84・将来はどんな風になりたい?
「なんかで聞いた事があるんすけども、優しくされるとキレるって話、ありますよねー」
「あーあるある。カワイイねって言ったらそんな事無いです!って固まる子いるよねー」
「急におっさんに言われて困らせたんじゃないの?」
「いやちゃんとスーツ着てたし!」
「じゃあ怖い人って勘違いされたんだよ!」
スタッフさんたちが笑う。
少し遅い昼休憩。鷹田と森夜先輩と俺に加えてスタッフさんや出演者さんたちとお弁当を食べている。
「けど、今の子たちって本当に大変そうだよねー」
「学校はどう? 楽しんでる?」
「俺はまぁまぁっすねー。バイトして金や経験積んで備えてますよー」
「おー、すごい!」
「将来はガッツリ稼いで人生の勝ち組になる予定っすから」
自信満々に言う鷹田。鷹田ならできそうだなぁって思う。
「人生の勝ち組かー」
だけどもスタッフさんたちは神妙な反応をする。なんだか意外。
「あー、難しいのはわかってるっすよ」
「いやいや、野心を持つのは今の世の中だと立派だから応援してるよ」
「俺も若い頃、業界でビッグになろうって夢見たもんなー」
「今は本当に丸くなったけど、大人になってから気が付くことが多すぎるよ」
「月並みだけど勉強はしといた方が良いとかな」
「やっぱり大学は出ておいた方が良いんすかね。高卒でも稼いでる人いますし、悩んでるんすよね」
「良いかどうかって話なら大学行った方がいいね。言うなら自分への『投資』って事でね」
「へー……投資って考えっすか」
「バイトしないと得られない経験もあるように、大学でしか得られない経験もあるからね」
「でも、なんかモラトリアムを謳歌してる奴らばっかりってイメージで抵抗があるんすよねー」
「人それぞれになっちゃうけども、将来大企業に勤める人と知り合いになれるチャンスも多いし、そう考えると人間関係に効率よく投資できるって思うのはどう?」
「あー確かに。コネって大事っすもんねー」
「はは、俺たちの仕事なんて人間関係が大事過ぎるからね」
なるほどなぁー。自分への投資とか、人間関係とか大事なんだなぁー。
「ちなみに俺、出来るバイトとか仕事とか何でも探してる所なんすよー。よかったら連絡先交換してくれませんかー?」
「早速人間関係の構築。見込みあるねぇー! もちろんいいよ!」
「あざーっす!」
流石、鷹田のコミュ力……!
――
この後、俺達はディレクターの朝井さんともう一度、話をする事になった。
速水先輩は方向性を検討しつつ、どのように番組に関わるか入念に相談していくらしい。戦略的マネジメントがどうのうこの……らしい?
黒間先輩の方はある程度の期間、取材させてほしいって要望がきた。
プライバシーは保護しつつ、普段の様子やどんな事を考えたりしているか、そういうのを撮りたいらしい。
黒間先輩は困ったようにしていたけども、保護者らにも番組側から掛け合ってみると熱い説得の末にとりあえず了承する事にした。
この時、とりあえず鷹田と森夜先輩と俺の連絡先も交換した。取材することになったら話を聞かせてほしいそうだ。
「ディレクターさん、マーくんにゾッコンだったね♥」
帰りの車の中で速水先輩がそう切り出す。
「あ……いや……さーせん……」
「怒ったりしてないよ♥ マーくん撮影がんばってね♥」
「あ……はい……」
「俺も普通に手伝うからさ、まぁ……受けていいんじゃないかなって思うぜ」
「もちろん俺らも手伝いますよー。な、マイナス」
「は、はい……! 俺もよければ手伝います……!」
もっと何か声をかけたいけども、黒間先輩の気分を逆撫でする事になりそうだから、グッと我慢して速水先輩に撫でられ続けておく……
「不安に思う事は多くあるだろうけど、必ず君の糧になるよ」
「……うっす……」
黒間先輩は今、どんな事を考えているんだろう。
黒間先輩は話すのが苦手で、思う事が色々あっても上手く伝えられないっていうのは知っている。だから想像するしかないんだけども、それでも俺の考え方ではわからない事が多い。
それでも俺は考えるしかない。黒間先輩が今、どんな事を考えているか。俺は知りたいって思ってる。
――
「ほう、撮影の現場に行ってきたんですね。それは良い経験ですね」
「みんな優しくてよかったですよー。その中で困っていた先輩にディレクターさんが注目してくれて……」
日曜日の上井先生とのレッスンの時に、撮影であった事や思った事を話してみる。
「年頃の子は悩みを抱えがちですからね。そういった子に大人としては手助けをしたいものですよ」
「良くなるといいなぁ……俺ももちろん、手を貸したいんですけども嫌われてるって思うんで下手に声をかけられなくて……」
