ?」

「人は彫像とは違います」

「それくらい分かる」

「分かっていたら、あんな顔色にはなりません!」

「文句は言われなかったが?」


 それがおかしい。肩が食い込んで、苦しいし、痛いはずだ。なのに彼女は、うめき声一つ零さなかった。細い指は、苦痛に耐えるように、皇子のシャツにシワを作っていたにもかからず。


「俺、マリスタちゃんで、抱っこの練習しようかな」

「死にたいんですか、止めて下さい!」

「オルヴェールはそこまで、狭量じゃない」

「絶対にダメです!」

「お前なぁ…………」


 護衛騎士の多くは、二年前のラダ紛争に参加している。またとない実戦の機会だと、将軍達は喜んでいたのだが、雪竜の大編成を多数落としたのはオルヴェールだ。


 シルキリークは弟から、竜好きと知っているのに戦わせるのも、という困惑話を聞かされている。軍の損耗を抑え、部下の心まで守ったというのに、彼は邪神の如く恐れられてしまったのだ。


「ナンシスはまだ?」

「入宮手続きを…………彼女の分も」

「通る理由が書けるのか?」

「…………それはなんとも」


 第一皇子の住まう水晶宮は、特殊な仕事をする場があり、私的な皇宮の一部でありながら、公の要素も持っている。


 正式な選定前の彼女は、外貴族本家の養女という高い身分にあっても、皇族の私的な場所に入ることは難しい。


「俺が呼んだ事にしろ」

「し、しかし」

「早く行け」


 自分の側近が、ここまでオルヴェール恐怖症では、先が思いやられる。シルキリークは、女官に囲まれている少女に目をやった。


 儚い。全体的に色素が薄く、ラダの血がよく出ていることが分かる。


 ヴェシール国民の多くは、南方から北へと逃げた亡国の末裔であり、赤みのある肌の白さだ。一方で、北側には元ラダ族の末裔達が住んでおり、青みのある肌の白さをしている。日焼けしてしまえば、その違いは大差のない。国民達も、気にしていないのが現状だ。


「シルキリーク様!」

「お、やっと入れたか?」


 追い払ったばかりの近衛騎士が、息を切らせて戻って来た。背後を見るが、待ち人は居ない。


「第二皇子殿下より、お言葉が」

「早っ!」


 軍の特殊回線で、速攻返事を寄越したらしい。メモを受け取ると「地面のある場所に行かせるな、後は兄上の随意に」などと変な事が書かれていた。


「地面?」


 弟の言いたい事が分からない。ぐったりと、一人掛けのソファーに寄りかかっている少女は、人形だってもう少しふっくら作るぞ、と言いたいくらいに細かった。土遊びが好きなようには見えない。


