110・貧乏くじハンター!
「期末試験の具合、良さそうだな? マイナス」
「そうなんだよね。解放されたって感じ……」
期末試験最終日もつつがなく終えて、少なくとも赤点ではない自信があるから嬉しくて嬉しくてたまらない。傷心中の渡辺先輩には悪いけど、軽音部の部室で俺は幸せオーラを隠しきれない。
「うっす、なんか久しぶりだな」
「あ! 森夜先輩! 1週間ぶりくらいですね!」
「その様子だと試験イケたっぽいか?」
「みんなに教えてもらって何とか!」
森夜先輩の後ろにいる黒間先輩にも挨拶をする。最近の黒間先輩は本を読んでいたり、ボーッとしたりしている事が多くて反応が薄い。前と比べたらそれで俺は助かってるけどね!
「一応、今日は渡辺から話があるって聞いてるけど……」
「部長を誰がやるかとかって話っすかねー」
そういえばそうだ……速水先輩が軽音部の部長でもあったし、俺たちのバンドのリーダーだったし……
「次の部長って森夜先輩になるんですかね?」
「えぇ、俺なの……?」
「2年生ですし……?」
「マイナスの方が……いや鷹田の方が向いてる気がするんだけどなぁ」
「鷹田の方が向いてるのは確かですけど、なんで一瞬俺の名前出たんですか!?」
「音楽については文句無しだけど、それ以外がなぁ」
「マイナスは論外っすけど、俺もまだそんなタマじゃないっすよー」
「論外はヒドい……」
今はできなさそうなのは確かかも……だけど、できる事だけやってればいいわけじゃあない。もっとたくさんバンドで活動したいから、できる事増やしたいなぁー。そう考えたら色々チャレンジ! 色々勉強! がんばるぞー!
そんな事を思いつつも、他のバンドの人達も部室にやってくる。そして、最後に渡辺先輩が緊張の面持ちで部室に入ってきた……
「はい、皆、今日は集まってくれてありがとうございます。えーっと、知ってると思うんだけども……」
渡辺先輩は無表情に話を切り出す。その内容から速水先輩の事なのは明らかだったけども、渡辺先輩は言い淀み始める。
「待って……待って私……違うから、速水先輩は幸せになるために、そう、だから別にいなくなったわけじゃ……速水先輩がいない!? アアアアァァァ!! 違う違う違う違う私の心の中に速水先輩はずっとずーっといるの! あぁ速水先輩速水先輩速水先輩!!」
速水先輩ロスの禁断症状が出てる……
「ねぇマイナスくんには速水先輩の残り香無い!? あるよね!? まさか速水先輩に触ってもらった場所をお風呂で流してないよね!?」
「そ、そんな2週間以上お風呂に入ってないとか思うんですか!?」
俺、渡辺先輩に剥製にされて死ぬんだろうなぁって思い始めた。
「渡辺先輩、そんな様子だと速水先輩とまた会えた時に心配されちゃうっすよー」
「ハッ……ゴメンね……こんな弱い私じゃ速水先輩も安心できないもんね……」
物理的には最強なんだけどなぁ……
「それでね……今日はふたつ……軽音部の部長を新しく決める事と……」
不意に渡辺先輩は窓を開ける。
「私、このままじゃダメだから心身を鍛える旅に出てきます」
「「えっ」」
「それって俺より強い奴に会いに行く的な旅すか……?」
「か弱い乙女相手に鷹田が何言ってるかわからないけども、もうちょっと強い女の子になって帰ってくるよ」
「悪いけども、後はよろしくね。いってきます……」
そのまま渡辺先輩は窓を伝って下に降り、大きく手を振って俺たちの視界から走り去った……
「降り方が完全にゴリラだったな……」
「それ渡辺先輩の耳に届いてないっすか? 大丈夫すか?」
「森夜先輩と黒間先輩のふたり、よく渡辺先輩とケンカできましたよねぇ……」
「本当にあの時は命知らずだったなぁ……」
しばらく無言で過ぎていたけども、鷹田が声をかける。
「それで、部長の件はどうします?」
ここで臆せずに切り出せる鷹田がやっぱり部長に相応しそう――
「じゃあ俺たちやるわー」
そう声をかけるのは別のバンド――3年だけで組んでいる――だった。
「速水がいないんだと、普通に考えて俺等が軽音部のトップバンドだし」
「てかそっちは速水だけで成り立ってる所もあったし」
先輩のバンドの事を全然知らないのがあるけど、先輩たちの言う事になんかモヤッとする……でも、たぶん言い返したりはしない方が良いだろう。そう思って鷹田を見る。俺に目をくれて、少しだけ頷いてくれた。
「そうっすね。じゃあ部長は先輩たちにお任せします」
「あ、そだ。渡辺抜けるとマネージャーいなくなるんだよねー」
「お前ってマネージャーで入ったんだったよな」
「えっ、俺ッスか?」
「つーわけでよろしくー」
えっ、えええぇぇぇ!?!?
