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仮面のロックンローラー  作者: 黄色ミミズク
ピタゴラスって知ってる?音律を作った人だよ!えっ?ピタゴラスのていりって何?
100/114

100・アキレスはたしか、足の速い神様?

『うわあああ!! 誰か助けてえええ!!』


 わかんない、何かが俺をスゴい速さで追いかけてきている。

 大きな声を出そうとしてもそれは上手く言葉にならないし、何故か走ろうとしてもゆっくりとしか俺は動けない。

 逃げようとしても絶対に逃げられない……絶望しかない……


『あれ?』


 諦めようとしたその時に後ろを振り返ると何かの動きが止まっていた。

 理由はわからないけども、逃げるチャンスだ!

 そう思って俺が一歩踏み出したら何かは動きだす……でも、俺が止まったらまた止まった。


 もう本当にすぐ後ろにいて、捕まりそうなのに捕まらない……なんで?


『アキレスは亀に追いつく事ができない』

『えっ、原田先生!? なんで急に!?』

『亀が進んだ所までアキレスは走る、しかしアキレスが走る時間で亀は前に進む。アキレスはまた走るが亀もまた進む、だからアキレスは亀に追いつけないんだ』

『じゃあ俺……捕まらないんですか!? よかったー……!』


 もうすぐ後ろに迫っている何かに怯えなくていいのかと安心する……


『無限に繰り返す事で君は捕まらない。だけども、君は無限に繰り返す事になる』

『……え?』

『繰り返される無限は無限なのだろうか?』


 俺が進めば何かは進む、けども追いつかれない、けども、距離はどんどん短くなって動ける時間はどんどん減って……


『無限の中で時間は意味を無くす』


 俺は動けない……


「やだよーー! 助けてーー!!」


 そうして目が覚めて、夢を見ていた事に気がつく。



 ――



「ふふ、そんな夢を私も見てみたいものですね」

「なんでですかー! 本当に怖かったんですよー!!」

「数学で有名なパラドクスですから。テルくんがそんな数学の夢を見るのは少し意外ですけどもね」

「ええ……?? 有名な……なんです?」

「テルくんは亀を抜かす事ができますか?」

「それはもちろんですけど……」

「でも、夢の中で亀は抜かれなかった。どうしてでしょう?」

「???」


 現実では亀を追い抜く事はもちろんできる。だけども夢ではなんでそうならなかったんだろう?


「ふふ、休む時には考えてみるといいですよ」

「うう……頭悪いんで寝ちゃいますよ」

「ええ、なので休む時ですね」

「???」

「さ、早く食べて朝の練習をしてしまいましょう」

「は、はーい……!」



 ――



「そう、それで波多野さんに聞くしかないって思って」

「え、えっとー……待ってね……」

 上井先生のマンションから波多野さんの家は割と近い。波多野さんは自転車、俺はバスで通ってるんだけども駅辺りまでなら一緒に行けるんだ。


「その……なんだろう……追いつかれる瞬間以上の時間を計算しないっていうのか……」

「……??」

「あ、えっと……お菓子を半分にして食べる……?」

「え? うん、食べる……?」

「半分食べて……その半分を半分にして食べて……」

「半分を半分にして食べる?」

「式にすると1/2+1/4+1/8ってずっと続いていくんだけども……」

「う、うん……?」


 なんで急に分数が出てきたんだろう??


「そうするとね……1に限りなく近づくけども、1にはならない……よね?」

「えっとー……必ず半分残る?」

「うん、その通り……それと同じようなもの……なんだよね」

「えっ、うーん……? ちょっとわかんない……」

「その、なんだろう……1にならないように計算ができるっていうのかな……うーん……」

「実際の亀は追い抜かれるし、お菓子は無くなるよね……?」

「えっと……うん……そうなるね」

「うぅ、頭痛くなってきた……」

「勉強も忙しいと思うから、今は忘れると良いよ……!」

「おう……」


 そう、気にしなくていいんだよなぁ……うん……


「じゃあ……後でね」

「おう、また学校でー」


 駅のバス停に着いて波多野さんと別れる。

 バスが来るまで数分、それでも俺は波多野さんより先に学校に着いている。途中のどこかで波多野さんを追い抜く訳で、だからやっぱり……


「ねえ、大丈夫?」

「……へ?」

「バス、乗るんでしょ?」

「あ、うん」

 気がつけばバスが来てた。頭の中では時間が停まりそうなのに、現実では爆速で流れていく……

 促されてバスの乗るものの、通然ながらその子も一緒にバスに乗り込む。


「今日は何を考えてたの?」

「きょ、今日はって……?」

 目の前の子が誰かを思い出す……

 あっ! 同じクラスの子だ! 体育祭で旗を作ったりした美術部の松本さん!


「んー……いつもより悲壮感がある?」

「えぇー……なんで……?」

「いつも見てるから」

「え、えぇ……」


 松本さんとはあまり話した事が無くって、波多野さんと仲良くしてるのは見たくらい。だから、いつも見てるって言われるとどう反応したらいいのか、ちょっと困る……


「いや、その……数学が……」

「うんうん。昨日はまさに絶望、それが今も続いてる?」

「それはそうなんだけどー……」

「うーん」


 松本さんは抱えていたノートと鉛筆に何か描きこみ始める。


「……何描いてるの?」

「ん、メモ?」

「何か面白いのあった?」

「目の前に」

「何が面白かったの……!?」

「ストーリー的に」

「なんで!?!?」


 松本さんの感性が独特過ぎるのか、あるいはマイペース過ぎるのかついていけない……!


