64・周りの事を考えると動けない事ってとっても多い
昼休み。俺は学食のパン売り場に来ている。
速水先輩には見つからないようにこっそりとしつつ……目的の人に声をかける。
「あの、森夜先輩!」
森夜先輩は面倒くさそうに俺へ顔を向ける……この反応は想定内。
「マイナスか……いや、なんか用?」
「見かけたので挨拶と……速水先輩が言ってたように今度、一緒に練習できないかなって相談したいんです」
鷹田には怒られるだろうな……って思うけども、やっぱり声をかけたくて仕方なかった。
黒間先輩がいない今なら、まだ声をかけやすいのもあるし……
「いや、まぁ……」
森夜先輩は曖昧な返事をする。
なんだか目が泳いでるようように見えるし、周りをチラチラと気にしているようにも見える……?
「森夜って黒間いないとイキれないんだよねー」
え……? 別の2年生がニヤニヤと森夜先輩を見ながら、そう口を挟んでくる。
「いや別にイキるとか別に――」
「じゃあいつもみたいに偉そうにしてあげればいいじゃん」
森夜先輩は愛想笑いを浮かべながら、目の端で俺の事を見る。
「あー……いや、まぁその……」
「食べながら話しましょっか! あ、ついて行きます!」
「いや……まぁ、そうすっか……」
どうしたらいいかわかんない……けども、一旦場所は変えたほうがいいんだろうな……
――
「す、すみません……その、なんか……」
「いや別に。大したことじゃないし」
人通りが少ない階段で適当に腰を下ろして話す。
「俺、声かけないほうがよかったですか……?」
「いや、別に」
全く話は弾まない……当然といえば当然だ……
練習について話ができれば一番だからそれを……?
さっきの話は気になるけども、俺が聞いた所で答えてくれるとは思えないし……
黒間先輩の事を聞く……のもよくなさそう……
何か良い取っ掛かりないか……?
そんな風に頭を抱えそうになりながら考えていた時に……
ぐうー、と俺のお腹が鳴る……そこそこ大きい音で。
は、恥ずかしい……
「……いや、腹減ってんの?」
「あ、は、はい……!」
「昼飯は?」
「あはは……買いそびれちゃって……」
森夜先輩に声をかけたくて、学食に行く理由作りにも昼は買ってきていない……加えて流れで一緒にここに来たから何も買ってなくて……
「食いかけだけど、いる?」
「えっ、いいんですか……?」
「いや、別に食欲あんまり無いだけだし」
森夜先輩が食べかけのパンをくれる。
「あ、ありがとうございます……!」
「んじゃ」
そして森夜先輩はこの場を後にしようとするけども――
「あの、森夜先輩」
「……何?」
「連絡先だけでも交換してくれませんか……?」
「いや……別に……」
「ダ、ダメですか……」
「いや、別に……まぁ良いって事だけど……」
「良いんですか!? ありがとうございます!!」
「いや、別にそんな……まぁいいか」
最低限の目標の連絡先の交換は達成できた。
やったー!!
――
教室に戻れば馬園がソーラン節の練習をしていて、山岸さんが指導している。
山岸さんの容赦のない指導キックが馬園に飛んで、馬園が痛いと叫ぶ。
だんだんと見慣れてきた、いつもの微笑ましい光景だ。
「マイナスなんだか嬉しそうだなー」
「あ、熊谷。そうなんだよね。ちょっとだけ作戦が上手くいったっていうかなんていうか……」
「おー、よかったなー! 何したんだー?」
「うん、先輩と……この間の駅での先輩たちなんだけどね、仲良くなりたくて、連絡先交換できたんだ」
「あー……あの先輩たちなー」
「あの時は先輩が迷惑をかけてごめんね。それに熊谷も助けてくれて本当に感謝してて」
「いやー、それは別に構わないぞー。でも……あー、うーん……」
「え、どうしたの?」
熊谷が微妙な反応をするのは意外。でも、考えてみたら当然の反応か……?
