127・きっとたぶんやっぱり呪いか何か
熟睡していたつもりだったのに、不意に目が覚めて心臓がドキドキするような感覚があった。
雨戸も閉まっているから部屋は真っ暗でほとんど何も見えない。耳を澄まして聞こえてくるのは、扇風機に加えて時折吹くヒューという風とそれに伴う音くらい。別に御手洗いに行きたい感じも無くって、それに不意に目覚めた事がちょっとだけ怖くて、頭から布団を被って早くまた眠りたいと思った。
ドキドキというのか、バクバクというのか。胸の音が自分の中で浮いているような感覚がすごい緊張する。
心臓の刻むテンポが、音楽の基礎だったんだろうなぁ。今のこのリズムは、ちょっとだけ怖い時の拍子なのかも。穏やかになってくれないかな。そう願ってみれば不安と緊張でまた心臓がバクバクする。
水でも飲んだほうがいいかな。でも、ひとりで起きるの怖いな……
鷹田はやっぱり眠ってるよね。
別に起こそうっていう訳じゃないけど、偶々起きてたりしないかなって。被っていた掛け布団から頭を出して、鷹田の様子を伺う。ちゃんとは見えないけど、布団に横になっているから、やっぱり寝ていると思う――けど、あれ? ヒーって音が鷹田からする? はじめは風の音に混ざった何かだと思ったけど、それにしては小さくて、だけど遠くない場所から聞こえてて……
俺は思わず、鷹田の様子を見に行く。
鷹田は、浅く早く呼吸をしていて明らかに変だった。
「鷹田……!? 鷹田!? 大丈夫!?」
「へっ? あっ、あっ、マイナス――」
夢から覚めたばかりのような鷹田は朦朧としつつも、俺に返事をしようとした所で苦しそうにする。息が上手くできていない。
「お、おち、落ちついて!! 吐いて! 吐いて!! で、吸って……!」
パニックを起こしてるのは俺も鷹田もだけど、呼吸だけなら歌のレッスンの応用で何とか伝えられる。鷹田は何とか、俺に合わせて呼吸をする。
「誰かー!! 助けてーー!!」
しんと静まり返っていたはずの真夜中の旅館だけど、思いきり叫ぶ。
「く、苦しい……た、たすけ……」
どうにかしてあげたいけど全然わからない。だから、声を張り上げて助けを呼ぶしかなかった。
「ど、どうしたんだ!?」
森夜先輩の声がする。俺は慌てて入口に走ってドアを開ける。
「森夜先輩! 鷹田が急に苦しみはじめて……」
見たら黒間先輩も来てくれていた。ふたりが来てくれて、それだけで心強い。
――と、その時。ぽんっと小さい音がしたと思うと、急に焦げ臭いニオイが漂ってくる。何がどうなっているかわからないけど、見れば扇風機から小さい火が上がっていた。
「うわー!?」
瞬間、ジリリリリリと火災報知器が響く。もう俺は大パニックだ。
「お、落ちつけ! 黒間!マイナス! 鷹田を連れ出せ! 俺は消火器取ってくるから!」
「は、はい!」
黒間先輩と一緒に鷹田へ駆け寄り、そして連れ出す。入れ替わるようにして森夜先輩が小火に消火器をかける。
「どうしたんだ!? 何があったんだい!?」
「おじさん!! 鷹田が具合、悪くって!! あっ、あと火が!!」
「火は一応消せたと思います!」
「確認する! 鷹田くんは楽な姿勢を取らせてあげて。少しだけ待ってくれな!」
おじさんは部屋に入って火元を確認しにいく。楽な姿勢ってどんなだろう? でも、とりあえず苦しそうな鷹田を座らせる。
「あ、あのさ……や、やっぱさ……」
「どしたの!?」
「の、呪われてんのかな……マ、マジでさ……」
鷹田は胸を抑えて、小さい声でポツリと呟く。
「の、呪いってそんな……」
「いやでもやっぱ、明らか、あのお地蔵さんの後からだろ……」
「……何かやったのか?」
「あっ、その、黒間先輩。俺達、お地蔵さん、倒れて、それを……」
「あ、ありえねえけどよ、やっぱ、良くなかったんだよ……あれ……」
現実主義な鷹田がそんな事を言い出す。
……いや、俺も口には出さなかったけども、でも、やっぱりあのお地蔵さんを直した後から変なことがたくさん起こってたとは思ってる。だけど、そんな事を鷹田に言ってもバカにされると思ったし、鷹田も付いてるから大丈夫って思ってたし、だけども鷹田がそんな事言うと――
「……直した方が良いな」
「や、やっぱりそうですよね……」
「……い、今からでも、許してもらえるんすかね?」
俺も鷹田も声が震えてる。まだまだこれからも良くない事が起こって、死んじゃうような不運が次々あるのかも。それに、もしかしたら、偶々助かったけども森夜先輩とかも感電してたかもしれないとか、だから、そうすると皆を巻き込んじゃうかもしれないのかも……
「あっ、そ、その。俺、行ってきます」
「……今から?」
俺は頷く。
「い、いや、マイナス。お前さ、普通に考えて、お前ひとりで行けるわけ、ないだろ」
