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過去に書いた小説

英里ちゃん、こっちを向いてよ

作者: 生肉こむぎ

 甘くて優しいシャンプーの香りがする。

「私K-popがめっちゃ好きなんだ、言ってなかったっけ、えっとね、このグループの✕✕✕✕✕さんと、✕✕君が大好きで」

 

「ウン……」

 彼女がスマホ画面に指を指す。そこには顔が整った男性がたくさん居た。

「でもやっぱりこっちの女の子グループの✕✕✕ちゃんと、✕✕✕さんと、でもでもこっちの男の子グループもあっちのグループも好き!」


 瞳をらんらんと輝かせながら、英里ちゃんが言う。

 彼女は紫田英里ゆかりだえり。恋人だ。

 僕と英里ちゃんは、N大学という大学の生物学科で、生き物の知性と感情、そして鳥の生態と、哺乳類における愛情の意味について調べている。

 そして今、彼女は僕の家に居る。


「みんな、格好いいし可愛いんだ~!」

「すきなんだね」

「うん! そうなの。箱推しに近いかな……」

 脚が長くてアメリカのグラマラスな女性をかたどったあの人形も裸足で逃げ出すようなうつくしい女性達と、王子様みたいな服を着た見目麗しいのだろう男性達の写真が、カッコつけたポーズと表情で写った写真。

 

 なぜか皆肌が白くて、なぜか皆、表情と目元のメイクのせいで、疲れてるけど性的に興奮してる人みたいに見える。あと一部の女の子グループは異常にスカートの丈が短くて、むちむちのふとももが露出されていた。…………。

 

 

 何枚も、つぎつぎと英里ちゃんの手によって男女別の集合写真がスワイプされて表示されては消え、また表示されていく。

 

 

 英里ちゃんの手は、小麦色に日焼けしていて、細いけどむちっとしているという矛盾。そして、彼女のまつげは少し反っていて、目は垂れ目に近い愛嬌のあるくりっとした大きめの瞳をしている。そして、鼻がちいさくて、ほっぺがふにふにで、髪の毛は毛先がすこしふわふわ、ちょっぴり心をくすぐるような甘い女性用のシャンプーの香りがする。家の中でマスクを外すと見える唇はぷるっぷるで、みずみずしくて、健康的なピンク色の可愛い口紅が上に乗っている。

 

 照れ屋で、テンションが高くて、元気で、ちょっとうるさいけど。

 大切な、彼女だ。

 

 

「あ。僕もこの子は知ってる。ガムのCMに出てた……えっと」

 女の子だ。

「名前なんだっけ」

 続けて言う。

「あっ、知ってます?」

「思い出した。✕✕さんって人でしょ」

「わっ、凄い! れいくんが知ってるなんて、嬉しいな」

 彼女がキャッキャッとはしゃぐ。


「うん。あと、なんかネットで炎上したってキャンパスで誰かが言ってた」

「あれは揚げ足取りですよ!」

「そうなの?」

「✕✕ちゃんはプチ炎上しましたけど、私は応援したいです。許せないですね、あんなに一生懸命で優しい天使の✕✕ちゃんが、ちょーっと言葉の使い方をまちがっただけで、あんなに炎上するなんて。あの子まだ10代なんですよ⁉ 私より年下ですよ」

「あー……」

 なんて返事をするべきなのか。なにが彼女にとっての正解なのか。

 

 

「そんな年下の未来ある若者をいじめて、だめでしょ! いや、年齢は関係ないです。そういうのは許せません。私、あれから✕✕ちゃんが心配で心配で……」

「そうなんだ……」

「でもね、ひとつだけ嬉しいことがあって」

「え?」

「夜眠れてる? とか心配と応援のコメントが動画サイトの公式アカウントとかつぶやきSNSにめちゃくちゃファンから投稿されてるんですよ」

「そうなんだ」

 返事が決して返ってこない人にメッセージを送るファンの感情はよく分からないけれど、凄いなと思った。僕なら、自分のことを見てくれないと分かっている人に、どんな形であれアプローチしたり、接近したり、応援したりはできない。

