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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(下)
81/114

81・悪い人なんて全員いなくなればいい

 〜〜


 上の空の日が続いていた。

 すごく当たり前の事なんだけども、私がいなくても世の中は成り立つし、私がどんな事を思っていても皆には関係ない。


 ――私ってどうして生きてるのかな。


 なんとなく私は居るだけで、だけども私は居ていいのかって常に疑問を問いかけられている、私から。


『電話してくれてありがとう』

『違います、私の事じゃなくて友達の妹の事で……』


 福祉司の豊中さんに電話をかけた時も、私は私のために何かをする気になれなかった。


『あなたは優しい子ね』

『違います。優しくないですよ』

『どうして?』

『……欲が見え透いてるから』


 人に優しくしたいとか人の役に立ちたいとか、純粋に思う部分はほんの少しだけど無くはない。でも、それ以上に私が居ていい理由のためにそうしてるって強く痛感してる。


『それはダメなのかしら』

『人のためじゃなくて、自分のためにやってるのがわかるからですよ』


 それができなかったら、私は本当に要らない。そう、わかるから、私は私が嫌い。

 でも、それなのに私は居ていい理由を探す。嫌い。


『どうして――』

『嫌いだから。キライだから。キライだから。キライだから……』


 鏡を見るたび、名前を呼ばれるたびに私は私の醜いところを隠して何とか生きている私に嫌悪する。


『私なんてどうでもいいんです。でも、最後だけでも誰かの役に立てたら、キライな私が誰かの犠牲になって消えることができたら、そうしたら許せる気がするんです。私は居てもよかったって』


 ああ、その中で……私の大好きな人のために死ぬ事ができたらいいのにな……


『ふふ、やっぱりあなたは見込みがありそう』


 そんな私に対して豊中さんの反応は意外だった。


『ちょうど良い場所があるの。きっとあなたにピッタリよ』


 そうして連れ出された場所は……


「検察官より、起訴状を読み上げます」


 裁判所だった。


 自分がどうなってもいいなら、1日くらい学校をサボってもいいじゃないって話に乗せられて裁判所に来て、裁判の傍聴を私達はしている……

 豊中さんは涼しい顔をして裁判を眺めているけども、私は緊張してどうしようもない……

 手荷物の検査とか初めて受けたし、裁判所の中がどうなってるか、そういうのも初めて知った……


 傍聴席ではスマホの電源も切るように、と言われているから眺めるしかできない。

 それが私の不安や緊張を余計に駆り立てる。

 私、こんな所に居ていいのかな……って。


 その時、豊中さんが私にノートと鉛筆をよこす。

 筆談をすればいいのかな?って思ったけども、ノートは真っ白だ。

 改めて豊中さんを見ると、豊中さんはノートにメモをし始めていた。


 ……聞いた事をノートに取れっていう事なのかなぁ?

 わからないけども、真似してノートに取ってみる。


///

★注意 その人の重大な分岐点になる事を忘れずに真剣に傍聴する事

 映画館とか見せ物ではない


・男性 若い 強盗致傷・窃盗

組織的 指示役から命令を受けた

悪いことだとは思っていた

本当はやりたくなかった だけど脅されてやった

●おかしくない? 悪いと思ったのになんでやったの?


・男性 中年 窃盗

お店で万引き 常習犯の手口 逮捕は初めて

反省の意思有り

●反省の意思って大事なの? 手慣れてるってまた絶対やるよ


・男性 中年 わいせつ行為

再犯 3度目 執行猶予の間はやっていない

反省の意思有り 懲役1年 執行猶予有り

●気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い刑務所から出てこないで


全体的に裁判官や検察官、弁護士の人たちを含めて穏やかに進行していた

///



 ――



「どうだったかしら」

 豊中さんが私にそう問いかける。

「……わからないです」


 悪い人はどうして居るんだろう。

 事情があるとしても、やって良いこと悪いことはあるって思う。

 それに、悪い事をしているのに悪びれることもしてない人もいる。

 周りのせいが多少あるとしても、だけどもやったお前が悪いんだって私は思う。


「どんな事がわからなかったのかしら」

「……全部、わからないです」

「ふふ、そうなのね」

「……なんで裁判なんてあるんですか? 悪いことをしたのは明らかなのに、でも、犯人には弁護士も付いてて悪いことはしてないって、周りのせいにして……すごく、不愉快です」

「知りたい?」

「……」


 知りたい?

 問いかけられて、返事をすべきだって思って、『はい』と言おうとしたのにその言葉がつっつかえるようにして出てこない。

 いや、だって、私はあんな人たちのための裁判なんて無くて良いって思うんだもん。でも、その私の考えってこの世の中で正しくない事だって思った。わかってる。

 私は間違ってる。私が間違ってる。それを突きつけられると思うと、知りたくないって思ったのかもしれない。わかんない。


「実はね――」

 私が喋らないまま、豊中さんの言葉を続けようとする。

 その言葉の先を聞きたくないと思いながら、遮ることもできなくて――


「私もわからなくってね」

「……えっ?」

「なんで、裁判ってあるのかしらね」

「……そういう仕組みだからですよね」

「裁判なんて無くして、悪い事をした人は問答無用で罰してみるのはどうかしら」

「……大人として、その発言はどうなんですか?」

「大人らしくしないとダメかしら?」


 ……私はおちょくられているのかな?

 子どもだからって舐められているのかな?


