115・夏休みの始まりは焼肉とともに
「誰かー!! 助けてー!!」
しんと静まり返っていたはずの真夜中の旅館に、俺の声が響く。
「く、苦しい……た、たすけ……」
隣で寝ていた鷹田が、突如として苦しみ始めたんだ。
「ど、どうしたんだ!?」
「森夜先輩! 鷹田が急に苦しみはじめて……」
その時、ぽんっと小さい音がしたと思うと焦げ臭いニオイが漂ってくる。見ると扇風機から火が上がっていた。
「うわー!?」
「お、落ち着け! 黒間! マイナス! 鷹田を連れ出せ! 俺は消火器取ってくるから!」
「は、はい!」
苦しむ鷹田を黒間先輩と一緒に抱える。
「や、やっぱり、俺たち呪われたんだよ……」
思い当たる行動はある。たぶん、あれが良くなかったんだ。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
どこから間違えたんだろう……
――
「あのー! こっちにもお肉お代わりー!」
「飲み物もいいっすかー!」
終業式が終わった直後、かねてから体育祭優勝の打ち上げとして計画していた『焼肉会』が始まった。
馬園の乾杯前の長そうな話は皆からのブーイングで切り上げられ、それから皆で食べ始めた。
「あっ!? それ俺のお肉!」
初めての焼肉、金網の上でジュウジュウ音を立てながら焼けるのを眺めて楽しんでいたのに掻っ攫われる。
「一枚一枚焼いていくとか幼稚園児かよ!」
そういって別の焼いた肉が俺のお皿に乗せられる。
「いいの!? ありがとう!」
「焼肉奉行として当然よ!」
トングをカチカチと鳴らしながら、肉を焼いては周りに配るその姿、カッコいい……! 焼肉とお米はとっても美味しくて、いくらでも食べられそう!
「よーし! みんなー!」
『焼肉会』会長の馬園が突然、みんなに声をかける。
「今日をもっと楽しくするために俺、なんと色々用意してきちゃいましたー!」
なんかはりきってる……皆、食べるのに忙しそうなのになぁ。
「おい、呑むのに邪魔だからジッとしてろよ」
「アッ、ハイ」
馬園のそばに座らされていた俺たちの担任の灰野先生――生徒の前で一切ためらわずにお酒飲むってどうなの?――が馬園を座らせる。なんだかんだこれはナイス。先生って立場としてはどうかと思うけど。
「酒」
「あっ、今注ぎますね!」
「肉」
「どうぞどうぞ! あーんしましょうか!?」
「お前を焼いてやろうか?」
「ひーん!」
コレでもまだ馬園は灰野先生に夢を見ているの……? どうして馬園が嬉しそうにしているかわからない……
「あーっと! その肉はまだ焼けてねえよ!」
不意に、焼肉奉行が同じテーブルの人に注意する。
「生焼けで食べると腹を壊すぞ!」
「適当でよくね……?」
「そう言って食べて地獄を味わった奴は多い。夏休みを病院で過ごす事になるぞ?」
そうなんだー……全然知らなかった。
「まぁ俺に任せときな」
トングをカチカチ鳴らす焼肉奉行。頼りになるー!
――
「お前らー、これがラストオーダーだぞ」
「じゃあ肉を人数分!」
「えっ、大丈夫……? 苦しそうだけど……」
「マイナスが全然食ってねえだけだよ。食べ放題なのに」
「そうかなぁ……?」
「そんなんじゃ元取れねえぞ!」
皆がお肉をバクバク食べてるのを横目に、野菜やスープも頂いてのんびりご飯を楽しむ。食べ過ぎたなぁって思うけど、皆は俺の倍以上を軽く食べていると思う。
「ほれ、肉とデザート。残すんじゃねえぞ」
「ありがとう鷹田! 何か手伝おうか?」
「おう、後でよろしくー」
お客さんの入りの少ない昼間に焼肉屋さんを貸し切りに、鷹田は紹介ついでに手伝ってバイト代もゲットっていう寸法らしい。
鷹田が持ってきてくれたデザートを受けとる。冷たいアイスクリームがとってもおいしい!