「い、一本道だから大丈夫だよ」
「無理に決まってんだろ。て、てか、めっちゃ声震えてるし。怖いんだろ?」
「怖い、けど、でも、そうしないといけないなら、俺、行くよ」
想像したら怖すぎる。深夜に、山道を、お地蔵さんの所まで独りで行くの、怖い。
だけど、それで鷹田が助かるなら……みんなも無事なら……
「お待たせ、鷹田くんの方はどうかな? 大丈夫かい?」
火災報知器を聞いて女将さんもやってきているのが見えた。鷹田の方はとりあえず大丈夫そう……俺は黒間先輩に目をやってから、今から行くことを決心した。
おじさんに任せて、俺はこの場を離れようとした――
「い、一応、大丈夫なんすけど、横になれる場所、マイナスにつれてってもらっていいっすか」
鷹田は、離れようとした俺の腕を掴んでいた。
「わかった。とりあえず休憩室へ」
「あざっす。マイナス、頼むぜ」
鷹田は黒間先輩にも目をやり、それからサーセンと一声をかけて、俺の肩に寄りかかった。
――
「普通に、お前ひとりとか、遭難まっしぐらだろ」
「でも鷹田が行ける状況じゃないでしょ!?」
強がってはいるけども、やっぱり鷹田は苦しそうで足元がフラフラしている。ちゃんと立てないから連れていくつもりは絶対にないし、最悪、鷹田を置いてけぼりにしてでも俺は行くつもりだ。
「てかさ、お前ひとりだと、普通にまた、やらかしてよ、酷くなりそうだし」
「不安なのはわかるけど、でも、がんばるから!」
「ムリムリ、お前ひとりじゃムリムリ」
鷹田が諦めさせようとしているのはわかる。だからこそ、そんなの利かない。むしろ絶対にやってやるって気持ちになる。
「そこ開けて進め」
「……あれ? 休憩室ってこっちだっけ」
夢中になって歩いてたから、鷹田の指示を鵜呑みにして進んできたけどもここは明らかに裏口の方だ。
「マジでマイナス、お前って奴はそういう所だよな」
「……あー、もう!! 怒るよ!!」
「てかさ、普通に俺も、歩くつもりねえし。運んでもらうつもりだし」
「おんぶでもだっこでも、鷹田を抱えて行ける自信は無いからね!?」
「荷車。あっただろ」
「……あっ、おじさんの小屋の?」
「借りようぜ」
ああ、もう、本当に鷹田は俺よりもすごい頭が回る。すぐにひとつの事に頭がいっぱいになる俺じゃ絶対に思いつけないことを、鷹田は大変な状況なのに思いついて綺麗に誘導してくる。
「運ぶのは、任せたぞ」
「……鷹田って本当、鷹田だよね」
こういう時ほど頼りない自分を不甲斐なく思うと同時に、一枚どころか10枚くらいは上手の鷹田を頼る事にした。
裏口を開ければ、雨はもう降っていなかった。時折に強い風が吹くけども、それでも大分マシだと思った。
「うわぁ……思ったより真っ暗だ」
「スマホ、持ってきてねえだろ」
「うん……取ってくる」
「待て待て、見つかったらお地蔵さんの所へ行くの遅れるぜ。そこに常備灯あるから借りようぜ」
鷹田が壁の低い位置にある白い棒を指す。それを良い感じに取ると懐中電灯になった。わぁ、すごい!
「よしっ、じゃあ荷車までは鷹田、がんばってね? もちろん肩は貸すから」
「俺にはお前の方が心配だけどなー」
……
何とか歩いておじさんの畑の物置までたどり着く。ちょうど良さそうな荷車があって、これなら鷹田と一緒にお地蔵さんの所まで連れていけそうだ。
「台風のせいで色々ビショビショだね」
「雨漏りとかもわりとやべーな」
荷車には色々と道具が引っかかってたりするのか、引っ張り出すのになかなか手こずる。それでもなんとか力付くで荷車を引っこ抜いた。
「おじさんには後で謝らないとなぁ……!」
「まぁ、ちゃんと話せばわかってくれるだろ。いやまて、呪いの話を信じるかは別か……」
「それは確かに……」
荷車に鷹田が乗り込む。これで準備は万端、俺達はお地蔵さんの所へと向かうことにした。
少し進んでから、物置からガラガラと音がする。
「ああ、道具が倒れたりしたのかな。片付けなくちゃ」
「いや、後でやろうぜ。今は先にお地蔵さんに行くべ」
「うーん、でも――」
――突然、物置小屋がバーン!! と爆発する。
頭の処理が追いつかないけども、呆然と立ち尽くしそうになる。小さい火の欠片と、そこからもくもくと立ち上がる煙を見ると、もう何もわからない。
「マ、マイナス! おい、マイナス!!」
「……あっ、うん。い、行こう!!」
脱兎のごとく逃げ出すって言葉があるけど、たぶんその通りだと思う。火事場の馬鹿力とか、そういう感じで思いきり荷車を引いて引いて走った。
本当に俺達は呪われているんだと思う。おじさん、ごめんなさい……
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