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6-02:金緑宮




 頬をなでられる。風だ、風が柔らかい。マリスタは銀の瞳をまたたいた。淡いグリーンの天蓋の向こうで、真っ白なレースのカーテンが揺れている。もう部屋の中だった。


「うぅ」


 重い体をどうにか起こすと、品の良い調度の揃えられた、広い寝室なのだと理解する。どうやら、また気絶したらしい。


 衝撃発言で、マリスタの祝福は動かない。だから素で意識を失ったのだろう。


「あぁ…………」


 思い返すだけで、もう一度気絶出来そうだ。まさか皇太子だなんて。彼は第二皇子で、兄もいるのに、どうして。渋々呼び鈴を鳴らすと、黄緑色を基調としたお仕着せの…………無口な女官がやってきた。


「か、顔を洗ったら、オルヴェールさまのところに」


 彼女は頷くだけだ。服や髪の乱れを直してもらい、廊下に通される。並ぶ縦に長い窓からは、低木の庭園が見えていた。


 護衛には、ずいぶんと見慣れてきたレンダーク卿ナンシスと、ヒュア・エルヴェシス卿デガルが付いてくる。


「良かったですね、姫様。おやつの時間には、間に合いますよ」


 ナンシスは苦笑気味に言っている。食べる量が少ないと、皇子様は容赦なく口まで運ぶのだ。その勢いを恐れればいいのか、照れたらいいのか、マリスタにはもう、よく分からない。


「姫様が来て下さり、臣下一同、感無量でございます」

「は、はい…………」


 デガルの方は、もうマリスタが嫁いだかのような雰囲気だ。まだ違うとも、いずれそうなるとも言えないのだが、移動中以外に話しかけると、彼も膝をつくようになってしまった。


 それを見たのか、ほかの騎士達も何故かみんな、マリスタの前で膝をつく。皇子であるオルヴェールさまにさえ、しないのに。


 恥ずかしいのに、目立つのに。イヤと言えない、弱気な自分が恨めしい。


「…………」


 ずっと、こんな生活をするのだろうか。正直に言えば、窮屈だし、理由の分からない好意も怖い。人も多いし、身分も高い。目立ちたくないのに。長めの前髪に隠れるしか、もう隠れる場所が無くなってしまった。それも苦しい。


「マリスタ」


 声の方に顔を上げると、オルヴェールが前からやってくる。騎士の隊服ではなく、貴族が好む丈の長い上着が新鮮だ。夜会の正装よりも華やかで、思わず立ち止まって眺めてしまう。


