73・さぁ、がんばっていこう!
「あの後大変だったんだぜー。俺の顔に付いたインクなかなか取れないし、洗おうとしてシャツがびしょ濡れになったりさー」
「馬園の事すっかり忘れてたなぁごめんごめん」
紅組応援団の練習の直前の時間で馬園にあの後どうなったか聞いてみる。
思えば馬園は事故を貰ったわけで普通に純粋な被害者なんだよねって。
「そんな俺なのにほとんど放置され気味でさ……教室まで一人で戻るの心細かったぜ……」
「ごめんってー。馬園以外はどうしてたの?」
「えー? マイナスたちと一緒に先輩抑えてた2年生の女子のゴリ――」
「ゴリラって言うと命が危ないから止したほうがいいよ」
聞かれてるはずは無い……でも怖い気がしたので止める。
「あ……察し。
まぁ、色々話を聞いたり、ハンカチを持ってったりしていたなー」
「渡辺先輩が動いてくれてるって思うと安心だなぁ……」
「へー、どれくらい安心なのかなー?」
「鷹田も言ってるんだけども、太陽に突っ込んでも無事帰ってきそうなイメージがあってさ――」
「今晩は焼き鳥とタヌキ鍋に決まりね!」
「俺はタヌキじゃないッス……よ……」
振り返ると渡辺先輩がニコニコの笑顔で俺の後ろにいた。
「すみません! すみません!! 違うんです! 命ばかりはお助けを!! ごめんなさい!!」
「もうー! か弱い乙女相手に本気で命乞いごっこはよくないぞ!
カワイイんだからー! マイナスくんってばー!」
「すみません! そうですよね! つい命乞い癖があってー!」
「でも後でデコピンの刑だよ。鷹田もね」
鷹田、巻き込んでごめん。一緒に処されようね。
「ああ、それでそう。とりあえずこれ、ハンカチなんだけども……」
色々悪戯書きされてしまったハンカチを渡辺先輩が見せてくれる。
「証拠としてもう少し預かっててもいいかな?」
「え、それならもちろん構いませんけど……」
「うん、ありがとう。わかってた事だけども先生たちはそんな動いてなくってさ。やめなさーいくらいしか言わないんだよね」
「そうですか……」
「とはいえ放っておくなんてよくないし、かといって犯人を探して私刑みたいなのもよくないからね」
「えっと……そうですね。でも、できる事って……」
「ああ、生徒会に持っていくつもりなの」
「へぇ……生徒会、ちゃんと動いてくれるんですかね……?」
「私、生徒会役員だからちゃんと動くよー」
「ええー!? そうだったんですかー!?」
「むしろマイナスくんってば知らなかったんだね……」
「本当に渡辺先輩は文武両道って奴なんですね……武神とか武士とかじゃなくて……」
「か弱い乙女に何言ってるのマイナスくんってばー!」
悪い馬園。俺死んだかも。
――
応援団の練習は以前と比べて断然捗っている。
紅蓮先輩の本気でやりたい気持ちが現状に繋がっているって俺は思う。
森夜先輩とも今後、良くなったらいいなぁって思うし、黒間先輩ともバンドメンバーとして良い関係を結べたらいいなぁって俺は思う。
俺は森夜先輩の事情もほんの少しだけ知れて、先輩としてがんばっていた――それが良いか悪いかはさておいて――その事がわかったんだ。
それを踏まえて、俺もちょっとやらないといけない事があるって思った。
――
「今日も灰野先生が来るまで合わせ練習の指揮、やらせてもらいますね」
吹奏楽部の合わせ練習で、俺はみんなの前に立つ。
「確認含めて、まずは開幕の7小節をさらいますね」
指揮棒を構える。全員の視線が俺に集まる。
息をして――演奏を開始する。
――ほんの頭の7小節。しかし、最初の音はその曲の、その演奏の顔だ。
これを完璧にできるのは相当の練習を積まなくてはならない。
でも、音楽を楽しむという点では個人の腕前は千差万別であり、個人、あるいは当人たち同士でできる範囲でやりたい事をやるのが大事だと思う。
7小節を終えて、演奏を止める。
「次はパートごとにやらせてもらうね。クラリネット、おねがいします」
3人のクラリネットの先輩たちに声をかける。
何か言いたげな顔をしているのはわかるけども、先輩たちからは返事が無いので3人だけでもう一度同じところを吹いてもらう。
「伝えたいことがあるんですけども、いいですか?」
「……何?」