 


「✕✕ちゃんは……ほら! こっちの衣装もかわいいですよねっ」

「英里ちゃんのほうが僕は好きだけど、うん、確かに綺麗な人だと思う」

「いやいやいや、私が1000人居ても、彼女の半分以下だし……」

 スマホをズボンのポケットにしまった彼女は、両手の五本の指と指を合わせて、彼女が言う。

「…………。自分を卑下するの、よくないよ」

「彼女が可愛すぎるんだもん」

 鏡を見ろと僕は思う。


 

 英里ちゃんは可愛い。どこをどうしたら、こんなに可愛い女の子が、自分の容姿を客観的に評価できなくなるんだろうなと思う。いや、容姿はたしかに、厳しめに言うと、ふつうだ。でも、これだけ愛嬌があって、笑顔の眩しくて嬉しそうに喋ってくれるし、思いやりのある、都会に毒されていない女の子は、周囲から花よ蝶よと育てられて、かわいいね、かわいいねと言われるはずじゃないのか。

 

 あ、また彼女がスマホをズボンのポケットから出してきた。

 

「私、こんな女の子に生まれたかったな」

「…………。英里ちゃん」

「分かってるよ、でもこんなにキレイなのはずるいなぁーって思わなくもないというか」

「努力してるんじゃない、たぶん。きれいに生まれてきても、それを保つ努力とか、わからないけど、スキンケアとか運動とかおいしくない野菜食べたりしてるんだと思うよ。あとメイクもプロにして貰ってるでしょ。彼女達は」

 遠回しに、英里ちゃんももっとファッションにこだわって、ちゃんとしたメイクをしてもらえば、✕✕さんにも負けず劣らずの美女だと思うと言ってみるけど、伝わっている気がしない。

 

 

「スキンケアのプロに言われるとそうかなって思うけど。年中しっとりもちもちお肌の怜くんには、思春期過ぎてもニキビができるオイリー肌の悩みは分かりませんよ」

「ちょっと待って。どういう意味」

「そのままの意味」

 化粧水とか炭酸水とか顔面のパックを毎晩するのが趣味かつ日課になっている事が、バレたかと思って、ぎょっとする。いつバレた。きゅうりとかスライスして乗せたり、果物ティーとかハーブティーを作るのが趣味というのも、薄々勘付かれていたらどうしよう。

 

 前の彼女の桑品美月くわしな みづきさんは美肌効果のある入浴剤や、化粧水、乳液のボトルと、どうしても買いたかったから買った女性物のシャンプーや、ボトルの可愛さと甘い香りに惹かれて買った流さない女性用のトリートメントを見たとき、「え。ちょっと待って。もしかして怜って、女の子に生まれたかったとか思ってる?」と、ぎょっとした顔で言ったのを思い出した。

 

 そこから彼女の恋心は急速にめていった。

 

 

 でも、どうして英里ちゃんが知ってるんだろう。黒色ボトルのシャンプーと、青色ボトルの全然好みじゃないし惹かれない男性用リンスを薬局で買ってきて風呂場には置いたし、古いのは洗面所の引き出しの中に隠したし、隠蔽工作はかなりやったはずだ。その時に、確実に見えないところへ顔のパックも化粧水も乳液も隠したのに。

 

……いや、考えすぎだ。それにバレたとしても、彼女の置いていったやつって言ったらいいだろうか。いや、浮気を疑われ……。


「どうしたの?」

「……なんで、化粧水と乳液と、顔パックしてるの知ってるの」

「え。だってそんなにもちもちで、洗顔オンリーとかありえないでしょ」

 現実的に考えたら、ケアしてるのかなって……と彼女が言った。

「…………」

「まめだね!」

「……うん」

「どこの化粧水がいちばんしっくりきた?」

「……△✕◯社の、◯◯◯◯◯っていう名前のやつと、ちょっと高いけど、これ」

 はしごによじ登り、ベッドの天井の上から、それを見せる。


「……ちょ、ちょっとだけ、使ってみても良い?」

「塗ってあげるよ」

「はずかしいからそれはパスでお願いします……」

 もそもそという擬音がでそうな、謎の動きをしながら彼女が言った。


 手にぺちぺちと塗り込んでいる。でも物凄く少量だ。そんな量で商品の良さが分かるだろうか?

