126・闇の中の灯
「お前さ、少し休めよ」
坂を降りきった所で鷹田が言う。返事をしようと思ったけども、息が切れて切れて喋れない。もうそれだけ必死になって走って降りてきてたみたい。頷いて、荷車に腰かける。
「ここから後どれくらいだったっけか」
そんなに遠くないはず。バス停より少し先。そう言いたいけども、喋れない。
「いやさ、良い案があってよ」
ああ、なんだろう? 鷹田の良い案、きっと最高なんだろうって思う。
「もう俺、置いてっても平気だろ」
――はぁ?
思わず鷹田を睨む。声が出ないし疲れているから思わず手を出す事もできなくて、だから尚更、顔に出たと思う。
鷹田は余裕を見せつけるかのように笑ってるけど、それが今の俺にはヘラヘラ笑っているように見えて、なんだか本当に本当に腹が立つ。
「ここからなら道沿いだし、行って戻ってするだけだろ。ただ、お地蔵さん見逃したらやべえし、そう考えるとお前ひとりで一旦探したほうが楽だろ」
それは、そうかもしれないけども、鷹田をひとりで置いていくなんてできるわけがない。
「だんだん、息苦しさとかはマシになったしさ。俺は平気だっつの。たぶん、もう立てるわ」
鷹田は起き上がろうとする。俺が無言でそんな鷹田を制して押す。鷹田は簡単に倒れる。
「なんだよ」
不機嫌そうに、鷹田が言う。
言葉で返せればよかったけど、想像以上に俺は喋れない。でも、鷹田の強がりの嘘に付き合うつもりはない。だから立ち上がって、荷車を引き始める。
「置いてけっつってんだよ」
無視。
「バカだから、ムキになってんだよな」
ムキになるのがバカなら、お互い様だよね。
「てかさ、本当にお前ってバカだよな」
そんな今更なことを言うなんて、鷹田もバカだなぁ。
「お前ひとりだけでも助かる方がマシってさ、わかんねえの?」
「――鷹田は……」
息が整わない中、それでも聞きたくて、俺は何とか声を絞り出す。
「――鷹田は……?」
もっともっと伝えたいのに、これだけしか言えなくてもどかしくてもどかしくて仕方ない。
「……俺だったらどうしてたってか?」
背中を向けたままだけど、頷く。その通りって言いたいけども、うまく言えない。
「そ、そりゃさ、お、置いてくんじゃねえの?」
鷹田はまた嘘をついた。荷車をわざと揺らしてやる。
「て、てか、俺なら上手くやるから、むしろお前は足手まといだし、置いていくのが、正解だろ」
……それには言い返せない。
「だから……俺なら置いてく。そっちの方が、ふたりとも助かるだろうしよ」
「……だから――」
上手く喋れない。この言葉の先を、言いたい。
「だから……なんだよ」
伝えたいのに、もどかしくて仕方ない。だから、俺も――
「――いや、わかったぞ」
えっ?
「ふたりで助かるために、お前はこうしたって事、言いたいんだろ」
「ハハッ、尻尾振り過ぎだっつの。まだまだ元気そうだな」
――
夜更けの中で、電灯もまばらにしかない中で、藪の中にあるお地蔵さんを探すのって本当に怖すぎる。ひとりだったら見逃しちゃうんじゃないかって不安でいっぱいだったと思う。
でも、ちゃんとお地蔵さんを見つけることができた。お地蔵さんは昨日に俺達が直したそのまま――つまり、立っている状態だった。
「これ、倒せば良いのか……?」
「元に戻すならそうだけど……」
改めて見てみても、やっぱり悪いお地蔵さんには思えない……
「とりあえず倒そうぜ」
「ちょ、ちょっとだけ待って……? 何か近くに所縁とか無いかな……」
「昼間のあの時、周りには何も無かっただろ。暗いんだし、見つけられっこねえわ」
「うぅ……それはそうかも」
どうせならおじさんや女将さんに聞いておけばよかったなぁ……後悔先に立たずっていう言葉通り、今更すぎるけども……
「あれ?」
「どした?」
「それが、あっちに灯りが見えた気がして……」
お地蔵さんの向こう側、木々の奥の方を指す。荷車の中から鷹田もそっちを見る。
「いやいや、こんな暗い中で灯りなんてあったら目立つに――」
風が不意に強く吹いて木々を揺らす。ザザーという音と共に、揺れる灯りがハッキリと見えた。
鷹田も俺も、少し固まる。
どうして、あんな所に灯りがあるんだろう。もちろん、わかる訳がない。
「あ、あのさ鷹田……」
「な、なんだよ。早く倒して行こうぜ」
「俺……あれが何か、見に行きたいって言ったら止める……?」
「ハァ!? べ、別に大したもんじゃねえだろ!」
「えっと……じゃあ、見に行っても良いって事?」
「逆だ逆! 無視しとけって!!」
「でも、なんか……その……」
鷹田に懐中電灯を渡す。そのまま、俺は灯りの方へ足を進める。
「お、おいっ! 行くなって!」
「すぐ戻るから。場所がわかるように、それは持ってて」
「待て! 待てって!!」
そこまで距離は無いはず。それに灯りを頼りにすれば迷子にならないはず。お地蔵さんの事を知れたら、今の状況をちゃんと良くできるかもしれないし……真っ暗闇の木々の中を、俺は慎重に進んでいく。
漏れるように見えていた灯りが遮られないようになり、そして灯りの正体、灯りがある場所も見えてきた。
そこは、たぶんお寺だった。ひっそりとしていて、どこか歴史を感じる木造のお寺。それをぼんやりと照らす提灯。時間も時間ですっごい不気味だ。
少し怖気ついて、やっぱり戻ろうかと振り返る。でも、鷹田の懐中電灯が見えない。あれ? なんで!? いや、でも今すぐ来た道を戻れば同じように見えるかもしれないし……迷子になるかもしれない。どうしよう……?
