108・気分上々ご機嫌満点
「おはようございまーす。灰野せんせー朝のホームルーム来てくださーい」
「来たなマイナ今日こそ潰す!!」
「はいはーい」
「おい逃げんなてめえこの!!」
……
「マイナスー! この間はゴメンなー!」
「俺もバカだったからこっちこそゴメンー!」
「はー、よかった!」
「ところで馬園、頼みがあるんだけど灰野先生の盾になって」
「え?」
……
「マイナス、この問題はー?」
「3X!!」
「違いまーす!」
「えー!?」
……
「今夜はすごい……捗ってるね」
「えっ!? あ、そうかも!」
「うち、マイナスにワンチャン負けそうやな……」
「え!? そ、それはきっと無いから大丈夫……だよ……?」
「ほえー、それならよかったわ!」
「……え?」
……
「おー、バスの中で勉強」
「絶対に赤点回避するためにもね……!」
「私もちょっと勉強がんばったけどダメそう」
「ちゃんと一緒に卒業するためにもがんばろ!」
……
「不意打ち喰らええええ!!」
「アアアアァァァン! 痛い!」
「っしゃあ!! ってキショ野郎じゃねえか!?」
「はい、じゃあホームルーム行きましょうねー」
「待て! お前今日こそ――」
「俺の介錯してくださいよ灰野先生ー!」
「マジで介錯してやろうか」
……
もうここ数日は全力で勉強に、練習に打ち込めている! 完璧にはほど遠いのはわかってるけど、自分でも良いペースで進められているって思う!
最高の気分てピアノの鍵盤を叩く!
「上井先生! 今のどうでしたか!?」
「はい、最初からやり直しましょうね」
「わかりました!! って、えぇーっ!?」
絶対によくできたと思うのに、なんでですかー!? 上井先生もニコニコしていたのにー!!
「誰しも気分などでブレるものですが、テルくんはそれが激しいものですから」
「そ、それは確かにそうですけどー……」
「ブレたまま次に進めば、そのブレを基準にまたブレていくことになります。なのでまずは一旦、ナチュラルな状態を掴むまではやり直しなんですね」
「な、なるほどです……!」
イケイケ気分を落ち着かせるために深呼吸……スー……ハー……
「そういえばなんですけども……」
「はい、なんでしょう?」
上井先生の顔を伺う。いつも優しくて、だけども大事なところはスゴく厳しい上井先生。
「俺の本番直前、先生がいなかったのは――」
「あぁ。トラブルに巻き込まれまして。その節は本当に――」
「それって本当ですか……?」
上井先生はいつだって色々段取りがスゴい。俺が気が付けない事ばっかりで、本当にスゴい頼りになる人だ。だから、そんな先生がトラブルで来れなかったなんて思えない。
「あの、だからその……俺のために……」
「いいえ、違いますよ」
あんまりにもあっけらかんと言う上井先生。
それでも絶対に嘘だって、俺は思う。いや、でもううん、別に文句を言いたい訳じゃないんだけども……でも……
「それでも……とても不安にさせてしまいましたよね?」
「は、はい……それはスッゴく……とっても」
あの時は不安で不安でいっぱいだったけど、それでも上井先生が最後に舞台に立たせてくれるって思ってて……
「ええ。しかし、それでもテルくんがひとりでちゃんと舞台に立てたと知って、私は安心しました」
「たまたまショウくんが声をかけてくれたおかげて……」
「私がいなくともテルくんは成し遂げた。それが大事なんですよ」
上井先生がそっと俺の頭の上に手を置く。
「成長しましたね」
「あ……ありがとうございます……!」
その後、めちゃくちゃ上井先生に厳しくレッスンでしごかれた。褒められて嬉しすぎたんですごめんなさいー!
――
「おーい、マイナスー」
「ん、鷹田どうしたの?」
なんだかんだ手応えを感じつつ、期末試験1日目を終えて帰ろうとしていた所だった。
「今週の土曜日なんだけどよー」
「約束があって空いてないけど、どうしたの?」
「マジか。夏祭り誘ってやろうと思ったのになー」
「そうなの!? って、どうせバイトなんでしょ」
「そりゃ当然な」
鷹田の誘いはバイトばっかり! まぁ知ってる。
「時間によるけども、少しは手伝えるかなぁ?」
「おっ、それでもいいか。他はアレ使って探すか」
アレっていうのは鷹田や波多野さんたちが作ったちょっとしたバイト探しの奴。焼肉をするお金を集めている奴。
「あ、そうだ。鷹田はこの後バイト? すぐかな?」
「ん、まぁ多少は時間あるけど」
「一緒にお昼でもどう?」
「仕方ねえなぁー」
鷹田とゆっくりしたいなら、やっぱり自分から誘うのが一番だなぁ。
――
「よーいしょっと」
「おー!! スゴい!!」
鷹田が鉄板の上の"お好み焼き"っていうのを器用にひっくり返す。
「お前さー、仮にもしデートに行く時でもありゃ男がこれくらいやってやるもんなんだからな?」
「うーん、できる気がしないなぁ……」
「とりま試しにやってみ? 上手くできたら奢ってやるよ」
「お、おう……!」
鷹田に"ヘラ"を渡されて、目の前で焼けている"お好み焼き"と向かい合う……
「なんだかんだ勢いが大事だ。ヒヨると上手くできねえぞー」
「わ、わかった……!」
鷹田のアドバイスも聞いて、"ヘラ"を下に滑り込ませ……
「せーのっ!」
"お好み焼き"を浮かせ、そのままクルッとひっくり返そうとした時、"お好み焼き"は宙を舞い、床に飛んでいった。
「マジかよ!?」
「あぁー!? ご、ご飯ー!?」
店員さんが来て片付けてくれるけども、もったいないをしちゃった……申し訳ない……
「上手くできねえのは予想してたけど、予想以上だわ……」
「い、勢い付けすぎて……」
「まぁ俺の分けてやるから。次のは焼いてやるし」
「あ、ありがとう鷹田……!」
こういう鷹田のなんだかんだ面倒見が良い所、好き!!
