151・世界からいなくなりたいと願うけども、本当はそうじゃない
状況を確認。
今、私がいるのは劇場の一部に備え付けられたバルコニーにいる。中へ入る扉は鍵をかけられてしまった。
他に出入りできる場所は無いかを探すけど、ここ以外は普通に出入りできる場所は見当たらない。でも、非常用設備はあると思う――周りを見ればすぐに見つかった。これはシューターっていうんだっけ……滑り台みたいになってる奴。
これを使えば当然ここから脱出する事はできる――けども、たしかこういうのって非常ベルと連動しているはずなんだよね。これを使おうとすると自動でベルがジリリリリリって鳴る、そんなのを見た気がする。
もう開演しているのかな。いや、冷静に落ち着いて考えればもう少し時間はあると思う。でも、感覚的には始まっているような気がしてしまう。
どちらにせよ、非常ベルが鳴ったら鹿倉さんたちの舞台に支障が出る。そう思うと……今は触りたくない。
私は、無造作に置かれている椅子に腰かけて、テーブルに突っ伏す。幸いにもここは日陰、暑い事には変わりないけどもお日様に焼かれるような事はない。偶然にカナちゃんからお水を貰っていたし、水もガブガブ飲んだ後だから、舞台が終わる2時間をここで過ごすのは何も問題無いだろう。暑いのはどうしようもないけど。
ああ……でも、舞台見たかった……
私は思い出す。マイナくんが舞台の上で演奏したあの時の事を。
眩しい舞台の上を、暗い観客席――奈落から眺めるあの感覚。隔てる壁なんて無いのに、本当に遠い遠い人なんだって私は感じたんだ。
そんなマイナくんの傍に私なんかがいるなんて、おこがましいとか申し訳ないとかすごい思った。
だけども、マイナくんには助けが必要で、だからそれを支える形で私は、私を否定する私の気持ちを否定していた。今、私がマイナくんの傍にいるのは理由があるって。
ああ、そう考えると、今、私が鹿倉さんの舞台を見られないのは、それの練習なのかもしれない……
ここは鹿倉さんたちの世界。マイナくんたちの世界。ここに私の居場所は無くて、舞台だけでも見たいっていう気持ちすら本当は間違っていたのかもしれない。
私なんかがいても迷惑なだけ。私なんかいなくても大丈夫。私なんて面倒くさいでしょ。私なんていない方が良いよ。私なんて……
そんな事無い、って言う人たちの顔が浮かんで、私は涙がじんわりと出てきた。
ごめんね。
マイナくんは、私が一緒に居たいだけ。マイナくんの為って言いながら私の為なの。良い人がもっといっぱいいるよ。
鹿倉さんは、本当に人が良いから。私がダメダメでご迷惑おかけしました。皆さんと仲良くしてください。
ミヤネくんには、ご迷惑かけてばかりで本当に申し訳ありません。私みたいなのは忘れて、これからもがんばってください。
学校の面々、渋谷さんに近藤さん、松本さん、月野さん、熊谷くん、新井くん、鷹田くん、山岸さん……あ、あと一応馬園くん……は気にしないか……
うん、私がいなくても全然大丈夫だよね……
灰野先生は、そうだなって肯定してくれる気がする。逆に安心なのかなぁ、それが。
お母さんと、お父さんに対してが一番申し訳なくて仕方ない……
ネットで親がハズレって言葉を初めて見た時にドン引きしたけども、私がその言葉にドン引きできるほどに私の両親ってすごい良い人なんだよね。
学校に通えなくなった時、叱られるでもなく話を聞いてくれて、大丈夫だよって言ってくれて。本当に良い両親だと思ってる。大好き、大好きなの。
でも、こんなに良いお母さんお父さんなのに、私は学校に通う勇気がずっとなくて、行かなくちゃいけないって思ってたのに行けないのが本当に申し訳なくてさ。
ハッキリ言って、ふたりからすれば私なんてハズレ過ぎるでしょ。しっかりしなきゃ、どうにかしなきゃってずっと思ってるのに何もできない私、本当に嫌い。
こんな私に優しくしないで欲しいって伝えた方がいいのかな。私は悪い子だから命令して言う事を聞かせてくださいって頼んだ方がいいのかな。
……ああ、でも、だからこそD高校に一度通ってみる事にしたんだった。
合わなければ転学すれば良い、何かあったらすぐに教えてほしい、だから一回だけ行ってみようって。
その結果、マイナくんと会って、うんぬんかんぬんで今はここに居るって訳だ。
――誰にも迷惑かけたくないのにな。
もう、本当にそれだけが私の願いなんだよ。たったそれだけを叶える事ができない私が本当に嫌い。
世界の資源を頂いてる事、こうして息を吸う事すら許しちゃいけない気すらしてくる。
なんでお母さんはこんな綺麗な服を私なんかに買ったの。なんでお父さんは無駄遣いって怒らないの。
なんで私の事を嫌ってくれないの。そしたら、心おきなく……
なんか良い感じに世界から追放されたら良いのになぁって、私も思う。
私の申し訳ないっていう気持ちを全部リセットして、次の世界ではちゃんと人の役に立てて、頼りにされて、良い人に囲まれて……アレ、なんか、違和感がある。……まぁいいや。
無条件に人を幸せにできたらいいなぁ……困っている人がいたら放っておかずに、不思議な力で助けてあげたい……人が困る要因って自然や人、あるいはモンスターって感じだよね。
ゲームを作るうえでだとやっぱり障害が必要で、それが無いとゲームとして成立しない。だから、プレイヤーが主人公と成るためには困る原因を置いてあげないといけないんだよね。
これを考えると、私が人を幸せにできたらいいなぁっていうのは、誰か困っている人が居てほしいって願いでもある事になるから、なかなかアンフェアだ。いや、ゲームとしては正しいけどね。
そうなると、困っている人がいない世界に転生したい、が正解になるのかな? みんなニコニコしていて、着る物にも食べる物にも困らない……
一見良さそうだけども、そういう状況をどこかの実験でやってみたら、酷い結果になったのがあったよね。色々と争いがあって、最終的には全滅しちゃった……んだっけ。
それなら誰もが困る事が無い世界じゃなくて、皆が良い人である世界を願うとか……? けど、それだとそこに住んでるのって『人』なのかな……?
