142・舞踏会へ行くためのダンスレッスン
「私、『くるみ割り人形』にとても思い入れがありますの。
昨日、端的にお話しましたけども、
王子様ははじめ、不格好なくるみ割り人形なんですの。
ですけども、主人公はそれでも気になって、その結果としてくるみ割り人形の窮地を救うんです。
そうしたら、不格好なくるみ割り人形は実は王子様だったと判るんです。
ああ、でも、それは一夜の夢の物語ですから、
夢の世界へ行って、夢の時間を過ごして、夢から醒めたら終わりなんです。
違う世界におわします王子様に、思いをはせる事はできても、もう一度会う事は叶いませんの。
……その切ない気持ちで、思わず胸がいっぱいになってしまいましたの」
鹿倉さんも、私と同じ女の子だったんだ。
私とは全く違う人だと思ってたけども、そうじゃなかったのが、なんだか……なんて言えばいいんだろう。
「恋……ってやっぱり、しちゃうんですね。私も、鹿倉さんも……」
「古今東西、恋の物語は尽きませんから、どうしても通る道なのでしょうね」
「……ハッピーな、幸せな、お話だけだったら良いんですけども……」
「切ない方が、私たちには向いているようですわね」
そう言いながらも鹿倉さんは微笑む。そして、紙に言葉を綴り始める。
「私、勘違いしている事がありましたの。
この気持ちを言葉にしたら、溢れて、溺れて、取り返しのつかない事になるんじゃないかと」
「ですけれども、話した方がよかったですわ。
恋をしていた私は昔の私で、今の私には良い思い出なのだと、わかりましたから」
……そっかぁ。良い思い出、そっかぁ。
「ノンノン様が、叶わぬ恋の最中だというのに、私の話を聞かせてしまいましたね。ありがとうございます」
「いえ……私も、なんだか、今は切ないかもしれないけど……それで良いんだなぁって、なんとなく」
「一緒にしたためましょうか。胸に浮かんだ言葉を」
「は、はい」
「選んで、磨いて、最後に贈り物としましょう」
「お、贈り物……!?」
鹿倉さんがクスクスと笑う。
「舞台も、踊りも、歌も、演奏も、言葉も何もかも、誰かへの贈り物なのですわ」
「た、たしかにそうですね」
「私の王子様の受け売りの言葉なのですけどもね」
「……ふふ、本当に素敵な王子様ですね」
――
ロックの講座もつつがなく終わって夕方のダンスレクチャーへ。
ここにマイナくんが、あるいは他にも気を付けなきゃいけない人がいないか、慎重に目を配りながら会場へとやってくる。
会場は多目的ルームといった感じで、本来の調度品や立派な椅子は隅に移動されてる。
「ダンスっつっても何でも良くないんだよな?」
「そ、そうだと思います……」
ヒロシさんと一緒だから、ここでマイナくんとエンカウントする訳にいかないから本当に慎重だ。パッと見た感じ、私の知っている人は見当たらない。
ヒロシさんをずっと見張る訳にはいかないし、かといって自由にしておくにはマイナくんたちがどこにいるかわからなくて不安だし……そう思っていたら鹿倉さんが、私が一人だと心配だからとヒロシさんも一緒に行くように言ってくれた。
ありがとう、鹿倉さん……!
「そうなると、俺、隅っこにいた方がいいかぁー? 教えられることも無いし」
「えっ、一緒に、レクチャー受けても良いと思いますけど……」
「いやぁー、だってさ、明らかに俺ってばおっさんで浮いてるくない?」
「……あっ、確かに」
大学生の人はいるけども、主要な参加者は未成年。だから、ヒロシさんは確かに浮いてる。
「つーわけで、俺、見てるからさ」
ヒロシさんがそう言って離れようとする。
――その時だ。
マイナくんが、扉から入ってきたのが見えた。
ウソ!? ウソ!? 待って! 待って!! ど、どどどどどどうしよう!?
「ま、待って、ください!」
振り返ろうとするヒロシさんの手を思わず取る。今、振り返ってはいけませんから!!
「えっ、なに?」
「あ、いえ……そのですね……」
ここから逃げる? マイナくんが入ってきた扉以外もあるからそこから?
マイナくんもやっぱりダンスレクチャーを受けに来たんだよね? ん? 何か抱えてるし、周りをキョロキョロ見てる……
もしかしたらマイナくん、迷子でここに来た可能性もある……!
「私、近藤先生と一緒に練習したいです……!」
「えっ、ええっ?? マジで言ってる??」
「はい、一緒にいると安心すると言いますか」
「そ、そうかぁ。わかった」
ヒロシさんがすごい困惑してるけども、なんだかんだ押しに弱い所があるから強引に承諾させる。
マイナくんはスタッフさんに声をかけている。遠くからでも道を聞いているのがわかる。
少し、距離を離そう……ヒロシさんがマイナくんを見つけないように!