 夜会の度に、オルヴェールが菓子集めに奔走していると思っていたが、成る程、確かに食べさせたくなるような見た目だ。


 女官を呼んで、菓子や茶の用意をさせてみる。


「マリスタちゃん、お菓子でも食べる?」


 声を掛けると、ハッとした様子で背筋が伸びた。長い前髪が邪魔で、瞳が見えないことが惜しく思う。


「此処の料理人も、腕はそれなりに良いぞ。お勧めは、レモンバタークッキー」


 前髪が動く。しかし手は動かなかった。女官に取り分けるよう言うと、少女はじっと小皿のそれを見るばかりで、やはり動かない。


 生きているのか、人形なのか、それとも実は氷竜なのか、シルキリークは手を出したいのを、グッと堪えた。女性に触れたいと思うのは、初めてかもしれない。


「マリスタちゃん、好きなものない? 何か作らせようか?」

「…………な、なにも、いりま、せん」


 尻つぼみな声がした。出会った時の勢いはもう無くて、萎れた花のようだ。


「何で彼処(あそこ)に居たの?」

「わ、わかり、ま、せん」


 声が若干泣きそうだ。シルキリークは話題を変えた。


「オルヴェールの絵、今見る? お土産にしようか?」

「…………あの、わたしが見ても、いいの?」

「もちろん。俺のだからね」


 そう言った第一皇子は、他の女官に言付けている。


 マリスタは髪の合間から、そんな彼を盗み見た。サラリとした長い髪に、男性らしいしっかりとした体格。今まで居なかった見た目の人だ。


 彼に攫われるのかと思ったけれど、どうやら、もてなしてくれるらしい。


 優れた祝福装飾師にして、彫刻をさせれば動きそうだと言われる才能を持つ人。思ったより、怖くなさそうに思えるものの、どう接すれば良いのかが、分からない。


「お腹空いてない?」

「…………はい」

「お昼は食べた?」

「い、いえ」

「昼食、作らせようか?」

「い、いりません、から」


 何故だろう。目の前に食べ物があるのに、勧めてくる。皇族の方々は、そんなに食べて欲しいのだろうか。困っていると、正面に座っていた第一皇子は、次第に斜め前に移動して、なんと椅子ごと隣にやって来た。


「レモンは嫌いか? 焼菓子なら、酸っぱくないぞ? クリームもある」

「…………い、いただき、ます」


 熱意に負けて、一つ小皿に取り分ける。ナイフで切ると、中は白いスポンジだ。


「クリームは? 蜜もあるぞ?」

「だ、大丈夫…………」

「もっと食べるか?」

「…………」

「これはどうだ?」

「…………い、いただき、ます」


 食べるまで逃がしてもらえない、そんな気がする。結局マリスタは、かなりの量を食べさせられて、やっと第一皇子の猛攻から解放された。お腹には、お茶の入る隙間も無く、ソファーの背もたれに寄りかかる。


