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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(下)
93/114

93・正しい事とやりたい事

///

 テルくんへ


 この手紙を見る時、テルくんは怒っているかもしれないし、泣いているかもしれません。

 騙すような真似をして申し訳ありません。

 しかし、テルくんのご両親からテルくんを預かる身として、今回の事態は見過ごせませんでした。

 来週に伺いますので、その時に改めて謝らせてください。


 上井朔夜

///


 届けられた荷物を開けて、一番上にあったのは上井先生の手紙だった……

 現実味が無くって、だけどもご飯が喉を通らなくて、手持ち無沙汰過ぎて楽器を触りたくても楽器が無くって、ベッドの上でボーっとしてて、部屋にノックがあって、荷物が届けられて、手紙を読んで……


 本当の事なんだなぁって思ったら涙が溢れてきて止まらない……


 上井先生が俺の為にしてくれているのは流石にわかるし、怒るなんて事できないけどもさ……

 でも、皆に何も言えないままお別れするなんてイヤだよ……

 連絡だけでも取れたらよかったんだけど、スマホは上井先生に渡しちゃったんだ。だから連絡する事もできない……


 気持ちが昂り過ぎてどうしようもなくって、周りに迷惑かけそうだからベースを触っている……

 アンプに繋げないまま鳴らす音がむしろ心ゆくまで弾けて助かる……


 ああ、このベースでライブする予定だったのにな。たまたま近藤さんのお店で買ったベース……その後に鷹田と遊びに行ったなぁ……すごく、すごく夢いっぱいだったなぁ……でも、勉強がダメダメで……波多野さんに声をかけてもらって……

 まだ、3ヶ月も経ってないのに思い出が溢れすぎてる……約束もいっぱいしてるのに……これから、色々これからなのに……悲しいよ……


 ショウくんと話した注射みたいなものだって事が頭ではわかっていても、ツラい……



 ――



「おお!あまりにも悲愴過ぎる! 新しいインスピレーションが生まれてきそうだ!」

「す、すみません……落ち込んでて……」

「なーに構わない! 感情を表現する技術があるという事だよ!」

「ありがとうございます……」

「では、次はこの楽譜を見て、弾いておくれ!」

「はい……」


 いつの間にか眠っていて朝になって、沈んだ気持ちとは裏腹にすごく良い天気で、だけど何もする気が起きなくて部屋でバイオリンを触っていたら違う先生に連れ出されて色々している。

 少しは気が紛れるかなぁ……


「うんうん! マエストロ舞南の御子息である事も加え、ミスター上井の指導の賜物もあって優秀だね!」

「そう言ってくれると嬉しいです……ありがとうございます……」

「次は音を鳴らすから、それをこの紙に書いておくれ!」

「はい……」


 音だけだったら簡単に書けるのになぁ……でも、自分の気持ちは紙の上だけでは表現しきれない……


「それにしても、そこまで落ち込むなんて何があったんだい?」

「その……色々なんですけどもね、一番は急な転校になる事ですね……」

「前の高校は……D高校なのだよね? 何故D高校だったんだい?」

「それは……」


 ――ロックがしたいから。

 でも、それは話していいのかな……パパに秘密にしたいからコッソリとやるためにD高校に行った事……


「……」

「あれかな、やはり2年前のあの時の事が……」

「あ……そうかもしれません……」

「あの時を境にキミはパッタリと顔を見せなくなったからねぇ……」

「……そうですね」


 ここにはやっぱり、俺のことを知ってる人が居るんだなぁ。


「となると、紆余曲折の末だけどウチに来てくれてよかったよ」

「いえ……はい……」

「D高校となると大変だっただろう?」

「えっ、いえ、そんな事は……」

「噂に聞いた程度だけども、酷い有様らしいじゃないか」

「いえ、がんばってる人も多いですよ。皆が皆、というわけじゃないですけど……」

「ふむ……?」


 少し考える先生……


「私は、キミがD高校で辛い目に遭っていたから転校したと考えていたが……本当にD高校から転校するのが辛いのかい?」

「そうです……友達もたくさんできて、色々約束もあったのに……」

「おお……それは、それは予想外だ! なんと! なんとなんと!」

「そ、そんなにですか……?」

「キミの演奏を聞けばそれが嘘じゃない事もよーくわかる! そして、そのおかげで私はいつの間にか偏見を持っていた事に気がつけたよ! ありがとう!」

「いえ、どういたしまして……?」

「はっ!閃いた!! 申し訳ない! インスピレーションを書き留めたいので席を外すよ!」

「は、はい……」


 落ち込んでいたはずなのに、個性的な先生のおかげでちょっと冷静になれたかも……



 ――



 お昼になって学食へ行く。そして、見渡せばすぐにショウくんは見つかる。


「席、一緒しても良い?」

「好きにすればいい」

「うん、ありがとう」


 驚かれるかなぁと思ったけども、そんな事はなかったみたい。快活なお姉さんと上井先生大好きなお姉さんが見えるし、なんだかんだ俺の事はショウくんに伝わってたのかも?


