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7-01:カーラ・ジュンの災難

 

 

マリスタと関わったせいで、大臣にされてしまった「バァさん」と、皇子様モードのオルヴェールの話。

 

 

 



 カーラ・ジュンは、魔女の異名を持っている。


 亡くした母は、公爵であるラグラージュ家の内貴族であり、男爵家の一人娘だ。


 跡取り娘でもあった母は、外貴族が祝福装飾師を独占し、民への質が低下していることを憂いて、内貴族を中心に「反貴族派」を集め始めた。


 第四学領である、中域のソフィリアが腐敗していることは、その時から分かっていた事だ。しかし内貴族は、外貴族に選ばれて貴族を名乗る、言ってしまえば元平民。


 学領主家に手を出すことも、不平を打ち明ける場所もない。


 ラグラージュ公爵家も、確かな証拠のない学領をどうこうする事は出来ず、奏上した皇帝も動かなかった。


 失意の内に母は死に、反貴族派は娘で次女のカーラの手に渡る。


 カーラは、少々変わった加護を得ていた。(ひる)神の属神である(おと)神に仕える、(こころ)神のものだ。


 しかしカーラの加護は駐屯型であり、娘の毎日を半日にするほど体力を食う。


 これでは、二代目など勤まらない。彼女は一念発起し帝国軍に志願した。そこで病弱娘とこってり絞られ、三十を迎える頃には、昼間であれば行動出来るまでになっていた。


 その時に知り合った兵士や騎士も、反貴族派の仲間として迎えた者が多い。祝福への不満は、やはり多かった。


 そんなカーラの加護は、声で心を癒し口を軽くするという、生ける自白剤のようなものである。汚い言葉やののしるようにすれば、多少その効果を抑制出来るものの、体力は人が居るほど削られた。


 人の本音など、聞いていたらキリが無い。嫌気もさしたが、加護の影響で、カーラが行けば面白いように情報が集まった。


 力を付けた組織は、第四学領ソフィリアに手を付ける。


 そこで分かった事は、祝福装飾師は、外貴族が独占している訳ではなかった事だ。他国に流れ、民に届くべき物が消えていたのが原因だった。その中心は、芸術の学領に繋がっている。


 まずは悪い噂を流し、街に出る学生達を見張ってみた。


 そこで、帰省中の学生が誘拐されている事を、突き止める。なんと学生達は、隣国ラダに売られていたのだ。


 そのラダには、カピシーエ王爵家が協力を名乗り出た。


 ラダ王国を抑える為の家ではあるが、探りを入れると、王爵はカーラの母の後輩だ。よくやっていると、陛下にも必ず届くと言われたが、皇族への信頼などもう無くなっている。


 それでも、ラダから祝福装飾師の講師や教師、元生徒達が救い出されると、彼らの希望もあって、人の為、国の為にと、加護の修正をするようになった。反貴族派という名前でありながら、実態は、加護の修正をそれなりの安値で提供する組織になっていたのだ。


 加護の魔女、それがカーラの異名である。


 そうして十数年も経った頃だった。


 月夜に長く淡い髪を揺らせて歩く、ソフィリア学院の女生徒と出会ったのは。


「アンタ、こんなところで何してるんだい!」


 我が目を疑った。他領の領都の隅っこで、しかも制服姿のままだなんて、誘拐してくれと言っているようなものだ。


「あ!」


 少女はカーラを見つけると、無防備に近寄ってきた。面倒ごとになる前に店に引き込み、扉を閉める。


「誘拐されたのかい? 自力で逃げたのかい?」

「わ、わたし、家出したいんです!」

「は?」

「あの、おばあさま、わたし、きっと良い働き手になります。だから、だから、ここに置いて下さい…………!」


 予想外の事を言われ、予想外の事を頼まれた。しかも、未来の祝福装飾師になるかもしれない、少女にだ。逃がす手はない。


「…………いいだろう。ただしアタシの事は、バァさんとお言い」

「で、でも」


 少女は呼び方一つで随分と迷っていたが、逃げる素振りすらない。とんだ世間知らずである。どんな強運を持っていたら、列車で四日もかかるレンダーク学領まで来れたのか。


「もういい、分かった。好きにお呼び。それでアンタ、名前は?」

「マリスタ…………ただの、マリスタと、お呼びください」

「姓はなんだい? 貴族に睨まれた、こっちはひとたまりもないんだよ?」


 再びだんまりだ。よく見れば、制服は随分と砂ボコリで汚れ、髪も絡まっている。この命知らずは、何処かで乗り合い馬車を使ったらしい。呆れを通り越して、感心してしまうほどだ。


