137・夢でも現実でも傍観者
※投稿開始して1年経ちました。後30年くらい続く予定なのでよろしくお願いします。
「すごいですね……コンシェルジュさんって」
「修理業者を手配して頂いただけですわよ」
「い、いえ……それをしてくれるってだけですごいなぁって……」
鹿倉さんの手を借りて、ホテルのサービスを利用させてもらう。
ミヤネくんにスマホを壊した事の伝言も頼んだり、食事の相談もしたり、一から十まで面倒を見てもらって本当に――
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしましてですわ」
凛とした透き通る声で返してくれる鹿倉さん、カッコいい……
「私は次の予定がありますけど、ノンノンさまは?」
「えっ、もう夕方ですけど……」
「就寝までにはまだ時間がありますわ」
「な、何するか、聞いてもいいですか」
「アクティビティとして歌劇をする約束ですから、その練習などですわ」
鹿倉さんが歌劇……つまりミュージカルとかオペラっていう事かな!?
きっとすごいんだろうなぁ……
「……見学ぐらいでしたら、おそらくですけど構わないと思いますわよ」
「えっ……良い、ですか……?」
「見られて困るようなことはございませんから」
ああ、行きたいなぁ……
でも、心配があって悩む。
ヒロシさんとマイナくんが鉢合わせしないようにするため、見張っておくつもりで……
「こ、近藤先生……は、ひとりで大丈夫かなって……」
「えっ……いえ、大丈夫だろうと私は存じますけども……」
「そ、そうですよね……」
ヒロシさんを心配する形なら、すごく残念だけども断れる……かなぁ……
「心配でしたら、スタッフに相談なさるのが良いかと」
「あっ、いえ、でも、その、私が見たいといいますか。そばにいるのが安心といいますか」
「そ、そうですのね……」
鹿倉さん、断ることになって本当にごめんなさい……!
「あの、でしたらなのですけども」
「は、はい……?」
「近藤先生も連れて、見学にいらすのはいかがかしら」
「……えっ、良いんですか……!?」
「静かにして頂くのと、ふたりきりで衆目から忍ぶことが無いようにして頂けましたら」
「わ、わかりました」
ヒロシさんが絶対に何かしでかしそうだけども、でも、鹿倉さんが良いって言ってくれるならそうしよう……!
ただ、ふたりきりで衆目から忍ばないようにってどういう事だろう……?
まぁ、いっか!
――
このリゾートホテルにはコンサートホールもあって、そのひとつで鹿倉さんたちが舞台を上演する予定みたい。
今は通し練習っていうのをしてるみたいで、照明が明るいままなのがなんだか新鮮。
「クライマックス。主役たちは舞台の車に乗り、演出に見せかけてそのまま逃亡します」
「誰か! あの車を止めて!」
「「本当の愛と自由は止められない♪」」
「幕引き。エンドロールにそのまま入ります。通しおつかれさまでーす」
実際に歌ったりはせず、ポイントを押さえて流れの確認が主。それでも、それを眺めているだけでなんだかすごいワクワクする。
「少しよろしくて?」
それぞれの労いの言葉が一段落した所で、鹿倉さんが声をかける。
「主役お二人、結ばれたというのにぎこちない様子が多くあるように感じましたわ」
「す、すみません」
「今は演出とかが無いから、気持ちが入らないだけさ」
「そうなんです。ちょっとだけ恥ずかしくて」
「でしたら、演出も入れて拝見させて頂いても?」
「は、はい」
「僕がフォローするから大丈夫さ」
鹿倉さんは主役ではない。主人公が恋した男性の婚約者で、いわゆる悪役令嬢みたいな役だ。
練習だけども迫力も声量もすごくて、他の皆とは明らかに違って真剣。厳しいっていうのがどういうことか、わかった気がする。
「準備できたんで、照明落としまーす」
まとめ役の人が声をかけて少し暗くなった後。
――殺風景だった舞台に映像が投写され、音楽が流れ始める。
『プロジェクションマッピング』って言うんだっけ。舞台の上がまた全然違う世界へと変貌する。
「紳士淑女の皆様がた、今宵はお集まり頂きまして誠に光栄です」
少し恥ずかしそうにしていた主役の子が劇の中の劇の始まりを告げる。
迫る戦火、徴兵された名家の青年は女性と出会い、褪せていた日々が色付いた事に気が付き、全てのしがらみを捨てて駆け落ちをする事に。
そのために、慰問として開かれた舞台に本物の車を用意して劇の終わりと共に去ろうとしている、そんなクライマックスの部分だ。
〜♪
夜の中 私は貴方に会いに行く
隠せているかしら
静かに足を運ぶには
胸の鼓動が早過ぎて
〜♪
劇中劇はまさにロミオとジュリエット。主役の子がしっとりと切なく歌いあげる。
す、すごい……私と同年代だよね……?
