103・トライトーン・トランポリン
「うちらも短冊書かせてやー!」
「それなら竹、廊下に出して飾っちゃおうよ!」
「えー! 短冊いっぱいあったらさりげなく見てもらえなくなっちゃうじゃん!」
「馬園の短冊アレやろ?」
「わ、わかんないですー! 名前書いてないからわかんないですー!!」
今は昼休み、なんだかんだ竹は廊下に置かれる事になり、それから気まぐれに短冊が増えていった。
「どれどれ……『空のふたりは年に一度しか会えないかもしれないけど、僕は天の川を泳いででも――」
「あーん! 読み上げないでよー!」
「やっぱり馬園のやん!」
「違うから! 人の読み上げるのを注意しただけだから!」
短冊を書くのに深く考える必要ってやっぱり無いのかも……
馬園たちの様子を見てそう思い始める。
(羽多野さんは短冊になんて書いたんだろう)
羽多野さんも短冊を書いていたのは見た。それを竹に飾ったかは見てないけど……自分の短冊を飾る時にさりげなく見る事ができれば……!
「マイナスー、飾らないのかー?」
「えっ!? いや、落ち着いた時に飾ろうかなって」
「それだと飾れなくなるぞー」
俺の変な様子に気がついたのか熊谷が声をかけてくれる。熊谷はすごく優しい、けども今はちょっとだけタイミングが悪くてー!!
「あっ!飾るのに俺たち邪魔っぽいから! マイナス! ほら!飾っていいよ! 来いよ!」
「自分の読まれたくなくて逸らすなや!」
「違うからー! マイナスはなんて書いたのー!?」
ああ!もう!! 計画が台無し過ぎるよ!!
自分の中で観念して短冊を竹に括り付けに行く。
「別に大したこと書いてないけどね!」
「やっぱ赤点回避とかそんな感じ!?」
「そんな感じでいいよ!」
どこに飾ろうか探す時に、他の短冊が目に入る。
『世界平和・唯我独尊・焼肉定食』
これはただ漢字を書いてみただけだよね?
『5000兆欲しい!』
うーん欲望に忠実。
『転生したら最強過ぎて申し訳ない』
なんだこれ。
「ん? 馬園の短冊ってアレだよね?」
「違うからー!! わかんないからーー!」
竹のてっぺんに括り付けられてて、やたらと文字がビッシリ書いてあるからすぐにわかる。
「えー、どれどれ……『空のふたりは年に一度しか会えないけど、僕は天の川を泳いででも――』」
みーんなに聞こえるように読み上げる!!
「ちょっと!? なんで読むんだよマイナス!!」
馬園が慌てて俺の口を抑えようとしてくる。けども、今日は仕返しだ! 普段の鬱憤と八つ当たりのために!!
「『――会いに行きましょう。いつも貴女の事を見ています。恥ずかしがり屋で殻に閉じこもっていることも――』」
「めっちゃ良い声出てて流石マイナスやわ」
「やーーめーーてーーよーー!!」
やーーめーーなーーいーー!!
馬園に羽交い締めにされても読むのやめないーー!!
というか、さりげなさって何!? あからさま過ぎるし、なんなら馬園が灰野先生に蹴られてよ!! 俺はさりげなく羽多野さんの短冊見たかったのに!! 馬園ーー!!
「『――全てを受け止めるからどうか僕の愛に気が付いてくれますように』!!」
「アアアアァァァ!! やめーーー!!」
よっし!! 読み切ったぞ!!
このバカな騒ぎを他の1年の皆が野次馬に来て笑っている。馬園の妨害なんて何のその! 八つ当たり気持ちいい! 最高!
いや、でも馬園に後ろから首をガッチリ掴まれて息ができない! あ、待って! 馬園はなんだかんだ陸上部で俺なんかと比べると力がある!
