122・油断するのが命取りになります
「仕事の邪魔なんで付き纏わないでくれませんかー」
「客の居る場所に難癖付けてくる宿なのかーここはよー?」
「そうやってイジメるお客さんは色々問題で通報か相談かして色々してもらうんですってよ」
「うろ覚えじゃねえか」
今夜には台風が来るっていう事で、鷹田は色々な場所の点検、俺は側溝の掃除とかをしている。
「灰野先生がいると、蹴られないように警戒する必要があるからイヤなんですー」
「おう、思いきり蹴り上げてやるから楽しみにしてな」
「馬園にやってあげてください」
「キショいから無理」
「……俺が馬園みたいにしたら逃げてくれます?」
「できんのか?」
「……無理ッスね」
蹴られて喜ぶとか俺にはムリだ……そもそも灰野先生に好意を一切持てない……
「てかさー、総譜の書き込み見たけどよー、何なんだよあれ」
「え、それはもちろん感じた事を書いただけですけど」
「あいつらの演奏を聞いて?」
「そうですけど……?」
灰野先生がこれ見よがしに溜め息を吐く。なんで……?
「あいつらができる訳ねえじゃん」
「できるように練習するんじゃないですか」
「ちげーよバカ」
「じゃあどういう意味ですか?」
「総譜に書いた事はお前がやりたい事だろ」
「えっ、それはどういう……?」
呆気に取られて、考える。
「向き不向きとか個性とか、あいつらの特性を考えるとお前の解釈はクソって事」
「……それは考えてませんでしたね。確かに……」
「まぁあいつらがクソなのも変わらねえ事実だけどよー」
「それについては俺からは何も……いやでもがんばってますよ!?」
「おう、だもんで今日は練習無しだってよ」
「……えぇ? どういう事ですか?」
灰野先生はタバコを取り出す。
「吹奏楽部の活動方針について決めるってよ」
「……どんな感じになっているんですか?」
「真剣にやるのか、遊びでやるのか今度こそハッキリさせるんだとよ」
「前もそれで色々ありましたけど、今はうやむやで元通りになってますよね?」
「部長が部長だからなー」
「そ、それについては俺はノーコメ――」
「そんな風になるのを続けるかやめるか、決めるみたいだぜ。近藤のヤツ」
「えっ、どうやって!?」
近藤さんと部長がすごい仲良しな印象とかは無い。問題提起しても変わらないのは昨日見た通りだし……
「この合宿の手配は全部、近藤がやっててな。ついでにコンクールの段取りも全部やってるんだってよ」
「わぁ……流石、近藤さん」
「それに知って通りだろうけどよ、毎度毎度私に声をかけにくるのを率先してやってるし、部員たちとも上手く関係は作ってるしよ」
「そうなんですね。凄いなぁ」
「マジでな。よくガンバってんなーって。私ですら思うわ」
「で、皆をめちゃくちゃ甘やかした今、方針が合わないようなら吹奏楽部辞めますだってよ」
「えぇー!?!?」
「近藤が辞めたら吹奏楽部、廃部まっしぐらだろうからめちゃくちゃ笑える。
てか、改革するために色々引き受けて、全員を自分に依存させてたって思うとマジでスゴくね?」
「俺、ちゃんとはわかんないッスけど……そうなんだぁ……」
灰野先生はタバコの煙を吐く。
「廃部の方が私としちゃ楽なんだけどよー、近藤に良い思いさせてもらってる訳だし、吹奏楽部が存続するなら付き合ってやっても良いかもなー」
「……ちゃんと顧問をするって事ですか?」
「お前のクソ解釈がどんだけクソか、証明してやるよ」
「……その時は勉強させてもらいますね」
灰野先生が笑う。
獲物を見つけたようなあくどい笑顔じゃなく、心から楽しんでいるような笑顔。
それを見ているのが何だか嬉しい反面、まじまじと眺めるのは悪い気がして背中を向ける。
近藤さんが上手くいきますように――
「隙あり」
「ア゛ッ゛!゛?゛」
やっぱり、灰野先生は最低だ。
――
「おいおい、しっかりしろよなー」
「ま、待って……もう少しだけ待って……」
鷹田が戻ってきて、点検してきた場所の作業を始めようとしていたんだけど、ちょっとだけ待ってもらう……
「マジでマイナス、灰野先生に目を付けられてんなぁ」
「ホント、最悪……」
「流石の俺でもどうしようもねえからがんばれ」
「そんなぁー……」
やっと動けるようになってから物置に行くと、板前のおじさんが脚立を持っていく所だった。
「あ、おつかれさまっす。点検終わったところなんすけど、脚立って他にありますか?」
「これだけだね。高い所は私が代わりにやっておくよ」
「うぃっす。なら見て気付いた感じで――」
「なるほど、わかったよ。次の指示はまた貰ってきておくれ」
「了解っす」
そうして板前のおじさんと別れる。
「ま、おっちゃんの方が背も高いしいっかー」
「そんなに高い所だったの?」
「脚立でギリギリ? まぁ、急に揺れたりでもしなきゃ問題無かったけどな――」
鷹田がそう言った途端、周りが揺れ始める。
地震だぁ!?