「もっと使っても良いよ」

「いや、このくらいで大丈夫!」

「アレルギー反応でたらいけないもんね。そうだね」

「高級品アレルギーが出るかも」

「なにそれ」

 呆れて笑う。

 

「怜くんは他にも秘密があったり……?」


「ないよ」

 趣味とか性格とか、隠し事だらけだけど、そう言ってみる。

 

 

「わ……! わわわ! ……もっちもちになった‼」

「触らせて」

「だめだよー!」

「ちょっとだけ……」

「だめ!」

「……悲しい」

「だって付き合って一ヶ月も経ってないのにそんな一線を越える訳には」

「手だよ?」

「え。あ、あれ……」

「なに早とちりしてるの」

「……え。……えーっと」

「英里ちゃん、もしかして、家に来た時、変な事ばっかり考えてるの?」

「…………。……黙秘権」

「肯定するんだ……」


 

 ふと、思い出した。

 付き合いたての日。

初めて僕に好きだと言ってくれた時はあんなに震えた声で僕にアプローチしてきたのに、今は照れながらもときどき、隙を見ては僕の髪の毛をすいてくる。

 

 今も、ほっぺを触って「つやつやもちもち……」と言ってきている。

 指の感触。やめろ。それ以上やるな。身体が反応するからやめてくれと思うけど、でも彼女の指の感覚があまりにも心地いいので、止める機会を失ってしまう。

 

 

「でも話を戻すけどね……」

 手が離れる。

「戻さなくていいよ」

「こんなにかわいく生まれたら、そりゃ自分を大切にするよね……」

「だから、英里ちゃんは可愛いって言ってるでしょ」

 ちょっとむっとしてしまう。

「✕✕ちゃんのほうが可愛いんだもん。いいなー。天使。もう天使だもん。いいなぁ」

「……さっきの金髪のイケメンアイドルと、✕✕ちゃんどっちが好き?」

「……そんないじわるな質問します? そ、そりゃあ、ふたりとも好きだけど、……うー……、その質問に回答するためには、あと3年は必要ですよ。あ、✕✕✕✕くんの伝説のファンサの動画観ます?」

「みる」

 どうでもいいけど、好きな女の子の好きなものにはちょっと興味がある。あと、英里ちゃんがやたらと『観ると言え~!』という、かわいいオーラを発していたので、言う。

 

 

 肩を並べて、スマホの小さな画面を観る。彼女のスマホは、まぁまぁ古くてやや小さい機種だ。でも、そのおかげで、こんなに密着して、彼女の肌のぬくもりを服越しに感じながら、そして耳をすませば彼女の息遣いを感じながら、一緒にナチュラルに(肩を)触れ合うことができる。

 

 

「これです」

 黒髪で可愛い系の顔。目が狐っぽくて、ほっぺが赤い人好きのしそうな男の子が映っていた。

 英語の字幕がついていない動画だ。韓国語ハングルが表示されている。え、これを彼女は読めるのだろうか。

 

「会場で、おじさんが『愛してるぞー! ✕✕✕✕!』って叫んだんですよ。周りは女性だらけなんですよ。で、会場がちょっぴりざわついたら、✕✕✕✕くんが、『僕もあいしてるよ! ありがとう!』って笑顔ですごく嬉しそうに、照れながら答えたんですよ。あの時のほんわかした会場の雰囲気、最高でした。温かい雰囲気というか」

咄嗟とっさの機転がきくんだね」

「そういうんじゃなくて、なんていうか、愛。もう、愛です。ファンへの愛とファンからの愛です。ファンはアイドルのために。アイドルはファンのために、みたいな? ていうか✕✕✕✕くんイケメンだよねっ、ねっ、いつ見てもイケメン……。はぁ……。怜くんはどう思う?」