でも、先輩の言う事を断る事なんて、もちろん出来ないよなぁ……
「あ、いや、でもコイツ、色々忙しい奴で」
だけど、森夜先輩が代わりに言ってくれる。す、すごく嬉しい……!
「何? 文句あんの?」
「そ、その、うちのメンバーなんで」
「でもお前ら速水いないじゃん」
みるみる3年生が不機嫌になっていく。
「だ、大丈夫ッス! 俺、マネージャーやらせてもらいますね!」
挑戦したい、勉強したい、ちょうどその機会になるから、構わない……がんばる!
――
「フレットを磨く薬が指板に付くと傷む事になるんで、マスキングテープで保護するんですよー」
「へー……」
マネージャーの仕事って事で3年のバンドのギターやベースの手入れを任せられる。渡辺先輩じゃないから押しつけてきたんだろうなぁって思いつつ、でもずっと手入れされていなかっただろう楽器を綺麗にできるのは嬉しい。
ヨシヨーシ、綺麗になろうねー。
「いや……それにしても……その……」
「なんですか? 森夜先輩?」
「いや……ゴメンな……」
「えっ? 何がですか?」
「先輩として、俺……ちゃんと言って断ってやるべきだったのに……その……」
「あはは、勉強したいって思ってた所もありますし、大丈夫ですよ!」
それに森夜先輩も手伝ってくれて、それがとっても嬉しい!!
「いやまぁ、あの人らが部長になるんだろなぁって俺は思ってたっすけどね」
「先輩たちが引退したらやっぱり、鷹田が部長だろうなぁ」
「えー、ちゃんと先輩たちを立てるっすよー」
「お前って奴はよくいうよ。ホント」
鷹田もなんだかんだ残ってくれているし、黒間先輩もなんだかんだ一緒に居てくれている。黒間先輩は本を読んでるだけだけど。
「それにしても、こうやって綺麗にするのって大変だなぁ……」
「楽器は手入れ大事ですからね! むしろ、ずっと気になっていたから手入れさせてもらえて嬉しいです!」
「マイナスお前はそういう所だよなー……いやほら前に手入れしろってお前に……」
「綺麗にできて嬉しかったですよ!」
「あぁー、だから、そういうのが……あぁー……」
前は森夜先輩と黒間先輩に目の敵にされていたけども、今は普通に話ができる。嬉しいなぁ♪
黒間先輩とも仲良く話ができたら嬉しいんだけども、まだどう接したらいいかわからない……本は何を読んでいるんだろう?
