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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!(上)
62/114

62・俺たちの真剣な取り組みはこれからだ!

「馬園! お前、土日に練習してなかっただろー!おらー!」

「だって忙しかったんだもん痛い痛い!!


 教室に顔を出すと馬園が山岸さんに蹴られていた……いつもの光景。


「おはよう、今日も馬園がんばってるね」

「マイナス! マイナスも付き合って! 俺の尻はもう限界だって!」

「そう……。でも、練習はしたいから付き合うよ。よろしくね、山岸さん」

「よっしゃー!! いくらかマイナスに蹴りがいくだろ!!」

「馬園の分は変わんないぞ! おらー!」

「ああーん!!」


 ……


「おお……マイナスくん想定よりできてる。練習してきたんだね偉い偉い」

「えへへ……ありがとう」

「えっ!? 俺にもそういう褒めるのちょうだいよー!」

「できたらな!」


 たしか、馬園にとってはこういうのがご褒美っていうんじゃなかったっけ……? そう思いながら山岸さんに蹴られる馬園を眺める。


「いやー練習がんばってるなー来るの遅くてごめんなー」

「熊谷は野球部の朝練してるんだもんね……仕方ないって」


 さて、そろそろ朝のHRだし、灰野先生を呼びに行くか……と考えてると波多野さんが声をかけてくれる。


「あの……今日は灰野先生…………私、呼びに行こうか……?」

「あ、えっと……いいかな……?」

「うん……練習、がんばってね……」

「ありがとう!」

「あー、念の為についてこうかー?」

「だ、大丈夫だよ、熊谷くん……行ってくるね」

「おう、わかったー」


 熊谷ってこういう時に一声かけてくれるし、男から見ても優しくて気の良い人だって思えるよなー。それに加えて野球する時はめちゃくちゃカッコイイ。


「んじゃー、俺も少し練習するかー!よろしくなー!」



 ――



「お前ら聞いた? B組がなんかめちゃくちゃ団結してんだってよ。おかげさまでお前らの優勝無さそうで安心したわー。ちなみに今週は特に無し」


 朝に灰野先生が上機嫌に来て、B組の事を真っ先に話し始める。担任として受け持ちのA組についてどうこうを、というツッコミは無駄だからいいとして、それほど馬園を嫌ってるの透けて見えて、馬園がちょっと哀れだ……。


「そんなー! 俺達、やれますってー!」

「きしょいお前は喋んなっつってんだろ! 担任ボイコットすんぞ!」

「えーん!!」



 ――



「こうしてこうして……あれ、次は?」

「だから振り付け覚えてこいって言ってたんだよ、おらー!」

「だって忙しくってー!」

「ちなみに……土日は何してたの?」

「陸上部の大会行ってたの……」

「あ、そうだったんだ!?」


 馬園は陸上部。それで大会があったら納得……


「待ち時間とかあるでしょ? あと土曜日は雨だったでしょ? そこんとこどうなの?おらー!」

「そ、それはそのー!! あー!! ごめんなさいー!!」


 やっぱりダメだったのかも。


「マイナスくんに熊谷くんは振り付けはできてるね。とはいえ、まだまだ改良の余地しかないねー」

「あ、うん。鏡見ながら、動画も撮って練習とかも始めたんだけど……」

「そうなのかー? あー、でもバット振る時なら俺もやるなー」

「おおー! 見込みありだよ! すごい大事! いいね!」

「あ、ありがとう……! けど、なんか上手くいかないっていうか……」

「簡単なアドバイスするなら一言だね! 耳かっぽじって聞いて!」

「お、おう」


「踊る時、お前は世界で一番カッコイイ!」

「えっ、えっ!?」

「いい? 普段がどんなに惨めでもダサくてもヘタレでも一歩引けても、踊ってる時は世界で自分が一番カッコイイって思えって事!」

「なるほど……!」


 鷹田のダンスはカッコイイ。それは鷹田はカッコイイからだけども、鷹田も自分自身がカッコイイって自信があるから……!


