自殺しようとした令嬢を洗脳して自分を好きになるようにしてみた
とある夜会で美味しいものを食べれるかと思ったが、三文芝居が始まって美味しいものもいい酒も楽しめずなさそうな雰囲気だったのでさっさと夜会を立ち去った。
「何だったんだ。あの茶番劇は」
王族がいきなり大声で婚約者の名前を呼んで婚約破棄だと宣言して、その理由をいくつか叫んでいたが、婚約破棄するような内容とは思えない理由の数々。第一、
「誰それを虐めたとか嫌がらせをしたって喚いてもその誰それって言うのがそもそも誰って話だよ」
まあ、王族の傍にぴったりくっついていた女だろうけど。
せっかくの料理がまずくなる。いや、まずく感じたから出てきたのだが、久々の参加した夜会がよく分からない茶番劇に変わると参加しなければよかったと気まぐれに参加しようと思った自分の決断を責めたくなる。
それとも引きこもっていたから知らなかったが、最近の夜会ではあのような人を不快にさせる茶番劇が流行りなのだろうか……。
美味しいものが食べられると期待して夜会に参加したのにほとんど食べれなかったので腹が減っている。
「無駄な出費だけど……」
家に帰って料理する方が安上がりだが、空腹に耐えられないので近くにあった店に入って食事をすることにする。本当なら夜会で食べるつもりだったのに余計に金がかかると愚痴りつつ、気になった料理を片っ端から注文してその味に舌鼓を打つ。流石に帰りの心配があったから酒はやめたが、期待以上の味だったのでまた機会があったら今度は事前に宿などの用意をしてからお邪魔しようと店を出ると。
川に飛び込んでいく豪華なドレスに身を包んだ女性が目に入った。
一瞬、酒を飲んでいないのに酔ったのかと思ってしまったが、すぐに泳いでドレスの女性を助け出す。
「おいっ!!」
酔って足でも滑らせたのかと呼吸があるのを確かめながら頬を叩き、水が中に入っていないかと入っていたら吐き出せるようにしていると。
「どう……し……て……」
女性は意識を取り戻した途端ぼろぼろと涙を流し始めて、
「どうして……どうして死ななかったの……レーガンさまに捨てられたわたくしに価値などないのに……」
レーガン? 聞いたことある名前だなと思っていたらそれが先ほど参加した夜会で婚約破棄を言い出した王族だったと思いだす。
だとしたら、この女性は………。
「オルガン………公爵令嬢……」
夜会で婚約を破棄された令嬢だ。
オルガン嬢の目は虚ろで黄丹色の瞳に生気が感じられない。
「家名に泥を塗ってしまった………。たくさん学ばせてもらったのに………それを役に立てない………役に立たない、こんなわたくしなど……」
再び濡れて重くなったドレスのまま川に入ろうとするのを必死に抑え込んでいる。
「邪魔しないでください……わたくしに生きる価値などないのですから……」
こっちが手加減して抑え込んでいるのにオルガン嬢は手加減もせず暴れまわって自殺を図ろうとする。
彼女の綺麗な常盤色の長い髪が当たって痛い。
手を離せばいいと一瞬だけ思ったが、あんな夜会で見せ者扱いされて婚約を破棄されて、死にたいほど追い詰められている人を見捨てたら後悔する気がしたので必死に止めて、
「ならば俺が価値を与える」
魔力を紡ぐ。
「俺に惚れろ!!」
普段灰色の瞳が魔力を使う時のみ桔梗色の瞳を輝かせて、視線を合わせた相手を自分の思い通りに操れる魅了の術を使用する。
「あっ……」
糸の切れたよう人形のように動きが止まる。
「俺はあんたが死んだら悲しむ。だから、俺のために生きろ」
命じる。
「は……はい……」
感情の籠らない声でこくこくと頷き、川に向かおうとした身体の向きを変えて、安全な場所まで歩いていく。
「とりあえず、家まで送ろう」
「いえ……婚約を破棄された娘など帰ってこなくてもいいと言われました」
「はあぁぁぁぁぁ⁉」
何考えているんだ。公爵だろう。いや、公爵よりも前に傷付いた娘の父親だろう。
「なので、わたくしを連れて行ってくれませんか……」
不安げな声。そっと縋るように袖を掴む指は小刻みに震えている。
「…………仕方ないな」
生きろと命令したのはこちらだ。ならば責任を取らないといけないか。
「しっかり掴まって居ろ」
判断するとオルガン嬢を抱きしめて転移の術を行う。アルコールが入っていたら魔力を紡げないがお酒を一滴も飲んでいないので転移術も簡単に起動させられる。
無事家の中に到着すると、
「えっ……?」
「おっと、忘れてた」
転移よりもこっちだったなとオルガン嬢の全身が濡れているのを一瞬で乾かす。
「呪文を唱えていない……魔術ではなくて、魔法………!?」
「さすがに難しいのは呪文を唱えるので魔法ではありませんよ」
魔力を呪文を使わずに使える魔法使いと呪文を唱えて魔力を紡ぐのは魔術師。魔法使いは幼いころから思うだけで魔法を使えるから便利だけど、感情に左右されるから幼少期は大変だと聞いたことある。
