116・合宿旅行じゃなくてバイトじゃん!今回もまた騙されたよ!
「えっ、合宿じゃ……なかったの……?」
「鷹田、あんたまたマイナスくんにウソついてたのね……?」
「いやいや、バイトもするってだけで合宿だっつの」
「いや、鷹田の言う事だしね……そうだよね……」
前々から計画されていた合宿、実は避暑地での泊まり込みのバイトだった事を知らされた。
「ま、まぁ俺は金の事もあって願ったりかなったりだけどさ……黒間は大丈夫か?」
「ん……平気」
「ほら、森夜先輩と黒間先輩も良いって言ってくれただろー」
「バイトでもいいよ……でも、それならバイトって言ってほしいってずっと言ってるのに……」
バイトに誘われるのは全然構わない、むしろ手伝えるのは嬉しい。鷹田の遊びに行こうはバイトに行こうなのもわかってきた。だから、そう思うと今回もまた騙されただけなんだけど……
「ちょ、落ち込み過ぎだろマイナス?」
「え……? いや……大丈夫だよ……」
「あぁ……マイナス、その、ちょっと……」
「……?」
森夜先輩に手を引かれる。
「その、御手洗いとかって――」
「奥を使っていいですよ」
「おう、ありがとう……」
近藤さんに案内されて、森夜先輩とふたりでリビングに通される。
「ほら、これ……」
「は、はい……?」
「いや……その、泣いちゃってるだろ……?」
「えぇ、そんな事……」
森夜先輩はハンカチで俺の顔を拭う。その時にポロっと涙が頬を伝ったのを感じた。
「あ、あれー……?」
「めちゃくちゃ楽しみにしてたみたいだし、鷹田と仲も良いし……嘘だったのそんなにイヤだったんだな」
「……はぁ、そうかもしれないです……鷹田のいつもの嘘なのはわかってるのになぁ……」
「その……ちゃんと反省してもらおうぜ……俺がいうのもなんだけど、さ」
鷹田、反省するのかなぁ……期待はしていない……
いつも頼りになるし、ここぞという時は必ず助けてくれるし、これくらい俺は構わないはずなのになぁ……
――
「え? 別に怒ってないけど?」
「いや、だから悪かったって」
「鷹田のいつもの嘘なのに期待した俺が悪かった」
「そうそう、またお前が引っかかったってだけで」
「バンドで必要な物を買うためのバイト、ついでに練習って事でいいんだよね?」
「おう、そういう事」
「じゃあ、ちゃんと準備する。今日は解散?」
怒ってないとは言ったけど、どう考えても自分が不機嫌なのはわかっていた。今は何を言われても冷静に受け止める事ができなさそうだし、逆に思ってもない事を言いそうでさっさとひとりになりたかった。
「あぁ、まぁその……そうなるな……ただ……」
森夜先輩は俺と鷹田を交互に見る。それを見てると、俺もこのまま解散でいいのか、後ろ髪を引かれるような気持ちになるけど――
「言いたい事も無いみたいだし、解散で良いんじゃないっすかね」
鷹田のその一言を聞いて、今日はどうしようもないって思った。
今日はありがとう、みんなにそう伝えて俺はお店を出た。
早く家に帰ろう。
――
駅前のバスに乗って30分くらい、門を開いて庭を通って玄関を開けて、ただいまと声をかけて自室へと向かう。
今はたぶん、妹のカナは俺たちの家庭教師の上井先生にレッスンを受けている所だろう。お手伝いの梶原さんは掃除か洗濯かな?
「ただいま」
部屋に置いてあるバイオリンに、そう声をかける。背負っていたカバンとベースを降ろして、そのままバイオリンに手を伸ばす――いや、汗を流したいから先にシャワー浴びようかな? うー、きっとそうした方がいいなぁ。さっぱりした方が気持ちの切り替えにもなるし。そう思いながら、弓を締めてバイオリンを構える。ロングトーン。
うん、やっぱり今日は機嫌が悪い。
まぁわかってる。だからこそ丁寧に整えないと練習にもならないだろうなぁ。ひとつひとつの音を丹念に聴き、普段の調子を目指す。
鷹田がさ、遊びに行こうって誘って本当はバイトってパターンはいいんだよ。そういう誘い方してもらえなかったら、俺は行かなかったと思うし、行けなかったと思うし。不安だから。
今回もさ、そのパターンだったってだけでいつもと変わらないのになぁ。でも、なんで悲しくなっちゃったんだろう。家を離れて、友達と何日かを一緒に過ごす。それは合宿だろうとバイトだろうと変わらないし、なんならバンドの為に、お金が必要なのを見越していて、流石鷹田なのになぁ……
全然さ、普段は怒るような事でもないはずなのに。許すとか、許さないとかって次元じゃないはずなのに、なんで今も不機嫌なんだろう? 鷹田も悪かったって、一応だけど言ったのに。
あぁ、でも、鷹田の『言いたい事が無いみたいだし解散』って、それを思い出すとすごく腹が立つ!!
なんでそんな怒らせるような事を言うの!?
鷹田の方はどうなの!?