「…………姓は、その、ディアバーグ、です」

「第一学領主の養女かい。とんだお嬢様じゃないか。何で家出したんだい?」


 世間知らずなわけである。第一学領は雪深い極寒の地だ。養子の扱いは、段違いに丁重だと聞いたことがある。


「わたし、わたしは、要らない人間、なんです」


 しかも変な事を言い出した。よく見れば顔色は悪く、前髪が長いせいか目も合わない。優秀だったがために、ソフィリア学院でひどい目にあったのだろう。


「だったら今頃死んでるよ」

「で、でも」

「良い人、悪い人、普通の人。その他にあるのは変な奴らだけさ。要らない人なんざ、括りは無いんだよ。さっさと現実に目を向けな」

「し、市井の世界は、素晴らしいのですね!」


 笑い損ねたような顔で、少女は言った。精神的に随分と不安定だ。学院か、それとも家で何かあったのだろう。しかも、カーラと話しているというのに、出てくる本音まで変である。


「…………アンタ、変な薬でも飲まされて無いだろうね?」


 ぽかんとした顔で、くすり、と聞き返されてしまった。世間知らずと天然ボケは、ここまで来ると区別がつかない。


「それが地なのかい? ったく、しょうのない子だね、今日は特別に客間を使いな」

「こ、ここに居ても、いいの?」

「好きなだけ居な。でも、しっかり働いてもらうからね」

「あ、ありがとうございます!」


 危なっかしい程に、マリスタという少女は従順だった。そしてよく寝る。起こさぬ限り、昼過ぎまで眠りこける事もざらだった。


 カーラは翌日には、ソフィリアにいる仲間に手紙を送り、返事を待ちつつ日々を過ごした。帰省ならば何も出ない。しかし家出ならぱ、捜索くらいはするはずだ。


 結果、マリスタ・ディアバーグは、領軍が出るほどの大捜索がされていた。本人が書いた退学届けは、その惨状と共に学院長、つまりは学領主に正しく届いていたのだ。


 やはり、とても運がいい。


 氷域のディアバーグ家は、星神の神殿を要する歴史と神学系統の学領だ。受け継ぐ加護は、巡りの力だと聞いたことがある。


 養子にまでそうだとしたら、これはとんでもない拾い物だ。


 ただ案じた通り、貴族の娘は水汲みどころか、店番も出来ない有様だった。その辺で買った服を渡してみても、着方が分からない、とあられも無い姿で出てくる辺り、使用人慣れしているのだろう。仕方なく着せてやるしかなかった。


 生活に文句は言わないものの、恐ろしく好き嫌いも多い。一口食べて、食べられません、とスプーンを置かれた時には頭にきたが…………本当に放って置くと何も食べない。欲しがりもしない。


「食べたきゃ自分で言うんだよ! 黙ってたって、何も出ないよ!」


 あまりの少食さに、怒鳴った事ある。


「わたしなどが、食べても、なんの、役にも」

「食べなきゃ、意味が無いんだよ!」


 なんて根暗な娘なんだと思っていたら、彼女の名から、ソフィリアの生徒達が次々に情報を漏らし始めた、と報告が来る。罪悪感だろう。彼女はイジメとは呼べないような、暴力に晒されていたのだ。


 そこから、カーラ達は情報を外に流し始めた。


 生徒への暴力にイジメ、その隠蔽。挙げ句に行方不明ともなれば、さすがの学領でも足元は崩れるはずだ。次第に、皇帝軍の竜が舞うようになり、ついには皇帝領とされるまでに、時間はかかりもしなかった。