その点魔術師は呪文を唱えて、魔力を紡げばいいから楽と言われたけど、お酒とか体調で左右されるからどっこいどっこいかもしれない。
「すごいですっ!! 魔力を持っていても魔術を使うこと自体難しいので使える人は少ないのにっ!!」
頬を赤らめて、目をキラキラ輝かせて興奮したように賛辞する様にそう言えば魅了させているのだったなとそのあまりにも興奮具合に驚いてしまう。
そこまで言われるなどと思っていなかった。
褒められなれていないのを誤魔化すように何か話題を換えようと思い、
「そういや、名乗ってなかった。アラベスク・フィナンシェだ」
とりあえず名乗っておく。
苗字を考えろと言われたのでその時食べていたお菓子から付けたから変な苗字と言われてもおかしくないなとしっかり考えておけばよかったなと後悔をしつつ告げると、
「桔梗の魔術師フィナンシェ!! 聞いたことあります。いろんな論文を発表していますよね」
「ああ。知っているか」
そう言えば、新たな魔術を作る理論を発表して爵位を得たが、まさか知っているとは思わなかった。ましてや、魔術師会での通り名まで……。なんか、魔術を使うと目が桔梗の花みたいな色に変化するからそう呼ばれているとか……。
「はいっ。後、アラバスタの火山爆発の時の近隣住民救出の時の活躍も聞いています」
「そんなこともあったな。だけど、新聞の端っこに書いてあった程度だぞ」
「そうですね……魔道騎士団の活躍がほとんどでしたし、住民の救助よりもそこで作られている貴重なアイテム工場を守った方が話題になっていました。だけど」
言葉を切り、目を潤ませて、
「守る一番大事な物は民です。それを守ってくださった方が貴方だったなんて……」
眩しいものを見るようにじっと見てくる眼差しに耐えられなくなってきた。これもすべて魅了の術の影響なのだからさっさと解除した方がいいかと思って術を練ろうとしたが、
(駄目だ!!)
彼女は婚約を破棄されて自殺するほど追い詰められているのだ。解除したらまた自殺しようとするだろう。
(生きる目的……少なくても貴族の世界では得られなかった幸せと生活できるすべを見付けてから解除した方がいいか)
そんなことを考えて、ふと気づく。
「あの……オルガン嬢。そう言えばドレス以外の持ち物は……?」
「お恥ずかしいですが、着の身着のまま追い出されまして……」
自殺を図る前に強盗とかに襲われなくてよかったねと思うべきか。それではしばらく生活するにも服もお金もないのかといまさら気付き、
「っ!! 少し待ってろ!!」
窓を開けて、枝で巣を作っているはずの蜘蛛を探す。
「いたっ!!」
蜘蛛にそっと指を近付けて、魔力を与える。
「何をしているのですか……?」
オルガン嬢がわずかな隙間から顔を出して窓から外を見る。――つまりかなり密着しているのだが、オルガン嬢は全く気付いていない。こっちが柔らかい感触とか身体を綺麗にした魔術を使ったので彼女本来の良い匂いが漂ってきて集中できなくなりそうになっているのを全く気付かずに興味深げに見ているのだ。
「あっ……魔力を蜘蛛に渡して願い事を叶えてもらっている。等価交換というもので……」
魔力を渡された蜘蛛はただの蜘蛛ではなく一応魔物だ。魔物は魔力を与えると与える分のこちらの望みを叶えてくれる。
人間を必要以上に襲う魔族もいるがあれは魔族の中では常識外れの部類である。大概の魔族は魔力を与えれば希望も叶えてくれるし。魔力が欠乏して弱っている魔族が必要分人間を襲うこともあるがそれでも闇雲に殺さない。
まあ、魔族も生存本能があるし、縄張り争いがあるから争いとは無縁にはならないが。
「今、蜘蛛に頼んであんたの服をいくつか作ってもらっている。本当は店に買いに行った方がいいんだろうけど、夜だから開いてないしな」
「えっ!! 蜘蛛に作らせるって……蜘蛛の作る服と言えばっ⁉ アラクネの服っ!! ドラゴンの爪ですら傷をつけられないという最高級の防具でアラクネの服一着で城が作れるほどの資金が必要なんですよっ!!」
「それくらい価値があると知っていたけどどこぞの王族が婚約者が求めるからという理由でポンと購入したのか」
たまにしか町に行かないが、王族の婚約者がアラクネのドレスじゃないと着たくないと不満を言ってアラクネの服を取り寄せたという話を聞いたが、そう言えばその購入した王族って確かレーガンとか聞いたけどこの反応からすればあの夜会の時に傍でくっついていた女が買わせたんだろうな。
「寝台も蜘蛛が作った布地だから……あっ、寝台を用意する暇なかったから俺のを使えばいい」
毛布は多目にあったからそれに包まって床に寝るからと伝えて、蜘蛛が寝間着を作り終えるとさっさと隣の部屋に行ってそこで包まって横になる。
「あっ、ドレス脱げるかな?」
一人で脱ぎ着しにくいと聞いたことあった。
「使い魔」