……俺は、このままお寺を調べることに決めた。
提灯があるっていう事は、誰かいるのかもしれない。その誰かは、お地蔵さんの事を知っているかもしれない。……もしかしたらオバケかもしれないけど、その時はその時だ……!
慎重に、慎重に進んでいく。強く風が吹く度に、何かの揺れる音を聞く度に心臓が止まりそうなくらいにビックリする。だけど、それでも何とか進む。
「こ、こんばんは」
敷地に着いて、声をかける。もちろん、それに返事は――ミシッ、とお寺の中から何か音がする。驚きすぎると動けなくっていうけど、それは本当だった。ど、どうしよう。でも、気のせいかもしれないし、偶然かもしれない。
「誰か、いますか?」
確認するように、もう一度声をかけてみる。
「――た、助けてくれー」
ドンドンと戸を叩く音と共に、男の人のしゃがれた小さい声が中から聞こえてきた――!!
少しの間、呆然としてしまった。
我に返ってから俺は戸の方に近づく。
するとそこには台風で崩れたのか、棒が綺麗につっかえていて開けられない戸があった。
棒を取って戸を開けると、中から駅前の医院の院長先生が表れた。
「ほええ……助かった……」
「ど、どど、どうしたんですか!?」
「待ってくれ……その前に……水を……」
院長先生は提灯を取り、一目散に水道へ。そこで水を飲み始める。
俺は事情がわからないまま、とりあえずついていく。
「今は何時かね……?」
「あ、えっと……すみません。スマホを今持っていなくって」
「ほえ? 確か君は……旅館のバイトの子だったかね? 少なくとも今は夜更けだと思うが、どうしてここに?」
「え、えっと……その、何ていうか……お地蔵さんについて知りたくて……」
「お地蔵さん? 道にあるあのお地蔵さまかね?」
「は、はい。その、俺達、悪い事したのかもって思ってそれで……」
「なんと。罰当たりな事をしたのかえ?」
「は、はい。それで、元に戻そうって、でも、ちょっとその――」
「ああ、申し訳ない。一旦、家に帰らせてもらってもいいかね……? ワシも大変な目に遭っていてな……」
「わ、わかりました。その……ついていって良いですか……?」
「……念のため聞くが、着のみ着のままでここまで来た君は、まさかタヌキではあるまいな?」
「タヌキじゃないです!!」
……
「待て待てーい!? お地蔵さまに何をしようとしているのかね!?」
「えっ!? このお地蔵さんって倒れてるものじゃないんですか!?」
「普通に立ってもらうもんに決まっとるだろうが!」
「い、いやでも、俺たち、お地蔵さんを立たせてからひっでー目に遭いまくりで……」
「例えばどんなものかね?」
「えっとー……」
鉢植えが落ちてきて、大凶引いて、突然自転車のタイヤがパンクして……鷹田は転んでたんこぶ作ったり、ガス騒ぎに遭ったり、今も突然の体調不良、突然の発火、それに爆発もあったしなぁ……
「ば、爆発……? いや、散々な目に遭ったのは確かだのう。しかし、お地蔵さまがそんな事をなさるはずが無かろう」
そのまま、荷車の鷹田を診る。
「症状は何が?」
「えっとー……割とおさまったんけど、吐き気に目眩が主っすかね……? なんか雰囲気的にはカフェインとかエナドリを100倍飲んだ感覚っていうんすか?」
「ほう。そうなると動悸やらもあったのかね?」
「どーきってなんですか?」
「心臓がやたらとバクバクする感覚の事だね」
「あっ! それ、俺もなんか覚えがあります! 夜、急に目が覚めちゃって……」
「原因に心当たりはあるかね?」
「いやー、俺的には別に全く」
「変わったものを食べたとかはどうかね」
「鷹田の苦いおひたしくらい……?」
「ほう……それは何のおひたしかね?」
「ん、いや、普通にモロヘイヤっすよ」
「なるほど、恐らくはそれだね」
「……へっ?」
「可食に適さないモロヘイヤには毒がある事を知らないかね?」
「えっ、そうなんすか」