「Zzz……アレ……? ここどこだぁ……?」
「あっ……! ヒロシ……さん、その、今、練習……ミュージカル……」
「アー……待ってな……頭痛え……おしっこしてくる……」
「えっ……!? いえ、その、今、静かに……」
「ここで静かにやれって?」
「ち、違います……!」
練習の邪魔になる前にお手洗いに連れていこう……
席を立ち、手を引いて、ムード良く進行している練習を背に一旦出ようとする――
「お待ちなさい!」
「ヒッ……!?」
鹿倉さんの鬼気迫る声に思わず固まる。
思わずごめんなさいと謝ろうと――
「誰か! 誰か、この劇を止めなさい!」
続く言葉で、鹿倉さんの台詞だった事に気が付く。
「うお、スッゲー。おしっこチビるかと思った」
「……ヒロシさんは、お手洗いへ……」
「うぃ。あー漏れそ」
扉を開けてロビーへ。
「あー、トイレどっちだぁー??」
「こ、こっちです……」
幼稚園児でも相手にしてるような気になる……大人の男の人なのになぁー
ヒロシさんがトイレへと入るのを見守り、私は適当なベンチに腰掛けて待つ。
ハァ……となんだかため息をついてから、手持ち無沙汰にスマホを取り出そうとして、無い事を思い出す。
外はもう夕闇に包まれていて、この場所の眩しさが一層際立ってる。
本当にここだけでもお城の中のようで、そんな場所にひとりきりなのがなんだか夢心地になってくる。
そう、ここはマイナくんたちの場所で、私は迷い込んでしまった女の子。
――こんな所に座って、どうしたの?
不意に現われたマイナくんがそう声をかけてくれて、私は慌てるのだけども大丈夫だよってマイナくんが仮面模様の下で笑う。
――ガラスの靴は履いた?
いつの間にか私はドレスを着ていて、なんだか馬子にも衣装だなぁって感じで恥ずかしくなってる所にマイナくんがすごく綺麗だよって言ってくれて。
あぁ、でも、私は舞踏会なんて行った事が無いから無理だよ。
――じゃあ練習しよっか。
マイナくんに手を取られ……あ、マイナくんの手ってどんな感じだっけ……
見たことはあるそれは何度も。しなやかで細くて長くて……私なんかが手を取って良いものなんだろうか。
夢の中でだけならその手を取ってみたい。
お話の中の人たちなら迷わず取るだろうけど、生憎、私はただの女の子で、マイナくんと将来を誓うなんて夢と空想の中だけで良い。
隠せているかしら
いつも通りに話すには
胸の鼓動が早過ぎて
あんな素敵に私は歌えない。楽器も弾けない。気も使えない。
勇気も無い。
夢の中でも、空想の中だけでマイナくんの手を取る。
そしたらたぶん、まるで世界はふたりきりだけみたいになって、マイナくんと踊るのかな。
夢の夢の中、醒めるとわかっていてもそれだけで幸せ……
……
ふと、自分が眠ってしまっていた事に気がつく。
「お目覚めになられました?」
「……はっ!? 鹿倉さん……!?」
「近藤先生は?」
「あ、えっと……お手洗いに……」
「中でお休みになられているのかしらね」
「そ、そうかもしれません……」
眠っていた私の横で座っていた鹿倉さん、またまた失礼をしちゃったかも……
「し、鹿倉さん……」
「なんですの?」
「その……待たせました……?」
「いえ、待ち合わせの最中でしたので」
「あ、そうですか……」
「そろそろいらっしゃると思うのですけど」
そんな風に話していると、正面入り口の方から誰かやってくる。
あれ!? ミヤネくんだ!?
「どうも、待たせたかな?」
「いいえ。それよりも呼び付ける事になってしまい、申し訳ありませんでしたわ。ミヤネ様」
「とんでもない。彼女の為に尽くしてくれたようで感謝しかない」
「滅相もないですわ」
私の為にそんな!? そんな!?
鹿倉さん、至れり尽くせりで本当にすみません……ありがとう……
「迎えに来るのが遅くなって悪かったな。大丈夫だったか?」
「あ、えと……鹿倉さんのおかげで……」
本当に何から何までお世話になったんですよ……思わずペコペコしちゃう。
「ミヤネ様、差し出がましいかもしれませんけど、提案がありますの」
「……なんだ?」
なんだろう?
「よければなのですが、私がノンノン様とご一緒致しますが、いかがかしら」
……えっ!? ずっと一緒に!?
居ていいんですか!?
「殿方よりも、女子同士の方が面倒も無いかと」
「……キミはどう思う?」
「あっ、えっと……私としても……助かるかもしれません……?」
「責任持って面倒は見ますのでご心配なさらずに」
なんだかペットみたいな扱いになっている気はするものの、嬉しい申し出……あ、でも気になる事がある……
「そ、その……どうして……えっと……」
「どうして、というのは?」
「あっ、その……そこまで面倒を……」
初対面だったわけだし、ミヤネくんと深い知り合いっていう訳でもなさそうだし、なんでだろうって疑問で仕方ない。
「ああ、それはピアノの連弾のパートナーだからですわ」
「……えっ!?」
「ミヤネ様のピアノの腕前は前々から存じておりますの。ノンノン様はそのミヤネ様のご友人という事ですし、あやかる事ができるかと思い――」
えっ!? ウソ!?
私が今まで言い出せなかったその事が、一番の目当てで!?
「あ、あの……ごめんなさい……」
今までにない申し訳なさがこみ上げる……
「私、ピアノ、弾けないです……」
本当に、本当にごめんなさい……
鹿倉さんがどんな顔してるか、涙で見えない……
※よければブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです
※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