「裁判が無かったら、酷い状況にある子どもを保護できるかもしれないわね」

「……あっ」

「裁判が無かったら、許せないことをした人をすぐに罰する事ができるかもしれないわね」

「もしかしてそういう事ですか!? 裁判に反対してて、私が、正義感があるって思ってそれで……!」

「半分は正解。あなたは正義感を強く持ってる、それはそのとおりね」

「その……何かして欲しいって事ですか?」


 わからない、わからないけども、私はこの人に何かを見込まれた。そう思うと、私がこの世界に居て良い理由が湧いてくるように感じた。


「いいえ。でも、あなたならできるかもしれないって思ったの」

「……なんですか?」

「法律を学ぶ事」

「……えっ」

「強い正義感を持ってるのに、法律を知らないなんてもったいないと思わないかしら?」

「……確かにそうですね!」

「勉強してみる?」

「……私、できますか?」

「何が不安?」

「……頭の良さとか、勉強できるかとか……あとは周りの目……?」

「周りからどう見られそうかしら」

「……突然、変なことしてるって思われそう……」

「あの時、一緒に居たあの男の子からも?」


 ――豊中さんにそう聞かれて、私の中で色んな思いが駆け巡る。

 『えっ!?すごい!』って言ってくれるのはもちろん、それだけじゃなくて……優しくて、でも厄介事に悩むマイナスくんを助けてあげられるかもしれないって思って、そうしたら私はマイナスくんと一緒に居ても良い気がしてきた。

 自分のため、マイナスくんのため、矛盾した気持ちで何かが溢れて息ができなくなるような感覚もある。

 だけど、私の願う何かが、真っ暗な世界の中で溺れている私に光が差したような気がする。

 その光に向かって行けば私は救われるような気がしたんだ。


「……勉強してみたいです」

 豊中さんは穏やかに微笑んだ。



 ――



 家に帰ってから豊中さんに買ってもらった本に目を通す。裁判所の中には本屋さんがあったんだ。

 書いてる内容は正直、目が回りそう……わからない言葉はその都度調べて、難しい文章はわかるように自分なりに直して……やっとできたかな?って思うと時計の針が一周していたりもする。


 ――そもそも私にこんな勉強できるのかな?


 やってみたいって思ったのに、私なんかにできるわけ無いだろうって思いも溢れていく。

 偏差値50以下のD高校だし、塾も何も通えていないし……私のお兄ちゃんはA高校は落ちたけど、B高校で塾にも通ってお母さんにも応援してもらえてるし……


 あれ? お兄ちゃんの勉強してる教科書とかもしかして借りられないかな?

 お兄ちゃんは大学受験の年だからピリピリしているのはすごいわかっている。それでも上手く取り入って教科書を借りられたら何か捗るかも……

 うん……やってみよう。



 ――



「お母さん、私がお兄ちゃんのお茶、出そうっか?」

 何時に何をする、それは当然私も把握している。だから声をかけるのは簡単だ。

「良いけどもお兄ちゃんの分だからね」

「うん、わかってる。偶には手伝わせてよ」

「お兄ちゃんの邪魔しないでね」

「うん」


 どこかから取り寄せた高級なお茶らしく、勉強をがんばるお兄ちゃん専用のお茶なんだ。私の親ながら細かく細かく淹れ方を指示される。

 何とかお茶を淹れて、間食もお盆に乗せてから私が運ぶ。

 そしてお兄ちゃんの部屋の前に立つ。扉をコンコンとノックして……


「お兄ちゃん、お茶持ってきたよ」

 そう声をかけた後、少ししてからお兄ちゃんの生返事がくる。

 ドアを開けて部屋に入る――家族の部屋なのになぜだかすごい緊張する。


「お茶、どこに置けばいい?」

「そこ」

「うん、わかった」

 お兄ちゃんに言われた通りの場所に置く。

 それから、机に向かって教科書を広げてノートに何かを必死に書いているお兄ちゃんを少し眺める。


「……何?」

「あ、ううん。高校1年の頃ってお兄ちゃんどんな勉強してたのかなって気になって……」

「そういえばD高校だっけ」

 お兄ちゃんが私の方に振り返る。その顔は嬉しそうに笑ってる。


「見てみたら驚くだろうな。頭の良さは全部俺がもらったみたいなもんだからさ、ゴメンな。その分、ちゃんと俺が一番良い大学行くからさ。責任取るよ」

「ううん、私もお兄ちゃんに頼ってばかりでごめんね。教科書とかノート、よかったら見ても良い?」

「ああ、いいぞ。その辺のだから。邪魔になるから持っていっていいぞ」

「ありがとう。勉強がんばってね」

「書いてあることわかんないだろうけども、落ち込むなよ」


 教えてもらった場所にある教科書やノートを借りて、そのままお兄ちゃんの部屋から出ていく。


 ――よかった。今日のお兄ちゃんは機嫌がよかった。

 優しい時は優しいお兄ちゃんなんだ。勉強は大変だから時々怒ったりもする。それは仕方ない事。それも含めて応援する事がお兄ちゃんには必要なんだ。


 それはそれとして、自分の部屋に戻って借りた教科書やノートを開く。ビッシリと書き込まれていて本当にすごいとしか言いようがない……それでも、私のステップアップには良さそうって思った。


 うん……やってみよう。

 私には優秀なお兄ちゃんが勉強するために使った本やノートがある。

 わからない事があったら、誰かに相談にしよう。


 ……波多野さんもきっと聞いてくれそうだなぁ。

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