132・舞踏会への馬車に優雅さなんてなかった
そう、あくまで私は手伝いだから!
浮かれすぎないように、挙動不審になりすぎないように、頼られた分はしっかり応えられるように、気を引き締めて私は家を出る。
私が誘われた人は土田先生。彼女は私のクラスの担任の親友だそうで、先日のコンクールで居合わせた事や、焼肉屋さんで酔いつぶれた担任を引き渡したりしたのもあって、頼りにされたみたい。すごく変わった人なんだけども、たぶんアレが芸術家肌っていうのか音楽家っていうものなんだろうなって私は思った。
時間に遅れないよう、早めに約束の駅のロータリーに向かう。朝とはいえ8月、暑い日差しに差されながら、人で賑わう前の駅にたどり着く。そこで、居ても全然違和感無い人を見かけたので声をかける。
「あの、おはようございます……」
「おーう、おはよう。奇遇じゃねえか、どうした?」
「あれ……灰野先生は私が来ること、ご存知なかったですか……?」
「……ハッ? なんだ、お前も来るのか。なーるほどなー」
彼女は土田先生の親友、つまり私のクラスの担任の灰野先生。土田先生が来るなら当然一緒だと思ってたけど、逆に灰野先生は私が来ることを知らなかったんだなぁ……
ロータリーに設置されてるベンチを我が物顔で占領して、整った身体と綺麗なスーツの着こなしからは想像できない姿で横になっている灰野先生。いつもどおりでブレないなぁ……
「あれ……というか灰野先生。灰野先生は今、土田先生の所にお世話になっているんじゃ……?」
「おう、泊まったり飯食ったり金せびったりしながら世話になってるぜ」
「……え、じゃあ遊び歩いてるから、追い出されたって事ですか?」
「ちげーよ。土田の所に居ると一生アイツに構われて面倒くせえんだよ。やっぱ家は音楽準備室が最高なんだわ」
「そ、そうですか……」
「あー、早く帰りてー」
傍若無人っていう言葉がとても相応しい灰野先生なんだけども、本当は優しい人だったりする。モラルや人間性、規範意識や社会性もろもろを除けばだけど。
そんな強すぎる灰汁を全部取り除いた末の本質を、土田先生は好きだと感じてるのかもしれないし、私もそうなのかもしれない。
「アレ、ってかなんだけどもよ。波多野が来るって事はマイナの奴も来るのか?」
「な、なんでそうなるんですかっ……!!」
「いやだってお前、めちゃくちゃ気合入った服着てね?」
「う、浮かないように、き、気を使っただけで……それに、マイナスくんが来るかはわからないですよ……!」
「つまり、来るって事だよなぁ。3泊4日だし、チャンスはゴロゴロあるぞ」
「何のチャンスですか……!」
「そりゃ男と女――」
「ミーーキーーさーーん!!」
響く土田先生の灰野先生を呼ぶ声。よかった! 灰野先生のセクハラキャンセル! 助かります!!
「あー、やっと来たかー。くそ待たされたな」
「勝手に待ってたのは私達ですよ……!」
土田先生は、灰野先生のこういう所も含めて好きなんだろうか……
――
「そういうわけで、波多野さんなら頼りになると思いまして!」
「よ、よ、よろしく、お、おねがいします……」
一目でわかる、黒塗りで少し胴長の超高級車。マイナくんにも乗せてもらったけど、今乗っているのも負けず劣らず。やっぱり私は違う世界に迷い込んだ感じで、身じろぎひとつしていいのかすら迷いそうになる。
「お前か。たしかに馬の骨の中でなら一番マシだ」
「あ、え、えっと……たしか、その……」
「コンクールで会ったな。僕は宮音だ」
「は、はい。波多野……と、申します……」
「土田先生が世話になっているそうだな。面倒をかけて申し訳ない」
「いっ、いえっ! そ、そんなそんな、と、ととんでもございません……」
「波多野さん! 緊張しないで大丈夫ですよー! お茶でも呑みますかー?」
「あっ!? いえ、こ、こ、こぼしたら、そ、そのぉ」
「大丈夫ですよー! こぼしたら拭けば良いですからー!」
「私、ハラ減ってんだけど何かねえの」
「ミキさん! ありますよ!! 何食べますか!?」
「……まぁ、緊張しなくて良い。何にせよ土田先生よりはマシだろうから」
「あっ、は、はい」
彼――ミヤネくんと会うのは2度目になるのかな……?