「前も落ち込んだりしてたけど、なんだかんだ良くなったみたいでしょ」

「そ、そうだけど……」

「何があったか勝手に妄想するのって楽しくて」

「どういう趣味なのそれー!?」

「数学は強大な敵かもしれないけど、がんばって」

「あ、はい……」

 一応は激励されてるのかな……


「松本さんは数学……大丈夫そうなの?」

「ん、それはもちろん」

「わぁ……スゴい――」

「ダメ」

「ダメなの!?」

「むしろ、期末は諦めようと」

「待って!? 俺よりダメそうなの!?」

「マイナスくんよりダメ……?」


 松本さんがこっちを見て考え始める。


「期末試験、数学以外はどうなの?」

「自信があるとは言えないけども、赤点回避は絶対します……」

「なるほど……うーん、現実逃避捗る」

「待ってよ! それなら勉強しようよ!?」

「やる事がある時ほど作業って捗るからさ」

「……勉強しなくちゃって思ってるのに別の練習してたりとか?」

「そういう事」

「あー!! そうだったのかー!!」

「バスの中はお静かに」

「あ、はい……」


 いつの間にか楽器を触っちゃうのはそういう事だったんだ……


「勉強しなくちゃなー」

「まずは教科書を開くと良いと思います……」

「マイナスくんは教科書開くとどうなる?」

「……いつの間にかスヤスヤ寝ています」

「だよねー」


 やっぱり波多野さんが……波多野さんがいないとダメだ……!!!



 ――



「おーい、みんなー。波多野さんが良いの用意してくれたぞー」

 朝の教室で出来ないながらも勉強をしてる最中に、朝練を終えた熊谷と波多野さんがやってくる。


「数学の問題纏めてくれたプリントでなー」

「マジで!? ちょうだいちょうだい!」

「渡すから落ち着けってばー」

「ノンノンってやっぱりヴィーナスじゃん……拝んどこ」

「ノンノンありがとー」


 そういえば、朝に自転車カゴに紙袋を乗せてたっけ。あれはみんなの為に用意してくれてた物だったんだなー。


「あ……マイナスくんも……」

「ん、ありがとう!」


 なんだかんだ、俺が勉強できないせいかおかげ(?)か波多野さんとクラスの皆との接点も増えてる……ような気がする。

 本当だったらササっと波多野さんは先に行ってもいいはずなのに、亀みたいに俺が通せんぼしてるような……でも、のろまでも良いから前に進んで行かないとなぁ。

 ああ、でもなんだかんだゆっくり話す時間が欲しいな。そう、時間が欲しい。



 ――



「原田先生、どうですか?」

 時間を縫って原田先生の所へ直接聞きに行ってみる。波多野さんが今は忙しそうなのもあって。


「うん、ここまでよくできてるね」

「よかったー……!」

「残るは2問だけども、どうかな?」

「教えてもらいながらなんですけども、ちんぷんかんぷんッスね……」

「どこがわからないか、言えるかい?」

「えっとー……」


 なんというか、覚えることが多過ぎるうえに問題を見ても何をどう使うかが全然わかんないんだ……


「どこから手を付ければいいのか、そこからわかりません……」

「ふむ、では前の問題でここを解いたのはどうやったかな?」

「えっと……Xが……そうするとこうなって……解の公式が……?」

「そうだね。では、これの場合はどうだろう」

「えっとー……うー……」


 こんなにいっぱい色々並んでたらやっぱりわかんないよー……


「落ち着いて、まずはひとつひとつの要素を分解だよ」

「はい……」

「それから共通点が無いかを探して、見方を変えて、ひとつひとつやってみるんだ」

「は、はいー……」

「マイナくんはとてもよくがんばっているから、楽しみにしているよ」

「え、そうですか……?」

「入試と中間試験の結果を見たからね」

「あ……! 確かに俺の高校入試の点数とか酷いことになってそう……!」

「かえって成長がよく分かったよ」

「赤点取ったら色々大変な事になるので……!」

「なるほど、それでがんばっているんだね」

「でも、今日は数学の夢を見るくらいに色々参ってます……」

「数学の夢かい。どんな内容かゆっくり聞いてみたいね」

「とりあえず、原田先生が出てきましたよ……!」


 いつも淡々としている原田先生の表情が緩み、笑ったように見えた。


「私は時計でも握っていたかい?」

「え、いえ……あ、でもある意味で握っていたかも……?」

「なるほど、私はカワウソだけどもウサギ役なのかもしれないね」

「???」

「気になるなら、また聞きに来てくれると嬉しいな。このままではお互い、次の授業に遅刻してしまうから」

「あ、はい!それじゃあまた……! ありがとうごさいました!」


 自分のクラスに戻りながら、なんで急に『不思議の国のアリス』みたいな事を先生が言い出したのか気になってた。

有名な話ですが、『不思議の国のアリス』の原作者ルイス・キャロルは数学者です。


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