96・あなたは世界に愛されてる
「すみません!! 流石に見過ごせなくて手を出しちゃいました!!」
落ちようとした速水先輩をすんでの所で掴んで助けた渡辺先輩、それをどうにか引き上げたりなんだり。
「渡辺先輩も速水先輩も大丈夫ですか……?」
「私は大丈夫。速水先輩は大丈夫ですか!? 怪我していませんか!?」
「大丈夫だけど……」
よかったー!と叫ぶ渡辺先輩と俺。俺は速水先輩にくっついて、それからまた涙が止まらない……
「……嬉しいの?」
「そりゃそうですよ……でも、嘘ついたのは怒りますからね。謝ってくれなきゃ許しませんからね……渡辺先輩にもお礼を言ってくださいね……」
「……」
速水先輩は渡辺先輩の方を向く。
「あ、その、速水先輩は女子苦手なのに触ってすみません……!!」
「……なんでそこまで……ファンでいてくれるの?」
「そりゃ速水先輩が好きだからですよ!!!!」
「……そっか」
「ありがとう……それとごめんね……」
よくできました、って俺は速水先輩をヨシヨシした。
――
その後、警察や救急車も来たりしてまた大変な事になった。
けが人はいないっていう事で全員、警察署にお世話になって、それからめちゃくちゃ怒られた。
「速水くんはこのままの生活をさせる訳にはいかないね」
来てくれた大神さんがそう告げる。
「あくまで僕は部外者だから、君をどうこうする権利は持ってないんだけどね」
「でも、今回の事態を招いたとして君の保護者の監督責任を問う事ができると思う」
「君はどうしたいかな? このままが良い? それとも……」
「……マイナスくんはどうしたら良いって思う?」
速水先輩が俺に聞く。
「元気になるために、いろんな事をしてみてほしいって思います!」
「……元気になれないかもしれないよ?」
「そしたらその時は、もっといろんな事をしてみればいいですよー!」
「……ふふ、マイナスくんらしいね」
「たくさんの星が見える所で過ごしてみたい。それって、どうかな?」
――
「やれ……テルくん。私が今、どう思っているか想像できますか?」
「うー……えーっと……」
俺達を迎えに、近藤さんと近藤さんのパパ、そして上井先生が警察まで来てくれた。
何があったかは後日に詳しく聞くという事でそれぞれ別れたんだけども、俺はもちろん上井先生と一緒に帰ることになる。
「ふふ、一生懸命考えてくれる所がテルくんらしいですね」
「……謝って許してもらえるとは思っていませんけど……その、ごめんなさい……」
「驚きましたし呆れましたし……それでも、怒ってはいませんよ」
「……抜け出しちゃったのとか、いいんですか?」
「テルくんが自ら選び、真剣に考え、学びを得られたなら、私にはそれが何よりです」
……そっか、上井先生も俺のために一生懸命にしてくれてるんだなぁ……
「それと、私の方こそ申し訳ありません、テルくんの為とはいえ騙したには違いありませんから」
「いえ!全然! むしろ、本当にすみません! 本当にありがとうございます!」
「ふふ、これからも楽しみにしていますよ」
「はい!」
――
速水先輩はなんだかんだ転校する事にしたそうだ。
自然に囲まれた場所でゆっくりと療養しながら過ごしてみるらしい。
お別れは寂しかったけど、速水先輩の為になるならそれで良い。
週明けから俺はD高校に普通に戻ることができて、いつもの日常を過ごせた。
俺が休んだからって特に変わったこともなく、むしろ馬鹿は夏風邪をひくって言われる。
そんなくだらない日常かもしれないけども、でも、俺は大好きだ。
バンドの方は――速水先輩が抜けて、4人でライブに挑むことになった。
黒間先輩のピリピリしてる様子は前より随分減った。
森夜先輩の支えもあってこそだけど、みんなで練習をがんばった。
あっという間の一週間を過ごして、そして今はライブの直前だ。
「あーやっぱ初ステージってなると緊張するなー」
「鷹田でもそんな事言うんだな……別に余裕ってすると思ったのにな」
「そら緊張しますよー。まぁ勢いでやってみりゃ何とかなるんすけどね」
「俺もまぁ緊張してるけど……黒間もマイナスも、がんばろうな」
「はい……!」
緊張している様子の黒間先輩も頷いて答える。
舞台袖で待機してるこの瞬間はいつもいつも緊張してたまらない。
前にここに舞台袖に来たのはいつだっけ……カナのピアノの発表会の時だ。見送るだけでもドキドキして緊張しちゃうんだよね。
でも仲間もいるし、あのホールみたいに大きい場所でもない。だから、大丈夫――
