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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(上)
71/114

71・世界から身を投げるような感覚

※精神的に辛いと感じたら読むのをやめるか、休んでください

「今日はカナが紅茶も淹れちゃうの!」

 日曜日の午後、カナは梶原さんに手伝ってもらいながらお菓子を作るだけでなく、お茶を淹れるのにも挑戦していた。


「うふふ、今日はカナちゃんの先生としてお邪魔するわねぇ」

「お皿の並べ方はこれで良いー?」

 カナの質問に梶原さんは優しく答えていく。

 いつもお世話になりがちだけども、色んな事を考えてくれてるんだなぁって改めて知ることができて感謝しかないなぁ。


「カナさんが初めて作ったお菓子、これは楽しみですね」

「殆ど梶原さんに手伝ってもらっちゃった気がする……!」

「お手本を見せた後はカナちゃんががんばったじゃないのぉ」

「もしかしたらカナって将来はお菓子屋さん開けるのかなぁ……!」

「まだ食べてないのに褒めすぎだよお兄ちゃん!」


 カナの拘りのセッティングが終わった後、召し上がれとカナが声をかけて皆でお茶とお菓子を楽しむ。

 月野さんから教えてもらったチーズケーキだ。すごく美味しい!


「美味しいですね。作るのは大変でしたでしょう?」

「梶原さんが手伝ってくれたからね! でも片付けまでちゃんとやったよ!」

「偉いなぁ……すごいなぁ……!」

「うふふ、大変だったろうに音を上げないのも、本当によくがんばったわぁ」


 梶原さんの言葉に、やっぱり月野さんはすごいがんばってるなぁってそっと心の中で改めて思う。


「また私、作ってみようかなぁ。そのうち一人でも作れるようになってみたいなぁ」

「うふふ、ゆっくり覚えていきましょうねぇ」

「カナさんは本当に将来はパティシエになれるかもしれませんね」

「えへへー。って私、パティシエになれるの!?」

「ええ、ちゃんと勉強すればなれると思いますよ」

「ううん、そうじゃなくて将来、音楽に関係なくてもいいの!?」

「問題ありませんよ。ご両親からは自由にさせてほしいと頼まれていますから」

「そうだったの!?」

「そうだったんですか!?」


 俺、ずっと音楽家になるもんだと思ってたし、その為に色々してるんだと思ってた……


「テルくんは幼い頃から本人が音楽一本という気質なので置いておきまして……」

「確かに今更、他の道ってわかんないですね!!」

「カナさんは自由にやってみたい事に挑戦して大丈夫ですよ。興味がある事があれば遠慮なく教えてくださいね」

「は、はーい……!」


 カナは自分の頬に手を当てて、嬉しそうにしている。


「ふたりともご両親となかなか会えないのは大変だけども、上井先生がちゃんと面倒を見てくれているから私も安心だわぁ」

「いえいえ、梶原さんも頼りになっていますよ。私も日々学ばせてもらっていますので」


 上井先生にも梶原さんにも、本当にいつもお世話になっててありがたいなぁ……


「あ、そういえばなんですけども上井先生。

 灰野先生って先生の教え子さんだったんですってね」

「えー!? そうなの!?」

「教えたと言ってもほんの数年ですよ。

 それに、あの頃は私も本当に未熟者でしたから教鞭を執れた感覚はそこまで無いんですよ」

「なるほど……あ、でも灰野先生について聞きたい事があるんですけども――」


「女性たちの前で他の女性の事を聞くのは妬かせてしまうので注意が必要ですよ」

 微笑みながら上井先生がそっと話を遮る。

「あらあら、カナちゃんはともかく、私も女性だなんて。おばちゃんなのにねぇ」

「上井先生ってそういうの上手だよねー!」



 ――



「それで、灰野先生について聞きたいことというのは?」

 お茶会が終わってのレッスンで、ふたりきりの時に上井先生から聞かれる。

 改めて聞かれるのはなんだかすごい珍しい……!


「あ、はい。灰野先生ってどっちかというと音楽に対して拘りの強い人ですよね。

 上井先生の前ではまだちゃんとしてるんですけども、学校でだとかなり……いや、なんていうか……

 人を寄せ付けないというか唯我独尊っていうのか……」

「ふむ、なるほど」

「どうしてそんな風にしてるんだろうなぁ……って思っちゃうんですよね」


 社会人として普通にアウトな事もしてるけども、なんか……なんかギリギリ許せるライン……?


「ふふ、それは彼女なりの考えあってこそですから、テルくんが気にしても仕方ない事ですね」

「先生が教えてた頃の灰野先生ってどんな人か、聞いてもいいですか……?」

「課題に対してとても真面目で真摯に取り組む良い子でしたよ」

「え……じゃあ今の灰野先生の態度とか性格って」

「いえ、そこまで変わっていませんよ」

「そんな事ありますー!?」



 ――



「金曜日の体育祭くそだりー」

 月曜日の朝のホームルームでの灰野先生のいつもの発言。

「そんな事言わないで応援してくださいよー! なんだかんだ盛り上がってるんスからー!」

 真面目で真摯な人にはやっぱり見えないよー!!


