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一目惚れをしたから、嘘を吐きたくなったんだ。

作者: 綴詩翠


大晦日の今日、俺は帰省している。

一度、家に顔を出した後、すぐに向かってきたここ。

とある大きな公園だ。

と言っても遊具は無く、道に沿って葉のない木々が立ち並び、中心に少し大きめの噴水がある程度。

目の前は大海原で、風が少し冷たい。

夕方の今、海は太陽の光を映して朱色に染まっている。

振り向くと広がる芝生の黄緑とは補色関係に近く、横を向いて双方の景色を同時に見ると、コントラストが美しい──



この景色に見入っている間も、悴む手はコートのポケットに突っ込んでいる。

息は白く、宙に舞い溶け消えてを繰り返す。



そうしてただ突っ立っていると、海の景色に少々飽きてきた。

後ろを振り向き、人の少ない公園を眺めてみると、鬼ごっこをしながらはしゃいでいる、過去の俺と幼なじみ三人の姿が見えたような気がした。



ここにやって来たのは、その懐かしい思い出に浸りたくなったからだ。



今も連絡は取っているけど、みんな大学はバラバラ。

こういう年末にでもならないと、タイミングが合わず、会えない。



アイツら、帰ってきてんのかな……



なんて答えの返ってこない問いかけをし、数秒頭が空っぽになる。

そしてふと思う。



……ここが俺にとって思い出の場所のように、他の誰かにとっても、ここがそういう特別な場所だったりすんのかな……



また返答のない問いかけをしてしまった、と少し反省する。

こんなことしても、寂しくなるだけだ。



そう思い、帰るかと足を一歩踏み出した時。



真正面にある噴水の方から、スーツケースを引きながら歩いてくる若い女性の姿が。



同い年くらいか?



俺と同じく帰省して来たのだろう。

なんとなく彼女を目で追っていると、いつの間にか目が離せなくなっていた。

お陰で一歩踏み出した足も、二歩目がやって来ることは暫く無さそうだ。

そのまま見ていると、彼女は真っ直ぐこちらへやって来た。

でも俺のことは意識の外らしく、存在を把握されている感じが全くない。

フサフサ、と芝の上を歩き、俺の隣で海を眺め始めた。

そして気がつく。



……え、泣いてる。



海と同様彼女の涙も太陽の光を映しているため、頬を流れる眩しい雫には、すぐに気がついた。

何か見てはいけないものを見ているような感じがして、その場を去ろうとやっと二歩目を踏み出した時。



「もしかして、君……川村くん?」

「……え?」



もしやと思い後ろを振り向くと、予想通りその問いは俺に向けられたものだった。



「あ、ご、ごめんねっ、こんな恥ずかしいところ見せて……」



でも俺の姓は川村ではなく、澤村だ。

案外惜しかったな……



じゃなくて。

どうやらその川村くんと俺は、見た目が似ているらしい。

または涙でよく分からなくなっているかの二択だ。



……いや待て、それよりも。



さっきから、よく分からない感情が胸の中で渦巻いている。

心臓の音がうるさい。

彼女のすすり泣く音なんて、かき消されてしまうほどに。

そんなことを気にしているうちに、いつの間にか存在していた欲望。



泣いている彼女の、笑顔が見てみたい。

彼女が泣いている、理由が知りたい。



そして……



あ、ちょっと笑った?



彼女のちょっとした変化をも目で追い始めている自分がいることを自覚し、気がついた。



俺は、恋に落ちたんだ。

何よりこの一瞬で。

俗に言うところの、



一目惚れ。



彼女の胸の中にいる、その川村くんとやらだと嘘をついてしまおうか。

例えすぐにバレる嘘だとしても。

ここがその川村くんと彼女にとって、思い出の場所なのだとしても。

少しでも長く、彼女の意識の中にいたくて。



本当に、そう思ってしまうほど、



彼女の泣き顔が、美しかったんだ──


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