95・着飾る必要なんて無くって、ありのままで人は愛される
『これってどこが撮影場所かわかる?』
鷹田のスマホを借りて速水先輩が撮った画像を波多野さんに聞く。勉強会の所で。
微かに赤らむ黄昏時の空が写っているけども、それ以上のヒントが特に無い……逆光もあって建物とかも真っ黒でわからないし……
「高い所っつうのはなんとかわかるんだけどなー。そうなるとやっぱ高い建物か?」
「確かに……速水先輩は空を眺めることが多かったから、高いところから飛び降りようとしてるのかも……」
「となると繁華街になるなぁ……速水先輩の家もそっちの方なのか?」
「えっと……逆方向になるかも」
「走らせるにしてもニケツのチャリンコだからなぁー」
「二手に分かれるとか……?」
「お前スマホ持ってないだろ。どうやって連絡取るんだよ」
「そうだったー……!!」
「あー、待て待て……」
『会長、今時間ある?』
そういって近藤さんに鷹田はチャットで聞く。
『お風呂中だから後でね』
「こりゃダメだ。きっとふたりで楽しく風呂に入ってる」
「そ、そっかー……!」
「マジでヤバいかの確証もねえし、無理に付き合わせたくねえんだよな……」
「たしかに……たしかに……」
大変そうだから、って俺が騒いで鷹田が付き合ってくれてるのをしっかり理解しなくちゃいけない……!
『高い場所だと思ったけども、建物が写り込まない夕焼け空となると限られるから特定は難しいかも……?』
波多野さんが画像について調べてくれてる!
『一応、候補はどこになる?』
鷹田が返信をする。
『展望台だとしたらガラスの反射が無いのが気になるかな……? だから、どこかの屋上になると思う
そのうえで一番に思いつくのはここになるかな』
URLが添付されていて、鷹田がそれを開く。
「あー、あの超高級マンションかー」
上井先生の住んでるマンションだああああ!?!?
なるほど? たしかに一度来たことがあるから目をつけた……?
『そこってセキュリティはどうなの?』
『行ったことが無いからわからないけども、大抵は厳重だから普通は入れないと思う』
『だよなー』
いやでも上がり込む余地が多少なりともあるから可能性は高い……
「鷹田……そこに行こう!」
「いやいや、普通に考えてセキュリティ的にねえってば」
「……その……!」
――鷹田とはもう仲良くできなくなるかもしれない。でも、伝えてそこに向かおう。
――自分の為じゃなくって、自分のロックの為に。
と、その時に波多野さんじゃなくて――新井のメッセージが飛んでくる。
『川岸とかの可能性もあるんじゃね?』
それを見て――速水先輩の言っていたことを色々と思い出す。
速水先輩は雲を――空を眺めるのが好きだった。
空に落ちたいっていうのは、空が移る水面って事?
溺れたらどうなるか想像するのも……つまり……
「橋!たぶん橋! 速水先輩の家の近くは川だから!!」
「手のひら返しすぎだろ。けど確かにそっちの方が理屈が通るな。じゃあ乗れ」
「おう!! 全速力でお願い!!」
「自転車乗れねえからってお前はよぉ……」
「ご、ごめん……!」
……
「実際に速水先輩がどうするかはさておいてだけどよ、このまま行ってもまた味をしめて繰り返すと思うぜ」
「それはわかってるんだよな?」
「今、俺が手伝ってやってるのはさ、バカは痛い目を見ないとわかんねえだろうからやらせてるだけなんだからな」
「例えばなんだけど、注射ってあるでしょ。痛いけど、病気の予防の為とかで必要でさ」
「辛い思いをさせたくなくて、注射を受けないでいいよってしたら大変な目に遭うんだよね」
「優しくするだけが優しさじゃなくって、怒っても泣いても注射を受けさせるようにするのも優しさだと思ったんだ」
「見て見ぬふりした方が楽だぜ?」
「大変でも、俺はそうしたい」
「マジでマイナスお前って奴はよー」
「えへへ、やっぱりバカだよね」
「いいや、ロックだな」
――
「速水先輩ーー!!!」
橋の中ほどに速水先輩は立っていた。大きな川の上に架かる大きな橋で、落ちたらひとたまりもないだろう。
「――えっ、マイナスくんと鷹田くんだ♥」
「ちーっす。何してるんすかー?」
「今は空を眺めてたんだよ♥」
「本当にそれだけッスか?」
「……やめてほしいって言ってくれるのかな♥」
速水先輩は嬉しそうにしながら、近寄って俺に手を伸ばす。
「触るのはダメです。やめてください」
――速水先輩の手を払いのける。
「……なんで?」
