90・愛と存在の必要性
※精神的に疲れている方や過去に辛い経験をお持ちの方は閲覧にご注意ください。
「マイナスくんに誘われるなんて嬉しいな♥」
「えへへ……ライブも近いですし、相談したいなぁって思って」
「毎日相談してもいいよ♥ ライブ楽しみだね♥」
「あははは……」
放課後、速水先輩の自転車に乗せてもらって駅の方まで走っている。
――速水先輩の抱える問題に、触れないままでいるのはやっぱりなんか違う。
当たり障りのない事で誤魔化すんじゃなくて、速水先輩とちゃんと向き合いたいなって思ったんだ。
とはいえ、押しに負けて自転車に二人乗りする事になっちゃったからあんまり良くない……二人乗りってダメなんだよね?
「行く場所はどこでもいいのかな♥」
「はい、駅の方ならどこでも! 先輩の方が詳しいと思いますし!」
「うん♥ わかった♥」
速水先輩はすごい嬉しそう。だけども、健全な状況じゃないなぁっていうのはやっぱり思う。
誰かの問題を代わりに解決してはいけないっていう話も思い出しながら、それでも速水先輩に何をしてあげられるかなぁって考える。
誰かを紹介するっていう話なら、ちょうど大神さんたちとの事がある。それをいい具合にサポートするのが良いのかなぁ。
俺の事しか眼中に無いっていう状態が良くないって思うから、それもなんか良い感じにできたらいいなぁ。
~♪ I want to love you, but I shouldn't.
――不意に、速水先輩が歌い始める。
今度のライブで歌う曲だ。
~♪ I want to be loved, so I sing about love.
~♪ I know my love is hollow. that's why.
~♪ I hear the world is full of love. But I've never seen it.
~♪ I mean, am I not allowed?
~♪ I need love, to live in this life.
「――速水先輩はその歌、好きですか?」
「えー♥ 好きだよー♥ お気に入り♥」
「すごく良い歌ですよね。なんていうか……」
「エロいよね♥」
「そ、そうなんですよね……!」
軽率に言うと変な空気になっちゃうけども、やっぱりエロい……エロいんだよなぁ~!
「歌詞の意味は……知ってますか?」
「えー♥ 気にした事ないなー♥」
「そうなんですか?」
「意味を知らなくても歌えるしね♥」
そのまま速水先輩は歌い続ける。
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愛したいけど愛せない
愛されたいから愛を歌う
その愛は空っぽだから愛せない
世界には愛が溢れてるらしいけど見た事がない
それって自分が世界にいてはいけないから?
生きていたいから愛が欲しい
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わかりやすく訳すならこんな感じの歌だ。
生きていたいから愛が欲しい、そんな感情をすごく甘く切なく歌っている。
心からの叫びのようで……エロい。
「――ねぇ、マイナスくん♥」
「ん、なんですか?」
「今ね、すごい幸せなの♥」
「大げさですよー。でも、理由は聞いていいですか?」
「マイナスくんに会ったり♥ バンドも撮影も、色々始まったり♥」
「えへへ……そうなんですね。これからも楽しみですね!」
「今がきっと一番幸せだと思う♥」
「まだまだたくさん楽しいことありますよー!」
速水先輩が嬉しそうに話してくれていて、なんだか嬉しいなぁ。
「高いところから落ちたらどうなるか知ってるかな♥」
「……え?」
「想像しちゃうんだよね♥ 落ちたり、溺れたり、轢かれたりするの♥」
「うぅ……どれも怖いですよ……」
――どうしてそんな話をするんだろう。
だけども、速水先輩は明るい口調で続ける。
「どれも痛いだろうし、苦しいよね♥ きっと♥」
「はい……そんな目に遭いたくないですよ」
「うん♥ 怖いもんね♥ でもね……♥」
――なんだか不安になってくる。速水先輩がすごい心配になってくる。
「幸せな気持ちのままでいられるなら、良さそうだなぁって思う♥」
「あ、あの。それってどういう――」
「ライブは上手くいかないかもしれないし♥
撮影も上手くいかないかもしれないし♥」
「それは、そうですけども!!」
「マイナスくんとずっと一緒に居たいけど、ダメなんでしょ♥」
「それは……! その……」
「だからね♥ 迷惑かけたくないからね♥」
「今がちょうどいいなって思うの♥」
――なんて言ってあげればいい?
頭の中で色んな感情が巡っていく。
悲しいとか、切ないとか。言葉にしようとすると、靄になってわからなくなる。
――どうしたらいい? ――どうすればいい? ――何ができる? ――何をしてあげられる?
「――マイナスくん可愛いね♥」
「血って温かいって知ってるかな♥
切った時には痛いって思うんだけどね♥
流れる血が温かくて、なんだか安心するんだよね♥」
「涙も温かいね♥」
カンカンカンと踏切の音が聞こえる中、何も言えず、速水先輩がどこか行かないようにしがみつくしかできなかった。
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