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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
恋愛経験ゼロだけど『愛の挨拶』を弾いてもいいですか?というか恋人とか結婚って何の為にあるの……?
30/114

30・もっと鬱くなれよ!!

 家に帰って自室で自主練。今日にあった事をヴァイオリンで思いのまま奏でる。


「わかんない事多すぎるよー……」


 鬱屈とした気持ちって色々とあるけども、これが『愛の挨拶』ではない事はわかる。

 でも、森夜先輩たちが抱いているような気持ちとも全く違うのもなんとなくわかる。

 灰野先生はどんな気持ちで弾いてたんだろう。


 ――コンコン、とノックされる。お手伝いの梶原さんだ。

「そろそろ晩ご飯の時間ですよ」



 ――



「鬱な気持ちってどんなのがありますかね……?」

 お手伝いの梶原さんに聞いてみる。


「あらあら、変わった事を聞くわねぇ」

「『愛の挨拶』を演奏する課題で、流れでなんだかんだで……」

「『愛の挨拶』! なるほどねぇ。うふふふ」

「何か教えてくださいよー梶原さんー」

「年頃の男の子なんだから、じきにわかるわよぉ」

「いやいや、そんな事ないですって! 恋愛的な愛は知らないですって!」

「でも、デートに出かけたってカナちゃんから聞いたわよぉ」

「デ、デートじゃないですってー!」


 カナってば余計なこと話しすぎだって……


「ふふ、でも、カナちゃんの方がまだ詳しいかもねぇ……」

「……そ、そうかも……



 ――



 上井先生とのレッスンを終えたカナとの晩ご飯。

 恋愛について、カナはどうなんだろうなぁってつい見ちゃう。


「ジーっと見てどうしたの? お兄ちゃん」

「あー、いや……カナは『愛の挨拶』をどんなふうに弾くのかなぁって思って」

「えー? 普通に弾くと思うけど?」

「普通ってどんな風に……?」

「え? とりあえず楽譜の通り……?」

「……まぁ、そうだよね……!」


 カナはバイオリンやってないもんなぁ……!



 ――



「マイナスくん……?」

「……はっ!」

「大丈夫……?」

「あはは……考え事しちゃって」


 波多野さんとのいつもの夜の勉強中……だけども、つい考え事してしまう。


「マイナスくんって、急にふわぁってどこか行っちゃうよね」

「え? 俺、どこか行く??」

「うん、心がっていうのかなぁ。夢中になると違う所に行っちゃうの」

「……確かにそうかも……」

「今は何考えてたの?」


 考えてる事はさっきからずっと変わらない。

 『愛の挨拶』でいう愛と鬱ってなんだろうって。作曲当時、大変だったのはわかってるから、その音色は想像して弾いている。でも、俺と灰野先生の演奏とでは明らかに違う。

 鬱な気持ちって言っても色々あるもんなぁ。森夜先輩たちの鬱屈とした気持ちとは違うとかもグルグル頭で巡る。うーん、でもどうして先輩たちの事が浮かんでくるんだろう?


 愛についてもわからないからわからないんだし、だけどもとめどなく思いが溢れてきてまるで濁流のようで……


「今日は集中するの難しそうだね……?」

「……ハッ! ま、また……ご、ごめん」

「そんな日もあるよ。えと……ならピアノも課題があるっていうし、そっちはどう?」

「あー……いいかも……その、そういう悩み……だから」

「マイナスくんの演奏、聞きたいな」

「おう! もちろん! 聞いて聞いて!」


 俺はバイオリンを持って練習部屋へ行く。


 ……


「わあ……聞いた事ある……すごい……!」

「ありがとう。そのね、これは『愛の挨拶』って曲でさ……」


 波多野さんに経緯も少し説明。


「でね、朝の挨拶だー! って灰野先生言うんだよね」

「灰野先生、そういう事言うんだ……意外」

「ね、意外……」


 灰野先生って実は音楽の先生なのは、やっぱり意外な事実だ。


「で、もっと鬱くなれよ!! っていうんだけど……」

「マイナスくんもやっぱり恋愛経験って無い?」

「や、やっぱりって……! というか"も"って……?」

「……あっ!? ゴメンね!

