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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
ピタゴラスって知ってる?音律を作った人だよ!えっ?ピタゴラスのていりって何?
104/114

104・コンクール・イブとそのイブ

「おかえり! お兄ちゃん!」

「ただいま! カナ!」


 月曜日からずっと上井先生の家にお世話になっていたから、ちょっと久しぶりの自宅。妹のカナが元気に出迎えてくれて、なんだか嬉しい。


「寂しくなかった? 大丈夫?」

「全然平気! 梶原さんにお料理教わったりしてたから!」

「へー! 何作ったの? 後で聞かせてよ!」

「ふっふー! きっとビックリするよ!」


 カナはまだ小学6年生。俺が割と遠めの高校を選んだせいで時間の兼ね合いもあり、忙しい時は上井先生の家にお世話になっている。だけども、その間にカナは、お手伝いの梶原さんが夜まで残ってくれているとはいえ、ひとりにさせてしまうから心配だった。

 でも、元気そうで安心した。


 サッと自分の部屋に戻り荷物を置き、着替える。今日はなんだかんだコンクール2日前、上井先生も来てくれているはずだから、バイオリンやベースに触りたい欲をグッと堪えて練習部屋へと向かう。


「お待たせしました、上井先生!」

「おかえりなさい。テルくん」


 優雅に紅茶を飲んでいる上井先生はやっぱりそれだけでカッコいいんだよなー。


「今日もカナさんが紅茶を淹れてくれましたよ」

「お兄ちゃんもどうぞ!」

「えへへ、ありがとう。いただくね!」


 あー、やっぱり自宅が落ちつくなー。カナが淹れてくれる紅茶はとってもおいしい。


「今のうちにスケジュールや準備する物を確認しておきましょうか」

「はい!」


 2年くらい久しぶりの確認だから、ちょっと緊張する。とはいえ、別に難しい事じゃない。

 まずは何と言っても『楽譜』。コンクールだと暗譜で弾くとはいえ、直前まで確認するのは大事だ。『譜面台』も練習の時に使うから、これも忘れないように。

 その次は『服』。まぁこれは男だとYシャツにスラックス、革靴で良いんだけども、女の子はドレスを着たりする事も多いから大変だよね。でも大変な分、かわいいなーって思う。

『受験票』が必要かどうかもチェック。場所によっては不要な所もあるけど、『パンフレット』があればしっかり持っていく。

 ちなみに、エアコンを寒く感じたりする事もあるから『カーディガン』、他に『カイロ』や『手袋』を手が冷えないよう、コンディションに気を付ける為に持っていったりする。


 会場はしっかりメモ。上井先生の車で行く予定だけども、場所によっては駐車場が足りなくなったり、あるいは駐車場の利用がダメな場合もあるから、その点も注意。万が一にトラブルがあった時に備えて、住所をしっかり控えておくのは大事だ。

 自分の順番、予定の時間もしっかり確認したうえで前日からのスケジュールも組み立てておく。可能な限り指を慣らしておきたいから、やっぱり朝は早く起きるに越したことはない。だから前日は早めに寝ておく。

 それはそれとして他の人の演奏も聴きたいなぁ。緊張はすれど、誰かの演奏を聴くのはやっぱり好きなんだ。


「そういえばなんですけども、友達の波多野さんに少し案内でもできたらいいなぁ……なんて」


 ひとりで聴いてもらうより、カナと一緒に聴いたりする方がきっといいかなぁ。そのカナは今、スッゴいニヤニヤとしてるけど。


「灰野先生もいらっしゃるんでしたっけ。それならおふたりも迎えて会場に向かいましょうか?」


 灰野先生は迎えなくてよくないですか!? と、口に出しそうになる。けども、グッと抑えた……なぜならチャンスだから……!


「そうですね! 連絡しておきますね!」

「波多野さんも来てくれるんだー!? 会えるの楽しみにしちゃおっと!」


 うーん、明後日が楽しみ! もちろん緊張もするけどね!


「さて、そろそろレッスンに入りましょうか」

「はい!」



 ――



「そういうわけで、迎えに行くね!」

「うん……ありがとう」

「灰野先生にも連絡は送ったけど、どうなるかなぁ」

「ふふ……上手くいくといいね」

「そういえば、カナも波多野さんに初めて会えるって楽しみにしてたよ」

「あ……そういえばちゃんとした服で行った方が良いのかな……?」

「ううん、いつもどおりで大丈夫!」

「うん……わかった」


 今日は夜の勉強会は無し、だけども波多野さんにお誘いの連絡とちょっとした雑談だけする。

 もっとたくさん話したい気持ちはあるけども、コンクールの為に今日は早めに休まなくちゃいけない。


「楽しみにしてるね……がんばって」


 ――なんてことない一言のはずなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。


「任せて!」


 それじゃあ、おやすみ。そうして通話を切ってから布団に潜り込む。


 ああ! 本当は素直にがんばるよ! って返しそうになって、でもそれって子どもっぽくない!? そう思ったらカッコよく言いたくなって、任せて、って自信満々に言っちゃった!

 もう空も飛べそうなくらいに俺、舞い上がってる! 恥ずかしい! 嬉しい! 思いきり叫びたくなる! 枕に顔を押しつけて呻く! ああー!!


 コンクールのためにもちゃんと寝なくちゃ……寝れるかな……?