「速水先輩、俺の話、聞いてくださいね」
「……」
速水先輩は不機嫌になる。うん、でも、これはわかってる。
「まずは俺の、速水先輩に謝らなくちゃいけない事です」
「……?」
「俺は、速水先輩に嫌われるのがイヤで、先輩の為じゃなくて俺の為に先輩を甘やかしてました」
「……」
「バンドできるなら、ライブできるなら、ロックができるならいいやって速水先輩の事を見ていませんでした」
「だから、速水先輩を、仲間でも友達でもなく、利用してるだけでした」
「速水先輩の立場を目当てに優しいフリをしてたんです」
「どう、思いますか? 速水先輩は」
「……よく、わかんないな……」
「――時間が経って、先輩って立場が無くなったら、俺は先輩の事を相手にしなくなるって事です」
「……」
「俺、そんなのはイヤなのに、いつの間にか自分の為だけに先輩にそんな事をしてたんです」
「不安にさせてましたよね」
「――ごめんなさい」
「……ねぇ……じゃあ……どういう事なの……?」
「速水先輩が良くないことしたら良くないって俺は怒ります。
速水先輩が期待しても俺にできない事は断ります。
速水先輩がそうしたくても、俺がイヤなものはイヤっていいます」
「嫌いって……言いたいって事……?」
「違います」
「お互い、安心できる仲になりましょうよ」
「……そんなの――」
「先輩も謝ってください!!心配したんですよ!!俺は怒ってます!!
一昨日も!!今日も!!怖かったんですからね!!!
悪いと思ってないんですか!?俺は先輩に謝ってほしいです!!」
速水先輩は驚いたように少し固まる……
「……また、マイナスくんに怒られちゃったなぁ」
「え、怒ったことありましたっけ……?」
「ほら、覚えてない? ご飯食べなさいって」
「……あっ!」
「ビックリしちゃったよね。そんな風に怒られた事無かったから」
速水先輩は手すりの方に向き直って空を眺め始める。
「結果があれば褒めてもらえるけど、そうじゃなかったらご飯って出してもらえないものでしょう」
「結果が出ていない時にね、優しいおじさんたちが慰めてくれるの。色んな所に連れていってくれて、仕事もくれて、でも、おじさんたちの事がすごく嫌いだったの」
「でも、あの人が――母親なんだけどもね、喜んでくれるからね、嫌いなんて言えなかったの」
「ずっとがんばっていればね、いつかお星さまが見つけてくれて迎えに来てくれるって教わってたの」
「子ども騙しだよね、わかってるの。でもね、お空を見上げていてね、天井の上の、雲の上の、空の上のお星さまを見てたの」
「そう、だから最期にちょっとだけがんばって……お星さまの所に行きたかったんだ」
「――マイナスくんに迷惑かけたくなかったから」
「謝ったら……許してくれる?」
「はい……当然ですよ。でも、その後にちゃんと色々……しましょうね」
「うん……ありがとう」
穏やかに速水先輩は言った。
「ちょっとだけ待ってね」
速水先輩は手すりに登り始める。
「あ、危ないからやめてください……!!」
「大丈夫だよ。信じて」
「は、はい……」
そして、手すりに腰かける。
「こんなに泣いたのいつ以来だろう」
「涙もこんなに温かいなんて、知らなかったなぁ」
「ねぇ、マイナスくん」
「……はい」
「ごめんね、そしてありがとう――」
――大丈夫ですよ、そう返そうとするけども速水先輩は続けた。
「お星さまになって応援しているね」
――そういって速水先輩は手すりから落ちていった。
「せ、先輩ーーー!!!?」
「ふ、ふざけんなよお!?」
なんで……!? あんなに、あんなに穏やかな顔をしてたのに。なんで!?
信じたのに……なんで……そんな事するんですか……!!!
俺は駆け寄ろうとする。けど、頭の中がグチャグチャになって思わずへたれこんでしまう……
速水先輩が、川に落ちる音が聞こえてくるのが怖くて、怖くて……震えてた……
「えっ……なんだよこれ……」
先に駆け寄った鷹田の声が聞こえる……怖い……どうなってるか怖い……
「その、大丈夫っすか!? てか……何してるんすか!?」
……えっ、なんか違う……なに……?
「おいマイナス! ヘタレてねえでこっち来いって!」
ガクガクと足が震える中、なんとか這って向かって見てみると……
渡辺先輩が速水先輩を掴んでいた。
あれは作業用の通路部分かな……?
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