……
時間が終わって、殆どが苦しそうに横になったりしている。まぁ、食べ過ぎたからそうなるよね。
「えっ!? 俺、まだ全然食べてないのに!!」
「酒」
「もう時間終わっちゃいましたよー!」
「じゃあ帰るかー焼肉ご馳走さん」
「待ってくださいよー! ビンゴやろうと思って用意してきたのにー!」
馬園はそう言ってるけども、食べ過ぎて苦しそうにしている皆にはやる気力はどう見ても無さそう。灰野先生は立ち上がろうとするけども、お酒を飲みすぎてフラフラしている。
「あー、波多野に近藤。わりぃけど肩貸して」
「俺も肩貸しますよー!」
「触ったら全力で潰す」
「ヒーン!」
呼ばれたのはクラス委員の羽多野さん、そして鷹田の幼馴染で手伝いにきた近藤さんが灰野先生の手を取る。
「あー、そうだ。一応お前ら、夏休みだからってバカすんじゃねえぞ、面倒だから。あと、まぁ体育祭よくやったんじゃねえの?」
灰野先生が先生っぽい事を言った……!? これは何か良くない事の前触れじゃない!?
それはさておきベロベロの灰野先生が一番に席を立って、焼肉会はお開きムードだ。
「えーっと……じゃあ、これで打ち上げの焼肉会は終わり。みんな、おつかれさま!」
「待ってよマイナス! 俺、〆の挨拶も用意してきたのに!」
「長いから却下で。少し片付けたら各々で解散ー!」
「そんなー!!」
「みんな、またねー!」
俺もクラス委員として簡単に打ち上げを〆る。
それにしても、また皆が集まれるのは夏休みが終わった後だ。
皆が無事に夏休みを過ごせますように……
――
「さすが育ち盛りどもだなぁ! 用意したモン全部食い尽くされるかと思ったぜ」
「ビックリするぐらい食べてましたもんね」
「マイナスが食わな過ぎっつうか、元取るためにめちゃくちゃ食うのが普通なんだよ」
「食べ過ぎたら後が大変だじゃない……?」
「上品かよ。お前って奴はよー」
今はお世話になったお礼に片付けを手伝い中。この後には鷹田と別の予定もあるしね!
布巾を使ってテーブルを拭いていく。1回使っただけでも色んな汚れが出て大変だー。天井から降りている筒も隅々まで拭いちゃおう――
「ストーーップ!!」
「わっ!? 何!?」
「マイナスお前、よく見ろ! 火傷するぞ!?」
「えっ?」
そう言われて自分の状況を見ると、筒を拭こうとして金網があった場所に手をつこうとしていた。
「火は……取ってあるな。いや、それでも危ない場所なんだからボケっとすんな。手を火傷したらヤベーだろ」
「ご、ごめん。教えてくれてありがとう……」
「まったくよー、目ぇ離せないぜ」
鷹田はそう言いつつ、筒の様子を見る。
「おっちゃん、ダクトの掃除もそろそろ必要なんじゃないっすかーこれ」
「あー、そういやそうだな」
「この筒も掃除、必要なんですかー」
「油汚れや埃が溜まって火事の原因になるんだよな」
「よかったら見積もり取ってくるっすよー」
「ハッハッハ! なら頼むかな!」
「うーん、流石鷹田……!」
その後、指示をもらいながら俺は掃除を手伝った。
――
焼肉屋さんを後にした俺たちはそのまま、近藤さんのパパがやっている楽器屋さんに向かう。
「そ、そういえば私……なんとなくついてきちゃったけども……」
けたたましい蝉の声の中で、羽多野さんが言った。
「ふふ。まぁ、二次会代わりにお茶でもしようよ」
面倒見の良い近藤さんが優しく声をかける。
「俺にも冷えた麦茶頼むわなー」
「はいはい」
さほど距離は無いけど、うだるような暑さだ。早くクーラーの効いた屋内で水分補給したくなる。
「ただいまー」
「おう、おかえり! 鷹坊もマイ坊もおつかれ!」
近藤さんのパパが元気よく迎えてくれる。羽多野さんも挨拶をする。はじめましてだ。
「あー……えっと、おつかれ」