 ――



「おはようございます。昨日はよく眠れたようですね」

「なんでだかグッスリ眠れました……!」


 目を瞑って波多野さんの事を考えてたら、いつの間にか熟睡してた……! 不思議……! おかげで前日である今日のコンディションはとっても良いと感じる。上井先生は泊まりで昨日から一緒に過ごしている。


「カナは今日、友達と遊んでくるね!」

「おう、楽しんできてなー!」

「お兄ちゃんも明日のためにがんばってね!」

「もちろん!」


 カナが元気にしていると、こっちも元気が出てくるなー!


「明日のお召し物もちゃーんと用意ができたから、後で見ておいてくださいねぇ」

「ええ、ありがとうございます。梶原さん」

「テルくんの舞台の上の演奏、聴くのが楽しみだわぁ」

「えへへ……がんばりますね!」


 お手伝いの梶原さんには、俺が家を空ける間は泊まり込みでカナの面倒を見てもらっていた。普段からお世話になっているけども、本当に今回も感謝の気持ちでいっぱいだ。いつもありがとうございます!


「朝食を済ませたら、さっそく取りかかりましょうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 がんばるぞー!! 朝ごはんをササッと食べようと――あ、ちゃんと噛まなきゃ。

 モグモグモグモグモグモグモグモグ……



 ――



 本番に向けて一番大事なのは『集中できるようにする事』だったと思う。

 頭の中が別の事でいっぱいじゃよくないのは当然だし、靴の中に小石が入っているような感覚もよくない。上井先生が言うには、それらをできるだけ無くすのが『練習』で、その後は『仕上げ』なんだそうだ。


 でも、全てが完璧に仕上がったと慢心してはいけないとも言っていた。

 万全の用意をしたとしても、想定外の事は起こりがちだ。温度、湿度、感情、会場、他にも色んな事で、ほんの少し違うだけで完璧は崩れていく。


 ――完璧と思い込む事は、つまり融通が利かなくなるという事です。

 ――じゃあ、どうしたらいいんですかー?

 ――まずは自分の音を聴いて、一番良い音を探すのですよ。


 その余裕を作るためにも『練習』と『仕上げ』が必要、だったはず。


「さて、少し休憩しましょうか」

「あっ、はーい!」

「もう少し詰めたい所ですが、それは次の課題としておきましょう」

「す、すみません……」

「まだ磨けると前向きに捉えましょう」


 優しく微笑む上井先生、だけども指導はスパルタだからちょっと怖いよー……!


「明日は楽しみですか?」

「えっ、あ、はい。どちらかといえば……もちろん不安は色々ありますけど……」

「久々の復帰となりますからね」

「がんばります」


 ……どうしても拭えない不安はある。

 ちゃんと舞台に立てるかな?

 たぶん、大丈夫。


 もう1週間経ってしまったけど、軽音部のバンドで立ったステージを思い出す。

 鷹田が隣に居た事、波多野さんや熊谷たちが来てくれた事、すごく嬉しかった。

 昔に聞いたあのカセットテープみたいに皆が熱狂する事は無かったけども、それでも他の人たちもだんだんと顔を向けて聴いてくれたって感じられた。俺の知らない誰かに届いた、それだけで俺は嬉しかった。


 だから、大丈夫。たぶん……


「午後は勉強にしましょうか」

「はい! ……えっ!? コンクール前日ですよ!?」

「次回の課題をするためにも必要ですからね」


 コンクールのために勉強の事をすっかり頭から抜かしていたのになんでですかー!!



 ――



「頭が良くなる食べ物ってありませんか……」

「あらあらぁ、どうしたのぉ?」

「期末試験がすごい不安で不安でー……」


 午後の休憩中、見かけた梶原さんに相談してみる……でも、きっと無いよね……


「そうねぇ、お魚の目を食べると頭が良くなるって聞いた事があるかしらねぇ」

「ホントですか!? えっ、魚の目!?」

「本当に効果があるかはわからないわねぇ。今はそんな話もとんと聞かなくなったしねぇ」

「そ、そうですかー……」


 確かに魚の目を食べれば頭が良くなるなら、今頃天才がたくさんいるもんね……


「うー、でも、明日、コンクールなのに、上井先生と勉強して……不安で集中できなくなりそうですよ……」

「あらあら、大変ねぇ」

 梶原さんは穏やかに笑っている。


「笑い事じゃないですよー……えーん……」

「ふふ。きっと上井先生は考えあってそうしたのよぉ」

「え、えぇー……? 俺は全然想像つきませんけど……」

「そうねぇ……」

 梶原さんは少し考え始める。


「奥様……テルくんのお母様の事なのだけどもね」ぇ

「ん……ママがなんですか?」


 俺のママはオペラ歌手をしている。今も船に乗って世界中で公演している、スッゴいママだ。パパは同じ船で、オーケストラの指揮者兼団長をしている。


「昔の話だけどもねぇ、ずーっとあなた達ふたりの事で頭がいっぱいでねぇ」

「そ、そうなんですか?」


 ママは、リカオンの仮面模様でミステリアスな雰囲気を纏いながらも、いつも優しく微笑みながら俺たちの事をずっと見てくれていた記憶がある。そばにいない今でも、見守ってくれている気がするくらい。


「ふふ、舞台のリハーサルで小道具とオムツを間違えるくらいには頭がいっぱいだったわよぉ」

「へえー……!」


 小さい頃の、ママとちっちゃいカナと過ごした日々を思い返す。その中では笑っているママの思い出もたくさんある。よくわからなくっても、楽しそうにしてるママが大好きだったなぁ。


「でも、舞台の本番が始まると、本当に素晴らしくてねぇ」

 ふふ、と梶原さんは微笑む。


「だから、大人になっても舞台に立てるようにする練習かも、なんてねぇ」

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