 いや、違うの、私もそういう経験無くて……そう、だから、つい、……」

「俺については大丈夫だよ!?その通りだから!!

 でも、波多野さんもっていうのが意外というかなんというか……」

「あはは……元々引っ込み思案だから人と関わるの苦手だしね……」

「そっかー……。ちなみに波多野さんは好きな人はいる?」

「えっ」


 ……あ、待って?

 こういうのって聞いていいものだっけ……????

 波多野さんは固まってる。


「ご、ごめん! ポロっと聞いちゃって……」

「う、ううん、大丈夫…………そ、その、いるけども……」

「む、無理には聞かないよ!? 聞かないよ!?」

「ふふ、好き……って言っても恋人になりたいっていうわけじゃないから」

「……友達とかっていう意味でって事?」

「うん、そうそう。実は昨日、遅れちゃったでしょ……」

「珍しいなぁって思ってた」


「イベントで会ったハヤトさんと話しが盛り上がってね。

 前から仲良くしてくれてたんだけども……」

「へぇー! ゲームについてとか?」

「ふふ、そうなの。やっぱり趣味が合うとすごい楽しくてね、好きだなーって思ったよ」

「そっかー、よかったね! いや、俺、全然ゲームわかんなくて本当にごめんね」

「ううん、私の方こそ音楽についてはそこまでだから」

「いやいやー勉強とか助かってるから……よし、もう一回弾いちゃおう!」



 ~~



 嘘じゃない嘘じゃない嘘じゃない……

 好きのカテゴリとして咄嗟にハヤトさんを出してしまったけども、マイナくんは推しのカテゴリだから……

 でも、伝えようとしたら、この間みたいにドバっと早口で色々言ってしまいそうで、でもそういうのって傍目から見ると怖いっていうのもわかるからねというか今もこの頭の中での考えすごい早口な気がしてるダメダメダメこういうのが嫌がられるんだから。


 そしてマイナくんの演奏を聴きながら私も作業。

 もう毎日すごい捗る……


 マイナくん本当にありがとう……



 ~~



 あれぇ……なんでだろう……

 そんな気持ちでいっぱいになりながら『愛の挨拶』を弾いている。


 波多野さんの好きな人を聞いて、そうなんだ! もっと仲良くなれるといいね! ってすごい思ってるはずなのに、なんでちょっと切ない気持ちになるんだろう??


 そんな風に思う余地は無いって思うし、違う違うって否定してるつもりなのに、気を抜くとバイオリンの音が変わっちゃう。

 バレてない?バレてないよね……??


 ……


「時間も遅くなっちゃったし、今日は終わりにしよっか。明日はがんばろうね」

 おう! と挨拶して今日はおしまい。


 ……なんで、俺、こんな変な気持ちなの?



 ――



 土曜日の朝。

 俺はこの間の事のお礼を言いたくて喫茶店に足を運んでいた。

 ドアを開ければカランコロンと音がする。


「ど、どもー……」

 カウンター席に座り、奥にいる大柄なマスターに挨拶をする。


「先日は駅まで送ってくれてありがとうございました」

「どうだった?」

 はい、と返事してその後の顛末をマスターに話す。

 口数は少ないけども、うんうんとマスターは聞いてくれる。


「よかった」

「マスターや皆のおかげッス。本当にありがとうございました」

 深くお辞儀をしてお礼を改めて伝える。


「あ、よかったら飲み物でも頼ませてください」

「コーヒーはどう?」

「あんまり飲んだ事ないんスけども……せっかくなんでお願いします!」


 普段は紅茶を飲む事が多い。理由としては喉に良いから。

 そのうえでコーヒーは苦いというイメージが強くてあんまり飲んだ事がない。

 砂糖やミルクをたっぷり入れたら飲めるかなー??