「オルヴェールさま」

「待ちきれなくて、迎えに来たよ。おいで」


 手を取られ、その手を腕に掛けられる。エスコートではない。夫婦などがする腕組みだ。


「オ、オルヴェール、さま」

「早く。お茶の前に見せたいものがある」

「あ、あの、手が」


 言ってはみるが、笑顔で黙殺される。振りほどけない。その勇気もない。このままと、叶わない事を願ってしまう。それなのに彼は、簡単にマリスタの手を離してみせた。


「ここが専用階段、上には二部屋しかなくて」


 また手を引かれる。大きくて、あたたかい。捕まえるけど、お菓子もくれる。この手を好きになってしまった。


「マリスタ、絨毯ばかり見ないで。見て欲しいのは、こっちだよ」

「ここ? この部屋は…………?」


 白と水色、それから温かみのある黄緑色にレモンの黄色。落ち着いていて、でも少し可愛いような。早春の色合いに、使い込まれた飴色の家具が、お菓子のようだ。


「気に入った?」

「この部屋は…………」

「マリスタの部屋」

「えっ!」


 驚いた。驚いてくれた。灰色にくすむ髪間から、銀の瞳がオルヴェールを見上げてくる。前髪をはらうと、丸くなった銀色は、すぐに照れて俯いてしまった。


「わ、わたしの?」

「ここは前室で、隣が私室、奥には寝室があるけれど」

「…………?」


 言葉の途切れたオルヴェールを、マリスタは無防備に見上げる。透けるような薄紫は、くすくすと笑った。


「うーん、やっぱり知らないか」

「し、寝室くらい、知ってます」

「そうかな? 寝室の隣は、どんな部屋だと思う?」


 どんな? 前室を二人で抜けながら、マリスタはディアバーグの本邸を思い浮かべた。


「衣装部屋?」

「それもあるけど」

「お風呂?」

「それは私室の隣だね」

「…………バルコニー?」

「降参するかい?」


 からかいを含む声音に、首を振る。寝室の隣に、何が隠してあるのだろう?


「…………図書室」

「そんなのあって、嬉しいの?」

「嬉しくない…………」

「答えが分かるまで、開かずの間だな」

「ど、どうして!?」

「マリスタには、早そうだ」

「…………うぅ」


 寝室の隣が、開かずの間。そんな恐ろしい空間はイヤだ。ジッと見上げて抗議していると、少し困ったように笑ったオルヴェールの腕が、ゆるくマリスタを抱き寄せた。


「教えてあげても良いけれど、そうだな、僕にご褒美をくれるかい?」


 まさか下町の部屋を、再現されていたりして。マリスタは部屋の中を見回した。前室も今いる私室も、新しいのに古めかしくて、可愛いのに可愛すぎない、絶妙な内装と選ばれた家具が置いてある。


 自分の好みなんて考えもしなかったのに、素敵だと思ってしまった。こんな部屋を用意してくれた事に、なんと言えばいいか分からないほど、感激に飲まれている。なのに…………


 そちらではなく、開かずの間にご褒美なんて。


「ま、まさか、祝福の描き変え?」

「違う。それはマリスタに必要だよね」

「…………? オルヴェールさまが、欲しいもの?」


 彼が言うのだから、きっとマリスタに出来る事なのだろう。でも皇子様が欲しそうな物なんて、あとは変な物しか思い付かない。下町の思い出とか、どうやって過去を知ったのか…………聞かれたくない、ものばかりだ。


「いっぱいあるよ。でも、ご褒美を願っても良いのなら、マリスタの唇が欲しい」

「くち…………? えっ!?」


 ぎょっとして見上げると、すぐに顎が捕まった。一本の腕が、マリスタを逃がすまいと、強くなる。


「婚約式で本番を迎えるより、今から慣れた方がいいと思うよ」

「婚約式? 結婚式じゃなくて?」


 恥ずかしくなり、視線がおよぐ。キスは恋人がするものだ。思い出しただけで、顔が熱くなってくる。


「皇族の婚約式は、儀式の要素が強いから、立ち入りが制限されるんだ。それで改めて結婚式を行う。新郎新婦が唇を交わすのは、僕からすれば、婚約式の劣化版みたいなものだよ」

「に、にかいも、するの…………」


 絶望しかない。身分があると、色々なものが公になる。だから本邸住まいのマリスタは、養父に夜会へと連れ出されてしまったのだ。


「市井の恋人達は、どうだった?」


 なんてことを聞くのだろうか。そちらは全然貴族と違う。神聖さなんて欠片も無くて、絵画のように美しくもない。いっそ忘れてしまいたい。


「あの方々は、参考にしてはいけません!」

「何故?」

「ダメだから!」

「どうして?」

「オルヴェールさまは、皇族です!」

「皇族でも、男である事に変わりないけど」

「あんなのはダメなんです!」


 必死に言っているのに、皇子様はカラカラと笑うばかりだ。名前を呼んで抗議する。顎にあった手が頬を撫で、前髪をはらう。逃げる間もなく、額に口づけが落ちてきた。


「恥ずかしい?」

「…………っ」

「マリスタは肌が白いから、照れると真っ赤になって可愛いね」

「オルヴェールさまっ! 真剣に聞いて下さい!!」


 しっかり言っておかないと、大変な目に遭うのはマリスタだ。そんな事をされたら、きっと死んでしまう。見られてはいけない姿になってしまう。逃げようと胸を押してみるものの、彼の体はびくともしない。