「音楽以外がマジで落第点だもんなー」
「でも、俺、部活動するためにもがんばってるよー……」
「音楽のためなら何でもやるのが、まさに『音楽バカ』だよな」
「褒められてる?」
「一応な」
鷹田は"お好み焼き"にソースやら何やらを綺麗にかけていく。そのまま半分に切ってお皿に取り分けてくれる。いただきまーす、それからお米と一緒にモグモグ。
「明日が数学だけど、いけそうかぁ?」
「うーん。不安だけども何とか」
「具体的にどこで躓いてる?」
「えっとー……一番わかんないのは公式……かな……?」
「公式とか覚えるだけでよくね?」
「覚える数が多いし、どうしてそうなるかわかんないからちんぷんかんぷんだよー……」
鷹田はなるほどなぁ、って言って少し考える。
「例えばだけどよー、1+1=2はわかってるんだよな?」
「えっ、それくらいは当然」
「なら1+1=2の説明できるか?」
「……? 1+1=2だからじゃないの?」
「定理……いや、ルールによっては1+1の答えが0とか1になる時があるんだよ」
「?????」
「半分に分けたお好み焼は数にしたらいくつだ?」
「えっとー……2かな?」
「じゃあ分ける前は?」
「えっ……1なの……? いや、わかんない……」
「前提がしっかりしてないからそんな感じにフワッフワになる訳よ」
「……あー確かに?」
「1+1=2。そのルールに基づいた延長に公式がある訳。そうなるからそうなる、楽譜とかだってそうだろ?」
「じゃあ……理由がわからなくてもそうなるものはそうなるって覚えるしか無いのかー」
「1+1=2が少し複雑になっただけだから、そういう事だな」
鷹田は同い年だとは思えないくらいにやっぱり頭の出来が違う……鷹田は家が大変だから支えるためにバイトがんばってるし、でも大変そうなの全然見せないようにするし、本当にスゴすぎるんだよなぁ……
お待たせしましたーと新しい"お好み焼"が来る。
「さて、焼くかー。半分やったんだから、半分よこせよなー」
「あー、でも、なんか半分食べただけでも割と俺、お腹いっぱいになったかも……?」
「はぁ? どんだけ少食なんだよ」
「鷹田、よかったら食べてくれない?」
「仕方ねえなぁー」
理由無しで奢られるのはイヤがる鷹田だから、何とか理由を付けて食べてもらう。俺は帰ってからまた食べればいいや。
――
「あーまた値段が高くなってんなー」
「ね、ねえ。鷹田? まだ? 重いんだけど……!」
「まぁやっぱりこっちだな。これもよろしくー」
「アァ!! 無理!! これ以上無理!! アァ!!」
鷹田は10キロのお米をトイレットペーパーやティッシュでいっぱいの俺のカゴに追加する。
お昼を食べて、鷹田に誘われて買い物に付き合っている。タイムセールっていうのがやってて一人一つまでの安いのを買いたいって話で……
「安いんだから仕方ないだろー今買わなきゃたっけーんだから」
「た、鷹田も持ってよー!」
「ほれ、レジまで少しだがんばれー」
「あぁー!! もうー!!」
高校生になってから初めて知った事って多いけども、日用品やご飯の買い物ってこんなに大変だったんだなぁ……うぅ、梶原さんいつもありがとう……
何とかレジに置いてお会計を始める。
「こんなに買って、家までちゃんと持って帰れる……?」
「自転車あるから一応平気」
「それならいいけど……」
鷹田は弟、妹、父の4人家族。もしかしたら今日は弟や妹と来る予定で、こんなに大量の物を持ち帰るつもりだったのかなぁー。それを考えたら手伝えてよかったのかも。
それからお会計が済んで鷹田が袋に詰め始めた時、鷹田が券を俺にくれる。
「福引やってるみたいだからよ、荷物持ちの小遣い代わりに回してきていいぜ」
「えー! 俺も袋詰め手伝うよ!?」
「やらかすの見えてるからお断りー」
「うー……わかったよ」
人も多いし、ここで鷹田にくっついてても周りの邪魔かー。とりあえず福引を回しにいく。ガラガラガラーって箱を回すタイプで、出てきた玉の色で何等って奴だ。特等は旅行券らしいけども、基本的にはここで使える割引券みたい。俺がもらっても仕方ないから後で鷹田にあげようっと。
「じゃあ兄ちゃん1回どうぞー!」
ガラガラガラー……この音はなんだか好き。良いもの出たら嬉しいなーって気持ちを掻き立ててくれるよね。それからコトンと玉が出てきて、何かなーってワクワク。
「おおーっ! 大当たりだ!」
チリンチリーン、と鐘が鳴らされる。
えっ!? えっ!? どういう事!?
俺、今まで大当たりなんて全然当てた事無いのに!?
「と、いうわけで景品をどうぞ!」
※面白かったらブックマーク、あるいは評価を頂けると幸いです