143・ダンスのコツは思いやり
足を前に出して、それから横へ、足を揃えて。
これを1,2,3のカウントで。
足を後ろに退けて、それから横へ、足を揃えて。
これも1,2,3のカウントで。
――1 2 3
――1 2 3
繰り返すことで、四角形を描くようにステップを踏める。
「それじゃあ次はペアを組んで練習しましょうー!」
「……ペア!? ペア探さなくちゃ! 上井せんせ――」
「そうですね、ここにいらっしゃる方はお相手を探している方も多いですから、臆さずに声を掛け合いましょうね」
「では、近くの人と組んでね!」
上井先生ってちょっと天然なのかも……? フルートのお姉さん大変そう……
「あーいや……えーと、そのなんだけど」
「は、はい……?」
「練習相手、本当に俺で大丈夫……?」
「だ、大丈夫ですよ……?」
「ノンノンが人見知りなのはわかるけど、なんだかんだ俺ってオッサンだしさ……」
「い、いえ、でも、頼んだのは私ですし……」
「そ、そっかぁ……」
ヒロシさんにすごい気おくれさせちゃってる……すごい申し訳ない……
「まぁ……わかった。嫌な事あったらすぐ言ってくれよなー?」
「は、はい」
そんなわけで私はヒロシさんの手を取る――わっ、大きい……
「それで、練習だけど……」
「あっ、私、じゃあ、前に……」
「おっけ、なら俺は後ろだな」
私が足を前へ出す。ヒロシさんはそれに合わせて後ろへ、横へ、足を揃えて。
「次は俺が前で、ノンノン後ろ」
ヒロシさんのステップに合わせて、私は後ろへ、横へ、足を揃えて。
「たぶん良い感じだな」
「そ、そうですね……!」
「もう少しやろうか?」
「は、はい。お願いします」
前へ、横へ、揃えて。後ろへ、横へ、揃えて。
「なんかこうやってステップ踏んでるだけでも、なんかそれっぽくていいなぁ」
「そ、そうですね……!」
「どうせなら好きな奴と踊れたらもっとよかったのになー」
「え、ええ……!? な、何を言ってるんですか……!」
「その反応だとやっぱり、好きな奴っているんだな」
「いないです。いないです、いないです……!」
「おっけ、そういう事にしとく」
お見通しなのかな……? いや、でもいるって表立って言えないよ……!
「帰ったら、嫁とユミを誘ってみようかなぁ。踊ろうって」
「と、とても良いと思いますよ……!」
「本当かー? 年頃の娘って親父の事を普通は嫌うっていうけど、ノンノンはどうなんだろ?」
「あ、えっと……お父さんの事、ですか?」
「そそ。仮にダンスに誘われたらどうする?」
……えっ、どうなんだろう。想像が付かないからパッと答えられない……どうしたの?ってなると思うし、そもそも私のお父さんがそんな事を言うのかって思うし、でも、応じるか応じないかで言うなら微妙……
「やっぱ悩むかぁー」
「あっ、いえ……私のお父さんだと想像付かなくて……」
「ユミもなんだかんだ踊ってくれないだろうなぁ。何言ってるの? って感じでさ」
「……でも、どうでしょう。踊ってくれそうな気が……」
「いや、ほら。鷹坊が一番気になるだろうしさ、ユミにとって」
「……えっと……?」
「もう女の子じゃなくって、言うなら華の乙女っていうのか……鷹坊からどう見られるかってすごい気にしてると思うんだよなぁ」
「そ、そうなんでしょうか……」
あくまで私視点だけども、近藤さんが鷹田くんに対して必要以上に気を使っているような所を見た事は無い。
恋人っていうのは明確にふたりとも否定してるし、夫婦みたいに言われるとハイハイって流してる事も多いよね……ああ、でもなんだか不意にギクシャクしてる時もある気がする……どういう時かって聞かれるとわからないんだけども……
「まぁ、なんだ。子離れしなくちゃなーって話なだけなんだけどさ」
ヒロシさんは空笑いする。
――私はどうなんだろうなぁ。
大人の視点、親の視点って考えてみた事、無かったかも。ただ……それでもなんとなく思うのは、私って今はまだ赤ちゃんみたいって、そうなんとなく感じて、やるせない。
ヨシヨシしてもらってばかりなのが、有難くもあるけど申し訳なくもある。お父さんは、何を考えているのかなぁ。
「……もし、逆に近藤さ――ユミさんから、誘われたら嬉しいですか?」
「あはは。そりゃめっちゃ嬉しいなぁ」
「……ふふ、仮の話なのに、先生、照れすぎだと思います」
たぶん、私のお父さんも喜ぶんだろうな。
「おっと、次の練習だ。ターンもできるかな?」
「が、がんばります」
ダンス、楽しいなぁ。
――
「近藤先生、少々よろしいでしょうか?」
「んえ? あっ、はい」
ダンスレクチャーが終わった後、上井先生に声をかけられる。
「時間がかかりますので、波多野さんは先にお戻り頂いて構いませんよ」
「あ、はい」
お仕事の話か何かかな? 少なくとも、私がいても仕方ないから先に会場を出る事にする。
「おつかれさまでーす! お菓子どうぞー!」
「あっ、ありがとうございます……」
会場を出た所で女の子たちがお菓子を配っている。
どうやら午後の講座で作ったものみたいで、運動した後の人たちへ贈っているようだ。
……そういえば。私は辺りを見渡して……やっぱり見つける!