「マリスタになら、一日中口づけていたって、構わない。僕は本気だよ?」

「…………っ!」


 まだ婚約で、秘密で、本物でも無いかもしれない。それなのに、そんな事をされてしまったら。


「キスが怖いの?」

「だ、だって」

「子供は出来ないよ?」

「そっ、それくらいは知ってます!」


 最近知ったばかりだ。絶対に街での話はしたくない。恥ずかしさを紛らわそうと、マリスタはふくれてみせた。も、もう、怒ってるんだから!


「ふふふ、そうなんだ?」

「ど、どうして、笑うんですか!」

「マリスタがまだ、結婚を嫌がるのは何でだろうと、思ったけれど…………怖いのかって」

「…………」

「やっぱり、練習しようね?」


 怯んでさえもらえずに、抱きすくめられてしまった。知らないものが、ゾクリと震えて消えていく。こわい。知らないものが。それを知るのも。


「優しい先生と、厳しい先生、どっちがいい?」

「せ、せんせい」


 もうそこまで、決まっているらしい。恥ずかしさより、絶望の方が大きくなった。腕の中で俯いていると、頭を撫でられる。


「マリスタ、選定の言葉が欲しいかい?」


 いらない。欲しい。どちらかなんて選べない。


 婚約は、秘密で良いと言ったのに。恋人のようにマリスタを見る。それに少し期待している、そんな醜さが嫌だった。甘えたい。そんな自分を、見たく無かった。


 だからといって、拒む事はもっと無理だと知ってしまった。


「僕のかわいい、マリスティア。花嫁は君だよ。ただ一人の女の子。もう諦めて、僕のところにおいで?」

「!」


 胸が震える。閉じ込めていた思いが溢れ出てきた、花嫁だった。びっくりするほど、嬉しくて、それに驚いて、やっぱり嬉しい。嫌だったのに、あんなに怖かったのに。


「ど、どうして、わたし、違うと」


 涙が出てきて止まらない。崩れ落ちそうなマリスタを、オルヴェールはすぐに腕へと抱き上げた。


「違ってないよ。マリスタが小さかったから、親元に残そうと思っただけで…………君を連れ去りたいと、何度思ったかな…………マリスタはさ、真面目だからね。選定したら、全部捨ててでも僕のところに来るだろう? そんな事はさせられない。でも君は、自分で全部、捨ててしまったけれど」

「で、でも」

「マリスタは僕を、拒めない」


 口づけが額に、頬にと落ちてくる。それを呆然と見上げてしまった。


「嫌ならそうと、言わないと」


 近づいた顔を、慌てて避ける。横を向いたら、こめかみに寄った唇が、小さく笑った。


「そんなに、キスが怖いの?」

「…………」

「街でマリスタが何をしてたか、知らないとでも思ってる?」


 見張りも護衛もいなかった。居ないと思った。貴族や近衛になるような騎士が持つ祝福は、街の中では浮いてしまう。


「夜の酒場は、どうかと思うけど」

「…………!」


 おそるおそる見上げた皇子様の顔は、ニッコリと、やや不穏なものに覆われていた。まさか、まさか。


「君が寝込むのも悪くないけどな」

「そんな…………」

「鼻血くらいで、引き下がるとでも思ってた?」

「く、くらい、じゃ!」


 知ってるなんて。思い出話をする前なのに。ひどい、まさか全部知ってて…………!


