113・がんばれー!!
「おっはよー!」
「渋谷さんも来てたんだ!」
「クマヤンめっちゃ応援したくてなぁ!」
「わかるー!!」
今日は熊谷たち野球部の大会の試合の日! まだ始まる前だけど、観客席はそれなりに賑やかで熱気をどことなく感じる!
「あー、いいよなー野球部ってさー。こんなに応援してもらえてー」
「なら馬園も野球部入ればよかっただろー」
「いやだって野球部怖いし……」
馬園、山岸さんも含めて俺のクラスの人が結構いる。まぁなんたって熊谷は人徳があるからね! 野球についてはよくわかってないけど、それでも熊谷が活躍してる所が見れたらいいなぁ。そんな気持ちで来た人も多いかも。
「あっ、波多野さんおはよう!」
「お、おはよう……」
「波多野さんも来てくれたんだね!」
「あの面子で来とらんのはタカダンコンちゃん夫婦とツッキーと……ライライやな!」
「鷹田と近藤さんは今日もお祭りの色々手伝ってるのかなぁ」
「ツッキーは最近勉強に猛集中やー」
「新井くんは……今日の対戦相手のB高校の方にいるんじゃないかな……?」
「うち野球に詳しくないから解説欲しかったわー」
そういえば、と周りを見渡す。ここにはうちの野球部部員の応援団がいるから、新井の事を応援するタイミングができた時によくないよなぁって思う。かといってB高校側に行くのは違うしなぁ。
とりあえず場所を変えた方が良さそう。
「実はさ、新井が今日の試合に出るかもしれないんだよね。熊谷には秘密だけど」
「そうなん? ライライ出てきたら応援せんとな!」
「へぇ……楽しみだなぁ」
「よかったら新井の応援もするのに場所変えない?」
「せやな!」
「う、うん」
観客席の端っこの方に移動する。この辺りなら熊谷も新井も両方応援しても問題ないかなぁ? 周りを確認。
「あれ? 森夜先輩?」
「ん……あっ、マイナスか」
「おはようございます。森夜先輩も応援に来てたんですね!」
「あー、そうだけど……」
「マイナスのバンドの先輩や! どうもー! おはようございます!」
「お、おう」
「お、おはようございます……」
森夜先輩も熊谷の応援に来てくれたのかな!? そう思うとすごく嬉しい!! いや、それを喜ぶのは熊谷なんだけども、その喜ぶ熊谷を想像して嬉しくてたまらない!!
それぞれ簡単に自己紹介を済ませて、ちょうどいいから座っちゃう。
「いや、お前らなんでこんな所に来たの……?」
「B高校にも友だちがいて、試合に出た時に応援するのにD高校のそばだと良くないなぁって思って!」
「な、なるほどなぁ……」
「先輩も、なんでここなんですか?」
「その……野球部とは仲悪くてさ」
「……あー! なるほどです」
トラブルをきっかけに熊谷が野球部の先輩に気に入られたけど、それは森夜先輩たちを貶める事になってて、でもその後で和解できて、でも周りの人は急に変わらない……そういう事だろうなぁ。
「でも、森夜先輩が応援しに来てくれたって熊谷知ったら、すっごい喜びますね!」
「そ、そうかぁ……?」
森夜先輩は少し照れくさそうにしている。後でちゃんと熊谷に絶対伝えようと思った。
「そ、そういえばなんだけどさ……その、渋谷?」
「ん! なんやろですか?」
「いやー……めちゃくちゃ今更なんだけどさ……」
「はい……?」
「軽音部、入部希望だったよな……?」
「おお! そうやねん! 知っとるんか!」
「まぁ、その……初めて来た時、俺たちの態度悪くてさ……気を悪くしてただろうなって」
「んん!? そういやウチ怒ってたかもしれん……」
「えっ、覚えてないのか」
俺も今はなんとなくしか覚えていないけど、女子でひとりじゃ入れないって追い返されてた気がする。
「いや……けど、今更だけど、申し訳なかったなって……」
「全然かまわへんです!」
「そ、そっか……ありがとう」
渋谷さん、やっぱり心が広い……ギャルだからなのかな?
と、そろそろ今日の試合が始まるようだ。それぞれのチームがグラウンドに並び、挨拶をする。
「おっ、ちゃんと新井おるやん!」
「熊谷、驚いてるかなー?」
どんな気持ちになったか、想像するとワクワクしてたまらない! 加えて、良い勝負が見れるといいなぁ……!
そして、試合が始まる。
〜〜
『ピッチャー 新井和哉くん』
一番の親友であり、一番の好敵手である名前がアナウンスに読み上げられる。
戻ってきてくれたのか。
それを『やっぱり』と言うには、お前は頭が良過ぎる。
だから『まさか』が相応しいのかもしれない。
しかし、結局どうでもいい。
マウンドに立つお前をまた見れて『嬉しい』。
笑顔が止まらない。
同じチームじゃない、正真正銘敵同士。
お前もそんな顔だった。
「がんばれー!」
遠いけど、ハッキリここまで届く声。マイナスのだ。
もしかして、お前も聞きたかったか?
バッターボックスで聞くアイツの声援は最高だぞ。
『なんだよアイツ……』
『アレで1年とかウソだろ』
『バケモノかよ』
――アイツ、しばらく野球サボってたんで本調子じゃないですよ。
凡退してきた先輩3人に、当然そんな言葉はかけられない。
攻守交代1回裏は2失点。
期待のはずの4番も三振に終わり、真っすぐ裏へ。
『B高校とか雑魚なのに、どういう事だよ』
『向こうはピッチャーしか強みがない』
『もっと気合入れてけ』
野球はチームプレイが大事なのはもっともで、ひとりでできる事は限られている。それはたとえピッチャーでも。
だからたぶん、新井はB高校の皆と上手くやっているんだろうなぁ。
エラーにエラーを重ねて4失点。責任の所在を先輩たちは探して押しつけあう。
俺がその渦中に巻き込まれないのは、恐らく運が良かっただけだ。
『7番 熊谷大悟くん』
俺の名前が呼ばれる。
バットを取り、バッターボックスへ向かう俺に先輩から指示が飛ぶ。
『好きにしろ』
どんな感情でそう言ったのか、深く考えるのは止しておく。
マウンドに立つ親友と向かい合う。
――今日はとても運が良い。
野球は、チームプレイが大事だ。
進学に悩んで、俺はD高校を選んだ。
選べる中で、一番野球部に熱がある高校だから。
けど、ここが野球を大事にしているか、疑問なんだ。
野球は、チームプレイが大事だ。
困っている仲間がいれば、声をかけたい、助けたい。
頼られたなら、力を貸したい、いくらでも。
嬉しい事も、悲しい事も、分かち合って手を取り合いたい。
「がんばれー!!」
俺の今の野球の結果は、打席7番3回表6点差。
状況だけ見れば最悪に違いないけども、今の俺には最高だ。
最高の声援の中で、戻ってきた最高の好敵手を前にして『好きにしろ』なんて、運が良過ぎる。
新井の球を見る。
――サボったツケは大きいな?
さぁ、野球しようぜ。
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