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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
夢のような世界に迷い込んでしまったんだけども、私はモブ役じゃないんでしょうか?
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138・夢を見る人たち

「荷物はそちらにございますわ」

「は、はい……」

「お風呂とお手洗いはこちら、タオルやアメニティはご自由にお使いになって構いませんのよ」

「ベッド……すごい……フカフカ……!」


 鹿倉さんに泊まるお部屋の案内をしてもらっている……

 映画とかでしか見ることが無いような豪華なお部屋、ここに私は泊まる、鹿倉さんと。


「お疲れでしょうけども、入浴は済ませた方がよろしいかと思いますの」

「あっ、は、はい……」

「念の為お聞きしますが、おひとりで入れますよね?」

「だ、大丈夫だと思います……」


 鹿倉さんの、ピアノの練習の為の思惑を台無しにしてしまった私なのに、鹿倉さんは世話を焼いてくれる……


『私が先走って勝手に勘違いしただけ』


 そう言って私を全く責めないどころか、二言は無いと言って私の面倒を見る申し出を(ひるがえ)す事もしない鹿倉さんは、悪役令嬢どころか聖人君子だと思う……


「私、もう少しだけしたい事がありますから、ノンノン様お先にお風呂に入ってくださるかしら」

「あっ、はい。わかりました」


 促されるままにお風呂へ入る支度をする――のだけども。


「あ、あの、鹿倉さん?」

「なにか?」

「いえ……どうしてそんな傍に……?」


 鹿倉さんが私の所へやってくる。なんで!?


「……? それはもちろん、着替えの手伝いですけども……?」

「えっ!? で、できますよ!? できます!!」


 鹿倉さんの事、保護者のように感じてる所はあったけども、まさか着替えの手伝いなんかもしてもらったりしたら流石に私、何も出来なさすぎるって!

 じゃあ! と私は慌てて洗面所へと駆け込む。


 ……今日は本当に、酷く疲れた1日になったなぁって洗面台を前にして思う。

 最後の最後に本気で泣いてしまったから、顔も酷いなぁ……でも、気分を切り替えてお世話になってる分、私も応えなくちゃ。

 その為にもお風呂に入ってサッパリ――


「……あれ」


 背中の、首の辺りにあるファスナーに手を伸ばす。

 届かない。いや、触れてはいる。ギリギリ。でも、脱ぐために降ろすのが全然できない。


 ちょっと待ってよお母さん!

 こんなにファスナー降ろすの難しいなんて聞いてないよ!?

 え、どうしよう。鏡見ながらならできるかなぁ……!?

 あ、無理。鏡見ながらなんて物理的にこれ無理だよ。ファスナーも全然違う位置に行っちゃう。

 座ったら落ちついていけるかな……?

 いや、あるいは道具とか……何かに引っ掛けるとか……


 壁に擦り付けたり、寝そべったり、肩までだけ脱げたりしないか挑戦する事10分近く。

 ドレス、脱げないよぉ……

 せっかくの一張羅っていう奴だから、破れたりなんかするのも嫌過ぎる……

 鹿倉さん、もしかして見越して声をかけてくれてたのかなぁ……


 観念して、私は鹿倉さんに手伝ってもらう事にする。

 できるって断ったのにやっぱりやって! なんて自分勝手過ぎて本当にごめんなさい……


 申し訳ない気持ちでそっと洗面所から出て、リビングの鹿倉さんの所へ……


「あ、あの〜」

「えっ!? あっ! お待ちになって!!」

「へっ?」


 次の瞬間、鹿倉さんの小さな悲鳴と倒れる音。

 ビックリして行ってみると、そこにはドレスに簀巻きにされたような鹿倉さんのあられもない姿があった。


「大丈夫ですか!?」

「だ、だいじょう……い、いえ。手、手を貸してくださるかしら……」

「は、はい!」

「背中の、ボタンが、やはり取れなくて……」


 ……そういえば、高級な服ってひとりで脱げないって話を思い出した!!