「軍に籍のある僕が、血を見てどうにかなると思う?」

「そ、それは」

「マリスタの血なら、何処から出ても愛しいけどね。怪我はしないで欲しいかな」


 知られたく無かった。同性に頬を啄まれたくらいで、のぼせ上がって寝込んだなんて。酒場を見て、寝込んだなんて。


「顔、真っ赤」

「オルヴェールさま!」

「マリスタには、これくらいしておかないと。直ぐに僕から逃げようとする。ああ、これも知ってるよ? 好きな人には、キスをするんじゃなかったの?」

「お、おばさんから、き、聞いて…………」


 忘れたいのに。それは勘違いで、女将さんにしか、頬の口づけはしていない。恥ずかしくて、他の誰にも出来なかった。するのも恥ずかしいのだと、知ってしまった。


 顔に影がさす。頬に触れた唇は、濡れたマリスタの瞼に落ちる。身体が震えた。怖い。怖いのに、拒めない。顔が近づくその度に、甘い熱に溶かされる。


「や、やめ」

「やめないよ。嫌ならそう、ハッキリ言うといい。素直な君は、絶対に僕を拒めない」


 吐息が頬を撫でて、唇にふれる。柔らかなものは、一瞬でいなくなってしまった。思わずぽかんと、彼を見上げる。


「うん、大丈夫そうだね?」


 大丈夫だと思った時間も、一瞬だった。


 その後は、名を呼ぶ事さえ許されず、恥ずかしさと苦しさの中で、どうにか息をするだけだ。溺れてしまう。口も顔も熱くて、足も宙を蹴るだけで、彼の服を掴むしか出来ることは無かった。




 真新しい寝具に埋もれて、マリスタは精一杯の文句を並べている。


 身体は痺れたように動かない。それもとても恥ずかしく、声もまだ少し震えが治らないままだ。


「オルヴェール、さまの、いじ、いじわる、いじわる!」

「いじめてないよ」

「こんなに…………!」


 たくさんされるとは、思わなかった。恥ずかしい。あんなに唇を吸われて、頭からは湯気が出そうで。それなのにオルヴェールさまは、そのままなのだ。赤くもない。


「どうして、どうして、わたしばっかり」

「それなら今度は、マリスタが僕にくれるかい?」

「無理!」

「ふふふ、残念だから、また練習しようね」

「いやぁ…………」


 くすくす笑われる。するりと、髪を撫でる手は優しいままだ。それでも顔を向けると、とろりと薄紫の瞳が、マリスタを溶かすように見ている。それだけで体温が上がってしまう。


 こんなのを続けられたら、きっと頭がおかしくなってしまう。早く、いつものオルヴェールさまに、戻ってほしい。


「マリスタかわいい」


 ベッドでの攻防は長引いて、見かねた宮長(きゅうちょう)が仲裁に来るまで、終わらなかった。寝室に立てこもったマリスタに、オルヴェールは撤退を余儀なくされる。


「オルヴェール様、そこはもう、押し倒すところではないかと」


 六十を過ぎた宮長の言葉に、出てくる溜息はやや重い。とうとう家臣にまで、既成事実を勧められるようになってしまった。


「キリンダール、マリスタにはまだ無理だから」

「花嫁様なのでしょう? 何があろうとも、我々は殿下の味方です。どうかお早く!」

「…………僕らは、ゆっくりでいいんだよ」


 こう言ってもマリスタは、オルヴェールの寝室に放り込まれるかもしれないが。花嫁は寵を得て、初めて、国民全てに妃として公開される。それまでは、本物として認められる事はない。


「少なくとも、あと二年は抱かないよ。あの子には、段階を踏ませてあげたい」

「二年も仮初の妃になさると?」

「嫌だと言ってくれるなら、考えるけどね。無いな。ギリギリまで逃げ回っている方が、確率的にも高そうだ」


 皇室的には、唇を合わせられれば、二人の仲は認められたも同然だ。ただ妃に冊立するとなると、祝福過剰、体力なし、成長期の三重苦でオルヴェールに抱かれなければならない。