「で、でもー! 俺、踊れないからそんなふうに思えないってー!」

「安心しろー? ヘタレ?」


「私がその精根、叩き直してやるから」



「た、助けてー!!」

「山岸さん、馬園をどうかよろしくおねがいします」



――



「お前ら、まずは走ってこい。3週だ」


 放課後。応援団の練習が始まり、程なくしてから紅蓮先輩はそう告げる。


「マイナスと熊谷、お前たちは残れ」

「えっ?あ、はい」


 皆が部屋から出ていってから、先輩は話し始める。


「……熊谷は元から踊れるというのもあったが、それでも真面目に取り組んでいる」

「はい。応援団やるからには真面目にやらせてもらっています」

「マイナス、お前は声がデカいだけでなく、あんなに下手くそだったのに今ではよくできる方だ」

「ありがとうございます……!」


 紅蓮先輩がいつもと違う。深刻というか……なんというか……。


「……恥を忍んで聞く。どうしたら、皆のやる気を出せるだろうか」


 目をつむって苦い表情をしながら、紅蓮先輩はそう言った。


「えと……」


 熊谷の方を思わず見てしまう。


「先輩の指導には熱意があり、指示も妥当だと思います。それを後輩の俺達が意見するなんて、とんでもない事だと思います」


 野球をしている時のようなカッコイイ熊谷はスラスラと紅蓮先輩に返事をする。


「……わかっている。俺みたいなのが後輩に相談するなんぞ、笑いものだ。しかし、それでも聞きたい。俺は最高の『ソーラン節』を披露したいんだ」


「……あ、あの……」

「何でも言ってくれ」

「どうして、そんなに『ソーラン節』に拘るんでしょうか……?」


「全てを話すとクドい。だから簡潔に話す。初めて見た時に好きになった。一昨年、昨年はできなかった。今年にようやく機が回ってきたんだ」

「……応援された時ってな、すごい嬉しいんだ。その一言に応えるために、もう少しだけがんばれるんだ」

「高校の体育祭ごときで、という意見もわかっているつもりだ」



「それでも、ともに過ごした級友、後輩のために、俺の好きな『ソーラン節』で応援してみたかったんだな」

「……まぁ、どうでもいい事だ。」


「それよりもマイナス、お前はどうやってそこまで上達した」

「その……」


 ……どうやって練習したか、が大事ではないと思う。だから……


「カッコイイって思ったのと、教えてくれる人が周りにいたからだと思います……」

「ふむ……」

「それに加えて、先輩の今の話を聞いて、もっとがんばりたいって思いました」

「……なぜ?」

「先輩のことを応援したいなって思ったんです」

「…………お前……」


「応援したい人がいるから、応援しがいがありますもんね!」



 ――



 応援団の練習を終えたら吹奏楽部。初めての灰野先生の指揮で、俺も演奏に回ることになったけども……。


「あい、よかったんじゃねーの。おつかれ」

「いや、待ってくださいよ!!」


 1回通しただけで終えようとするので、思わず待ったをかけてしまう。


「合わせ練習すべき所めちゃくちゃあるじゃないですか!? 具体的には開幕とか! 俺、指揮ありでみんなと合わせるの初めてなんスからね!?」

「おう。しかしよ、適当でいくって決まったもんなー。なー? 吹奏楽部ー?」


 灰野先生は皆にそう返す。見れば萎縮してる人たちが見える……。


「適当で大丈夫だって。特に誰も聞いてねえし期待もしてねえ。頼まれたから形だけやってまぁそんなもんだ、で良いよなぁ」


 首を突っ込むな。鷹田だったら絶対にそう言うだろうって思う。だけど、今の俺はそれに従えない。


「誰も聞かない、誰も期待してないなんて当たり前じゃないですか!!」


 紅蓮先輩にも伝えた事、誰しも最初から好きだったり興味があったりする訳じゃないという事。


「灰野先生が言いたいこともわかりますし……でも、ちょっと聞いてください!」


 木管パート……特にクラリネットの先輩たちを俺は見る。


「俺と近藤さんとチューバさんの金管3人で開始7小節やらせてください。指揮お願いします」

「……ちっ」


 灰野先生は舌打ちする。俺は近藤さんとチューバさんにそれぞれを顔を向けて、頷く。


 これは余計な説明かもしれないけども、演奏においては”和音”が極めて重要であり、その”和音”を構成する【四声体】を考える必要がある。高い順にソプラノ、アルト、テノール、バスがあり、4つが揃う事で曲に厚みが生まれる。単純に歌でも、ハモる=ハーモニーすると気持ちいいように、4つが揃う事ですごく気持ちいい音になるんだ。

 そして今、俺のトランペットはアルト、近藤さんのトロンボーンはテノール、チューバはバスで、4つのうち下3つが揃っている。下3つが揃っている事にも意味はあるが、それを含めて一番重要なポイントは……この吹奏楽部の中で、特に真剣に楽器に取り組んでいて上手だ、という事だ。


 ……


 音楽の演奏における()()って何か?

 ひとつは良い音を探す事だ。これは暴論で、技術を磨くとかももちろん大事。だけど、ダンスで言うなら鏡を見て、表情や指先から足先まで、どう魅せるか研究するのが良い音を探すっていう事だ。その"良い音"が何かは最終的に人の感性に依るけども、少なくとも探す努力をしている人は()()に取り組んでる人だと思う。



 7小節を3人で吹き終えて、〆に渋谷さんの完璧なバスドラムが響く。


「はっ! ごめんやで! 思わずつい叩いてしもうた!」


 誰かが小さく笑い、釣られてみんなも笑い始める。


「ううん、大丈夫。思わず叩いちゃうくらい気持ちよかったと思うんだよね。どうかな?」

「せやな!」


 全員に届いてるとは限らない……けども、心動かされる人はいたって事だ。よかった。


「一生懸命やってほしいとか真面目にとか、そういうのを押し付ける事はできないって思ってます。

 でも、カッコよくできたら、楽しいし気持ちいいじゃないですか。

 忙しくて、時間がなくて適当にしないといけない時もあるかもしれません。だけど、俺達は時間を取って集まって、人に披露するために練習してるんですよ。

 それなら、カッコよくやりませんか? 誰かのためじゃなくって、俺達、自分たちの為に。

 人は見てない、聞いてない、その前提だからこそ自分たちの為に」


「やりませんか」



 ……応援団でも、つい語ってしまった事。だから2回目。



「私でも、できるのかな……」

「うん。できるように手伝うよ」


 不安そうに言葉を漏らした月野さんにそう答える。


「先輩たちは、どうですか」


 木管の、特にクラリネットの先輩たちに声をかける。


「……その」


 言い淀み、それから言葉が続かないクラリネットの先輩。


「助っ人の俺が言うのもなんスけども……」

「……」

「どうか、手を貸してくれませんか」


「真面目に練習するのってツラいですけども……というか、灰野先生がめちゃくちゃ怖いのはもちろんありますし」

「おい??」

「俺、今日は先生の指導がどんなもんか見させてもらいますからね!? なんだかんだ今まで俺が指揮してたのもありますし!!」

「ほー、じゃあ見てもらうかぁ?? マイナ先生のご指導ご鞭撻に期待させていただくかぁ?」

「理不尽なこと言ってたら怒るッスからね……!」

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