 どうして、こんなことに…………静かになった客室で、自己嫌悪に耽っていると、誰かが部屋に通されて来た。


「姫様、お迎えに上がりましたよ」


 足元に跪いたのは、ナンシスだった。何か言わなきゃ、そうじゃないと、怒られる。それなのに、出てきたのは涙だった。


 何も言えない口を押さえて、どうにかそれを止めようとする。


「帰りましょう、姫様。みんな心配してますよ…………レイラとシュブリーンも居ますから、ほら」


 差し出された手を見て、渋々片手を差し出した。


 帰りたくない。でも他に行く場所もなく、帰って怒られるしか無いのだろう。


「立てますか?」


 言われて頷く。しかし立ってみると、マリスタはふらりとよろめいた。そのままナンシスに抱き上げられて、客室を抜け、廊下をそのまま歩かれる。


「あ、あのっ」

「お疲れなんですよ。馬車まで運びますから」

「でも…………」


 ナンシスは、オルヴェールよりも背が高く、がっしりしている。背中と膝裏に回る腕が、知っている人よりずいぶん太い。


「わ、わたし」

「ココが気に入りましたか?」


 否定に首を振る。そもそもどこかも分からない。


「だったら、早く帰りましょう。オルヴェール様には、上手く誤魔化しておきますから。ね?」


 そんなことを、させても良いのだろうか。いや、良くない…………悪いのはマリスタで、彼らが叱られるのは間違いだ。


「わたし、ちゃんと、怒られます…………」

「えっ、姫様、怒られたいんですか?」

「…………」

「黙っていたら、バレませんって」


 マリスタに、何故かずっと友好的なこの騎士様に、そんな事はさせられない。


「…………」


 けれど怒られたいとも言えなくて、黙り込んでいる内に宮殿を出て、馬車に乗せられる。主席女官と次席までもが迎えに来ていて、馬車の中であちこち調べれてしまった。


 額にあったコブを見て、二人とも真っ青になったので、慌てて加護を動かし治す。


「姫様、治癒系統の加護をお持ちなのですか!?」

「じ、自分しか、なおせ、なく、て」


 片側だけなのは、割とあることだ。もちろん珍しい種類ではあるものの、他者を癒せるほど珍しくもない。


「帰ったら、全身くまなく調べなければ!」

「えっ…………」


 何故か次席女官のやる気に、火をつけてしまった。金緑宮に戻ったマリスタは、そのまま浴室に押し込まれ、他の打ち身を指摘されては、治癒を繰り返すことになる。


 すっかり疲れてしまい、その日は、まだ日のある内から寝入ってしまった。




 ふと目が覚める。


 起き上がってみると、まだ闇が深い時間だ。カーテンの隙間から漏れる光は、月の頼りなく細いもの。


 早く朝が来ればいいのに。マリスタは膝を抱きしめて、自分の心に蓋をした。逃げてしまった。せっかくの機会だったのに、祝福の描き変えさえ出来ないままで。だからと言って、もう一度逃げ出す機会は無いだろう…………わたしは、どうして、こんなところに。


「オルヴェールさま」


 彼がいなければ、マリスタには価値などなくて、ただただ迷惑な存在だ。マリスタがいいと、言ってくれるから頑張れた。そんなことは分かっていたのに、一人になって自覚する。


 役立たずだと。居るだけで人を不快にすると。


 マリスタはの祝福は、いつも足元で震えている。


 しっかりとした線ではなくて、だからと言って壊れそうなわけでもなく。どうにかしようと手を加えていた時、窘めたのもオルヴェールだった。


 足元に祝福が直接見える人は、とても少ないと聞いている。


 それ以来、秘密はしっかりと守っているつもりだ。なにしろ学院にすら、見える人はいなかった。


 今から数年前のマリスタは、足元の影を見ることが癖になっていたのだ。


 見えると言っても、誰にも信じてもらえない。けれど、その不思議な線画は、祝福だと知っていた。祝福は心の形であり、加護の姿でもある。相手を知るには一番だ。


 だから夜会の日、初めて夕方に出会ったオルヴェールの足元を見た時は、とても驚いた。


 緻密で細かく美しく、まるで冬の星空が歩いているようだった。


 祝福は影と共に見えるので、夜だとその形はハッキリしない。しばらくジッと眺めてしまい、くすくすと笑い声が降ってきた。


「僕の祝福は変だった?」

「えっ…………えっと、その、こ、こんな複雑な人、初めて、だから」

「そう? 君も似たようなものだろう?」


 ぎょっとした。誰とも違う震えた影が、まさか、見えるとでも言うのだろうか。


「マリスタ程ではないけれど、僕にも分かるよ?」


 おそるおそる彼を見上げて、視線を下げる。言った事への自信が、余程あるらしい。


「ほんとう?」

「君は自分で、祝福を書き換えた?」

「そ、それは…………」


 今度はぎくりとした。祝福の描き変えは、滅多に行われないと聞いている。国への申請が必要になり、自身の功績を述べねばならないからだ。


「祝福は、内なる姿を示すもの。あまり手を加えると、君が歪んでしまう」

「でも」

「心配なんだよ、マリスタ。自分で自分を苦しめないで」


 本当に見えているのだろう。清廉な星を多く抱える彼ならば、嘘はきっと好きじゃない。


「でも、私、嫌われて」

「君が?」

「…………ううん、なんでも、ない」


 無理やり笑った気がする。知られたくなかった。誰からも好かれないこと。憂さ晴らしの相手にしてもいいと、思われていることも。蹴っても殴ってもいいと、思われているなんて。