 加減はしてやりたいが、正直、無理だと思った方が正解だ。これは先延ばすしか無いだろう。


「頼むから、見守ってくれ」

「我々は何時でも、オルヴェール様の味方ですから!」

「う、うん、ありがとう」


 十五歳から帝国軍に身を置き、人を助ける機会も、部下の数も多かった。


 宮殿を戴いた暁には、という声も多くて、第二皇子が受け継ぐ宮殿を固辞し、騎士団本部に居座っていたくらいだ。


 この宮とともに、宮内の使用人を厳選したが、半数以上は元軍属。防衛力も熱量も高い。そして竜好きばかりなので、マリスタを、出自が漏れても嫌ったりは絶対にしない連中だ。


 あの瞳に見つめられたら、その内、マリスタの望むまま、オルヴェールを遠ざけるのだろう。


 彼女には本来、そういう力のある血が流れている。だからそれまでは、既成事実と毎日言われ続けるのに、耐えるしかない。ここを絶対に、マリスタの家にするのだ。逃げられないように。大切に。






 枕に顔を埋めたまま、マリスタはやっと一人になれて、まどろんでいた。


 どうして街でのことを、あんなに詳しく知っていたのだろう。それらしい加護が動けば、きっと気がついていたはずなのに。


「あの事まで、知っていたら、どうしよう…………」


 もう頭を抱える事しか、出てこない。何しろ本当に、キスで子ができると、思っていた時期があったのだ。しかも、つい最近まで。


 触ってみるかい、と妊婦のレレさんに聞かれたあの日まで、マリスタの常識は間違っていたのだ。




 膨らんだ腹を揺らしながら、本を買いに来る。


 レレという名の妊婦の女性は、明るく笑う大らかな人である。来るたびにお腹が膨れていくようで、マリスタは心配だった。それを伝えた事もある。


「触ってみるかい?」


 ある日そう言われ、マリスタは目を輝かせた。


「良いんですか!?」

「もちろんだよ。良い加護が授かれるように、祈っておくれ」


 妊婦を近くで見る機会は少ない。貴族は妊娠すると、夜会に出なくなるからだ。


「わぁぁ、お腹パンパン…………あ、あの、痛くないですか?」


 食べ過ぎても、こうはならないような、まるく膨れたお腹だ。なんだか、少し怖い。この中に赤ちゃんがいるなんて、どの角度から見ても、信じられそうに無かった。


「痛み? ははは、時々蹴られるけど、痛くはないよ」

「蹴るの!?」


 しかも中から蹴られるらしい、信じられない。市井の赤子は凶暴なのだろうか。青くなっていると、レレは大笑いしだした。


「あっはっは、そんなに驚くことかい? 赤ん坊が元気な証拠だ」

「元気…………」


 元気だからと蹴るのは、親に対してどうなのだろう。あまり悪さをすると、マリスタのように、捨てられてしまうかもしれない。


「どうした? 蹴られたって平気なんだよ?」

「おへそ、痛くなりませんか?」

「へそ?」

「だって、赤ちゃんと繋がってるんですよね?」

「んん?」


 心配だった。足から出る赤子は難産だって、乳母から聞いていたからだ。でも、黒歴史はここから始まってしまう。


「あんなに小さな穴から、赤ちゃんが出て来たら…………痛そうだなって」

「はぁ?」

「へそですよね?」

「ヘソから赤子はでてこない!」

「えっ!?」


 ぎょっとしているマリスタに、妊婦のレレもぎょっとした。それでマリスタは、少し焦った。


「じゃ、じゃあ、お腹が割れるの? お医者様はなんと?」


 心配だったのだ。本当に心配で、医者を探そうと思った程だ。でも妊婦のレレは真顔になった。


「ちょっとバァさん! この子、トニさんとこに連れてくよ!」

「あぁ? 何だって?」


 店主の老婆は、基本的にマリスタを一人で外出させない。手もかかる上、すぐに人だかりが出来るからだ。ただこの日は違った。


「猫の出産、見せてくる。もうすぐだって、今朝言ってたよ」


 真顔のまま言われた店主の老婆も、すぐに真顔になっていた。


「これ持ってきな。気付け薬だ」

「猫に?」

「マリスタにだよ!」


 薬の効き目は、残念ながら甘かった。




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