「見るに様態は安定しているから、安心すると良い」
――
荷車を引いて、駅前まで向かおうとするとサイレンを鳴らす消防車が通り過ぎていった。ついでにパトカーも通り過ぎようとして、俺達は呼び止められる。医院の先生が一緒に居るから事情は理解してもらえたけど、そのままパトカーに乗って旅館へ。
落ちついて考えてみれば本当に大変なことになってる……うぅ……ごめんなさい……
「急にいなくなって……本当に心配したよ」
「す、すみません……」
「いやしかし、この子らのおかげでワシは助かったゆえ、偶然に感謝だね」
「爆発は……君たちが何かしたのかい?」
「わかんないッス……」
「マイナスが荷車を引っ張り出したら、その後にバーンって爆発したんすよー」
「そうなのかい……」
「ふむ……物置は畑のかね?」
「ん、ああ、その通り」
「そこには肥料も保管してあったかね?」
「ああ、それは当然」
「となると……仮説だが、台風で肥料に水がかかり、その結果爆発したというのも有り得そうだね」
「……えっ!? 肥料って爆発するんですか!?」
「うむ。ゆえに保管は気をつけねばならぬのだが……」
「私も知らなかった……」
板前のおじさんもビックリしている。
……
それからなのだけど、扇風機の出火の原因は中に埃が入り込んでしまっており、長時間の稼働をした事でそれに火がついたという事らしい。俺達が見つけたのは古いのを廃棄しそこねてたもので、おじさんたちも知らなかった扇風機だった。俺と鷹田が目を覚まさなかったら、最悪もっと酷い火災になっていた可能性もあるとか……
「……いやさ、ちょっと色々確認してくけどよ」
「お、おう……」
「俺達さ、なんだかんだわりとギリギリだったくさくね?」
「そうかも……」
「最初の鉢植えとかガチでそうだし、御守り買ったから森夜先輩助かったとかあるらしいし」
「鷹田がおひたし作らなかったら、あの時起きなかったかもしれないし……」
「てか、お地蔵さんのせいだーって俺達が行かなかったら院長先生も大変だったかもしれねえよな……」
「……えっ、もしかして灰野先生に蹴られたおかげで、鷹田がハシゴを地震の時に使わずに済んだとか?」
「なんだよそれって言いてえけど、ワンチャンあるんだよな」
冗談みたいな話とはすごい思う。言葉にならなくて、お互い顔を見合わせる。
「……守ってくれてたのかも。お地蔵さんが……」
「別に信じちゃいねえけどもよ、まぁ……今回ばっかしはそうかもな」
「……ああ! もう、よかった!! 俺達、無事に生きれてよかったー!!」
「喜びすぎだろ」
遅れてやってきた安堵の気持ちに、なんかホッとしまくる。
ありがとう、お地蔵さん!!
※市販されている物は基本的に安全ですが、自家栽培などで時期を逃したモロヘイヤには人体に危険があります。
モロヘイヤに限らず共通してですが、喫食に適さない野菜は苦みが強い事が多いです。
一つの指標でしかありませんが、普段と味が違う食べ物は喫食を避けた方が良いかもしれません。
※日本国内においては厳重に取り扱われているので、(特定の成分が入った)肥料はほぼほぼ爆発しないようになっています。なので、小説内のはフィクションであると念のために伝えておきます。
しかし、2020年に起きたベイルート港爆発事故のように杜撰な取り扱いがされている場所では大変悲惨な事故が起きていますので、危険物を危険物と認識しないのは大きなを不幸を招く事になります。気を付けましょう。
※古い電化製品を使う時に、経年劣化によって部品がショートするなどした結果、火災に繋がるという事故はしばしば起きます。
物を大事に使う精神は素晴らしいですが、電化製品は耐用年数などを確認し、適切に処分した方が事故を防ぐことに繋がります。
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