 ……


「うぅ……恥ずかしいですわ……」

「い、いえ……私も、ファスナーを、やっぱり、降ろせなくて……」

「そ、そうですわよね……てっきり、ひとりで降ろせなくてはならないものかと……」

「わ、私が無知なばっかりにごめんなさい……」

「いえ、私もノンノン様にしっかりと頼むべきでしたから……」


 今日だけで何度、鹿倉さんを酷い目に遭わせているんだろう私……


「……さ、ノンノン様はお風呂へどうぞ」

「あ、はい……あ、でも……」

「……なんでしょう?」

「鹿倉さんは何をする予定なんですか……?」

「あぁ、自主練ですわ」

「え、えぇ……? こんな時間ですよ……!?」

「えぇ、ですからなるべくすぐに終わらせますわ」


 どれだけ自己鍛錬に時間割いているんですかって言いたいんですよー!!



 ――



「頭を糸で引っ張られているイメージですわよ」

「は、はい」

「重心が真っすぐ立つように」

「え、えっと……」

「背だけを気にしすぎですわ。頭と腰はこう、ですわ」

「す、すみません……」

「やはり酷いものですわね」


 鹿倉さんに正しい立ち方を教わっている私。

 なんとなくは分かっているけども、やっぱり酷い姿勢ですよね……


「一朝一夕で身に付くものではありませんけども、だからこそ常に意識する事が大切ですわ」

「そ、そうですよねぇ……」

「とはいえ、これが基本姿勢でもありますの。まずは見ててくださいまし」


 そう言って鹿倉さんは足を綺麗に外側に向ける。


「こちらがアン・ドゥオール。ノンノン様も一度どうぞ」

「は、はい……」

「反っていますわね」

「す、すみません……」

「パラレル――基本の姿勢もよくありませんから、当然はのですけどもね」


 そのまま鹿倉さんは動きを――バレエの動きを続ける。

 バレエ、全然詳しくないから何とも言えないけども、それでも鹿倉さんの動きはすごい綺麗でじぃっと見ちゃう。


「さて、こんな所ですわね」

「あ、ありがとうございます……すごいですね……!」

「そう仰って頂けるのは光栄ですわ」

「その……えっと、これから……自主練……?」

「そうですけども?」


 さも当然ですよ? って感じなのがすごすぎるよぉ……


「あ、あの、いつ、休んでるんですか……?」

「お水を飲んだりでしたら、こまめにしていますけども」

「あっ、そうじゃなくて、のんびり過ごすというか……遊ぶ……?」

「……ストレッチや読書の事ですの?」

「えっ!? いえ、ち、ちがくて……」


 待って! 鹿倉さんと話の前提が合わない!

 例えばだけど、ゲーム遊んだり動画観たりして過ごす事ってないのかなぁ!?

 でも、鹿倉さんは普通にそんな事しなさそうで、どんな例えがあるか思い浮かばない! いや、だけどひとつだけ思い浮かんだ!!


「音楽……聴いたりとか……」

「あぁ、それでしたら就寝前に嗜んでおりますわ」


 鹿倉さんの人間らしさ、見つけられたぁ!!



 ――



 というわけで、今度こそお風呂に入る私。

 シャンプーからボディーソープまで、何もかもがリッチな感じがして(とろ)けそう。恐らくは人生初めてで最後の経験になるんじゃないかって思いで存分に楽しむ……!


 フローラルな香りに包まれながら湯船へ。

 気持ち良すぎ……

 あっ、このボタンは噂で聞いたことがある……ジェットバスのボタン!!

 お、押してもいいよね……うわぁ!! 泡がスゴい出てくる! 気持ちいい!!