「こ、こんばんは、カナちゃん」
「あ! 波多野さん! こんばんはー! お菓子貰った?」
「う、うん。貰ったよ」
「皆でがんばって作ったから、味わってね!」
「う、うん」
今はヒロシさんはいない。だけども上井先生との話が終わったら、カナちゃんと遭遇する可能性はあるかも。その時に上井先生が一緒に居たらカナちゃんは絶対に上井先生に声をかけると思うし、そうしたらヒロシさんの事も紹介するよね。そうしたらマイナくんが実はすごいお金持ちってバレちゃう可能性……ワンチャンある!!
「カナちゃん、このお姉さんは知り合い~?」
「うんっ! お兄ちゃんの友達の波多野さんだよ!」
「そうなんだね! お菓子がんばって作ったから美味しく食べてもらえたら嬉しいです!」
「う、うん。大事に食べるね」
カナちゃんは持ち前のコミュ力で友達がいっぱいいる……! カナちゃんだけを連れ出すなんて事、このままじゃできないぞぉー!
このままじゃ上井先生+ヒロシさんとエンカウントは時間の問題……何かどうにかできないかなぁ!?
「ねえねえ、お姉さん。レクチャーって終わったんだよね?」
「えっ、うん……そうだよ」
「残っている人が多いからまだ何かしてるのかなぁって」
「……えっ」
そういえば、たしかに思ったよりも部屋から掃けている人が少ない。原因は……もしかしたら……
「ちょ、ちょっと私、戻ってみるね」
「うん!」
「あ、もしよかったら、スタッフさんにも、代わりに渡しに行ってもいいかな?」
「んー、いいよ!」
「ありがとう!」
私はカナちゃんたちからお菓子をいくつか受け取って、会場へと戻る。
「みなさーん! この後の予定もありますから、解散しましょうー!」
フルートのお姉さんががんばって呼び掛けているけども人の波は動かない。
私は少し悩んで、会場の端を通って声をかけにいく。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ、さっきの子! 大丈夫じゃなくないけど、戻って大丈夫だよ……!」
「早く皆解散しなさいよねー! 私は片付けがあるから! あー!忙しい!」
そう言いながら、ハープのお姉さんはコードを括ったりバラしたりを繰り返している。
「実際に働いてから言ってもらえますー!?」
「目を離した隙に上井先生へ抜け駆けする奴が出てきたらどう責任取ってくれるの!?」
「恋に飢えて獣になるのやめなさいって言ってるでしょ!」
「獣じゃないから!! 恋に貪欲な肉食系乙女だから!!」
そう、周りの人たちからの視線も、上井先生に割と集まっている。
そう、上井先生に声をかけるチャンスを伺っている……これは、静かな争い……そのために皆、会場から出てこない……!!
「た、大変ですね……あの、その、なんですけども」
「うん、なあに……?」
「これ、表でお菓子を配っていて……皆さんへも差し入れにどうぞって」
フルートのお姉さんにカワイイお菓子の包みを渡す。
「わぁ、ありがとう!」
「私からはなんなので、お姉さんから渡しておいてもらえませんか?」
「えっ、私が渡しますよ! 私が! 私が!!」
ハープのお姉さんが食いついた!
――しかし、慌て過ぎてコードに引っかかって派手に転ぶ。
「イッターイ!!」
「ちょっ!? 大丈夫!?」
慌てて私たちは駆け寄る。
「だい、大丈夫……ワタシ、ワタス……」
「いや、それより手に怪我はない?」
「へいき――」
「大丈夫ですか?」
ふと見れば、上井先生も来てくれていた。
「ダメかもしれません」
「激しく痛むところがあるという事ですか?」
「胸のあたりが私」
「発作でしょうか……歩けますか?」
「手を貸してくれませんか」
「わかりました。医務室までがんばれますか?」
「一生ついていきます」
「すみません、彼女は私が連れていきますのでフロントに連絡を」
テキパキと対応する上井先生。だけどもそれ絶対に大丈夫ですよ……! 気が付いてないでしょうけど、ハープのお姉さんは勝ち誇った顔しているし……!!
上井先生とハープのお姉さんが退出するとともに、他の皆も少しずつ帰っていく……ちょっとだけ空気が不穏だけど。
「アイツ、帰ったら覚えてろよぉ……」
「た、大変ですね」
「まぁ……それはそれとして、あなたにはまた助けられたね。ありがとう」
「い、いえ。お菓子を持ってきただけですから」
ハープのお姉さんが上井先生へ声をかけるきっかけとしてお菓子を持ってきたのはそうなんだけども、ここまでなるとは思ってなくて……
「ノンノン、もしかして待ってた?」
「あ、近藤先生。いえ、別に……」
「そっちは片付け、手伝おうっか?」
「んー、大丈夫ですけども」
「まぁまぁ、運ぶとかなら手伝うぜー」
「じゃあせっかくだしお願いします」
「わ、私も手伝いますよ」
「ふふ、ありがとうね!」
「あっ、フロントに連絡しとこ。檻に入れておいてとかでいいかな」
それは妥当かもしれないってちょっと思っちゃった。
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※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