不意に、ステージの方からうわっ、という声が響いて演奏が止む。
ドラムの人のスティックがすっぽ抜けて飛んでいったみたいだ。
謝りながらステージを降りて……何とも言えない空気になる。
同じバンドメンバーの人はすごく怒っているように見える。
「うお……あんなミスもあるんだなぁー」
「この空気からどうすんだこれ……あ、マジかよ。引いてったぞ」
「ここから俺たちっすかー? 勘弁してほしいっすね」
――鷹田と森夜先輩が話してる、聞こえてる、けども、すごく遠く感じる。
「行くぞ」
そう声をかけられてステージへと進んでいく。
照明は俺を焼くかのように照らす。
練習の通りに動けばいい……練習の通りに弾けばいい……練習の通りに歌えばいい……
何も……何も考えなくて良い……何も……
「おい、マイナス」
声がする方を向く。
そこには鷹田がいる。
「緊張し過ぎだろ」
「あ……」
「念願のステージだ。やるんだろ? ロックをよ」
――うん、と頷く。
隣には鷹田がいて、森夜先輩がいて、黒間先輩がいて……
それから、観客の方に目をやる。
――あれ、殆どの人がこっちを見ていない。
スマホだったり友達と話すのに夢中だ。
そっか、いつもの場所とは違うんだ。
求められて演るんじゃない……演りたくて俺はここにいるんだ。
不意に、観客の中に友達の姿も見つけた。
それだけで俺はすごく嬉しくなってきた。
鷹田も森夜先輩も黒間先輩も俺を見ている。
アイコンタクトを取って――
――誰もが振り向いてしまうような、生きたいと叫ぶ、エロいベースで入る。
誰もが自分の事で忙しいのはわかってる。
だけど、ちょっとでいいから振り向いてほしい。
誰かの心に届いてほしいから。
~♪
I want to love you, but I shouldn't.
I want to be loved, so I sing about love.
I know my love is hollow. that's why.
I hear the world is full of love. But I've never seen it.
I mean, am I not allowed?
I need love, to live in this life.
"I want to love you, but I shouldn't.
I want to be loved, so I sing about love.
I know my love is hollow." you said.
I feel the world is full of love. But love is often hidden.
I mean, you are loved.
I love you. So live your life.
~♪
=====
見れば、すぐにわかった。
君があの時の顔をしていた事を。
もしかして、君は二度とステージに立てないんじゃないか。
そんな心配を僕が抱える中、君の隣に立つ友達は君に声をかけた。
僕があの時の君にしたかった事だ。
僕にはできなかったんだ。
君が遠くに、遠くに感じる。
でも、それは僕が選んだことなんだ……
――君が幸せなら、それでいいんだ。
=====
「いえいえ、とんでもない! いつもお世話になっておりますしな! それでは!」
舞南さんの所のお坊ちゃんがウチではなくD高校を選んだのは少しばかり残念だが、彼の様子を見るにそれだけ学びがあると見る。だから問題は無い。
むしろ興味が湧いたので実際に赴いて見識を得てみようと思っている。
――おっと、そういえば忘れていた……
つい夢中になって予定も何もかも忘れる癖が私にはある。
先日も彼を案内する中で資料室は喜ぶから必ずと頼まれていたのにうっかりうっかり。
まぁ、それはさておこう。
新たなインスピレーションを得るため、これからが楽しみだ!
■参考にさせて頂いた動画
【作曲家紹介③】ベートーベンの音楽は希望!ベートーヴェンの生涯とおすすめの名曲、そしてその魅力を紹介します!
https://youtu.be/RImjfH6012w?si=RjCd2Oxfi5ireQ3x
クラシック音楽について私自身はニワカですが、こちらの動画及びにチャンネルで知識のきっかけを得て調べたり楽曲を何度も繰り返し聞いたりして楽しんでいます。いつもありがとうございます。
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