 ただカーラはもう、マリスタにキツく当たる事が出来なくなっていた。退学者を出す為の嫌がらせは、知るところ。


 優秀な生徒の集まらなくなったソフィリアは、他領にそれを求めた。流石に全土にまでは、悪評を流しきれていなかった。その被害者は――――マリスタだ。


 起きている時間を削ることになるが、泣くことも出来ない娘の、話し相手にカーラはなった。


 どうせ店には、客など滅多に来ないのだ。


 古書の整理や持ち主の昔話、帳簿の付け方を教えてやりながら、のんびりとした数日が過ぎていく。


 髪を編むのは、珍しく嫌がるので、古いスカーフで巻き上げさせた。長い髪だけでも珍しいのに、おろしていたら直ぐ噂になってしまう。


 初めの頃は、青白い顔で俯いたまま、カーラの後をついて歩く亡霊のような娘だった。それが七日後には「おばさん」とカーラに付いてくる姿が、雛鳥に見えてくる。


 前髪の隠す銀の瞳は、竜によく似ていたのだ。


 この目はマズイ、すぐに思った。竜好きなら確実に、興味を持つだろう。だからうっとおしくも、前髪はそのままにしておいた。


 しかし少女を拾ってからというもの、彼女を口説きに来る連中があまりに多い。


 始めの頃は、カーラが店から叩き出していたのだが、次第に親衛隊が結成されて、店の中で見守るようになっていた。


 ただこのマリスタは、他にも山ほどカーラを悩ませる。


 水汲みに行かせれば、何故かバケツを持った街の男とともに帰って来るし、井戸に行かせれば、水に関する加護は無いと落ち込んだ。


「加護じゃない! この桶を落として、下の水を引き上げるんだ!」


 ちなみに何度やらせても、このポンコツ娘は僅かな水しか組み上げられない。カーラがやった方が早かった。水桶もカーラが運んだ方が早かった。


 料理は全滅。掃除も洗濯も教えたが、カーラがやった方が早かった。


 一体何が出来るのかと、本の修繕を教えたところ、意外と上手い。


 ただ本の複写をやらせると、挿絵は時々動き、オマケに淡く光るという、世に出せない代物が出来上がる。


 絵を描くのが好きらしく、紙を渡せば生き生きとした線を引き、見る者の言葉まで奪う程の腕だった。ただし光るが。


 祝福加工品は、効果の大小はあれど数が少ない。つまり、かなりの値が付くのだ。


 そしてこの少女は、長くこの場に留まりはしない、そんな予感もあった。だから秘密裏に売ることにした。金はいくらあっても足りないだろう。彼女の為には、それが最善だと考えた。


 それで知ったのは、金貨以外をこのポンコツ娘が知らなかった事だ。


 絵を描くと喜ばれると思ったらしく、マリスタは本の複写だけではなく、画集まで複写を描きだした。店に出せないものが増えていく。


 街に馴染ませようと、市場に連れ出せば昏倒するし、一人で店から出そうものなら、親衛隊がつきまとう。それでも数回は誘拐未遂があったし、落とし物を届けたといって、荷馬車いっぱいの林檎を貰って帰った事もあった。


 それは流石に分けるしかなく、喜んだ近隣住民からマリスタは、外出するたびに大量の食品を貰って帰るようになってしまった。


「アンタ! これが二人分だと思うのかい!?」


 節操の無さを叱ったのだが、断ることを知らない貴族の娘は、首をかしげるばかりだ。余った食品は他の住人の手に渡り、結局この少女が馬鹿みたいに食品を押し付けられる現象に、ついぞ歯止めは掛からなかった。


 失せ物探しは、林檎馬車事件以降、マリスタに禁止している。


 それでもこの娘は、問題ばかり起こした。


 客が持ち込んだ書籍を盗書と断じ、親衛隊が取り押さえ、巡回騎士まで呼ぶ騒動になった事は、片手の指の数では収まらない。それで何故か、ひっそりやっているカーラの店は、報奨金まで出されてしまったのだ。


