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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(下)
91/114

91・安心できる事が良いとは限らないらしい

「す、すみません……来てくれてありがとうございます……」

「いえ、大丈夫ですよ。何があったかを聞かせていただけますか?」

「そ、その、えと……あの……」

「マイナスくん泣かせちゃってごめんなさい♥」


 あのまま速水先輩と別れるのはどうなるか怖くって、無理を言って上井先生に来てもらった。


「……貴方は速水くんで間違いありませんよね?」

「そうですよ♥」

「私はテルくんの家庭教師で、上井と申します」

「上井先生ですね♥ よろしくおねがいします♥」


 上井先生には何度か相談してるのもあるけど、速水先輩だとすぐわかったのは流石だと思った。

 それで、これから何を話そう。どう話したらいいんだろう?


「あ、あの……その、えっと……」

 上手く言葉が出てこない…助けてほしいって言いたいんだと思う。けど、その経緯を……


「ここではなんですから、よければ場所を移しましょう」

「あ、はい……速水先輩……いいですか?」

「速水くんは門限など、大丈夫ですか?」

「一人暮らしだから大丈夫ですよ♥」

「保護者、あるいは後見人は?」

「いないから大丈夫ですよ♥」

「ふむ……」

 上井先生が少し考える。


「大神さんは……あ、えっと……」

「えー♥ 大神さんはプロデューサーさんだから、ぜんぜん違うよ♥」

「……必要ならばその方にも連絡を取るとして、行きましょうか」

「は、はい……」


 上井先生が来てくれて心強いのと同時に、思っている以上に自分が狼狽えてる事を痛感する。

 大変なのは速水先輩の方で、なのに上手くそれを伝えられない……


「テルくん? 一人で歩けませんか?」

「あ……えっと……?」

 上井先生に声をかけられて気がつく。速水先輩の手を強く握っていた。


「ふふ♥ ずっと離してくれないんですよね♥ 嬉しいなぁ♥」

「す、すみません……」

 手を緩めようとする……けども、そうしたら不安が込み上げてきて……離せなかった。


 ――離したら、速水先輩が消えてしまいそうな気がする。


「……ええ、まずは行きましょう。それと大神という方の連絡先も教えて頂けますか」

「は、はい……」


 そのまま、俺達は上井先生のマンションに向かった。



 ――



「それで、何があったか話せますか?」

 上井先生は温かい紅茶を出してくれる。


「……速水先輩が……すごくすごく心配で……」

「速水くんも話せますか?」

「何でもないことなんですけどもね♥ 死んじゃいたいなーって思ったんですよ♥」


 ――速水先輩からその言葉を聞くと、また不安でたまらなくなる。


「マイナスくんと一緒に死にたいとかじゃないんですけどね♥ 話していたらマイナスくんが泣いちゃったんです♥」

「あ……その……すみません……怖くって……」

「ふふ♥ 本当に死んじゃうって思ったのかな♥」

「わ、わかんないです……」


 もしかしたら、俺の考え過ぎだったのかなぁ……?

 それでも、速水先輩が急に消えてしまいそうな不安は拭えない。


「……テルくん。落ち着いて、どう思ったか言葉にしてくれませんか?」

「あ……えと……」


「怖い……です……速水先輩……離すのが……」

 隣にいる速水先輩を離せない……


「どうして、怖いですか?」

「……速水先輩がいなくなっちゃいそうだから……」

「マイナスくんかわいいなぁ♥」

 速水先輩が俺の頭を撫でる。


「……なるほど」


 上井先生が静かにそう呟く。


「大神氏にもひとまず来てもらうとして……まずはリラックスしてくださいね。安心して、落ち着いてください」

「す、すみません……」

「俺も一緒にいて大丈夫ですか♥」

「……ええ、ひとまずは」


 ……俺がちゃんとしないといけないのになぁ……

 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「テルくん、紅茶をどうぞ。落ち着きますよ」

「あ……はい……」

 紅茶を取ろうとする……けども、速水先輩を離して大丈夫かなぁ?