「面倒くせえって思ってるの私以外にもいんだろ。そいつら含めてがんばれって言ってやりゃいいの?」

「いやいや……何かするのは面倒なの当たり前ですし、それ含めて応援するもんじゃないスか?」

「ふーん……」


「灰野先生安心してくださいよー! 灰野先生の応援無くても絶対に優勝するんでー! 優勝捧げます!」

「お前ら無理しなくていいからなー。最悪ドタキャンして休んでいいからなー。自分を大事になー」

「そんなー!!」


 言ってること自体は正しいから手に負えないね……



 ――



 昼休み、学食へと向かう。

 森夜先輩から呼び出されていて、学食に顔を出してほしいっていう事で――


「マイナスはあんぱんのあんこはどっちが好きー? 俺、粒あん派ー」

 昼を用意し損ねた馬園が無理やりついてくる。まぁいっか。


「えー、気にした事ないなぁ。どっちでもよくない?」

「はぁ!? 敵対しても許そうと思ってたのにどっちでも良いとか!! 両方の敵だな!!」

「どっちもおいしいしなー」

「じゃあ粒あんの魅力を教えるから、食べ比べしよ! 半分こな!」

「んー、わかった」

「いいか、あんぱんは牛乳と一緒に食べるとすっごい美味くてな……」

「じゃあ牛乳も先に買っておこうね」

「マイナスナイス判断! マイナイス!」

「何それ……」


 そのまま学食で牛乳もパンも買い終えて列を抜けた時、森夜先輩が見えた。森夜先輩は近づいてきて、綺麗なビニール袋を俺に差し出す。


「あ、森夜先輩! ありがとうございます!」

「いや別に、借りたもん返しただけだしな」

「いえいえ、ありがとうございます!」

「……んじゃ」


 そう言って森夜先輩はパンを買うために列に並び始める。

 これから、少しずつでも仲良くなれるといいなぁ――


「うわっ! 牛乳が飛び出た!」

「えっ!? こんな所で牛乳開けるからだよ!?」

 牛乳まみれになった馬園に、仕方ないから森夜先輩から返してもらったばかりのハンカチを渡す。


「えーん、ありがとー。俺も洗って返した方がいい?」

「どっちでもいいよ」

 そうやって顔を拭いた馬園だけど――


「あれ?」


 何故か馬園の顔が黒く汚れてる。

 同じく馬園はハンカチを眺めて……それからハンカチを広げた。


 そこには色々書かれてるみたいだった。

 内容は少しぼやけててわからないけども、色んな人が好き勝手に書いた、人の存在を否定するような言葉が見えた気がする。


 ――思わず列に並んでいた森夜先輩に振り向く。


 森夜先輩と目が合った。

 森夜先輩は表情を失くしていた。

 それから俺たちの所に歩いてくる。


「あ、あの……」


 森夜先輩がやった事じゃないのは何となくわかった。

 馬園は混乱している。


「朝、俺、ちゃんと、仕舞ったのに」

 森夜先輩が言葉を絞り出すようにしながら、ハンカチを見ながらそう言った。



「森夜が後輩のハンカチになんかしてたみたいだぞ」



 誰かがそう言った。

 その言葉に(たん)(はっ)して誰かが笑い始める。


 俺から見たら異様な光景で、頭が真っ白になりそうだった。

 こんな事、森夜先輩がする筈ない。

 違うって叫ばないと――


「お前が――」

 森夜先輩は最初、無機質にそう言った。


「お前がやったんだろおおおおお!?!?!?」

 いつだったかの、ニヤニヤしながら声をかけてきていた2年生に森夜先輩は駆け出していく。


「ま、待ってください森夜先輩!!」

 無意識に俺は森夜先輩に追いすがる。

 わかんないけども、このままだと森夜先輩は大変なトラブルを起こす事になるって思ったのかもしれない。


「許さねえ!! 絶対に許さねえ!! 殺す!! 殺してやる!!! 離せよ!!!」


 感情の爆発という言葉がたぶん相応しいと思う。ここまで、ここまで怒りに支配された人を俺は見た事がない。

 あらん限りの怒声、抑える俺を振りほどこうする力は容赦がない。

 たぶん、何か道具があれば本当に森夜先輩は、怒りのままに人を殺してしまってもおかしくないって思った。


 この場にいるみんな、その様子を見て驚いて固まっている。


「落ち着いてください先輩!! 誰か、誰か!!」

 このままじゃ本当に森夜先輩が大変な事しちゃう……


 助けて……!!


 ――気が付いた誰かが森夜先輩を抑えてくれるのを手伝ってくれた。


「離せっつってんだろおおお!!!」

「ダメです!! ダメです先輩!! ダメ!!」

「うるせえええええええ!!

 どうなってもいい!!

 あいつを殺す!!!!!!」


 森夜先輩は叫んで叫んで……


 それから急に力が抜けたようになって崩れ落ちてから、泣き始めた。


「せ、先輩……」


 森夜先輩に声をかけるけども、先輩は返事ができるわけない。

 まず、何をしたらいい?

 どうしよう?


「マイナス、先輩を保健室に連れていってあげて」

 俺の隣からそう声をかけられる。

 ――熊谷だった。


「マイナスくんだけじゃ大変かも……君も一緒に連れていってもらってもいい?」

 渡辺先輩もいつの間にか隣にいた。


「あ、でも、その……」

「大丈夫、私が話を聞いておくからさ」

「は、はい……あ、でも、その」

「うん。なあに?」

「森夜先輩がやった事じゃないって俺、わかってますから……」

「うん。オッケー」


 それから、俺は熊谷と一緒に森夜先輩を保健室へと連れて行った。

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