 地面の落書きだと思っていたら、祝福の更新だと言われた時には、もう天を仰ぐしか無かった。


 ソフィリア学院の元教員で、正規の祝福装飾師でもある組織の仲間にすら、そんな芸当を出来るものは居ない。


 カーラは地面の落書きも禁止した。


 それほど描きたいならと、加護紙を見せると、流石に数日は悩んでいたが、やるとマリスタは言ったのだ。


 通常、祝福絵画を描く時に必要なものは、決まっている。


 誓願書と毛髪、血判を押した書類だ。祝福装飾師は、これらのものから加護の気配を辿り、絵画に起こす能力と技術を持つ者をいう。


 だがマリスタときたら、本人が居れば何の問題も無いらしい。どうにか動く程度の加護しかなかった男に、騎士すら目指せるような、二つの加護を与えてみせた。


 これで、聖殿から聖女でも攫ってきたのかと、仲間にも疑われる始末だ。


 秀で過ぎている。そして無自覚なうえに、自己評価の低さ。このままでは、またひどい目に遭うだろう。謙遜は時に、人の憎悪を誘うのだ。


 それに、この少女を抱えていては、摘発の日は近くなるに違いない。加護の低い者へ仕事の斡旋も行っている関係で、いきなり消える訳にはいかないのも事実だ。


 さらに、周囲を飛ぶコバエも増えている。


「どうにか、マリスタを逃さねば…………」


 重度の根暗が、やや根暗までに回復してきた少女を、叩き出すような事はしたくない。


 他の拠点や、モグリでも祝福装飾師を必要とする町などの情報を与え、出ていくように仕向けていった。


 そしてどうにか加護の日に、マリスタは加護の魔女の元から去ったのだ。


「上手くおやり」


 少年の姿で走って行く後ろ姿に、また驚かされる。あれだけ神から愛されているのだ。前を向いている限り、不幸はもう寄り付きもしないだろう。


 巡りの力は、巡るから良いのだ。立ち止まり堪えてしまえば、澱んでしまう。


「…………幸せにおなりよ」


 一人店番をしていると、コツリと硬い靴音が店に響いた。騎士の使う軍靴の音だ。


「こっちは燃えてないよ」


 火事の被害調査だろう。そう思って視線を向けて、カーラは目を細くした。白い隊服は国軍のもの、火事程度で出てくるはずがない。


「初めまして、加護の魔女殿」


 軍帽を軽く上げ、そう言った男の瞳は紫だった。珍しい黒髪に、皇族の瞳。マリスタの拠り所であったはずの、皇子様に違いない。


「…………なんの用だい。お貴族の欲しがる物なんざ、ここにはないよ」

「マリスタの部屋を見せて下さい」

「は?」


 貴族だと揶揄してやったのに、咎める事なく妙な事を言いだした。どこか、マリスタのようだと、つい思う。


「全部残して行ったでしょう?」


 男の口調は穏やかなものの、背後の護衛とも相まって、場の空気はかなり重い。カーラがただの老婆なら、泡でも吹くような遠慮のない威圧感だ。


 それほど大切だったなら、どうして逃がしたのだろう。何故もっと早くに助けなかった。カーラの胸には、行き場のない怒りが湧いた。


「見てどうするんだい。あの子はもう、帰って来ない」


 黒髪の皇子は自嘲気味に笑った後、店をぐるりと見回した。


「逃がしましたね、何故?」

「さあね。アンタこそ、今更やって来てなんの用だい。随分と嗅ぎ回ってくれたじゃないか」

「あなた方だけでは、あの子は隠せなかった。そうでしょう?」

「今更来たって意味がない!」


 皇子ならばそのように、颯爽と現れて拐ってしまえば良いのだ。ここでは誰にもぶたれない、と殴られて当たり前みたいなあの娘なら、それも受け入れたはずだ。


 もっと早くに、救える立場にあった。


「意味ならありますよ。ここには部屋がある」

「そんなに見たけりゃ、好きにおし。ただし、三人以上はお断りだよ。ウチはこの通りの古屋だからね」


 店奥のハシゴを顎で示してやると、彼は一人の護衛だけを連れて廊下を進んで行った。


 カーラのは心の中で、マリスタの不憫さを嘆くしかない。


 第二王子は成人前から軍属であり、氷神の化身と言われる程の強い加護を持っている。二年前の紛争では、竜騎士であるにも関わらず、ラダの雪竜三千と乗り手六千を空中で粉々にして地上に降らせ、戦場を恐怖と混乱に陥れた人物だ。


 夜会でも冷たい視線に、娘達は近寄る事も出来ないと聞いている。


 しかも、他人の部屋を見たがる変態だ。


 黒髪の皇子だと言うから、三男だと思っていた。まさか次男の方とは…………あの子はきっと、逃げ切れない。


 自宅の古いハシゴを、皇子が下りてくるという、不思議な光景を眺めながら、カーラは溜息をついた。


「満足したんなら、出てっておくれ」

「持ち帰っても?」


 やはり皇子は、もの好きの変態だった。皇族など、碌なものじゃない。


「勝手にしな!」

「では、彼女を丁重にご案内して。ナンシス」


 護衛の騎士が、いきなりカーラを抱き上げた。咄嗟に拳を握る。しかしその手は、皇子の手によって阻止された。


「良いと聞こえましたが」

「なんでアタシが!」

「反貴族派の元締は、貴女だ。捕物は、頭を押さえた方が早く済む」

「だったら縄でも掛けるんだね!」

「マリスタの恩人に、そんな事はしませんよ。でも潮時だから、一度壊滅してもらう」


 カーラ達は、確かに法を犯した。国がすべき事をしなかった、だからだ。


「今更かい? 何十年、アタシらが民に寄り添ったと思ってる? それでも皇族かい!」

「感謝していますよ、加護の魔女殿」

「ふざけるな!」


 国が不正に気付けば、民にもっと寄り添えば、この問題はもっと早くに無くなっていた。被害者だって、少なく済んだ。


「ヴェシール皇族は、国のモノであって、民のものではない。だから私達には、貴女のような人が必要だ…………それに、これ以上マリスタに、後ろ暗いモノを作らせたくは無いからね」


