133・夢の時間のはじまりはじまり
「泊まり込みでバイト……?」
「そうなんです。部活のみんなで楽器を買うために旅館で」
「マイナの奴、そんな事もしてるんだな……」
ミヤネくんとホテルの一角にある喫茶店――コーヒーショップっていうんだっけ? に入って、マイナくん談義。
「合間には練習してたらしいですけど……でも、旅行としても楽しんでそうです。これ、送ってもらった画像で」
「……パッと見だとやはり、胡散臭い集まりに見えてしまうな」
「ふふ、そうですね。マイナくんって仮面模様のせいで不敵な人に見えちゃいますしね」
「しかし、まぁちゃんと見れば楽しんでるだけなのもわかる。頭は空っぽというか、音楽の事しか考えてないからな」
ミヤネくんは紅茶を一口付ける。すごく優雅な所作で、やっぱり王子様みたいだなぁって思うけども、どこか優しい顔をしてる気がする。怖い人だと思ってたけど、私が勝手にそう思ってただけだったなぁ。
「昔から、そうなんですか? マイナくんは」
「ん……ああ、そうだな。たぶん」
「あれ……ミヤネさんは、マイナくんのご友人ではないんですか……?」
「……違うな」
……えっ? 私はてっきり、今までマイナくんの友人だと思って話してたつもりだけど、違ったの!?
「す、すみません……あ、えと、その、つい、聞いてくれる、くださるから、ずっと話しちゃってて……」
「いや、だが知り合いというか、互いに競う相手ではあるから、全く興味が無いというわけでない」
「そ、そうなんですね。す、すみません……昔からの友達だと私は……」
「……まぁ、僕の知る限りでなら、音楽の事しか頭に無いのは事実だ」
優しい顔をしていたのが、今はなんとなく険しい顔になった気がする。ティーカップをカチャン、と置いてからミヤネくんは話を続ける。
「マイナは――アイツはピアノも弾くが、他も弾くだろう?」
「あ、は、はい……そうですね」
「興味のままに色々と手を出して、どんな楽器だろうと練習を苦も無く行う。いや、むしろ楽しんでるわけだ」
「そ、そうなんですね」
「あまつさえ、楽曲の成り立ちや解釈、他人の演奏やその方法についても貪欲に学び始めてな……」
「へ、へぇ……」
「アイツがピアノ一本でやっていたら、たぶん僕よりも上だったろう」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ、手広くやっているおかげで僕の方が今はまだ評価が高い。だから、追いつかれまいと必死だし、アイツが何をしているか、興味が無い事は無い」
ミヤネくんはまた紅茶に口を付ける。
そっか、ふたりはライバルなんだなぁ……でも、それでもマイナくんはミヤネくんと仲良くしたいんだろうなぁっていうのは、なんとなく想像できる。
「……あ、えと……そ、その、やっぱり練習って……大変ですか?」
「キミに話したところでわかってもらえるとは思えないが、聞きたいか?」
「あっ……そ、そうですね。わ、わからないと思います……」
「まぁ、日によると言った所か」
「え、えと……いえ、その……今も練習したいのかなぁ……なんて思ってしまって……」
「……? ピアノのか?」
「は、はい。私と……話すのって……その……」
時間を無駄にさせてるんじゃないかなぁって……
「今は、客人をもてなす練習をしている」
「……えっ??」
「生計を立てるにも、ピアノ以外の事も知らなければならない。違うか?」
ハッと気が付く。
私にとっては夢みたいな世界だけども、ミヤネくんたちにとっては現実なんだ、って。
「だから、そこまで申し訳なさそうにしなくて良い」
「あっ……す、すみません……」
つい、癖で謝ってしまう……
「……はぁ、無理せずに好きな話をすると良い。マイナの事でもいいし、他の事でもいいぞ」
「えっ、あっ、は、はい」
好きな事だと、夢中で話しちゃうのをやっぱり見抜かれてるのかなー!?
――
「本日はお集まりいただき! まことに! まことにありがとう!!」
交流合宿の始まりの挨拶として、主催さんがとてもテンション高く話してくれている。
この主催さん、先日のコンクールでの偉い人だぁ……!
「未来ある若者の中で! ここにいる君たちの多くは音楽の道を志している!!
もうそれだけで私は嬉しいのだけど!!
しかし! 音楽に限らず、芸術には豊かさが必要だと!
私は常々考えているのだよ!!」
芸術、たしかに豊かさが必要なんだろうなぁって、私も最近は思っている。
ゲームの話になってしまうけども、面白いゲームを遊んでるだけでは良いゲームを作るのって難しいって痛感してる。
当たり前のように遊ばせてもらっていたけども、いざ、自分で形にしてみようとした時は何もわからなくって。
「今回も、色んな方々に協力をしてもらっているよ!
気になったモノに触れてみて、新しい世界を知ってみようじゃないか!