「……どう思うって。かっこいいなとは思うよ」

 僕の彼女はめんどくさい質問をするのだなと思ってしまった。

「だよね⁉」


 わぁ。肩を片手で掴まれた。えへへ、と嬉しそうに彼女が笑う。

 

 キスできそうな距離。

 キスしてやろうかと思った。

 口を近づける。

 

 ひゃっ⁉ と彼女がちいさな悲鳴をあげて、そのあと、えー、だめ! と言いながらなにがおかしいのかけらけら笑って、口を手で隠したまま、僕を上目遣いで見上げてくる。


「怜くん……」

 彼女がしっかりと僕の目を見つめてくる。ちょっとにやけているけど、かわいい笑顔だ。

「英里ちゃん……」

 キスできるだろうか? とそう思った瞬間。

「でも、ほんとに格好いいんですよ」

 彼女が言った。


 うるさいな。

 でも、好きなんだな。僕の事もそんなふうに瞳をキラキラさせながら好きって言ってくれたら良いのに、そうじゃなくても、もっともっと好きって言ってくれたらいいのになと思う。

 

 でも、こういう手足の長くて、背の高くて、整っている(と思う)顔をした、ハンサムな、『男の子』って感じの男の子が、英里ちゃん、好きなんだ。

 じゃあ僕の事を好きになったのは気まぐれだろうか。

 

 

 自分は、客観的に見ても、主観的に見ても、自他ともに認める、男らしくない男だ。中性的だねとか、繊細だねとか、優しいねと言葉を選んで周りの人は僕を(気をつかって)評価するけれど、内心では男らしくないとか、女々しいと思われているだろうと感じることがある。

 

 こういう言い方をすると令和の世の中の人は、「皆個性があって素晴らしいじゃないか」とか「個性ってかジブンがあって良いじゃん」とか「男らしさ女らしさなんて、決めつけだ。あなたがあなたらしく生きられる世の中を皆で作ろうよ!」と焦ったような口調で口先だけでは言ってくれるけど、影では僕のことを「アイツ、なんか女みたいだよな」とか「ナヨナヨしててむかつくんだよ、男らしくなれやって思うわ」とか「アイツ、絶対俺のこと好きだって……ヤバイヤバイ、どうしよどうしよ、何て言ったら恨まれずに脈ナシになれると思う? いや、マジで」とか言っていることを、身をもって知っている。

 

「…………? どうしたの?」

 英里ちゃんは、なんで僕が好きなの。


「……羨ましいよ、ほんとうに」

 ちょっと苦々しい声になってしまう。優しい共感するような楽しそうな声を作ろうとしたのに。


「えっ」

「良いなぁ、こういうアイドルは会ったことも喋ったこともない英里ちゃんみたいな熱心なファンに愛されて。うらやましい」

 言葉が続けて、勝手に口から出てきた。

「えっ、そ、そうかな」

「何もしなくても英里ちゃんに愛されて、羨ましいな」

「何もしなくてもって事はないですよ! 彼らはファンサービスの塊で、令和の時代を生きる紳士達で、明るくて優しくて可愛くて、それに血反吐を吐くような量、ハードなダンスの練習をして、コンサートのために日本語で挨拶する練習をしたり、ほんとうに一生懸命で、見ていて勇気を貰えるし、セクシーで格好良くて、でもバラエティでは面白いし、パーフェクトで……なんていうか、プロフェッショナルというか」

 英里ちゃんはそこまでを一息で言い切る。オタクっぽいなと思った。でも、世間一般のイメージではオタクっぽいは褒め言葉じゃないけど、彼女の場合は、ああ、その対象がスキなんだろうなと凄く伝わってきて、きれいな声といきいきとした表情のせいで、元気で無邪気で、あどけなく見える。

「うん……」

 でも、男性アイドルにも女性アイドルにも興味がないので、なんだかちょっと疲れてきた。

 