 温度のない紫の瞳で言い切った皇子は、カーラの手を離し、また店を見回した。


「マリスタの痕跡は消させてもらう」

「なにをする気だい!」

「加工品の回収ですよ。沢山売って頂きましたが、まだあるでしょう?」


 マリスタの祝福加工品は、身元の確かな貴族に売った。蒐集家としても、有名な人物だ。


「運び出せ」


 号令一つで、店に人がなだれ込む。カーラは有無も言えぬまま、店前の馬車に乗せられた。そこに皇子まで乗ってくるからギョッとする。


「平民と同じ馬車に乗る気かい」

「平民も貴族も、さして変わりないよ。貴女には先に、仕事の話をしておかないと」

「は、はぁ?」


 ここまで、こちらの都合を無視されていると、もう勝手にしおくれ、という心境になってくる。皇族とは、こういう連中なのか。住む世界がまるで違う。


「国は今、民の為の新しい省を準備していね。貴女にはそこの長を任せるよ。側近は三十名まで推薦を許そう。任期は最低一年間」


 世間話のような勢いで、とんでもない話をされる。


「ちょっと待ちな、アンタ一体、なんの話をしてるんだい」

「貴女の今後の仕事について」

「省の長? 冗談ならやめとくれ。人が欲しいなら、若い奴らを、引っ張って来たらどうなんだい」


 省の長は大臣だ。その分野において、絶大な権力を持つことになる。法を侵した罪なら、何時でも首を差し出す覚悟は出来ていた。そんな組織の元締に、大臣になれと?


「貴女が望ましい。内容は、祝福に対する嘆願書の整理と調整、実行だ。今までしてた事と、変わらないだろう?」


 しかもこの皇子、出来て当然とばかりに思っているらしい。世間知らずの恐ろしさは、マリスタ一人で十二分に味わっている。


「アタシらの後を、国が引き継ぐって言うのかい? 今更? 笑っちまうね」


 それはカーラの本音だ。国の不始末は、国が面倒を見るべきで、今までの実績丸ごと、国に捧げる義理もない。


「国は学領に不干渉、という決まりがある。学問は、政治的圧力を受けるべきではないからね。まぁ、今回の事があったから、そこは少し切り込ませてもらうけど…………ボロボロだったマリスタを、ここまで回復してくれた事、感謝しています。だから、貴女の欲しいものをあげる事にした。加護修正省、初代大臣の地位と貴族位、皇宮内の住まいもね」

「…………」

「力があれば、正当化は何時でも出来た。違うかな?」


 何故、こんなものをポンポン投げてくるのだろうか。犯罪者だと知りながら、それも皇族が。


「今更、民の加護に興味が出たと?」

「まさか。正直、民の加護の良し悪しは、僕ら皇族にとって些事ですらない。戦になっても、前線に立つのは外貴族であり皇族だ。それは歴史が証明してる。でもマリスタは、君たちを通して知ってしまったからね、きっとずっと後悔するよ。そしてその波を巡らせる。意味は分かるね?」


 この頭のおかしな皇子様は、マリスタの為に、親子二代に渡って法を侵した血筋の女を、貴族にしてまで大臣にしようと言うのだ。皇族の言う貴族は外貴族。二十四家しかない、本物の貴族である。


「…………マリスタの為だ、くれると言うならやってやる。ただし後から、口を出すんじゃないよ!」

「ありがとう。マリスタの好きな、御婆様」


 そう言った彼は、やっと少しだけ目元を緩めたように見えた。


 カーラ・ジュンは即日皇宮に召喚されて、皇帝より新ソフィリア学領伯に冊封される。ソフィリアの領主家が変わることは二回目であり、大まかな手続きなどは国の文官達がすると言われた。また皇宮には、死を覚悟したように真っ白い顔色をした、組織の幹部達が集められており、その数はぴったり三十人だ。


「…………」


 もう、何も言うことは無かった。ここまでされたのだ。


「アンタ達、今日からは国が、お給金をくれるそうだよ。しっかりやりな」


 カーラはこうして、カーラ・レンド・ソフィリアと名を改めさせられ、学領主と大臣という重い責務を押し付けられてしまったのだ。




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