機嫌が悪くなる先輩を相手に少し緊張する……けども――
「以前にも伝えたと思うんですけども、ずっと指揮無しで活動をしてきてたんですよね」
「……そうだけど」
「そう、なので指揮を見るのが抜けがちになっちゃうんですよね」
クラリネットの先輩たちの顔は何となく、警戒してるように見える。だけど俺は続ける。
「指揮が無くても何とかはなります。人数もそこまで多くないですもんね。
とはいえ、演奏する時には何かしらの指標はやっぱり欲しいものですよね。
恐らくなんですけども、ここではそれをクラリネットさんが築いてきたって俺は思ってます。
『コンサートマスター』っていう奴ですね」
――コンサートマスター
第二指揮者と呼ばれる事もあるくらい、合奏において重要なポジションだ。
オーケストラではバイオリンが担うが、吹奏楽ではクラリネットが担う事が多い。
かなり乱暴に説明すると、その集団における『基準』となる。
「先輩たちはこの皆で合わせる中で、非常に重要なポジションなんですね。
だから灰野先生からの指摘も多かったって思います。
音を考える必要があるのは、先輩たちの音が大事だからです」
「え……いやでも、別にそんな……」
「すみません。今まで俺は後輩だからって気を使いすぎて色々言えなくて、今更になってこんな事を言って、すみません」
「……」
「でも、すごい難しい話じゃないんですよ。
先輩にお願いしたいのはひとつです」
「3人で楽しくアンサンブルしているのを、ここにいる皆でして欲しいってだけです」
「人が増えると合わせるの大変ですからね。
3人でなら、今日の気分や音に合わせられると思います。
でも、人数が増えると誰がどんな気分か把握するのは難しいです。
だから、それを手伝う意味でも指揮者って大事なんですね」
「――それを踏まえて、よかったら合わせていきましょう。
よろしくおねがいします」
――
「今日も色々あったなぁ……」
「余計なことに首を突っ込むからだろ」
バスでのいつものショウくんとの会話。
「けど、色々知る事ができたなぁって思うよ」
「……例えば何だ?」
「みんな事情があるっていうのか……その中ですごいがんばってるんだなぁって」
「……事情があるにしろ、だからといって皆が等しく努力してるとは思わないが」
「いや……なんだろ……本人は気が付いてないっていうと良くないのかな……
でも、何かしらの理由を元にがんばってるんだなって思ったんだよね」
「……言ってることが甘いな……」
「ショウくんはストイークだもんね」
「……ストイックだ。あとミヤネと呼べ」
「あっ、そうだった……えへへ」
「努力するなんて当たり前だ。そして結果を出すまでが必要だ」
「やっぱりミヤネはすごいなぁー。応援してるからね!」
「お前も夏にはコンクールに出るんだろう。人の応援するより自分の腕を磨け」
「おう! 一緒にがんばろうね!」
「……やれ、お前に言っても仕方ないことだったか」
――
金曜日、体育祭の当日。
入場式の演奏は、吹奏楽部の人数に相応しい演奏だったと思う。
ちょっとした緊張感と、皆との一体感がある中で演奏するのはすごく気持ちいい。
クラス毎のやる気には差がすごいあるけども、1年A組は面白いくらい盛り上がってたと思う。
そして各応援団が披露した演目はどれも盛り上がった。
少なくとも、俺はすごい楽しいって思った。
「応援団、どれもめっちゃよくって応援団優勝できるか不安過ぎー!」
「はぁ? 普通に紅組が優勝に決まってんじゃん。おらー!」
「痛いって! なんで蹴るのー!!」
なんだかんだ結果発表が楽しみだなぁ……
――と、その時に森夜先輩が出場するのが見える。
「森夜先輩! がんばってくださーい!!」
無我夢中で叫んでしまう。
森夜先輩も周りもちょっと驚いた様子で、注目を集めてしまう。
こういうのやめろって言ってた気がするのに、やっちゃったかも……
だけど、森夜先輩は片手をあげて、笑ったのが見えた。
俺はなんだか嬉しくなった。
「先輩がんばれー!!!」
誰しも皆、がんばってるって俺は知った。
少しでも多くの人に応援の言葉が届いたら……いいな。
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