98・絶望のその先に行きたくて
「あー、悩みがあればすぐに相談するようにだってよ。知るかっつの」
「灰野せんせぇー……俺、悩みがありますぅー……」
「以上、朝のホームルーム終わり。じゃあな」
「お尻が痛くて、灰野先生の愛の保健室で診て欲しいんですよぅー」
「そりゃ可哀想にな。誰かアイツを保健所に連れてってくれ」
「処分じゃないですかそれー!」
俺達のクラスの担任の灰野先生は、見てくれは確かにキレイな方なんだけども、人としてどうなのか疑問しかない人だ。
そんな灰野先生にゾッコンな馬園は本当にどうしようもないと思う……
「お、そうだ。マイナ、お前ちょっと来いよ」
「えっ……なんでですか」
「クラス委員だろ??」
「えー……わかりました」
「あ、あの……私も……クラス委員……なので……」
「別に波多野も来ていいぞ」
「は、はい……」
俺一人でも大丈夫って波多野さんに伝えようかとも思うけど、気にかけてくれるのを無下にもしたくないから頼っちゃおうかな……?
「あの! もしよかったら!! この俺、先生の愛の奴隷の馬園も!」
「ついてきたら保健所にぶち込む」
「ああん! 先生に連れてってもらえるなら本望ですぅー!」
「キショ過ぎるだろ」
俺は馬園の事がわからない。
それは放っておきつつ、教室を出て音楽準備室に――ほぼ灰野先生の私室、住居へと波多野さんも含めて一緒に向かう。
「今週末によー、マイナ、お前コンクールに出るだろ?」
「あ、はい。そうですね」
「普通にそれなり以上の結果出した場合ってよ、学校に連絡来るもんなのはわかるよな?」
「えっと……そういうものなんですか?」
「で、すごいすごいって表彰でもされたら昔はどうだったかって皆知りたがるもんだろ」
「あ、えっと……そうなると、アレですか……?」
「めちゃくちゃいいとこのお坊ちゃんって知られたら面倒くさいよなー?」
「そ、それは困りますね……え、じゃあ、どうしたらいいッスか……?」
最初から碌でもない話なのはわかってるけども、不安に駆られて灰野先生を見る。
ニヤニヤと笑う灰野先生のギザギザな歯はすごく楽しそうで、まさに獲物を見つけた肉食獣だ。
「いやーそりゃーもちろん助けてやるよー」
「あっ、はい……あ、ありがとうございます……」
「けどよー、私も困ってるっつうかさー色々と手助け欲しいんだよなー」
「えっとー……なんですか?」
「聞いてくれるかー? いやぁ、兄弟弟子って仲だし、困った時は助け合いだよなー!」
「そうですね……」
灰野先生も元は上井先生から習っていた、いわゆる姉弟子だ。
……なんでですか? 上井先生……
――
「灰野先生が姉弟子……そうだったんだ……」
「そういえば波多野さんに話してなかったよね……!」
「音楽での繋がり……っていうのはわかってたんだけど……」
「俺も最初は知らなかったんだけどね」
そう、本当に意外……
「そういえば、波多野さんもよかったらコンクール……来る?」
「えっ、いいのかな……?」
「もちろん! 他の皆を誘えないのは残念だけどさ」
最初の最初は自覚が無かったけども、ここの皆と俺とではすごい貧富の差があって、それが下手に伝わるとトラブルになるからって隠している。
これは波多野さんの提案だから、波多野さんだけ……あとは灰野先生以外は知らない……はず。一応……
「また、後で時間がある時にゆっくり話そう!」
もう次の授業が始まりそうな時間だ。
この流れで色々聞きたかったけども、それはお預け。
「うん……灰野先生の……もうひとつのお願いも後で考えよう」
「おう、ありがとう! 頼りにしてるね!」
――
「突然だけども、今日は小テストを行うよ」
「「「えぇっーー!?」」」
数学の時間に突然告げられる、絶望の宣言……
「大丈夫、期末試験に備えて皆の学習具合を把握するためのものだから。わからなくてもできるだけ考えてみて、最後まで終わったら私に見せに来てほしい」
そう言って数学の原田先生はプリントを配りはじめる。
いや、でも羽多野さんとたくさん勉強したから諦めるにはまだ早い……!
むしろ、ここでちゃんと点数を取って自信を付けちゃえばいい!
うおおおおお!! がんばるぞ!!!
「えっ……」
そんな風に気合を入れてプリントを待ってたけど、先にプリントを受け取った人たちが声をあげている。
えっ? もしかしてすごい難しいの?
不安になりながらプリントをもらうと……
「……??」
おれがわかることばもあるとおもうけど、したにかいてあるしきがぜんぜんわかんない
待って……! 因数分解……は聞いたことある……! なんか別れさせる奴だ!
ごめん俺の都合で別れさせる事になるけど恨みは無いんだごめん――
ってあれ? これ、どこでぶんかいするの? えっ、そもそもできるの?