 たぶん、私は今、庶民という身でありながら最高級のお風呂を楽しんでいる唯一の高校生……ありがとうございます……


 マイナくん、ミヤネくんに鹿倉さんのお家には普通に備え付けられていたりするのかなぁ。

 うちには追い焚きと空調は付いててそれだけで大満足だけども、毎日極楽気分を味わってるのかなぁ……


 極楽といえば、この後に鹿倉さんと音楽を一緒に聴くんだよね。

 私のよく聴く曲も、っていう話だけど何がいいかなぁ……


 嘘偽りなくよく聴く曲ってなると、この間にマイナくんが私の為にって弾いてくれたゲームの曲が思い出も合わさって鬼リピどころじゃなく聴いちゃってる。旋律を一瞬聞いただけであの時の感情がブワーーって込み上げるの。本当に。

 ううん……でも、鹿倉さんにゲームの曲なんかを教えて良いのかなぁ……


 あぁ、だけどマイナくんはすごい喜んでて……共有できたの本当に私も嬉しかったんだよね……

 鹿倉さんも好きになってもらえたら、私が嬉しい……

 今のゲーム音楽にもクラシックに近いものってたくさんあるし、バイオリンとかすごい曲もあるしね。


 よーし、そうと決めたら鹿倉さんとお風呂交代して、その間にとっておきのプレイリスト用意しちゃおう!

 タイミングが無いけども、マイナくんにも聴いてもらえたらいいなぁ……なんて。


 ザパァと湯船から上がらせてもらう……ってその時に思った。

 ……鹿倉さんに私の残り湯を使わせるってこれ、どうなの!?

 新しくお湯、張り替えた方が良い……?



 ――



「え……? 特にそのような必要はないと思いますけども……?」

「だ、大丈夫ですか……?」

「……もしかしてなのですけど、お風呂に入るのが久しぶりなど……?」

「そ、そんな事ありませんー!!」


 毎日ちゃんとお風呂入ってます! むしろお風呂大好きです!


「あぁ、失礼いたしましたわ。お風呂に入るのが経済的に厳しい方もいらっしゃると聞いていて……」

「鹿倉さんたちでしたら、毎回、お湯、張り替えてるんじゃ、って……」

「そんなもったいない事、致しませんわよ……? 少なくとも我が家では」

「も、もったいない、ですか……!?」


 思いも寄らない言葉!

 シャツとかブラウスとか、使い捨てって聞いた事あるのに!?


「残り湯でお洗濯なさらないのですの? 花嫁修行の一環として私はそう教わりましたけども」

「し、します……」

 正確にはお母さんが。


「何事も私たちの下に届くのはどなたかの働きあってこそ、故に大切に扱うものと教わっていますの」

「そ、そうなんですね……!」

「少なくとも我が家は、と繰り返しになりますけども」

 お金持ちに私が勝手な偏見を抱いていただけだったんだ……


「さて、私は汗を流したいので失礼いたしますわ」

「は、はい」

「あぁでも私も、ノンノン様に運動した後の私の残り湯に入っていただくのは申し訳なかったので、先を譲りたかったのは同じですわ」


 神……神過ぎるよ鹿倉さん……

 それでは、とお風呂に向かう鹿倉さんにこっそり両手を合わせて拝みつつ、聴いてもらう曲を部屋備え付けのタブレットで探す。


 ……


「お待たせ致しましたわ。さ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「ふふ、1日の終わりのこの時間は至福ですわ」


 お風呂を上がってから、鹿倉さんはお茶を用意してくれて、一緒に一息ついている。


「ゆ、優雅ですね……」

「そうなのかしら。明日に備えて休むためですから」

「あー……うー……今日はすみません……明日も……」

「苦労の多い日は続きそうですが、ノンノン様も、ピアノの練習をなさると決めたからには妥協は致しませんからね?」

「が、がんばります……」


 鹿倉さんとのピアノレッスン、どうなるんだろう……私、ピアノ弾いた事無いよー!

 今日は本当に色々あったけど、明日も色々あるんだろう……そう、ヒロシさんとマイナくんが会わないように……

 あれ? ヒロシさん、トイレに見送った後どうなったのかな?