じゃあやっぱり、困っている人がいる普通の世界を願うしかない……?
その中で私は特別な力を持っていて……ううん、けども目立ちたくないし、私なんかが世界の中心になりたくないから、隠しておきたいよね……鹿倉さんのような人と友達で、秘密裏に頼まれてこっそり解決してハッピーみたいな?
『ノンノン様! 市街地に怪獣ハイノリアンが表れましたわ!』
『はい! すぐに向かいます!』
『グワハハハ! お前の物は私の物! 私の物は私の物だぁ! ツチダ! お前の分の試供品も頂くぞ!』
『やめなさい! 試供品は一人一個よ!』
『なんだとぉ!? ツチダが良いって言ってるから良いんだよ!』
『そう言って3個以上持っていっているのを知ってるんですよ! 成敗!』
『クソー! 覚えてろよ! ツチダ、逃げるぞ!』
『ハーイ! ノンノンさん、またね!』
『はい! 私もこれで!』
いやー、これは無いなぁ。それに灰野先生をとりあえず悪役に据えてみたけども、私は灰野先生好きだもんなぁ。
素行は悪いし態度も酷い、何事も自分優先でルール無用の人として失格。だけども、言葉にしないだけで気にかけてくれているし見ていてくれているし、良くない事は良くないって言ってくれる。社会的にも人間的にも悪寄りだけど、実はちゃんと向き合ってくれてる気がするんだ。
もしかして私、灰野先生みたいな悪役にでも憧れているのかなぁ?
誰かに嫌われてるのは確かだけど、だけども私は灰野先生が好きで、灰野先生はたくさんの人がいる中で私や土田先生と仲良くしてくれている……みたいな。
……ああ、憧れはするけども、やっぱり私にはできないなぁ。人に嫌われるのは怖い。
だから迷惑かけたくないし、邪魔になりたくないし……鹿倉さんみたいに立派になりたい……って思ったけども、あの人たちは鹿倉さん嫌ってたよなぁ。
鹿倉さんは今を一生懸命に過ごしていて、何事にも本気で打ち込む素敵な人で……だけども、合わない人がいるのはわかる。私は鹿倉さんが好き。
『ノンノン様! 学園に怪獣ムセキニンズが表れましたわ!』
『はい! すぐに向かいます!』
『あっ、ごめーん。悪気は無かったの』
『そう言って何度もやってますよね』
『違うの! 悪いのは私たちじゃないの!』
『そうやって責任転嫁しないでくれませんか』
『私たち、友達でしょ? これくらい見逃してよ』
『友達だからこそ、注意する必要があるんじゃないですか』
鹿倉さん、あの人たちは友達ですか? いいえ、違うと思います。
じゃあ鹿倉さん、なんで私と仲良くしてくれるんですか? 私は何の価値も無いと思うんですよ。
こんな私でも、鹿倉さんと友達になれたらいいなぁって思います。叶うかは、わからないけども。
でも、あんな人たちとは私も仲良くしたくありません。
『待ってよ。もしかして私たちが悪いって言いたいの?』
『酷い! どうして私たちには優しくしてくれないの?』
『いつもの事じゃん、なんでダメなの?』
鹿倉さんは、悪い事は悪いって言ってくれる。
鹿倉さんは、厳しい事も言ってくれる。
鹿倉さんは、ちゃんと教えてくれる。
『私……私は、私の事が嫌いなんですよ。理由は先述の通りなんですけども……』
私は、私とは仲良くしたくありません。
『でも、なんで鹿倉さんは……みんなは、私の好きな人たちは、私と仲良くしてくれているんですか?』
申し訳ない気持ちでいっぱいなんです。
みんなの優しさを断り続けて、溺れそうで苦しいんです。
論理的に考えて、私はこの世界には要らないんです。
だけど、なんで……鹿倉さん、聞いてみてもいいですか……?
――ジリリリリリリリ
不意に、非常ベルの音が鳴り始める。ここではない。建物の内部で。
「ただいま、火災報知器作動しました。確認しておりますので、お客様におかれましては係員の指示に従ってください」
とっくのとうに開演時間は過ぎているけども、ここにも人が来てくれるかも?
そう期待して待っていると、通路に人がやってきて私はここから出る事ができた。
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※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