短いけども、君たちの糧になる日々となれる事を願っているよ!」
まだ話したりなさそうだけども、主催さんは一礼して話を〆る。和やかな拍手が送られる。
私は、やっぱりこの場に居ていいのか自信が無い。でも、少しは楽しめるようにがんばらなくちゃなって思う。
「……はぁ」
隣のミヤネくんが小さく溜め息をつく。ミヤネくんはどんな様子か、伺おうとしていたから偶然バッチリ見てしまう。
「……いや、余計なお世話だと思っているだけだ」
間の悪い私がどう反応すれば良いか固まっていると、ミヤネくんは小さく教えてくれる。
「あの人はいつも、あんな調子でな」
開会式の最中だから頷いて返事する事しかできない。
「まぁ……世話になっているから付き合っているというわけだ」
なるほどなぁ……
孤高に見えるけども、でも、義理とか自立とか、本当に考えていてすごいなぁ……
――
「波多野さーん! ショウお兄ちゃんー!」
「あっ、カナちゃん……」
開会式が終わり、ホールから移動を始めた時、カナちゃんに声をかけられる。
それで、私はなんだかすごい胸がドキドキし始めた。カナちゃんがいるっていう事はマイナくんもいる。
そんな、そんな必死じゃないけど、ど、どこだろうって、マイナくんを探す。……あれ? いない?
「先日ぶりだな。テルや上井先生とは一緒じゃないのか?」
「うん! お兄ちゃんってば、飲み物を零したから着替えてるの」
わぁ……マイナくんらしいというか、いつも通りというか……ミヤネくんも、当たり前のようにそうか、って返す。
「えへへ、それにしてもショウお兄ちゃんと波多野さんが一緒に来てるのは予想外だよ!」
「ああ、土田先生が要らぬ気遣いをしてな。詫び代わりに客人として迎えている」
「へー!」
カナちゃんはミヤネくんにもとても懐いているんだなぁ。やっぱり、以前からマイナくんとミヤネくんは友達な気がする……
「ショウお兄ちゃんも波多野さんも、参加するプログラムは決めた?」
「僕は人が少ない所を選ぶつもりだ」
「わ、私はまだ……」
「じゃあ、一緒に見て決めようよ!」
ああ、カナちゃんの元気な提案、すごく助かる……!
「ふむ……」
「ショウお兄ちゃん、ダメー?」
「いや、ダメではないんだが、僕が付いているより、カナと彼女のふたりきりの方が良いかなと」
そういってミヤネくんは私を見る。
「えっ、あ、いえ……」
「別に迷惑だからとかそういうわけじゃない。カナなら安心して任せられるし、キミも緊張がマシになるだろう?」
「よくわかんないけども、カナに任せてくれてもいいよ!」
す、すごい気を使われてる……!
がんばりたいっていう気持ちはあるけど、どうしたら良いかは全然わからない。
だから、余計に気を使わせてしまうくらいなら、今はカナちゃんと一緒が良いのかもしれない……
「まぁ、なんだ。何かあれば連絡をしてくれ。できるだけすぐ対応するから」
「は、はい……」
そう言って、ミヤネくんは離れる。
「ショウお兄ちゃんってね、すごくよく面倒を見てくれる人なんだよね」
「……えっ、あ、うん」
「だから大丈夫だよ。緊張しないで、一緒に楽しもう!」
ああ、本当に良い人ばっかり過ぎる……ありがとう……
――
「波多野さんは何するー? 私はお菓子教室!」
いくつかのブースを見回りながら、カナちゃんが声をかけてくれる。
「ふふ、何にしようかな。それにしてもカナちゃん、最近はお菓子をよく作ってるよね」
「うん! 前にチーズケーキ貰ったでしょ? 月野さんから!」
「ああ、うん。覚えてる。勉強会した時に……すごい美味しかったなぁ」
マイナくんの中間試験対策のために開かれた勉強会。
アレは5月だったから、もう3ヶ月前なんだなぁ。
その時に月野さんが作ってくれたチーズケーキがすごい美味しかったの、私も覚えてる。
「うん。それでね、ちょっと思い出したのがあってね……」
「……? なんだろう?」
カナちゃんが少しだけ周りを確認する。それから手をあてて、こっそりと聞かせてくれる。
「宙太くんが、そういえばチーズケーキ、好きだったの」
「……えっ!?」
宙太くんといえばカナちゃんのお友達で、だけども喧嘩していて、仲直りの最中に引越しが決まって……
だけど、ギリギリで見送る事ができた子だ。
「違うからね? 別に、そういう仲じゃないからね?」
「う、うん」
そうは言いつつ、カナちゃんが少し顔を赤くして照れてるのがわかる。
そっか!? それでお菓子を……!? そっかぁ……!!
「あ、でも、そういえばなんだけどもね。波多野さんは楽器って弾けるの?」
「う、ううん……全然できないよ」
「それじゃあ、楽器を体験するのも良さそうかなぁ?」
「体験……初めてでも大丈夫そう……?」
「みんな最初は初めてだし、大丈夫だよ!」
「そっかぁ」
音楽の交流合宿だから関連したものはすごく多い。
アンサンブルだったり、オーケストラみたいのだったり……
その中で新しい楽器を体験できるものがあるのは少し意外。
「……そういえばね、1回だけやってみようって思った事、あるんだよね」
「そうなの?」
「うん。タイミングが悪くって、結局やらなかったんだけど……」
もしも楽器を触れたら、私ももう少しマイナくんと話ができるかな……?
たぶん、この考えはちょっと邪なのかもしれない。だけど、やっぱり興味があるんだよね……
※よければブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです
※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