「黒間は本、何読んでんの?」
俺が黒間先輩の事を見ていた事に気が付いて森夜先輩が声をかけたんだと思う。
「ん」
「何読んでんの?」
「本?」
「ああ。なんて本?」
「……『ライ麦畑でつかまえて』」
「へぇ、どんな話なの?」
「……わかんね」
「そっか」
そのまま黒間先輩は読書を再開する。
「鷹田はどんな本か知ってるか?」
「んー、名前だけっすね」
「最近、黒間は読書にお熱でさ」
「あれ? 俺には聞いてくれないんですか?」
「知ってる?」
「知らないです!」
「本屋でのバイトも撮影の方も、なんか黒間に良い感じっぽいんだよな」
「ぶっちゃけ別人レベルっすもんねー」
たぶん、黒間先輩に俺たちの会話は耳に入っていない。でも、没頭できる事があるならその方が良いんだよね。
「そうそう、夏休み中の計画あるんすけどもー」
「ん……どんな?」
「バンドの撮影してネットにあげたり、その為に合宿したりっすねー」
「へぇ……わりとガチだな。日程とかは?」
「もち相談して調整っすね。具体的には――」
「ちょっと待ってくれ。その話、長くなりそうだよな?」
「ん、そっすね」
森夜先輩が自分の頭の後ろを掻きながら言う。
「飯でも食いながら、話さね?」
「もちろんッスよー!」
「マジでマイナスお前って奴はよー」
――
「ただいまー!」
ルンルン気分で家に帰ってくる。カナは上井先生とのレッスン中のはずだから、自分の部屋に戻って荷物を置き、バイオリンを取り出す。ササッと整えたらロングトーンから始めて基礎練開始。
今日の音が幸せいっぱいなのは確実で、だからこそしっかり音程やテンポに気をつけなきゃと思うー! あぁ、ここやり直しでーす! 心の中の上井先生にめちゃくちゃ叱られながら、バイオリンに今日の出来事を聞いてもらう……
無限に音階練習できそう! でも、明日の約束のための準備もしなくっちゃ! その為に教えてもらった『モンスターイーター』の曲を聴きながら、バイオリン独奏にアレンジしつつ纏めてみたりもする。いわゆる耳コピなんだけども、あの感動に近づけるためにがんばっている。
(そういえば、ゲームで聴くのもいいのかも?)
羽多野さんと一緒にクリアした瞬間――俺は全然役に立ってなかったと思うけど――の感動を味わいたい。そういう訳でゲームが置いてあるリビングに向かう。
ゲームはモニターに繋がってるけども、一昨日からカナが遊んだ様子はなさそう。『ファイナルアンシャントモンスターイーターバスターズ2』のパッケージを開けて、何とかゲームに差し込み、起動させる。
(あれ? なんか変……?)
昨日の『サモン・バケモンワンダーワールド』と比べると画像が……すごく残念。タイトルで音楽が無いのもなんだか寂しいなぁって思った。
まぁこんなものなのかな? きっと始めたら面白くなるんだろう。そしてオープニングが始まった。
――数多の平行世界を消滅させ時を遡る全てを脅かす存在が、かつて亡くした幼馴染を救う為の自分自身であった事を知り、同じ道を辿りながらも違う自分も幼馴染も全てを救った主人公。今は願いであった平穏の日々を幼馴染と過ごしている。
わぁ、そういえば2だから前作があるもんね。すごい壮大なストーリーだったんだなぁ。先にお話を知っちゃったのが少し残念。とはいえがんばってゲームを進める。へー、武器が色々選べて、楽器は音で色々する遠くから安全に戦えるのかー。よくわかんないけどこれ!
そして案内されるままに進んで、そしたら村が焼かれて幼馴染が死んじゃったって言われて、前回の黒幕だった自分と戦う展開になった。大変なはずなんだけど、皆の喋ってる事が緊張感がなくて実感がない……前作遊んでないからわかんないのかなぁ。
黒幕が大きい敵に変身。それから戦いが始まって瞬殺される。えっ!? 何されたのかわかんない……もう一度挑戦、瞬殺。ゲームってやっぱり難しいなぁ……でも、もう少しだけ時間があるから、それまではがんばってみる。羽多野さんに全部頼るんじゃなくて、少しでいいから自分自身で知る事もしたいから。
うー、でも光明なんて見えない……操作もわからないからコントローラーをガチャガチャするしかない。――そしたら突然、楽器を乱暴に振り回し敵を攻撃し始めた。ゲームなのはわかってるけど、楽器を大切にしてる俺にはグロテスクな光景だった。そんな俺をよそに、討伐成功と画面に出てくる。
えっ? 何が起きたの? えっ?
それから唐突に流れてくる、羽多野さんとの最高の思い出に残っているあの曲。待って。俺の思い出の曲を汚さないで……いや、今起きた事は全部忘れて、この曲だけをジッと聴けばいい。やっぱり最高な曲だ――ブツッと途切れる。えっ、ここから最高なのに、なんで? 画面に目を移す。
『俺たちが生まれてきたのが罪なんだ』
倒した敵のこのセリフを見て、俺は遊んだこの時間を無かった事にしたいなって思いながら電源を切った。
むやみやたらにクソゲーと呼ぶのは憚れますが、(ゲームに限らずですが)続編で酷い作品になった物に対してのは、個人的に恨みが深くなりがちです。
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