オルガン嬢を怯えさせないような外見を持つ幼い子供のような外見の使い魔を作り出して、オルガン嬢のフォローを命じる。
その後は知らない。
魔力を久々にたくさん使ったので体が休みを求めていたのでそのままぐっすり眠ってしまったから。
朝食を作っていたら緊張した面持ちで、オルガン嬢がドアを開けて覗き込んでいるのが見えた。
「おっ、おはようございます……」
「おはよ」
挨拶を返して、お皿に料理を盛り付ける。
「何ですか。これは?」
「朝食」
焦げ焦げになった目玉焼き。昨日買ったパン。それだけ。
「もっといいもん食いたいだろうけど、料理は苦手だな」
「……料理って大変な物だったんですね」
焦げ焦げになった目玉焼きを涙目になりながら食しているのを見て無理に食べなくてもいいと止めようとするが、
「いえ、わたくしのために貴方さまが作ってくれたものなのですから……」
頬を赤らめて告げてくる様に、そう言えば魅了の術掛けたままだったと思いだす。
「ですが、いつもこんなものを……」
「いや、普段はパンだけだ。たまに野菜を取る」
窓の外には小さな畑。
「あの……野菜はどう料理して」
「生のまま齧る。洗うくらいだな」
「………………料理の本とかありますか?」
「ああ、本棚にあるが、難しくてな……魔術なら簡単なんだが……」
「そうなんですね……少し挑戦していいでしょうか……」
青ざめた表情で本棚に入れてあった料理本を手にして、
「砂糖と塩はどこに……?」
「ああ、ここにある」
「お酢とかは」
「お酢はないな。胡椒は外に実っているから収穫すればいい」
「…………」
オルガン嬢は必死に料理の本を齧りつくように読み、気が付くとあっという間に料理を覚えていった。ついでにそこらへんに生えている野草も覚えてそれも料理していく。
「すごいな……」
料理を何度やっても上達しなくて諦めたので料理が出来ることに尊敬する。
「いえ……本が分かりやすかったので……」
「いや、俺は分からなかったからできるだけでも凄いと思うけどな」
調理方法が意味が分からな過ぎて出来るオルガン嬢がすごいと感心すると頬を赤らめて嬉しそうに下を向く。
それだけじゃなかった。
気が付くと家は綺麗になっていたし、畑もしっかり手入れされている。
「オルガン嬢はすごいんだな」
魔術しかできない自分からすれば彼女が何でもできているように見える。しかも、
「できるまで努力できるのがすごいな。俺はすぐに諦めてしまったのに」
出来ないなら出来なくていいと開き直ったのでできるまで努力し続けるオルガン嬢はすごいと素直に告げてしまうと、
「そうやって褒めてくれるのはアラベスクさまだけです……」
もじもじと恥ずかしげに告げてくるので、こんな努力家の可愛らしい令嬢を誰も褒めなかったのかと彼女の家族と元婚約者を怒鳴ってやりたくなる。
ちなみに、その彼女を捨てた婚約者と家族は新しい婚約者が浪費しまくって悪評が広まっているとか、家族の方は最近書類の偽造が発覚したとか。
元婚約者の馬鹿王子がオルガン嬢に当てていたはずの婚約者資金を横流しした書類が何故かうっかり監査をする部署に見つかったとか。
オルガン嬢の実家の書類が何故か筆跡が違うことに気付いたとか。
いや~、偶然って怖いな~。
でもって、オルガン嬢が自殺しようとしていたのを目撃していた人が見つかって、川下では夜会でオルガン嬢の着ていたドレスがズタボロ状態で発見されたという話題が広がっている。
というかすべて俺がドレスは仕込んだし、元婚約者と元家族を調べてみたら出るわ出るわ数々の悪事が、だからそれをきちんと裁いてくれそうな人に発見してもらえるように小細工をした。
「アラベスクさま。見てください」
最近では魔術の使い方を教えて、それをしっかりものにしている。
「もう自殺をしようなどと思わないだろうな……」
そろそろ潮時か。
正直、彼女と一緒に暮らす日々が楽しかったので、それを手放すのは辛いが。
「オルガン嬢。新しい魔術を教えようか」
「どんな魔術ですか⁉」
「ああ。――自身に掛けられている状態異常を無効化出来る魔術だよ」
ああ、これで魅了を解除してくれ。
『ずっと騙していたんですね。嘘つき!!』
顔を殴られると思った。軽蔑されると。
だけど、
「アラベスク。新しい魔術を作成したの!!」
何で親し気に敬称をつけずに呼ばれ、腕を組んでいるのだろうか。
「すごいな。これなら体調を崩しても魔術を使える」
「そうなのっ!! 魔力があっても魔術を使える人が少ないのは精神が安定している人が少ないから使えないからなのかなと思ってもっと簡単に出来るようにしたのよ!!」
興奮したように告げてくるオルガン嬢を見て、何で彼女はまだここに居るのだととっくの昔に魅了は解けているのにと困惑しか浮かばない。
彼は知らない。
偽物がとっくの昔に本物の恋になっていたなどと。
褒め殺しで本当に好きにさせていていた系男子