あぁ、ダメ。落ちつくどころか、思い出して嫌な気持ちでいっぱいだ……バイオリンをしまう。シャワーを浴びてこよう……
友達にこんなに怒るなんて、初めてだ……
――
「レッスンおつかれさま、カナ」
「ありがとー! 私、お茶淹れてくるね!」
「うん、いつもありがとうね」
シャワーも浴びてスッキリして、カナのピアノの音をリビングでぼんやり聞いていた。4つ年下の妹なのに、俺より色々しっかりしているんだよなぁ。
「あ、上井先生もお疲れ様です」
「おや、何もせずのんびりしているのは珍しいですね」
「そうですか? レッスンの時間も近いと思って……」
「少し、休憩させてくださいね」
上井先生は今日もスーツがビシッと決まっているけども、暑くないかちょっと心配だ。
「ところで、何かありましたか?」
「……えーっと……」
話そうか、それともやめておこうか、なんだか悩む。そう、別に怒ってるはずじゃないのに。なのになんでムカムカする気持ちが残ってるんだろう。何に怒ってるんだろう……
「そんな様子は初めてですね。テルくん」
「うーん……そう、ですね……」
「無理をしてまで話す必要はありませんが……私でよければいつでも聞かせてくださいね」
「……ありがとうございます」
このままだとカナにもどうしたの? って聞かれそうだなぁ。カチャカチャとお盆にティーセットを用意してきたカナを見て、できるだけ冷静でいたいな、って思った。
――
――バイオリン独奏曲『パガニーニ 24のカプリスより第7番イ短調』
物憂げな始まり。だんだんと何を考えているのかわからなくなって、悲しいのか、切ないのか、それとも別の何かなのか。奇想曲の名の通り、その輪郭が見えたと思えば掴みどころが無くなる、不思議な感覚。
伝い落ちる水の道程を予測できないように、弾き手によっても、聴き手によっても、この曲に感じる事はその時にならないとわからない。ただ、美しいと感じるのだけは、確かだと思う。
上井先生の指示で、まだ練習中のひとつのこの曲を弾いてみて、今日はすごく弾きやすいと思った。
「その……大丈夫でしたか?」
「ええ。何を不安に感じました?」
「今日はコンディションが悪いというか……つい、感情的に弾きそうで」
「なるほど」
上井先生はゆっくり頷く。
「調子が良い時と悪い時、どちらの方が伸びるとテルくんは思いますか?」
「えっ? 調子が良い時だと思いますけど……」
「新しい事を学んでいる時はその通りだと、私も思います。ですが、悪いと感じている時――スランプに陥った時、それは今持ち合わせているものを磨くチャンスなんですよ」
「そうなんですか?」
「真に気をつけるべきは、上手くいっていると安心した時です。その点で言えば――」
「今日はよく向き合えた日だと思いますよ」
ハッキリと掴めているわけじゃないけど、なんだか腑に落ちる。このわからない感覚、苦しく感じるけども、それは必要な感覚で、自分自身の為のものなんだなぁ。
「さて、レッスンを続けましょうか」
「はい」
色々と頭に浮かぶものはある。でも、だからこそ今は目の前のレッスンに集中しよう……そう思えた。
そしてこの後、いつも通りめちゃくちゃしごかれた。
――
「そういえばお兄ちゃん、今日は――」
「うん、色々あった」
カナとふたりの晩ご飯。いつも他愛のない事を話しながら摂っていて、予想の通りに質問される。
「うわ、いつもと違うのはいつも通りだけど、今日はいつもと違うね?」
「いつも通りなのかそうじゃないのか、よくわかんないなぁそれ……」
「普段は隠そうとするから、そこが違うなって思った」
「あー確かにそうかも……」
「何があったのー?」
合宿って話が実は泊まり込みのバイトだった事を話す。それが別に怒るような事でもないし、考えれば考えるほど、そこまで考えてた鷹田がスゴいなぁって事も。
「本当に、本当に。ショックなのはあったけどさ、でも、まぁいっかって俺は思ってるはずなんだよね」
「へー。お兄ちゃんが怒ってるのもすごい珍しいけど、複雑な感じになってるのも珍しいね」
「普段もそんな単純じゃないって言いたい所だけど、今回に関してはどこで引っ掛かってるのか、それがわかんないからなぁ……」
「難しいね」
今回はおませなカナもお手上げみたい。
「そういえばさ、この間のゲーム、持っていってもいい?」
「うん、いいよ。でも、お兄ちゃん遊ぶの?」
「ううん。もうせっかくならあげちゃおうかなって思っててさ。元は鷹田から貰った福引券で当たったものだし」
「良いんじゃない? 私も遊ばないし……」
「ありがとう。そうしちゃうね」
仲直りのきっかけって訳でもないし、そもそもハッキリと喧嘩してる訳でもない。俺の虫の居所が悪いのは確かだけど、また会って少しすればどうにかなると思ってる。
……この時はそう思ってたし、でも、こんな楽観的に考えていたのが良くなかったのかも。
■取り上げた楽曲の動画
●24のカプリス 7番
https://www.youtube.com/watch?v=5EpZ6dD04RQ
パガニーニの24のカプリスはその名の通り、24番まであります。
一番有名なのは第24番なのですが、ひとつひとつもまた興味深く、惹きつけてやまない曲が多くあります。
よければ一度、ご鑑賞してみてください。
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