「芸術品なんです。いやもう、彼らは顔面だけでも国宝だけど、人々に与えてる勇気の総量とか、お仕事に対する情熱やダンスの練習量やパフォーマンスの美しさを考慮すると、国際スポーツ大会の競技の選手とかに匹敵するし、なんていうか、もう、国の宝じゃなくて、地球の宝なんです。彼らは地球の誇るべき、いや、人類の誇るべき素晴らしい存在なんです……!」


 こんなに英里ちゃんが喋ったのは初対面のとき、

 

「初めまして」と言い、

「動物すきですか」と聞いて、僕が深くうなずくと、

「知ってます?」「カラスって実はめちゃくちゃ愛情深いんですよ」「ていうか鳥類って愛情深いんですよ」と唐突に話しかけてきた時以来だ。



「――で、――だから――という調査があって、それにゾウは仲間の死を悼むし、それにボノボっていうお猿さんは平和的で、ゴリラと違って……、あと、知ってます? ハムスターって仮病使えるらしいですよ。それに蟻って、一匹だとそんなに賢いとは人間的な視点でいうと言えないんだけど、集団になると人間の脳と似たような――を――」と喋り始めたことを思い出した。


 そしてあの日、彼女は続けた。



「夢がありますよね! 解明されてないことがこんなに一杯あるのって、すごいですよね」

「宇宙を調査するくらいだったら、私、深海と動物と昆虫をもっと徹底的に調査するべきだと思うんですよね……」

「だって、イルカとか、カブトムシとか、正直、宇宙でエイリアン探すよりも、現実的に考えて異種族じゃんって思うというか……」


「イルカの言葉が分かるようになるために、鳴き声を分類解析してるアメリカの研究者の――という博士達が、――あと、タコの知性と記憶力についての研究が……あっ、私は国営放送でやってた吹替版をみたんですけど、もう、超絶感動しました。あれのおかげで、理系に進学する勇気を貰えたっていうか。ほんと、ありがたくて」



「うん、ですよね! 私も子供の頃から動物が好きで……大人になったら獣医師か生物学者か、海外の保護区域でゾウさんを守る仕事か、保護された動物をお世話する人とか、とにかく動物関連の仕事につくのが夢だったんですよね……」


「あ、ドリトル先生子供の頃に読んでましたよ私も。というか動物がでてくる子供向けの話はだいたい読みました」

「哺乳類は愛情を持ってるんです」

「中学生の時に読んだ動物の科学的な調査の本を読んでから、私は改心しましたね―……。え? あ、うん。改心したんです。改心って言葉を使うほど、劇的な変化でした。あ、生き物ってやっぱり、感情あるんだ。知性もあるんだ……って」

「あ、でも、チキンは食べるけど……」


「でも、私達は動物に支えられて生きてるってこと、忘れないようにしたいです」

「地球が、動物が、植物が、人間を支えてくれてるから、人間は生きれてること、忘れないようにしたいです」

「南アメリカやアジアの熱帯雨林を守らなきゃですね」

「動物や植物の中には、薬になるのも居るし。ぜったいに、この地球を私達が今の世代で守っていかなきゃいけないんですよ」


 

 みたいな話を、黙って話を聴く僕に、彼女が熱く語ったとき以来だった。その後、初対面なのに喋りすぎてごめんなさいとか、人の気持ちが分からなくて……とかいろいろ卑屈なことを言われて、でも、『よかったらお友達になってください』とか、『ここの学食、めちゃくちゃ美味しいって評判ですよね! カツサンドとサンドイッチとカツカレーとブリの照り焼き定食が美味しいって噂を聞いて、ちょっとわくわくしてます。えへへ……』とか色々言われた。

 

 いや、あの時した動物の話よりも嬉しそうに話している。

 なんだよ。お前は脇目も振らず動物一筋だっただろうが、とちょっとむかついた。

 

「もしこの金髪のアイドルのそっくりさんが、英里ちゃんに付き合ってって言ったら、英里ちゃんはそっちに行っちゃうのかな……」


 子供っぽい発言をしてしまう。調子が狂う。

 