――幸い、揺れは感じる強さなだけで大きくはないけど……
「もしかしてまだ大凶継続中って事かよ……」
「こ、こわー……気を付けようね……」
「おう……」
――
「お疲れさま、これからお風呂掃除?」
「うん、今日も見る?」
「練習無しで暇してるみたいだもんなー」
浴場の前で月野さんに声をかけられる。
「鷹田は近藤さんの計画知ってたの?」
「さっき別の奴から聞いたわ。てか計画って何よ?」
「灰野先生が言うには今日のために色々がんばってたって」
「ああ、地道に裏方やって部を引っ張ってた事な。計画って言うと陰謀みたいでウケる」
「……灰野先生の言葉を鵜呑みにするのも俺、やめよう」
変な話にする前に鷹田に指摘してもらえて助かる。
「……あの、その事でマイナスくんに少し相談できたら嬉しいんだけども……」
「もちろん良いよ! 掃除終わらせたら――」
「すぐ終わるから、今、ダメかな?」
「えっ、うーん」
「行ってくれば? 別にマイナスいようがいまいが終わる時間変わらねえし」
「ヒドイ!」
「んじゃ、邪魔者は失礼ーってな」
「ちょっとだけ、場所変えても良いかな」
……
「えっと……相談ってなんだろ?」
月野さんに連れられて、旅館の裏手辺りで話をする。
「うーん……その、私はコンクール終わったら退部する予定なのは話したよね」
「そうだね……」
「だから、その、今回の話し合いって言っても、どうしたらいいのかなぁって」
「えっと……どうしたらいいって言うのは?」
「うーん……」
月野さんは考える。
「私って、今の話し合いに関係が無いんじゃないかなって思ってるんだよね」
「えぇ、そうかな!?」
「義理でサックスをコンクールまではするって決めてるけど、予定が無くなったらそれで良いかなって」
「義理……?」
「ほら、マイナスくんが気を利かせてくれたから私、サックスできたでしょ」
「体育祭の時の事だよね」
うん、と月野さんは頷く。
「今は、やりたい事が他にあるから……でも、お礼というか、せっかくのマイナスくんの厚意を無駄にするっていうか……」
「それは……全然気にしないで大丈夫だよ」
「でも、恩知らずな事はしたくなくて」
「ううん! むしろ、月野さんがやりたい事見つけたのが嬉しいからさ!」
「でも、その……別に、だって……」
月野さんが落ちつくのを待つ。
「……うん。ありがとう」
「大丈夫?」
「うん、平気」
「それならよかったかな……?」
俺にはわからないけど、月野さんの中では何かの結論が出たのかな?
「戻ろうっか。マイナスくん。ありがとうね」
「ううん、どういたしまして!」
……
浴場の方に戻ると、板前のおじさんや女将さんが来ていた。
「あれ、何かあったんですか――って何ですかスゴい臭い!?」
「今、ガスが出ているから近づかないで」
脱衣所を隔てているこの場所でもスゴく臭う。目がしみるような感覚もあるし、咄嗟にタオルで鼻と口を抑える。
「あの、鷹田は大丈夫ですか!?」
「今は従業員室で休んでるわ」
「み、見に行っても良いですか!?」
ガスマスクを付けたおじさんが、頷くのを見て俺は駆けだした。
――
「いや、マジでガチ泣きなのかそれ? 大袈裟過ぎて笑う」
「だって、だって! 毒ガスって聞いてたからー!!」
「早とちりし過ぎ。目がしみるくらい臭っせーから報告して、念の為に休んどけってだけだよ」
「そ、それならよかったけどー!!」
「あー、なんか吐きそう。スポドリとアイス欲しいわー。あの高い奴ー」
「買ってくる!!」
「ふたつずつよろしくー」
全力で走って買ってくる。
「イエーイ、うーれしー!」
「大丈夫!? 開けられる!?」
「開けられるに決まってんだろ。ほれ、お前の分」
「ん!? えっ!?」
「お前もちょっと落ちつけっての。ほれ、アイス食おうぜ」
「お、おう……!」
……俺の方が動揺し過ぎてた。アイスを一口食べる。
しばらくすると板前のおじさんが戻ってきた。
「具合は大丈夫かい?」
「全然余裕っすよ。マジで臭かっただけですし」
「……それならよかった。恐らくは、さっきの地震で硫黄ガスが充満していたのだと思うけど……」
「あー、なるほどっす! いやー、驚いたっすね」
「……ところで、洗剤は使ったかい?」
「ん、入った途端に臭いがヤバかったんで使ってないっすよ」
「そうだよね」
「えっと、お風呂の掃除はどうしますか?」
「換気が済んだ後にやろうか。その時は私も一緒にやるよ」
「わかりました」
とりあえず、命に関わるような大ごとじゃなくてよかったー……
――
「ガス騒ぎがあったらしいけども、大丈夫だったか?」
「全然平気っすよー」
無事にお仕事を終わらせて、お昼のまかないをいただく。今日もおいしい!
「いやさ、マイナスがやらかしたんじゃないかってヒヤヒヤしててさ」
「ええっ!? なんで俺なんですか!?」
「間違えて洗剤を混ぜたんじゃないかって……」
「コイツには中性洗剤しか使わせてないんで平気っすよ。つか硫黄ガスの方ですし」
「それに俺、いつもちゃんと中性なの確認して使ってましたよー!」
「そっか……いや、疑ってゴメンな」
「そんなに信用無いんですか俺……」
「ま、俺が見てるんで大丈夫っすよ」
うん、まぁ、それでもできる限りはがんばろうっと……
洗剤を使う時は表示をしっかり確認しましょう。
塩素系、酸性は両方とも水回りで便利な洗剤なのもあって、事故があり得るものなので気を付けてください。
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