……そっとしておいておこう。
すうじにやねとかべがついてるのはそのままたしざんしていいんだっけ。
れんりつってなんだっけ? ふたりはどういうかんけいなの?
かいのこうしき? こうしきのかいってこと?
ぜんぜんわかんない
……
「81は3の4乗になるんだ。3✕3は?」
「9……ですか?」
「その通り。では、9✕9は?」
「えっと……88」
「81だよ」
「えぇー!?」
いつもならクラスの皆が笑うような場面なのに、問題があまりにも絶望的過ぎてその余裕も無さそうだ……
「さ、それじゃあ続きをがんばってやってみて」
「は、はいー……」
何度も列に並んでヒントを教えてもらいながら進めたけども、まだ二問目の途中までしか進めていない。
席に戻ってもう一度取り掛かろうとした所でチャイムが鳴る。
「今回の小テストでできなかった所は引き続き取り組んでほしい。そのうえで、わからない所があれば私にいつでも聞きにおいで。待っているよ」
そう言って原田先生は教室を後にする……
ヤバい……このままじゃ本当にヤバい……!!
数学のテストがこのレベルだと赤点まっしぐらで、俺は転校まっしぐらだ……!!
頼れるのは……縋るしかないのは……羽多野さんしかいない……!!
そう思って羽多野さんの方を向くと、クラスの皆も真っすぐ羽多野さんを見ていた。
「ノンノーン!! 助けてえええええ!!」
「ヤベえってあの人うちが馬鹿高校なの忘れてるってヤベえって」
「補習とか絶対受けられないんですけどー!!」
「あ……えと……ま、待ってね……だ、大丈夫……だよ……」
「ノンノーーン!!! マジ女神……」
羽多野さん……頼りにしています……
後でゆっくり解説してくれる事になった。
――
「鷹田は普通に解けたんだ……すごいなぁ」
「そりゃまぁな。教わったこと普通にやるだけだしよ」
「期末試験、俺ちゃんとできるかなぁ……不安……」
なんだかんだと一日を過ごして、軽音部へと顔を出す。そこでいつものように雑談をする。
「期末試験落としたくらいで人生終わるわけじゃねえだろー」
「あーうー……色々と事情があってー……」
「人生終わった気分になるだけだっつの。渡辺先輩を見ろって」
そう言って鷹田は部室の隅っこでボーっとしている渡辺先輩を指す。
「まぁ確かに死ぬわけじゃないけどさ……というか渡辺先輩はそろそろ元気出しましょうよー」
「私の人生の全てだった速水先輩の残り香を感じて今をギリギリ生きてるんだから邪魔しないで……」
「速水先輩と別れる時は元気に見送ってたじゃないですかー!」
「速水先輩の幸せを祈る事と私の喪失感は別なの……心の栄養が突然無くなって絶食状態になったら仕方ないでしょ……」
「でも、渡辺先輩がそんなに元気無い事を知ったら速水先輩も辛くなりますってー!」
「わかってる……けども私の心に空いた穴は時間でしか解決しないの……もうしばらくだけこのままでいさせて……」
渡辺先輩の重症っぷりがどうしようもない……
まぁそれだけ速水先輩の事を大事にしていた訳だし、真剣だったっていう事でもあるしね……
「それはさておき、これからの活動について提案があるんすけどー」
「えー!?なになにー!? 文化祭以外にも何かできるの!?」
「マジでマイナスお前って奴はよー」
「いいよ……私の事は気にしないで……」
ついこの間に初めてのライブをする事ができたから余韻に漬かっていた所もある。けども、鷹田にはまだまだ計画があるの!? そう思ったら興奮してたまらない!!
「ひとつは動画撮って公開だな」
「へー!いいね! 学校の皆に見てもらうの?」
「バーカ、普通にネットに公開だよ。世界に向けて発信だっつの」
「へー!世界中の人が見てくれるの!?すごい!!」
「マイナスのネット観はいつの時代なんだよ」
「……ハッ!でも、それって姿も公開されちゃう……?」
「動画なんだからそりゃ当たり前だろ」
「そ、そうなんだ……」
ど、どうしよう……万が一にでもパパに知られる事になったらよくない……パパはロックが好きじゃないみたいだから秘密にしなくちゃいけないのに……
「恥ずかしいってなら顔を隠せばいいだろ」
「それでいいの!?」
「マイナスは元から仮面模様だけどな」
「これが素顔なの!」
「後はベタだけども合宿だな」
「合宿!? 合宿って合宿って事だよね!?」
「バンドで練習するためにも時間はやっぱり欲しいしな」
すごいワクワクしてたまらない……合宿でみんなで練習するとか、憧れちゃう……!
「ま、そういうわけで期末落とすんじゃねえぞー」
「ウ、ウン……」
俺は帰って勉強とコンクールの為の練習をする事にした……
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