「あっ、もちろん、一番好きなのは、……その、……その。……その。…………! 分かるでしょ! わかってくださいよ、はずかしくて言えませんよそんなの」


「……すきだよ、英里ちゃん。ほんとに、好きだから」

「……嬉しいことばっかり言われて、まだ春なのに今年一年分の運を使い果たした気がする……」

「どういう意味」

「バチが当たる……」

「なんで」

「こんなイケメンに言い寄られて、こんなイケメンが彼氏で。声も格好いいし……しあわせ……」

「付き合った時も思ったけど、英里ちゃんって顔と声のことしか褒めないんだね」

「……はずかしいんだもん。性格を褒めるの」

「普通逆じゃない?」

「だって、怜くんのルックスがアイドルみたいなのも、声が声優さんみたいなのも、周知の事実じゃないですか。皆知ってるし、言われ慣れてるくせにー! 怜くんも!」

 なんでそんなに容姿を褒めてくるのか理解できない。

 顔の頬骨や肉付きや骨格や目の形を褒められても、両親に感謝しないとなとは思っても、「あなたの遺伝子配列が好き」って言われて嬉しい人が少ないように、あまり嬉しくはない。中身を褒めて欲しいと思ってしまう。

 

 

「顔と声以外は?」

「優しいし、楽しいし、好きだし、すきだし……。……すきだなぁって思ったら、なんていうか……」

「…………」

 抽象的で、占い師のように誰にでも当てはまりそうな褒め言葉をたくさん呟いてくれる。それでも嬉しいと内心はしゃいでしまうのは、どうしてだかは、知っている。

 

 

「自分が自分の好きな人に愛されてて、自分も怜くんのことを愛せてることが衝撃というか」

――私、人を愛せるような人じゃないと思ってたから、と言う英里ちゃんは、なんだか寂しそうだった。

「英里ちゃんのこと、ずっと、ずっと……ずっと、愛しますよ」

 なるべく格好良く見えるような笑顔を意識しながら、言う。

「……もう止めとこう! この辺にしとこ、ねっ」

「なんで?」

「心臓がもたない!」

「ドキドキします?」

「するよ……」

 ふくれっ面で言われると、破壊力が強い。

 

「キスしよ。さっきの続き」

 なるべく格好良く聴こえそうなトーンの声で言う。

「…………」

「こっち向いて」

 なるべく甘く聴こえそうな声のトーンで言う。


 ふい、と向こうを向いた後、英里ちゃんは、まっかな顔でこちらを向いて、ちょっとだけニコッとした。なので、僕は、彼女の頬と、唇に、柔らかいキスを落とそうとした。

 そしたら彼女が「わあああー! タンマ! いや、待って、まって!」となんだか死語を言って、顔をガードしてしまった。

 まぁ、いいか。そのうちできるだろ、と思って、でもなんとなく可愛いので、ほっぺをつついたら、彼女がひゃぁん! と性的に聞こえなくもない声を出したので、「ご、ごめんね……」と言って手を放したら、「ご、ごごご、ごめんなさい、耳が穢れたよね、すみません……」みたいなまた卑屈なことを言われた。

 

 夕日が窓から差し込んでいて、彼女が「そろそろおいとまするね」と言って、カバンとか上着を集めているのを見ながら、いつか、ハグとキスくらいはさせてくれるかな……と、自分のなかで彼女に触れたいという欲求が強まっていくのを感じた。

 

「……わたしも、大好きだからね! 怜くんのこと。す、き。……すき、だよ……」

 彼女の声はかわいい。熱くなるほっぺたと体温、上がる心拍数。

 

……彼女と出会ってから、なんとなく、日常がきらきらして感じるな、と思った。


「だいすき」

 手をつながれた。

「また、どこかあそびに、いこうね」

 彼女が言う。

 

 そして彼女が帰宅したあと、僕は彼女の香りがする部屋の香りをすこしだけ胸いっぱいに吸い込んで、恍惚とした気持ちになった。すぐに我に返って、止めた。

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