「おやおや……思った以上にテルくんはよくやってるみたいですね」
「え? 結局何もしてないから何もやってないですよー?」
「相手の事を考えて自分の望みを我慢する、実は一番難しい事なんですよ」
「えー?」
「むやみやたらに優しくするのは相手のためにならないと前に話したと思いますが、覚えていますか?」
「えっとー……はい!」
「ですが優しくしない事で……罪悪感を抱くことでしょう」
「うー……はい」
「その罪悪感に屈して、過剰に優しくしてしまう。自分の罪悪感を晴らすために、相手の為にならないと思いながらも行動するのは果たして本当に優しさでしょうか?」
「うー……違うと思います」
確かに……何かしたいと思ってもグッと我慢してるけど、それで苦しいのってその人のせいじゃなくて自分の気持ちのせいだもんなぁ。
「素直でよろしいですね」
「だけど、それでもモヤモヤしちゃいますね……」
「最終的には本人次第です。そう割り切りたい所ですが、まだお年頃の子には難しいのも違いないですね」
「何か良い方法ってありませんか……?」
「オススメはありますよ」
「えっ、何ですか!?」
「色んな人を知る事です」
――
「仕事の紹介業するの面倒が多すぎねえかこれ……」
「楽して稼げる仕事の方が少ないでしょ?」
「手続きのフォーマットとか面倒くせー。こんなのがあるから働きにくいんだって」
日曜日の夜にみんなで通話をしている。波多野さんは日曜日の夜は別の事をしているからいないんだけども、この間のキギョーに関する事で連日、鷹田と近藤さんは色々やっている。
「そういうのが適当だと後でトラブルを起こして信用失くして大変な事になるんだから。そうならないためにも大事なの!」
「完成したら絶対に儲けさせてもらうからなぁ……!」
「そういえば、なんで紹介なの? 鷹田に仕事が来たら代わりに行ってもらうように頼む形じゃダメなの?」
「えっとね、私もちょっと聞いたくらいでわからないんだけども、それだと『派遣』になるからダメなんだって」
「んんー??」
「難しい話だから私もちゃんと言えないんだけど……『紹介』なら個人事業主としての規模にも納まるからそういう風にしたんだよ」
「面倒くせえよなー」
派遣会社っていうのは人員を雇い、その人を提携先に派遣する。だから会社の規模が大きくなって色々大変らしい。
紹介業なら人員を雇う必要がなくて、仕事先と求職者をマッチングさせるだけだから会社の規模は小さくて良いらしい。
また収益を得る際、派遣会社は提携先からお金を貰った後に派遣社員へお給料を払う、その差額が収益になる。でも紹介業は収益モデルを柔軟に対応させる事ができる……らしい。
今回の鷹田の場合は既存のSNSを利用しつつ、鷹田の世話になっているバイト先と1年A組の生徒でグループを作り仕事をマッチングさせていくそうだ。
小さな試みである事を前提に、鷹田が仲介のサポートもしつつ短期的な事業として行う手筈で、その為にわかりやすい手続きの仕方や必要な情報を纏めていて、それが大変らしい。
こんな説明らしいけども俺は1行目でわかんなくなった。呪文か何かかな?
「とはいえ、鷹田が声をかけた人たちもそうだけど私のお世話になってる人たちも良い反応してくれてるから、ちゃんとできたらお金になると思うよ。で、それを投資して事業拡大するか、あるいはこの規模感でやっていくか……」
「流石に学生しながら事業拡大はわかんねえなこれなー」
「えっ、まさか鷹田、高校やめたりしないよね……?」
「くっそ儲かったらやめるのワンチャンあるかもなー」
「えー!? 鷹田とまだまだ高校通いたいからヤダー!! やめないでー!!」
「マイナスお前正直過ぎるだろー。普通に考えてあり得ないから安心しろ」
「よ、よかったー……!」
「少なくとも高卒はするからよー、そんで大学行くかどうかだなー」
「鷹田、アンタ進学考え始めたの?」
「自分への投資に加えて、高学歴のコネ作れるって聞いてなるほどって思ってよー」
「本当に現金な奴ね。いや、でもすごく良いと思うよ」
「選択肢は多い方が良いからなー」
「うー、すごいなぁ……」
それにしても、どんどん世界が広がっていってる気がする。
色んな人を知る事、会う事、それで自分の知らなかった色んな知識、価値観を知る事ができる。
俺も色んな人を知って、そして悩んでる人たちに色んな人がいる事を知ってもらえるようになりたいなぁ。
がんばるぞ!
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