 流れで私、そのまま鹿倉さんに連れられてきちゃったから見てなくて、でも鹿倉さんがどうにかしてくれた……?


 そんな全然落ち着けない中で、ゆったりとしたバイオリンとピアノの曲が静かに始まる。

 フッと気が付いて、鹿倉さんを見れば彼女もこっちを見ていた。

 この曲が鹿倉さんのよく聴く曲って事だよね……良い曲……ってあれ? なんか聞いた事がある……


「ご存知?」

「あ、えと、その、き、聞いた事……あると思うんですけど……」


 なんだろう……甘いバイオリンの音がすごく、すごくキュンときていて……


「昔のアニメーション映画の歌でして――」

「あ……『いつか王子様が』……!?」

「ふふ、よかったですわ。ノンノン様もご存知で」


 ウソ!?ウソ!?ウソ!?!?

 鹿倉さん、この選曲!? えっ、嬉しすぎる!?

 待って、待って。私、朝から、まるで夢の世界に、迷い込んだみたいって、それで、それでなんか……その……


「夢のような心地になれて、とても素敵だと思いませんかしら」

 ウン、と深すぎる縦に頷く。


「あぁですけれど、私がこんなロマンチックな曲を聴く事は、どうか秘密にしてくださいまし」

「え、えぇ……?」

「夢見る乙女というには私、自分勝手が過ぎますから」


 凛としたまま笑ってみせる鹿倉さん。

 そ、そそそんな、自分勝手が過ぎるってどこがですかー!

 全然、はにかんで笑っても! すごく、すごくカワイイと思いますよ!?!?


「そう、ところでなのですけども……」

「あっ、はい……?」

「ノンノン様は、いわゆる王子様にはどんな印象がありますの?」

「!?」

 思わず、お茶をむせそうになる。


「はわっ!? 失礼致しましたわ……」

「だ、だだ大丈夫です……」

 鹿倉さんはタオルを私にくれる。すみません……


「その……小さい頃ではありますけども、私も王子様というのに憧れていた時期がありまして、ノンノン様はどう、なのかと……」

「あっ、いえ! あ、そうなんですね!? あ、わ、私は、遠くて、住む世界、違う、だけども、手を、その、あっ、えと、笑ってるの好き、とか」

「どうか落ちついてくださいまし……?」


 バイオリンの甘い音、これがそのまままるでマイナくんの音色みたいに聴こえて、もうなんか頭の中がめちゃくちゃ爆発してる。

 何は言っていい!? どう言ったらいい!? なんて言葉にしたらいい!?

 言葉も口も脳も足りないよー!!


「お茶をどうぞ?」

「……はい」

 促されてお茶を一口。香りが本当に良くってすごく落ち着く。


「まぁ……なんと仰っしゃればいいのか悩みますけども……」

「……?」


「結ばれることが無いだろうお相手に、恋心を抱いてしまった経験、一応は私にもありますから」

「そ、そそ、そうなんですか……!?」

「今は会うことも叶いませんので、なんとおっしゃいますか……」

 鹿倉さんが恋した人……どんな人なんだろうなぁ……


「時間は過ぎるものですから、やはり、現在という限られた時間を大切にしたいものですわよね」


 ウ、ウン……そうです。そうですよね……


「……他の曲も聴きます?」

「あ……今日は、これ、すごく聴きたくて……」

「ふふ、私もそう思っておりましたの」


 夢のような1日は、夢への時間まで夢のようだった。

■取り上げた楽曲の参考動画

『いつか王子様が』

https://www.youtube.com/watch?v=iv44Y3dUAOw


白雪姫の挿入歌。現在はパブリックドメインとなっている楽曲です。

聴くと安心する、落ち着いた曲で、今も多くの人に愛されていると思います。


※よければブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです

※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。

 綺麗な本を作るので楽しみにしてください。

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