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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(上)
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70・少しずつ知っていこう

「ご、ごめんね……選ぶのに時間かかってて……」


 私は液晶に写るメニューを見て、何か頼んでみようとしてる。だけども、どれを頼むか決められない。

 好きなものを頼んで良いと言われて、好きなものって何かを真剣に考えてる……けどもわからなくなっちゃう……


「試しに頼んでみるのはどうかな?」

「そ、そんなの良くないよ。嫌いだったら勿体ないし……」

「その時は俺食べるから大丈夫だよ」

「あー……うー……」


 ……この間のマイナスくんに私が言った事を思い出す。

『大丈夫って言ってるのを信じてあげよう』だっけ……

 ブーメランって言うよね。こういうのって……


「じゃあ……試しにポテトでも……?」

「うん。そうしてみよっか!」

「マイナスくんも食べる……?」

「届いてから決めるよ。月野さんが要らなかったら食べるし、もっと食べたかったら追加しよ!」

「う、うん……」


 家だったら絶対にこんな事有り得ないから、本当に初めてで良いのかなって不安で堪らない……


 程なくしてポテトが運ばれてきて、マイナスくんがどうぞ、と私の前に置いてくれる。

 別に、何も怖がる事は何も無いはずなのに緊張しながら口に運ぶ……


 揚げ立てで外はサックリ、中はホクホクしていて塩気もちょうどよくて美味しい。


「うん……美味しい」

「そっかー! よかったー!」

「好きかは……わからないけど……」

「嫌いじゃないならきっと大丈夫だよ! ケチャップとかもあるけども付けてみる?」


 マイナスくんが付け合わせのケチャップに手を伸ばす――のを見て、私は言いようもしれない気持ちが湧いてくるのを感じた。


「月野さん……? 大丈夫?」

「あ……ご、ごめん……ボーッとしちゃった」

「ううん。その……イヤ?」

「あ、えっと……」


 この感覚はイヤなのかな……

 でも、ケチャップがイヤな訳じゃないし、マイナスくんはもちろんイヤじゃない。むしろむしろ――

 それは置いておいて、この感覚の理由ってなんだろう。


「……あ、もしかしたら……私、シェアするのがすごいイヤなのかな……」

「そうなの?」

「わかんない……でも、シェアするなんて普通のはずなのに……気にしてないはずなのに……」


 なんだか……今、自分が口にしているモノが何かわからなくなる。

 ボソボソとしているような、今すぐにでも飲み込んで楽になりたいのに噛まなくちゃいけないし、それが目の前にまだまだあって、食べなくちゃ食べなくちゃって思って……


「……ゴメンね。せっかく私の為に頼んでくれたのに、私、今は何も食べたくないみたい……」

「そっか……わかったよ」

「その……食べてもらっても良い?」

「うん。もちろん」


 目の前のものが自分のじゃなくなったと思うと、なんだか安心した。

 マイナスくんが食べ始めるのをボーッと眺める。


「私、お兄ちゃんがいるんだよね」

 マイナスくんを見ながら、なんとなく話す。


「お兄ちゃんは勉強すごいがんばっててね。一番の大学にいくんだーってがんばってるの。

 お父さんとお母さんは忙しくて、でも、お兄ちゃんを応援してて。

 私もそんなお兄ちゃんを応援してる。

 私もお兄ちゃんが好きだから。


 私は、手間がかからないのが自慢なのかなぁ……

 でも、高校でどこに行くか、相談に乗ってもらえなかったのがショックだったのかなぁ……

 お兄ちゃんにはあんなに一生懸命言ってたのに。


 あ、でも、私を尊重してくれてるのかも……

 愛されてないとか、毒親とか、そう思ったりもする時はあるけど、

 私が考え過ぎなだけだよね。


 みんな、がんばってるから、私もがんばってる……

 そういう事なのかなぁ……


 ……あれ、どうしたのマイナスくん?」


 私自身は落ち着いてきた気がしたけども、マイナスくんが遠い目をしていた。


「……その……俺は妹がいてさ」

「あっ、うん。そうだね。仲が良さそうだよね」

「うん。ただ、最近、様子が変でさ……」

「どんな風に?」

「俺のこと、一生懸命応援してくれるんだけどさ……

 自分の事を後回しにしがちなんだ。