「森夜先輩おつかれさまっす。待たせました?」
「いや、別に。店主さんに色々教えてもらったりもしてたからな……」
軽音部で同じバンドの森夜先輩も声をかけてくれる。今日は色んな相談があって集まっていて、黒間先輩も来てくれている。
近藤さんは飲み物を用意すると、奥に入っていった。
「うんうん素直に聞いてカワイイ奴だぜ。ったくよー」
「あ、はい、機材買うのに参考になります」
「まぁ基本、良い奴は値が張るもんだけどな!」
今まで俺たちのバンドが練習に使ってた部屋や機材が、3年生のバンドに占領されてしまい、俺たちが練習するために必要な物を揃えなくちゃいけなかった。
思い返すと、今まで俺たちが多く練習出来ていたのは、部長の速水先輩やマネージャーの渡辺先輩のおかげだったんだなぁって思う。
「あはは……俺のアンプの方は無難に手が届くもので考えるつもりです」
「合わせの練習用っすからね。本番環境は借りるのが無難ですしねー」
「まぁ問題はやっぱりドラムで……」
本を読んでいる黒間先輩に顔を向ける。ドラム担当で森夜先輩の友達で、最近は本屋のバイトと読書に没頭している。
「んー……あー、黒間?」
「……ん」
「ドラムはどうすっか?」
「……ん……」
「練習用なら電子ドラムだと俺は思うんだけど、ちょっと試してみないか?」
「わかった」
返事をして、少ししてから栞を挟んで本を置く。それから並べられている電子ドラムセットの椅子に座り、スティックを手に取り叩き始める。無心なエイトビート。特に問題無さそう!
「触り心地どうだ?」
「……まぁ」
「良い?」
「良い」
「ならよかった。他のも見ようぜ」
「わかった」
電子ドラムももちろんピンキリ、触り心地や機能性、持ち運びのしやすさとかでスッゴい多岐に渡る。黒間先輩は森夜先輩に連れられて電子ドラムを色々試している。
「ん……黒間先輩、まだ『ライ麦畑でつかまえて』を読んでんのか」
「黒間先輩、この間も読んでたよね」
無造作に置かれていた黒間先輩の本を鷹田が手に取り、ページをパラパラと捲る。
「へー、調べた通りだな」
「何がー?」
「アホくせーって」
「えぇ……そんな事言うのはどうかと思うけど」
「いやさ、せっかく親の金もあって良い学校にも通わせてもらって、普通にやってりゃ人生何も困らねえはずなのに、ガキくせえ愚痴垂れて病院に入れてもらってるとか恵まれ過ぎのアホだろ」
「う、うーん……?」
俺は読んだ事無いから何とも言えないけど、鷹田が感じた気持ちは何だかグサグサ刺さる。
「あ……私は……それ、読んでよかったって……思ったかな……」
「波多野は読んだ事あんの?」
「うん……なんて言ったらいいか、わからないけど……」
「ま、俺には関係ねえな。大昔の本だし」
鷹田は本を元の場所にそっと戻す。
「それより電子ドラムセット、一番安いのはこれかー」
鷹田が指すものを見てみてビックリ。たったこれだけで買えるんだなぁ……! 俺が嬉しくなった所で鷹田が言う。
「やっぱり高えなぁー」
俺の金銭感覚はやっぱり全然違うんだなって改めて思い知った。
投稿が少し久しぶりになってしまいましたがいかがお過ごしでしたか。
夏は体調を完全に崩してずっと療養していました。
今は元気です。
※『ライ麦畑で捕まえて』
1951年に出版された小説。
私は2003年に村上春樹氏が訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読みました。
万人が万人面白いと感じる作品ではないかもしれませんが、私は好きな作品です。
※よければブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです




