65・ロックの為なら何でもするよ
今日は上井先生のお家にお泊りする日……それを忘れずに、ちゃんと上井先生の家に来た。
「お邪魔します! ってあれ……なんだか良い匂いしますね!」
「ええ、久しぶりに料理をしていましてね。夕食を楽しみにしていてください」
「上井先生の料理……! どんなのが出てくるか、楽しみ過ぎます!」
「梶原さんには及ばないでしょうけどもね。さ、荷物を置いてきてください」
「はい!」
「レッスンは夕食の後に行いましょう。それまでゆっくり過ごしていてくださいね」
「はい!」
よく見ればエプロンも付けてる上井先生……! うー、カッコイイなー!
それはさておき客間に荷物を置いて部屋着に着替え。そしてバイオリンを取り出す。メトロノームもかける。
なんだかドキドキしちゃうのは仕方ないけども、何しようかな?うーんロングトーン。
お風呂に入りたいのはあるけども、ソーラン節の練習したいからその後がいいだろうしなー。鏡を見ながら体勢チェック。
あ、森夜先輩に連絡を取る? それとも熊谷に……? どっちかなら熊谷だけど。 弦を押さえて音程確認。
森夜先輩に送る文面はどうしよう……練習の時間の相談が目的だからそれをちゃんと伝える……。音確認が終われば音階練習。
やっぱり誰かに相談するのがいいのかなぁ……? こうして悩んでる時間も惜しいしね。やっぱりこんな時はこの調の音階練習がピッタリだなぁ……
上井先生に相談しよう……。やっぱり一番頼りになるし……! あ、音がズレたかも。やり直し。
「テルくん、ご飯できましたよ」
「えっ!? あ! はいっ!」
ヤバい!? 考えすぎて本当に何もしてなかった!?
急いでバイオリンを拭き、ケースにしまってから向かう。
うーん、やっぱりこんなで大丈夫なのかなぁ俺……
――
「わぁ……これ、本当に上井先生が作ったんですか!?」
「先日に冷食でガッカリされたのでリベンジですね」
すごい! 焼いたお肉にパスタ、後はスープにサラダだ!
「ガッカリしたんじゃなくて、意外だっただけですよー!」
「ふふ、しかし今日も実際は手抜きなのですけどね」
「そうなんですか……!? いや、全然そんな事無いというか、俺、料理全然わからないんで……」
「さぁ、とりあえず頂きましょうか」
「はい! いただきまーす!」
……
「あ、先生……! その、相談というかがありまして……」
「ええ、聞かせてください」
「学校の先輩を、練習に誘いたいんですけども、どういう風に誘うといいかなーって考えてて」
「ふふ、積極的ですね。まずはどんな手段で連絡を取ろうとと考えましたか?」
「メッセージ……ですかね?」
「良いですね。互いの都合が付く時に返事ができますからね」
「今、先輩と俺ってあんまり仲がよくなくって、文面はどんなのがいいでしょうかね?」
「日時の候補や目的をハッキリと伝えるなど、必要な事を押さえれば問題は無いと思いますが……それ以外について、ですか?」
「そ、そうですね……! なんだかんだ仲良くなれたらって思いますけども……」
上井先生が小さく、フフ、と笑う。
「年頃の男の子になりましたね」
「ええ……?」
「皆、同じように考える時期ですからね。テルくんもちゃんと悩んでいるようで安心しました」
「わかんないですけども……でも、そういうものじゃないんですか?」
仲が悪いよりは良いほうがいいものじゃないのかな……?
「理屈も交えて一から話すのは冗長ですから、簡潔に助言をしましょう」
「は、はい」
「好かれる為にと無理をしてはなりませんよ」
「えっ……?」
「目的の為に行動なさい。好いてもらえるかどうかは結局、相手次第なのですから」
「それは……確かにそのとおりですね」
確かに……仲良くなれるかどうか、そういうのは結局、運とかもあるもんなぁ。
「さておき、上手くいくといいですね。応援していますよ」
「はい!」
――
「マイナスはイジメ、一応わかるよなー?」
「お、おう。まぁ……」
いつも勉強の時間の前に熊谷に連絡を取る。放課後の話の続きを聞きたかったんだ。
「それとSNSとかはやってないんだったよなー?」
「うん。やってない」
「そのなー、イジメ……うーん。どう説明したらいいんだろうなー……」
「SNSで色々あるの……?」
画面越しの熊谷が頷くのが見える。
「悪口を書かれるとかー……そういうのなんだけどなー」
「そんな事があるんだ……!?」
「それでなー、森夜先輩たちがイジメられるきっかけがなー……」
「俺になるんだよなー……」
「え……どういう事……?」
熊谷が誰かイジメるような人には無いだろうって思う。
でも、きっかけが熊谷って……つまり、どういう事……?
「俺、野球部の先輩と上手くいってないって話してただろー?」
「うん、言ってたよね」
「今はそれなりなんだけどもなー、そのきっかけに森夜先輩たちとの駅でのトラブルがあってなー。
あの時の事が広まって、それでなー……」
「うぅ……言うのは悪いけども、先輩たちが悪い人……みたいな……?」
「その通りだなー」
場面だけ見れば映画みたいな話だったもんなぁ……
「それで……なんて言えばいいんだろうなー」
「大丈夫だよ……ゆっくりで」
熊谷はウンウン唸りながら話してくれる。
「心配なんだなー……森夜先輩たちの事。俺はー……」
「そっか、熊谷も心配してるんだなぁ……」
「でも、俺、声かけられないって思うんだー。そのー……周りの人たちと先輩たちの事を考えてなー」
「森夜先輩たちの気持ちを考えると……周りの人に騒がれるきっかけになったって事だもんね……」
熊谷は優しいなぁ……
「俺が気にしてもどうしようもないっていうのはわかってるんだけどなー……」
「でも、気になっちゃうんだよね……」
「そうだなー……」
「熊谷は気にしなくていいはずなのに、なんでだろうね」
「んー……」
「マイナスの先輩だからかなぁー?」
「え、なんで?」
「マイナスが軽音部でがんばってるの見てるから……」
「軽音部のことはわかんないけど、チームプレイなのは一緒だー。
良い野球は一人じゃできない。だから絆って大事だろー?」
「あー、わかったー。
俺はマイナスが心配なんだなー……
ちゃんと、軽音部で上手くできるかなーって……」
……熊谷はそういう所も見てくれてたんだなぁ。
「大丈夫、とは色々課題があって言えないけども……でも、それは俺ががんばる事だからさ」
「そうだよなー……ごめんなー」
「熊谷が謝ることは何も無いよ! それにさ……」
「俺は熊谷のこと、ヒーローみたいに思ってるから……!」
熊谷は少し驚いた後、手を頭の後ろにやり、かきはじめる。
「そ、そう言われると照れるなぁー……」
「……言ってからだけども、俺もちょっと恥ずかしくなってきたかも……!
でも、本当に熊谷の事はカッコイイって思ってるよ。いつもありがとう……!」
「こちらこそいつもありがとなー……!」
「俺、がんばるから応援してくれると嬉しいな……!」
「おー! 俺にできる事があったら相談してくれなー!」
うん。がんばろう。
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