「ここで話すのは良くないかなーって思うから、後でなー」
「お、おう……?」
どういう事だろう……。やっぱり、あの時に何かあったのかな……
馬園の悲鳴と助けを求める声を流しつつ、想像を巡らせる……
――
放課後の紅組応援団の練習時間。
いつもは紅蓮先輩が一人、前に立って呼びかける形で始まっていたけども今日は違かった。
輪を囲むようにして皆で座り、紅蓮先輩がそのまま話し始めた。
「あー……まずなんだが……お前たちに一言ある」
紅蓮先輩がいつも険しい顔をしているのは変わらないけども、言い淀みながら話すのは初めて見る。
なんだろう? と全員が先輩に注目している。
「すまん……今まで独りよがりだった」
紅蓮先輩が……謝罪!?
「悪いがこのまま聞いてくれ。俺の考えとこれからについてだ」
いつもと違う語り口に全員、静かに聞いている。
「まず、厳しい課題についてだが、日程を考えるとそうせざるを得なかった。今までなら、こうして話し合いをするのも時間が惜しいとしなかっただろう」
「しかし、お前たちと俺とで熱意にズレが有ることに気がついていなかった。怒声を浴びせ、罰を与え、厳しくする前に、お前たちと俺との間の認識を共有する事が先決だと、今更だが思った」
「俺は『ソーラン節』をやりたい。
できる限り最高の、できるなら級友に届く、俺達の応援をやりたい」
「時間は無く、その分だけ練習は厳しいものになる。
だが、どうか付き合ってくれないか?
最高の応援をやりたい」
しん、と静まり返る部屋。どう返答すればいいか、悩んでる人もいるだろう。
少なくとも俺はがんばりたいな、ってやっぱり思う。
「やりまーす! 俺、やりまーす!!」
馬園が沈黙を破る。
「俺、まだまだ下手くそなんですけども、でも、なんだか楽しくなってて……!」
調子良いことを言うなぁって思うけども、でも、嫌いじゃない。むしろ馬園のそういう所が好きだな。
「そうか。そう言ってもらえるなら……なんというか、ありがたい」
紅蓮先輩も照れてるなぁ……!
「よし、今日の練習を始めるぞ。お前ら! 声を出せ!」
よろしくお願いします! と団員たちは大声を張り上げる。
――
「紅蓮先輩があそこまで言ってくれるなんて……頑張り甲斐がすごい出てきたね」
「俺はマイナスのおかげだと思ってるなー」
「そ、そうかな……?」
練習を終えた後、熊谷とバス停までの道を一緒に歩く。
「なんだかんだ俺はさー、先輩にはものを言えないからさー」
「上下関係とか……そういうのでだよね……俺が差し出がましいっていうか……」
「ううん、伝えるのが苦手なんだー」
「そうなの……?」
俺もどっちかっていうと伝えるのは苦手な方だと思ってるけども……熊谷にとっては違うのかな。
「なんだろなー……言いたいことを探してたら、ゆっくりになっちゃってなー」
「うー、わかる……俺も伝えたいことあるのに、上手く言えなくて……」
「マイナスは気持ちを伝えるの上手だと思うなー。言葉は拙くても」
「そうなのかな……?」
「うん。なんか……言いたいことがわかるんだなー」
「面と向かって言われると照れるね……でも、先輩と話す時、サラッと喋るよね、熊谷」
「あれは練習したからだー。揉めたりしないように、良いとか悪いとか全部置いておいて、その場しのぎっていうのかなー……」
「ええ……!? でも、なんていうかすごいって俺は思ったけど……」
「俺も紅蓮先輩の事を応援してるって、ちゃんと伝えたかったんだなー」
……そっか。
事なかれで話すのに慣れすぎて、自分の気持ちを伝えるのができないのが……歯がゆいって事なのかな……
「態度とか、成果とかでも伝わる所はあるよ……! 紅蓮先輩、そういう所見てくれてるって思ったし!」
「そうだなー、そこでがんばるつもりだー」
少なくとも、熊谷は真面目で良い奴で、だからそこで伝える事も絶対できると俺は思う!
「それでなー……」
「ん? なんだろ?」
「昼に話せなかったことだー。そのなー……」
熊谷が言い淀む。ゆっくりと言葉を待つ。
「森谷先輩たちなー、そのなー……」
「イジメにあってるみたいなんだよなー……」
「そ、そうなの……?」
イジメにあってる、そう言われて昼のあの様子を思い返すと……納得はいく。
「でも、熊谷は気にすることは無いっていうか……その」
「それが違うんだー……」
熊谷は言葉を続けようとするけども――
いつの間にかバス停にたどり着いていて、そしてバスもやってくる。
「あー、ごめんなー。また、ちゃんと話すなー」
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