最初は知らなかったけども、マイナくんの友達らしくって、コンクールの別れ際にマイナくんが彼の事をすごい親しそうに呼んでいたのを覚えている。そうとは知らずに、偶然にマイナくんの事を話したのも、今から思うとわりと恥ずかしい……
「ああっ!? すみません! 中身が! 中身が!」
「おーおーこりゃ掃除が大変だなー」
困惑の渦に居る私に、土田先生と灰野先生はさらなる混沌をもたらす。こ、高級な車内がーー!!
ミヤネくんは呆れながらティッシュを私によこす。受け取って土田先生が散らかしたのを拭き取る。
「……悪いが、土田先生の面倒を頼む」
「は、はいっ……」
「えーん、ごめんなさいいいい」
「おっ、この菓子そこそこイケるな」
……ここは、常識が通用しない、カボチャの馬車の中なんだろうな……
――
「ミキさんとはですねぇ! 7年くらいぶりの再会なんですよぉ!」
「7年経っても土田がポンコツのままなのは予想通りだったけどな」
「えへへへへ、でも、今はちゃんと講師やってますよ! ねっ! ミヤネくん!」
「それはどうだか」
「失格じゃないので合格ですね!」
「苦労してんなー。ミヤネ、お前って奴もよー」
走る車の中、声も出せずに愛想笑いしかできない私。土田先生がいるから空気が和やかだけど、やっぱり緊張しちゃうなぁ。
「頭のねじが緩んでいる奴の面倒を見るのは、土田先生に始まった事じゃない。慣れたとは言わないが」
「世話を焼かされる、ってな」
「えへへへ、ミキさんにはたくさんお世話になりました!」
ミヤネくんはマイナくんの友達だと思うんだけど、そうなるとマイナくんの面倒を見ていたのかなぁ。聞いてみたい……
「生業としている中でマトモな人間は、貴女やら上井先生やらしか思い浮かばない」
灰野先生はマトモなのかなぁ? そんな視線を灰野先生に投げると、ギザギザの歯を見せるように私に笑っている。
「でも! 私も少しは成長したって見せますからねぇ!」
土田先生が張り切っている。どことなくだけど、マイナくんと通ずるものを感じるから将来のマイナくんってこうなるのかなぁなんて想像しちゃう。
「ところで……お前は音楽の経験は無いんだったよな」
「……あっ!? は、はいっ」
「土田先生は、彼女にずっとサポートしてもらうつもりなのか?」
合宿中、私が何をするかの確認の話……かな?
「えぇ? 違いますよぉ。波多野さんにはミヤネくんをサポートしてもらおうと思っているんですよぉ」
……ききまちがいかな? つちだせんせいは、なにをおっしゃってるのかな?
「……はっ? 僕が? 彼女に?」
そうですよね! そうなりますよね!!
「ご家族やご友人を気兼ねなくお誘いくださいって言われてたじゃないですかぁ。ミヤネくんは誰にも声をかけないと思って、それだと寂しいかなぁって思いましてぇ」
「……余計なお世話過ぎる」
「でも、楽しそうに話してたじゃないですかぁ!」
「時間を潰していただけだ。そうだろ?」
「えっ、あ、え、えと……」
なんて答えればいいんですか……?
「そういうわけで! 波多野さん! ミヤネくんをよろしくお願いしますよぉ!!」
ミヤネくん、孤高の気高き王子様って感じの人に、私がお手伝いってそんなそんな……あり得ないですよ!!