「来週からよろしく……ね」

「……今日は何をしていたんだ」

「ん……先生と一緒に色々してた。閃いたってどこか行っちゃったけど」

「先生だというのに、あの人は本当に勝手すぎる……まぁ、他も負けず劣らずだが」

「……楽しみだなぁ……」


 ――口ではそう言いながら、何故か心胸がきゅうっとなる。


「これで口を拭け」

「えっ、あ、うん」

 ショウくんがナプキン代わりにハンカチをくれる。それでそっと目を拭う。


「ここでは見物人が多すぎる。落ち着かない」

「う、うん……そうかも」

「さっさと食べろ」

「う、うん!」


 促されてちゃんとご飯を口に運ぶ……なんだか、さっきまで味がわからなかったのが、今は美味しく感じる。思ったよりお腹が空いていたみたいで、すぐに平らげていた。


「これも食べるか?」

「えっ、いいの?」

「さっさとここから離れたい」

「ありがとう……!」



 ――



「ここなら少なくとも、騒がしいのは来ないだろう」

 ショウくんに連れられて来たのは資料館だった。


「授業は大丈夫……?」

「昼休みの後は昨日の土田先生だ。問題無い」

「わ、わかった」


 こうして連れられてきて、落ち着いて話せると思うんだけど……改めて思うと何を話すっていうのはわからない。


「……マイナは、こっちでいいのか?」

「え……? こっちっていうのは?」

「D高校でなく、この高校でいいのか、という事だ」

「それは……どっちかなら……」


 ……理想的な環境に話が合いそうな人たち、熱心な先生もいてなんだか面白そうで……それにショウくんもいる。

 頭ではわかってる。でも、心ではD高校の皆が引っ掛かってどうしようもない。けど、口にするのは理性が許してくれない。


「僕はこっちの方が良いと思う」

「……うん」

「だが、バカだから納得できないんだろうな」

「……そうかも」


 戻ってはいけない、戻ってもどうしようもないっていう考えも巡る。

 自分にとっても、速水先輩にとっても必要な注射みたいな話なんだって……


「別に、マイナがどうなろうと僕は構わない。好きにすれば良い。関係ないのだから」

「う、うん……」

「ただ、そんなしょぼくれた顔を見続けるのも気が滅入る……」

「ご、ごめん……」


「お前があんなに楽しそうにしていたのは、なんでだ?」

「……それは……」

「ロックはもういいのか?」


 ――世界が彩づいて見えた感覚は、夢だったのかな。

 いつか、夢の中で、これから楽しい事が始まる直前で目を覚ますような、そんな感覚なのかもしれない。

 あの時、聞いたあの曲は夢の中の幻だったのかもしれない。


 でも、またその曲が幻のように聞こえてきてる気がする……


「それなら僕と――ってなんだこの音は!? 資料館なのに!」

「えっ、幻聴じゃないの!?」

 我に返って、思わずその音がする方に走り出す。


 誰が、誰が弾いてるんだろう?

 あの曲を知っている同じ人!!


 閉まりきってないドアを開けて見ると、そこにはエレキギターを弾いている人がいた。


「あ、あの……!」

「んー?」

「その曲、知ってるんですか?」

「おう、ファンでなー」


 そう言ってその人は振り返る……


「えっ、あれ!? なんでここにいるんですか!?」

「お、こんな所で会うなんてなぁ。あいつら心配してたぞー」

「マイナ!資料館だから走るな! そして、やはり騒音は近藤か……!」


 ――そう、そこに居たのは近藤さんのパパだった。


「ドア閉まってなかったか? 建付けが悪いんじゃねえのかなぁ」

「防音扉なのだから閉め忘れ以外無いだろう……というか、ふたりは知り合いなのか?」

「お、おう……友達のパパ!」

「学校サボって学校かー? ん、学校に来てるのに学校サボるのは面白れぇなあ」

「いや……その、トラブルがあって色々でこっちになんか……いや、それより!!」


「今の曲、俺も大好きなんです!!」

 もっと何か言い方があると思うんだけども、これ以上、思いつかない!!


「その曲を聞いて、それでロックがやりたくてやりたくてやりたくて……それで!!」

「今もやりたくて仕方ないんです!!!!」


 全力で叫んでしまう。止まらない。溢れて仕方ない。


「んー……とりあえず落ち着いて話してくれねえか?」

「あっ、はい……」

「やれやれ……」


 ……


 落ち着いて話す……ところどころショウくんが補足してくれて、それで纏めてくれて……


「あーいるいる。そういう奴は多いよなー特にバンドマン」

「それで……その、注射というのか……でも、しなくちゃいけないって……」

「本人の為を思うと厳しくする必要があると考えている」

「ガツンと言ってやる必要があるなぁ」

「怖いけど、でも怖いからって注射しないのはダメなんです!」

「今度はちゃんと怖がらずに厳しくしようと考えている」

「ハッハッハッ、真面目ちゃんだなぁ」

「でも、それが俺のロックなんです!!!」


 滅茶苦茶な話だとは思ってる……だけど、やっぱり、やっぱり!

 見ないフリするのは俺がやりたいロックと違う気がするんだーーーー!!!


「ここから抜け出してD高校に戻りたい。そういう事だよな?」

「うん! うんっ……」

 俺ってやっぱりバカだなぁ……ショウくんも頭に手を当てて呆れてる。


「ハッハッハッ! いや、面白れぇなあ! じゃあ俺の車に乗ってくか?」

「えっ!? えぇっ!?」

「いや、何故そうなる!? 大人だろ!? そんな事したら普通に犯罪だぞ!?」

「お澄ましくんが代わりに送りたかったかぁ?」

「話を逸らすな!! それに戻った所でどうしようも……」

「どうしようもないっつーならやり得じゃねえかよ。ガキのうちってのは大人にケツ拭いてもらうのも仕事だしなぁ」

「これだからバカは……!!」

 そう言ってショウくんは俺を見る。


「……どうせ良い事無いと思うぞ。むしろ皆に迷惑をかける」

「うん……」

「何の為になる? 少なくともお前の為にならない。誰の為にもならない」


「……たぶん、俺のロックの為」


「本当にバカだ。お前は」

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