「一応、聞いてみましょう。近藤先生も参加して良いかを」
「お、おう」
マイナくんのいる方向とは反対側にスタッフさん――お昼のフルートとハープのお姉さんを見かけたので声をかける。
何やら準備をしていて忙しそうで、だけども声をかけちゃう。申し訳ないけども。
「すみません、少し良いですか?」
「あっ、はーい! どうしました?」
「私、近藤先生と一緒に練習したいんですけども、大丈夫ですか?」
「えっ!? えっと、大丈夫……だよね?」
フルートのお姉さんがハープのお姉さんに聞く。
「そうですね、練習というのもありますし、むしろ誘いやすい……」
「そういうわけで近藤先生、よろしくお願いします」
「お、おう」
ヒロシさんの手を取る。もうこれでマイナくんの方を向く事は無いだろう――
「あの、私ってばお今更になってお急用を思い出したのですけども……」
「待ってよ! 機材の接続やってる所でしょ!」
「近藤さん、私の代わりにやってくれますよね。やって」
「えっ、良いけど……」
ヒロシさんはスピーカー? やらに手を付け始める。
「開始までに戻ってこれる?」
「大丈夫、手掛かりは見つけたから」
「何それ……こわっ……」
「ああ、それと貴女」
「は、はい?」
「待つよりも、やっぱり声をかける方が大事だという事を教えてくれてありがとうね!!」
ハープのお姉さんはすごい華麗なドレスを着ているのに、すごいスピードで歩き始めた。そのまま何故かマイナくんの方へ行って――マイナくんに声をかけた?
そのままなんでだか一緒に行っちゃった。
「いやぁでも、近藤さんが来てくれてラッキーだったよ。スマホからスピーカーに接続して音出したいのにちょっとわからなくってさ」
「一応俺、雑用じゃなくてリペアマンだからなぁー? 今はどうなってんの?」
「えっとね、ほら……再生押しても音が流れなくて」
「マジだ。どうなってんだこれ」
「だから聞いてるんだけど!」
……あれ、もしかしてフルートのお姉さんたちってヒロシさんと知り合い?
「接続は無線だよな?」
「うん、接続しましたって出たとは思うんだけど……」
「じゃあなんで音出ないんだよー」
「わかんないから聞いてるの!」
「あ、あの……少し、私も見てもいいですか……?」
「わかるか!? ノンノン!?」
「えっと……」
私も自信が無いけど、とりあえず見させてもらう。
設定を開いて接続を確認、繋がっている。再生ボタンを押すと音を出している表示も出ない、どこからも流れない。
そこでスピーカーを改めて見てみる。電源は入ってる。受信機もきちんと刺さっている。どうして流れないんだろう?
あ、もしかして……アプリの方の設定を確認してみる。
「こっち……ですね」
ポチっとやると、スピーカーから音が流れる。
「あっ! 音出たぁ!」
「おー、ノンノンさっすがー」
「たまにある奴で……解決してよかったです」
「助かったよ! ありがとう!」
偶然だけども、手助けできてよかったー……
――
「こんばんは、上井朔也と申します。人手が足りないという事で、微力ながらお手伝いさせて頂く事となりました。皆さんよろしくお願いします」
「大変申し訳ありません! 予定していた方と急に連絡が取れなくなって、偶然に! お見かけした上井先生に! 頼みました所! 快く引き受けてくださり!! 本当に、本当にありがとうございます!!」
「多少の心得があるというだけですが、期待に沿えるようがんばりますね。よろしくお願いします」
上井先生が一礼すると、会場はすごい拍手で包まれる……
上井先生が来てから会場のテンションが上がった気がする。人もいつの間にか増えた気がする。
やっぱり上井先生ってすごいカッコイイもんなぁ……
「同じオッサンなのに、やっぱし扱い全然ちげえなぁ……」
「上井先生の事、ご存知なんですか……?」
「ん、まぁ……」
「そうなんですか……!」
「ああ見えてあの人も40過ぎてるはずなんだけどなぁ」
「……30代じゃなくて、40過ぎなんですか? 上井先生?」
「そのはず」
何歳なのか全然わからなかったけども、まさか40過ぎだった上井先生。衝撃的過ぎる……
「さて! 実は私、社交ダンスって初めてでして!! 上井先生!! 手取り足取り教えてください!!」
「あれ? すごい勉強してたはずだよね?」
「違うから! アレは別のダンス! 社交ダンスは初めてなの!!」
「いや……まぁ、じゃあ、とりあえず、どんなものかのお手本を皆に見せたいんだけども……」
「教えてくださりますか!! 上井先生!!」
ハープのお姉さん、壊れちゃった……?
「おや、構いませんけども――」
「僭越ながらぁ! 私がお相手しますよぉ!!」
「いえ、華の乙女の手を取るには年を取り過ぎていますから」
上井先生はそういった後に、私たちの方を見る。
「近藤先生、来ていただいてもよろしいですか?」
「えっ、あ……はい」
ヒロシさんが促されて前に出る。ハープのお姉さんがどんな様子か、私は直視できない。
「近藤先生はこういったダンスの経験は?」
「いや……あまり無いっすねぇ……」
「では、リード致しますので最初は何も考えずについてきてください」
「う、うっす……」
上井先生はヒロシさんの手を取り、向かい合って並ぶ……えっ、待って、すごい密着するものなんですね社交ダンスって……?
「交流の為のダンスとなりますと、人に見せる為でなく、お互いが楽しむ為に踊るものとなります」
上井先生が解説しながら、ヒロシさんをリードしながら踊る……
「上手く踊れるかではなく、良い時間を過ごすためのマナー程度に心得るのが良いかと思います」
ヒロシさんが上井先生の手によってクルクル回される。
「お互い、というのは舞踏会を楽しむ他の方も含めてとなりますので、素晴らしい時間を過ごせるように、本日は学びましょう」
ヒロシさんが上井先生に受け止められた形となって、ダンスが〆られる。
「こちら、社交ダンスのお手本でした。近藤先生、お付き合いありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
「……では、基礎を学んでいきましょうか……」
ハープのお姉さんのテンションが低すぎる。
※よければブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです
※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