 そんな不安な気持ちで速水先輩を見る。


「大丈夫だよ♥」

「は、はい……」



 ――



「申し訳ありません、彼の知り合いの大人というだけで呼び出してしまって」

「いえいえ、驚きましたが偶々時間はありましたので」


 上井先生が大神さんを迎える。

 雰囲気はなんとなく似てるけども、やっぱり知り合いでも何でもないんだなぁって思った。


「速水くんを少しお任せしてもいいですか? 私はテルくんと少し、話したいんです」

「ええ……構いませんが」

「このリビングを自由に使ってください。何かあれば声をかけてくださいね」


「さ、テルくん。いいですか?」

「は、はい……」


 怖い……けども、速水先輩の手を……離す。


 そのまま、いつも使わせてもらっている部屋に上井先生と一緒に行く。


「……さて、何から話しましょうね」

「うぅ……す、すみません……でも、その、速水先輩が心配で……」

「ええ、大丈夫ですよ。心配だから、手を離せなかったのでしょう?」

「す、すみません……」

「放っておいたら、彼は大変なことになると思ったんですよね」

「は、はい……」

「では、手を離すことができたのはどうしてでしょうか?」

「え……その……大神さんがついてくれていれば大丈夫かもしれないって思って……?」

「信頼できる方なんですね」

「……上井先生も居てくれていますし……」


 ……うん。上井先生が居てくれて、大神さんも来てくれて安心している。


「……ええ、安心してくださいね。怖いことは起きません。テルくんが不安に思うことは何もありませんよ」


 ……上井先生にそう言ってもらったら、なんだか全身の力が抜けてきたうえに、また涙が溢れてくる。


「す、すみません……。本当に……本当に速水先輩がいなくなっちゃいそうで……怖かったんですよー……!」

「そうですね。よしよし。もう大丈夫ですよ」

「速水先輩も、大丈夫ですか……?」

「ええ、テルくんが不安に思うことはありませんよ」

「よ、よかったー……!」

 上井先生がそう言ってくれるなら、すごく安心だ……!!


「今日はゆっくり休んでください。リラックスして過ごすようにしてくださいね」

「はい……! レッスンや勉強はどうしましょう……?」

「テルくんが落ち着くならするといいですよ」

「わかりました……!」

「私は速水くんと話してくるつもりですが、テルくん一人で過ごせますか?」

「はい……! 大丈夫です!」


 上井先生を見送る。

 そして、力が抜けたままベッドで横になっていたら、いつの間にか眠っていた。



 ――



「明日は学校を休むと良いでしょう」

 目が覚めて、晩御飯を食べる時に上井先生がそう言う。速水先輩は大神さんと帰ったらしい。


「えっ? でも、色々やることが……」

「速水くんに会った時、どう接しますか?」

「う、うーん……」

「一朝一夕で人は変わりません。そのうえで速水くんだけでなく、テルくんも彼との付き合い方についてもう一度考えないといけません」

「えっと……どういう意味ですか?」

「大事な話なので、よく聞いてくださいね」


 なんとなく俺は姿勢を正す。


「まずは例え話です。理由もなく殴ってくる人がいて、やめてほしければ金をよこせと言われた時、テルくんはどうしますか?」

「え、えっとー……?」


 痛いのは嫌だからお金を出すのがいいのかな??


「あー……でも、本当にやめてくれるのかなぁ……?」

「ふふ、良い着眼点ですね。大抵の場合、お金を出したとしてもやめてくれる事はなく、むしろ更に要求されるでしょう。殴れば金を手に入れられる、そのように学習するものですから」

「なるほど……」

「理不尽な要求に屈するのは解決になりません。むしろ、事態を悪化させます。ここまではわかりますか?」

「はい!」

 悪い人の言う事を信じても碌な目に遭わないって事だよね!


「では、不安や罪悪感を煽り、理不尽な要求をする人はどう思いますか?」

「……え?」

「テルくんは、不安でたまらなくて速水くんから離れる事ができませんでしたよね」

「は、はい……」

「それは、速水くんのためでしたか? それとも――」


「テルくんが安心したかったからですか?」


 ……最初はわからない。だけども、どこからはわからないけど、安心したかったのは違いない。


「少しだけ、彼と時間を置きましょう。今はとても大事な時期ですから」

「……そうですね。わかりました」

「よかったです、話を聞いてくれて」

 上井先生が微笑む。それを見ると、複雑な心境の中でも、なんだか光明が見える。


「そういえば、休むとして……明日は一日、何していましょうか?」

「よかったら一緒に出かけたいのですが、いかがですか?」

「えっ!? もちろん構いませんよ」

「では、そうしましょうね。それと、今日の事は学校の皆には話さないでおきましょう。無用な心配をかけてトラブルが起きるかもしれませんから」

「はい、わかりました」


 上井先生が話してくれた事をしっかり受け止めて、速水先輩との事をもう一度ちゃんと考えよう……

 それは誰の為なのか、って。


 波多野さんに今日は勉強会できない事を伝えて、ゆっくり休んだ。

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