同じことを思っているんだろう、ミヤネくんも大きくため息を吐く。私、ここで降りて帰った方がきっといいんだろう――
「うちの土田先生が申し訳ないな」
「い、いえ。だ、大丈夫ですよ。え、えと、最寄りの駅は……」
「……? 最寄りの駅?」
「あ、いえ! 自分で、さ、探すので!!」
「そうか。まぁ……申し訳ないが、付き合ってくれ。迷惑をかけた分、悪いようにしないと約束するから」
「か、寛大な対応を頂き、まことにあり、ありが……えっ?」
私、車を降ろされないの……?
――
車で走る続けること2時間くらい。緑豊かで大きな湖のほとりにある、とても綺麗過ぎるリゾート地に着いた。大きなホテルみたいなのもあれば、小さいコテージもたくさんあって、そもひとつひとつが高級な庭付きのお家みたいな感じ。ついでに道路も普通のアスファルトの舗装じゃなくて、遊園地のようにすごい綺麗なものになってる。空気もなんだかおいしい気がする。
ここで……3泊4日……? 両親のおかげで不自由ない生活をさせてもらっているけど、ここは一泊する事自体が旅行の目的になりそうな場所だ……
「お荷物をお預かり致しますね」
「ああ、頼む」
車のドアを開けてもらったり、荷物を預かってもらったりの一流のサービスを感じつつ、ミヤネくんについていく……
「さて、次の予定は……土田先生たちは運営側なら受付を済ませた後、別行動だな」
「波多野さん! ミヤネくんをお願いしますよ! ミキさんは私に任せてください!」
「は、はい……」
「おっ、朝っぱらから酒呑めるみたいだな。いってくるわー」
「それじゃあまた後で! ミキさん待ってくださーい!!」
だ、大丈夫かなぁ……
「やれ……やっと静かになった。まだ時間はあるというのにな」
「あっ、え、えと、ど、どうしますか?」
「自由にしていれば良いが……」
「は、はい……あ、その、時間の管理とかも、わ、私、や、やりますよ」
「必要ない」
「あっ、す、すみません……」
「……客人で、もてなされる側なのだからな?」
「……は、はい……?」
パニックのまま返事をしてしまったけど、少し落ちついて考えると疑問がたくさん出てくる。
「あ、あの……その、ミヤネ……さんは、スケジュール管理などは、ご自身でされているんですか……?」
「……? そうだが?」
「く、車のドライバーさんは、ミヤネさんの、執事さんですよね……?」
「まぁ、そうなるが……」
「その、色々、してくださる方……ですよね……?」
「ああ。しかし、僕はできる限り自立したい。だから、重要な事以外の手助けは断っている」
「そ、そうなんですね……!」
勝手なイメージで、何でも誰かにしてもらっているって思い込んでた……だけど、ミヤネくんは違うんだなぁ!
「だから、そうだな……気を使うな。質問やらあれば何でも気安く聞くと良い」
「は、はい……わかりました」
「まぁ、できる限りで構わない……と、そうだな」
ミヤネくんはエントランスホールの中を見渡す。開放感に溢れてとても広いこの場所は、どこだろうと贅沢な場所だ。
「こういう時はお茶でもすると思うんだが、どうなのだろうか?」
「えっ……あ、は、はい。そう……かもしれません……?」
「……わからないから聞いたんだが、どうして曖昧な返事なんだ?」
「うっ……そ、その、すみません。私も、あんまりこういうの慣れていなくって……」
はぁ、とミヤネくんは溜め息を吐く。思った以上に役に立たないことにガッカリされたのかも……
「マイナなら、どうすると思う?」
「……えっ。あ、そうですね……お茶をしようって言って、それから適当に歩きはじめて……」
「地図を見ないから、見つけられないんだろうな」
うん、そうなんです。私は大きく頷いて、ミヤネくんに同意する。
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※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。