 ――――オルヴェールさまには、知られたくない。


 ふと苦い夢から覚めても、まだ夜だ。


 浅い眠りを繰り返し、マリスタは開けない夜に涙した。夜が嫌いなことを、思い出してしまった。


 もちろん寝起きも最悪で、早々に朝食を下げてもらい、私室に籠る。


 嫌われたくない。好かれなくていいから、空気みたいに、見えないものになりたい。こちらを見ないでほしい。


 何度か女官が、本や菓子を勧めてきたものの、善意か職務なのかも分からない。断り続ける自分に嫌気もさして、仮眠を理由に寝室まで下がってしまった。


 日はまだ高い。


 夏が近いというのに、部屋の中は少しだけ寒く、それを悲しく思う。自分で女官を遠ざけたのに、何かしてほしいなんて、迷惑だ。


「さみし…………」


 言いかけた口を押さえる。オルヴェールさまに会えなくて、寂しいだなんて、そんなこと。でも意識すると、余計に悲しいまでの淋しさが、辛くなってしまった。


「ど、どうして」


 会えない方が多かった。夜会は三ヶ月に一回で、それ以外は地獄の中を生きている。これ以上落ちるところがあるのだろうか。そう思いながら、泥の中で生きていた。


 少しでも嫌がれば喜ばれ、泣いても笑われ、気持ちの全部に蓋をした。


「わたし…………」


 さみしいって、感じてる。部屋は明るく、マリスタの周りには静寂がある。かつて望んだものは、求められる幸せを知ってしまったが為に、辛さになった。


「オルヴェールさま…………」


 こんなに幸せを貰って、良いのだろうか。こわい。たった二日で、自分がこんなに、弱いままだと知らされる。どうしたら…………一人で、もう大丈夫だと、思ったはずなのに。


 鼻をすする。涙が出てきて、悔しいのに、淋しい方がずっとずっと辛かった。


「…………」


 こんなに弱くなってしまった。このままじゃ、また一人になった時に、生きていけない。こんなわたしは、イヤなのに。今夜は帰ってくる。でも苦しい程に辛くて、さみしくて、こわい。胸が苦しい…………どうして。


「オルヴェールさま…………っ」




 マリスタが泣きつかれて眠った気配を察し、女官達は部屋になだれ込む。


 すぐに目元を冷やし、衣服をくつろげ毛布を掛けた。憔悴の一言だった。彼女は十四歳と皆知るところだが、オルヴェールは一日持つかと懸念していたのだ。かまってやって欲しいと。


 でも彼女は、人を周りに近づけない。


 一人でいいと、追いはらう。時折見える銀の瞳で「お願い」されると、妙に逆らえない何かがあった。


「…………姫様」


 このままでは、明日にでも儚く消えてしまいそうだ。主席と次席女官は、このままではいけないと顔を見合わせた。


 その後、部屋に呼ばれたナンシスは、彼女らの勢いに押し負けて、マリスタ運送係をする事になる。


 軽いのは知っていたが、中身があるのかと疑う程に、眠った少女は軽かった。


 これでは確かに、抱くのは不安だろう。ナンシスの頭には、そんな下世話なことが思い浮かんだ。最後まで相手をしてくれないだろうし、オルヴェールは意識がないならチャンスとばかりに、乙女を奪いそうな性格だ…………手は出せないだろう。


 彼は自分を、よく知っている人間だ。


 そしてナンシスも、オルヴェールをよく知っていた。




 夜半に帰宅したオルヴェールは、泣き疲れて眠っている花嫁が、自分の寝室にいると知らされる。


 いつかやられると思っていたが、早過ぎだろう。


「彼女を運んだの、誰?」

「俺です、申し訳ありませんでした」

「…………ナンシス、僕の意向は知るはずだよね?」

「憔悴しておいでです。このまま朝までは」


 言葉を濁されて、オルヴェールは溜息をついた。


「駄目だったか。分かった、不問にするよ」

「感謝いたします」


 皇子の筆頭護衛は、花嫁の為に、幼少期から多くの審査を重ねて選ばれる。だからナンシスは現在、マリスタの筆頭護衛になっているのだ。その彼が駄目と判断したのなら、マリスタは限界になってしまったのだろう。