は、離してー!! 思いきり読んだし笑い過ぎてるのもあってこ、呼吸が! 意識が……
「マ、マイナスー!?」
「保健室ーー!!」
もうホント、俺も馬園もバカ過ぎる……
――
ふわふわ、ゆらゆらとした感覚。夢の中だってぼんやりと頭によぎるけども、それはすぐに掻き消えてしまう。
白い空間は上下にずっと続いていて、周りに短冊や数式、音符や写真が漂う中で自分は落ちているようだった。
原田先生を探さなきゃ。
音符の扱い方なら知ってる。君はどんな音? それならあの子と並べてみよう。紡がれて新しい音符が生まれて、それは波となり音楽となり、向かいたい方向へと導く――指揮する事で思いのままとなる。
なんて綺麗な音楽なんだろう!
とめどなく溢れるのに泡のように消えてしまうのがもったいない。適当な短冊を手にとって書き記そうとする。でも、短冊には何かが書かれていた。流石に誰かが書いたものを消してまでは書けないなぁ。
あ、そうだ。原田先生を探すんだった。たぶん原田先生はずっとずっと下。上は明る過ぎる。俺は明るいのがキライ。だって怖いんだもん。
よし、音符たちと一緒に下に潜ろう! やり方は簡単で、音符たちを結んでいけば良い。哀しみ、不安、孤独、絶望、悲劇、そんな旋律を紡いでいく。
昏くて気持ちいい。
音楽の事が好きで好きでたまらないけど、スポットライトに焼かれながら、沢山の視線に刺されながら、たった独りで舞台っていう世界の上に立つのが怖くて怖くて仕方ないんだ。それなら、このまま音楽と心中した方が良いのかも。
もう、休もうかな。
なんでだか俺は泣いてるような気がする。
音符の深海の中は真っ暗で、心地良い旋律で何も聴こえなくなって、俺は有象無象のひとつになる……
あっ! でも待って!
その前に羽多野さんが短冊になんて書いたか知りたい!!
コンクールも来てくれるかな!? 本気の演奏聴いてもらいたい! 夏祭りだって驚かせてみたい!
仕方ない、上に昇るか……! でも、大分距離がある。どうしよう?
『困っているようだね』
『あっ、はい! 昇りたいけども、かなり距離があって……』
『それなら降りてきた分の力はバネのようにして跳べば良い』
『なるほど! 流石、原田先生ですね!』
俺は音符を集めて、人の形にする。
『おいおい、急になんだよ?』
『上に昇りたいんだ! 鷹田、手伝ってよ!』
『仕方ねえなぁー、後で救助代もらうからなー?』
『もちろん!』
鷹田と俺はたぶん、正反対の人間。時計で言うなら俺が12時、鷹田は6時。和音を作る時には1番の不協和音が鳴る、『悪魔のトライトーン』って呼ばれる正反対の並び。
だけど、それは最高に『ロックな響き』
抑えつけられた感情をパワーに変える、魔法の響きになる!
俺のベースと鷹田のギターで、昏い感情が解放されて、噴き出していく! 今なら苦手な数式も、見る事ができない短冊もパワーにできる!
羽多野さんに会いたーーい!!