 手間がかからなくてすっごく良くできた妹で……」

「……うん」

「……月野さんは……どう思う?」

「……心配だね」

「うん。俺も」


「……私、さっきの児童福祉司の人から連絡先もらったんだ。

 だから……相談してみようと思う。

 私自身は別に良いって思ってたけど……

 もしかしたら、マイナスくんの妹さんの事で何か役に立てるかもしれないから」

「うん……ありがとう」


「今日はこれから……どうしよっか」

「あ、うん……よかったら今からでも行こうっか」



 〜〜



 そこまでは大きくない会場で、月野さんと隣の席でコンサートを聴く。

 内容はジャズ。


 ――ジャズは言うなら、ロックの兄のようなジャンルかもしれない。

 当時の労働階級の人たちが楽器を手にして奏でたブルース、ラグタイムを源流として確立されたジャンルだ。

 誕生には複雑な経緯があって一口には語れないけども、クラシックのように理論整然と学ぶ形ではなく、多くの感性が結び付き、運命的に花開いたのがジャズだ。


 ネットで楽曲を公開できるようになった事も音楽の歴史的転換点だとすれば、ジャズの誕生やクラシック音楽のロマン派の誕生のようだ。

 個々の感情を表現する事ができる。それはどんどん進んでいる。


 ……とはいえ、そんな事を月野さんに知ってもらいたいとかでは無い。

 ステージの上の人たちの音を聞いてみてほしいだけなんだ。

 オーディオ機器からだけでは伝わらない、生の演奏を聞いてほしい。



 ――



「すごい良かったなぁ……途中からにさせて本当にゴメンね」

「そういう時もあるから大丈夫だよ。それに少しでも聞けてよかったからね!」

「あはは……このままだと私、ごめんって言い続けそうだね」

「そういう時もあるって!」

「うん……ありがとう」


 月野さんは大丈夫かなぁって心配で堪らない。

 けども、俺ができる事はそんなに多くはない。

 じゃあ、またね。と月野さんと別れて、俺は家に帰る。



 ――



「えっ、私のやりたい事?」

「うん。カナのやりたい事」

 早めに家に帰って、カナの時間が空いてそうな時に聞いてみた。


「そりゃ色々あるけど……どうしたの?」

「なんだろ……色々あるけどもさ、俺の都合にカナが合わせてくれる事が最近はすごい多かったからさ……」

「えー、別に大したことじゃないよー」

「昨日とかも晩ご飯……カナは待ってたのかなぁって……」

「別にそういう事もあるでしょ?」

「そうかもしれないけど……」


 やっぱり俺の考え過ぎなのかなぁ……


「あ、やりたい事って何でも良い?」

「そりゃもちろん! 何でも!」

「私、お菓子作ってみたいんだー!」

「お菓子作り!? いいね!」

「この間のお兄ちゃんのお友達が作ってくれたあのお菓子、私も作ってみたいんだ!」

「わかった! 作り方とか聞いてくるね!」

「えへへ、やったー!」



 〜〜



 昨日の晩御飯、本当は待ってたんだ。

 心配かけたくないし、もう小6だし、平気だと思ってたのに、お兄ちゃんから連絡が来た時に私はすごく寂しくなっちゃった。


 大丈夫、別に平気ってお兄ちゃんに言うたび、私の役割はそういうものなんだなって思い始めた。

 けど、それはどうやら私らしくなくって、逆に心配かけてるみたい。


 私は私。お兄ちゃんはお兄ちゃん。

 それでよしっ!

 明日、お菓子作るの楽しみだなぁー

■ジャズについての簡単な補足

・イギリスの18世紀半ばから19世紀にかけて起った産業革命により、楽器は作っただけ売れる時代があって市場に楽器が溢れていた。

・アメリカの南北戦争(1861~1865)が発生。当時の戦争では"音”や”音楽”が非常に重要な要素であり、たくさんの楽器が必要とされた。

 例)戦列歩兵による合図、プロパガンダをするための曲の演奏など

・南北戦争終結後、財政を立て直すために楽器を売却。この時には市場に溢れすぎて捨てられることすらあった。こうして当時の被差別層のアフリカ系アメリカ人が楽器を手に入れる事ができた。

・被差別層のアフリカ系アメリカ人はニューオーリンズに集まり、ブルースやジャズが生まれ、育まれていく。

・1920年、アメリカで禁酒法が発令。闇酒場が蔓延り、その中で被差別層のアフリカ系アメリカ人に演奏をさせる。これが非常に流行し、ジャズが認知されジャンルが確立された。


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