「…………トドメを刺されそうだな」

「刺しに行けば良いのでは?」

「マリスタを持ったんだろう? 出来ると思う?」

「…………」

「何とか言え」

「それはそれで、美味しい可能性も」

「なんでだよ」

「言えと言うから」


 いつもの軽口なのに、ナンシスの覇気がない。オルヴェールは内心、げんなりとする。


「もういい、何食くらい食べられた?」

「ギリギリ三回ですかね」

「二日で?」

「初日は第一皇子殿下の元に」

「逃げられたのか」

「いやぁ、足は早く無いんですけど、運が良すぎて」

「まさか見失ったの? ナンシスが?」

「面目次第も御座いません」


 直角に頭を下げられ、やっぱり溜息が出た。どうやら、かなり堪えているらしい。オルヴェールでさえ逃げられないナンシスからの追跡を、彼女は巻いてしまったのだ。


「風は?」

「そちらは流石に抜かりなく」

「…………マリスタの護衛を続ける気はある?」

「俺以外無いと、貴方に言わせてみせますよ」

「ならいい。朝まで休むから、後は任せる」


 自室の扉を開けながら言うと、ナンシスは少し迷った後にこう言った。


「お迎えは?」


 人の寝室に運び入れておいて、何故、迎えに来ると言うのだろうか。何度目になるか分からない溜息をついて、オルヴェールは彼を追い払った。


 …………だからマリスタを、連れて来たく無かった。いや、早くそんな事を諦めていたら、彼女は苦しまなくて済んだのに。


 足早に寝室へ向かうと、ベッドの端ですやすやと眠る姿があった。彼女の無事を確かめると、疲れも何もかも、吹き飛ぶ程に安堵する。


「マリスタ」


 髪を綺麗に編まれ、薄化粧までされてしまって…………掛布をめくれば、一応寝巻きは着せられていた。


「僕に襲われるなんて、夢にも思って無いのだろうね」


 それでいい。良いのだけれど、余計に手が出しにくい。


「食べなきゃ駄目だよ…………良い子にしてるって、言ったのに」


 ここには、オルヴェールしか寄る辺がない。だから不安だった。居なくなったとたん、彼女はその事に気付くだろうと。


 心の傷は、そう簡単には癒やされない。


 たくさんの思い出が、積み重なって霞むまで。彼女が自分を取り戻すまで、ずっと治らない傷口のように痛むのだ。


「明日は、マリスタの『おばさん』のところへ行こうね。それから、兄上のところにも」


 心神の加護を持つカーラが居たからこそ、マリスタはたった三ヶ月で元気になった。元気だと見せかけられるまでは、回復出来た。


 マリスタは特別な女の子だ。だから身に宿る加護が、絶対に彼女を死なせない。寿命まで、どんな目に遭っても生かされる。


「マリスタ…………」


 オルヴェールには、マリスタしかいない。しかし彼女の血はヴェシールでは無いはずで、オルヴェールをただ一人と思ってくれはしないだろう。


 この思いは、代々の皇族が抱えてきたものだ。


 竜と同じ加護を持つのに、その身は人で、人を伴侶に持つしかなくて。だから永遠の愛など、一生返しては貰えない。


「…………」


 傍に居るだけでいい。その思いはすぐに、まだ足りないと欲を出す。触れたくて、味わいたくて、カラカラに喉が乾いたような感覚になる。


 自分の部屋のベッドで寝ているとか、この後、どうしたら良いのだろうか。


「…………迎えって、そういう事」


 オルヴェールはやっと、ナンシスの配慮に思い至った。軍属なので、何処でも眠れるには眠れるのだが、寝ぼけて何かしでかすと、後が大変だ。


 寝ずにマリスタを愛でようかと、割と本気で考えて、冷水を浴びに行く。


 結局オルヴェールは、マリスタを抱えて彼女の寝室に連れていき、女官の勢いに押し負けて、そこで眠ることを余儀なくされた。




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