……
…………
目が覚めて、やっぱり夢だったかぁって思う。
ここはきっと保健室で……もしかしたら、心配して羽多野さんが隣にいないかなって妄想が過ぎる。ぼんやりとした頭が徐々にハッキリとしてきて……
自分が薄暗い部屋のソファで寝かされていた事に気が付く。周りを見ると散らかっていて、目の前のテーブルには片付けられていない食事の残骸もあって――灰野先生の音楽準備室だって気が付く。
「うわ、最悪だ……」
「今度はマジで潰してやろうか??」
「どうして保健室じゃないんですか……」
股間をガードしながら起き上がる。灰野先生は背を向けて、デスクっぽい所でパソコンも付けて何かをしている。
「お前が気ぃ失ったと思ったら爆睡し始めて、どうしようもねえって連れ込まれたんだよ」
「俺になんか変な事してないですよね……?」
「するかボケ」
今、何時だろう。壁にかけられている時計を見ると、放課後の時間だった。午後の授業に出席できなかったのか……
「ほれ、起きたならさっさと帰れ。コンクール前だろ」
「あー……はい、そうですね。今日、明日は上井先生と一緒に……」
そういえば、と昨日考えた事を聞いてみる。
「灰野先生は上井先生の事、好きだったりします?」
瞬間、灰野先生がデスクを叩き、こちらにゆっくりと顔を向ける。わかんないけども、これは俺、死んだかもしれない。せめて苦しまないようにと股間をギュッと守る。
「好きなわけあるかってんだろこのクソボケ!」
「上井先生が、今は元気そうで良かったって言ってましたけど……」
「な……それがなんだってんだよああん!? 殺すぞ!」
「今、一瞬だけ喜んでませんでした?」
「マジで蹴る!!」
鬼の形相で灰野先生が迫ってくる! 思わず逃げ出して狭い音楽準備室の中で灰野先生と距離を取る。
「いや、普通に考えても灰野先生の現状を上井先生に秘密にしたまま、夏の灰野先生の寝泊まりする場所なんて用意できませんしね!?」
灰野先生からのコンクールのチケット以外に頼まれていたもうひとつの依頼、それは夏の間には学校から閉め出される時期があるから泊まれる場所を用意しろって事だったんだけど……
「うるせー! 別荘とか持ってんだろ!」
「ありますけど、俺が勝手にどうこうできないですからね!?」
「鍵を盗めばいいだろ!」
「家がないから泊まりたいって話せばいいじゃないですか!!」
「絶対にイヤだ!!」
「なんでですかー!!」
「うるせー!!」
あー!! もうどうしようもない!! 会話にならないなら奥の手だ!!
「あ、馬園!!」
「ゲエッ!?」
灰野先生が女の人とは思えない声を漏らしながら一瞬怯む。その隙に俺は音楽準備室から脱出に成功。
「おつかれさまでーす!!」
「絶対に今度蹴り上げてやるからな!!」
そのまま荷物を取りに教室へ。もう人は残っていない。今日はさっさと帰ってコンクールのために色々しなくちゃならない、そう思ったけども、竹がまだ廊下に置かれている。
明日は土曜日で休み、月曜日まで竹は放置されるのかなって気がかりになりつつ、誰もいない今はちょうど短冊見放題かも……
『野球部優勝!』
熊谷のかなぁ? でも、叶うといいなぁ。
『推しが死にませんように』
ええ……生きてほしいなぁ。
『赤点取りませんように』
一緒にがんばろうね……!
『転売ヤー滅ぶべし』
どういう意味だろう……
そういえば、羽多野さんの文字ってどんなのかわかんないなぁ……何枚か見たけども、見つからなさそうだ。一人でコソコソ人の短冊眺め続けるのは申し訳無さがなんだかあるから、諦めて帰る事にする。
と、不意にてっぺんの方を見ると馬園の短冊の上に俺の短冊が飾られていた。誰かが拾ったうえで代わりに付けてくれたのかなぁ。
『皆と無事に卒業できますように』
うん、そのためにがんばるぞ。
なんとなく、気合いを入れ直して学校を後にした。
【詳しく知りたい人向け】
和音が綺麗に響くか、そうでないかは『比』の関係で説明できます。
ドミソが4:5:6なのは本編で示したように、音と音は比で表す事ができます。
[ドソ=4:6=2:3 ドミ=4:5 ドファ=3:4 etc.]
3つ以上を組み合わせる時は基準の音を分母にして通分します。
[ドファソの場合 3と2の最小公倍数は6 ファは2倍、ソは3倍して6:8:9]
→比に表した時、数字が小さいほど不快感の少ない和音になりやすい。
今回取り上げた『トライトーン』は比で表すと32:45となり、単体で見ても大きい数字となってしまいます。
この二音を鳴らすとうなる音が聞こえるのですが、『狼が唸っているようだ』という比喩が私は好きです。
と、ここまで綺麗に響くかどうかだけで話を進めてきましたが、実際に使用される場面ではトライトーンめちゃくちゃ気持ちいいです。
ギターを触った事がある人なら、セブンスコードと呼ばれるものの中にトライトーンが入っており、どんな響きかわかると思います。
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