 そんな風にぼんやり考えていたらマスターがコーヒーを持ってきてくれる。


「ありがとうございま……ってあれ、ふたつ??」

 何故か置かれたふたつのコーヒー。俺はひとりで来てるからマスターの分かな?

「ひとつ、あの人に」

 マスターの視線を追うと、テーブルに突っ伏して動かないスーツの男性がそこにいた。

「あ、は、はい……」

 促されるままにコーヒーを俺は届けに行った。


 ……


「そう!! だから僕はさぁ!! 彼女のためを思ってなんだよお!!」

「は、はぁ……」


 ――コーヒーを届けてもピクリとも動かなくて、心配になって声をかけたら話を聞くことになってしまった。


「つらい! つらいよ!!

 でもさ、僕が彼女を幸せにできるビジョンが無いんだよぉ……」


 仕事先で知り合った人と恋愛関係になったのだけども、仕事や家の関係もあって自信がなくて関係を解消したい。

 だけども相手がそれを聞いてくれなくて拗れているらしい。


「で、でも相思相愛なら何とかなるんじゃ……」

「甘い甘い! 甘すぎるよぉ!

 大人になるまでにその考えは捨てようね……? 学生くん……」

「そ、そんなー……」

「生涯設計を考えてごらん……?

 愛の力で乗り越えるなんて不確定要素でどこまでやれる!?

 彼女も僕たちの子どもも幸せにしなくちゃって考えたら僕じゃ無理!」


 お金についてだけでも、両親におんぶにだっこな俺から見ると下手な事は確かに言えないって思う……


「でも、彼女さんはお見合いの相手じゃなくて、あなたを……」

「そう、だから断ってる……断ってる……断ってる…ことわってるよぉ……」

 テーブルに突っ伏してまた泣き始める……


「まぁまぁ……コーヒーでも飲んで落ち着いて……」

「ありがとう……無垢な優しさが身に沁みるよ……」

「あはは……見ず知らずだから話せる事ってありますもんね」

「好きな人だからこそ、幸せになって欲しいんだよね……」

「優しいですね……」


 経済的だったり人間関係だったりそれらを総合的に考えたうえでこのお兄さんは、彼女さんはお見合い相手と結ばれた方が良いと判断した。

 当人同士の好きだけで色々は解決しないものだけど、それを踏まえて相手の幸せを願うっていうのは良い人だなぁって俺は本当に思う……


「優しかったら彼女をあんなに泣かせないよ……はぁ……」

 落ち着いてきた時にお兄さんのスマホに着信が入る。


「ああ……呼び出しかぁ、やれやれ……」

「お仕事ですか。がんばってくださいね」

「話聞いてくれてありがとうね。よかったら今度、奢らせてよ」

「えっ、いやいや、そんな……」

「また来週ねー」


 ――そんな風にして行ってしまった。


 ……マスターの方を見てみる。お皿を拭いたりしてのんびりとしていた。

 もしかして考えがあって俺に……? いやいやいや……うーん……

 来週も来た方がいいのかな……?



 ――



「なんかフィジカルトレーニング、最近多いッスね……」

 午後は上井先生とのレッスンだ。


「テルくんの高校生活を応援しているからですよ」

「体力使うのは確かにそうッスけどもー……」

「無茶をするなら猶更ですね。もっと負荷を上げていきますよ」

「ヒー……」


 ……


「そ、そういえば、なん、スけど……」

 息も絶え絶え、だけども聞きたい事を上井先生に聞いてみる。


「はい、なんでしょう」

「灰野、先生とは、ど、どういう関係……なんスか……」

「知り合いですよ」

「い、いや、その、いつ、から、とか……」

「業界は狭いですからね。同じ音楽家なら何度も会いますよ」

「は、はぁ……」


 上井先生はさほど灰野先生の事は気にしていない様子なのかな……?


「さて、ストレッチもして息を整えたら早速レッスンに移りましょう」

「は、はい……!」


 頼んで明日はレッスンを休みにしてもらった分、今日はいつも以上にがんばらないと……!!

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