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わたしって運がない?

 それにしても、わたしは男に縁がない。こうなれば自分の墓碑銘には、自虐的にこう刻むか。


永棠えいとうコハル、男(注:人類の)はいなかったが、それでも懸命に生きた』


 いや、まだまだ。

 三十三歳まで天然記念物のように自分を守ってきたのは、心の片隅で、いつか白馬の王子さまが来てくれるって信じていたからで。

 それが、王子はすでに大人で、おまけに人類でさえない鳥族だなんて。

 憧れの盛大な結婚式も、ブーケトスも、余興も、誓いのキスも。みんな端折って結婚しているなんて。


 理不尽さに怒りが湧いたとき、それを遮る声がした。


「なぜ、川で泳いでらしたのか。その点についてお伺いしたいのですが」


 深刻そうな顔つきの家令マルキュスだ。今、そこ? 結婚したという事実に打ちのめされているのに。


「それ、嫌味で聞いてる?」

「とんでもございません。王さまより確認せよとのことで」

「泳ぐのが好きなのよ」

「あのような夜に、危険な川で」

「泳ぎには自信があるの」

「ご無事でなによりでございました」


 彼の話し方は皮肉っぽく、あからさまな嫌悪を感じる。きっと内心では、溺れていればよかったと思っているのだろう。


 アラビアンナイト風の濃い顔だが、感情は読み取りやすい。

 黒髪で浅黒い肌、ほりの深い顔つき、羊毛のチュニックを身につけ、太い皮ベルトを腰に巻き、動きやすそうなパンツにロングブーツを履いている。

 全体の色使いはグレイ系の地味な色合いで、刺繍が目立つところは、アラブというよりスカンジナヴィア方面ぽい。


 一方のカテリーナは妖精だ。

 シルバーに近い金髪が顔の周囲を彩る、色白の可憐な少女。ハーレムに囚われた儚げな天使という風情だ。


「この国の名前は?」


 マルキュスは両眉を上げ、わざと驚いたような嘘っぽい表情を浮かべた。


「カテリーナさま、今、なぜ、そのようなご質問を」

「いいから、質問に答えて。急を要する事態でしょ。いえ、急はこっちの話だけど、事態を把握しなきゃ。じゃなければ、この役立たずのカテリーナのせいで、大変なことになりそうなのよ」


 どんな場合でも、最初にすべきは正確な状況把握と情報収集だ。

 社長室筆頭秘書として思わぬトラブルにでくわしたときも、なんなく対処してきたのだ。いろいろ経験的には手持ちがある。


(ところで、この場で最も権力を持つ者は、王がいなければ、わたしだろう。どうなの、カテリーナ。意識を戻して、そこは答えて)


 ──わ、わたくしが思いますに、ここはハーレムで他に妃もいらっしゃいますし、誰が権力者なのか、わたくしなんかには理解できませんけど。それに、マルキュスさんはかなりの権限をもっております。ただ家令は真面目な方ですから。ところで、あなた様はどちらからいらしたのですか?


(新宿駅のプラットフォームから来たのよ)


 ──それがどこかわかりませんが。わたくし、頭が悪くて。フィヨルも、わたくしはバカだけど可愛いって。


(また、フィヨル。彼って、そんないい男だったの)


 ──ああ、その名前を、どうか呼ばないで。フィヨル……、その名前を口にするだけで胸がドキドキして。フィヨル、フィヨル、なぜ、あなたはフィヨルなの。

 聞いてくださいますか?

 彼は、とっても優しい人なんです。碧眼の瞳に惹き込まれるような美しさで。見つめられると気を失いそうになるほどでした。祖父王の戦艦では航海士を務め的確な判断をする姿の、かっこよさに悶絶ものでしたわ。


 わ、わ、わかった。

 今、この状況でノロケ話を聞けるほど、わたしは人間ができてない。

 むしろ殴りたい。

 秘書室でも、恋バナをしていた部下たちが、わたしがくると一斉に無言になったのは、それなりの理由があったのよ。


 ──わわわ、ご、ごめんなさいませ。わたくしなんかが出しゃばってしまい、ごめんなさい。ここは、おば、失礼いたしました。お姉さまに譲って黙ります。でも、フィヨルのことをお知りになりたければ、いつでも……、とっても素敵な方で。いつもわたくしに優しい言葉を、そのひとつでもお聞きになったら、お姉さまもおわかりいただけると思うわ。たとえば、あの日、森をふたりで歩いておりましたら、彼が、そっと手を伸ばして……。


(黙って!)


 ──黙ります。




「マルキュス。わたしはどうも川水に浸かりすぎて、記憶を失ったわ。今がどういう状況か見極めたいの」

「はあ、カテリーナさま。確かに、お戻りになってから一皮お剥けになったような、以前のようには怯えてらっしゃらないようでございますね」

「そうよ、あなたもこっちの方がいいでしょ?」

「ご明察にございます」

「じゃあ、この国はどういう国? そして、なぜ、わたしは嫁にきたの?」


 彼は、ふたたび両眉を上げた。


 カテリーナの言葉遣いが普段の様子だとしたら、わたしの態度は異質なものにちがいない。不思議に思っているだろうが、彼は何の説明も求めない。

 訓練の行き届いた使用人は小気味よい。

 社長室にもこんなできる男が欲しかった。

 大抵は結婚までの腰掛けとして秘書になった者が多く、婚活サイト、合コンに明け暮れ、社内の独身有望男の情報収集からターゲットを見定めた後の争奪戦まで、彼女たちの攻防は凄まじかった。

 という訳で、一人二人を除いて、ほとんど役立たずだったのだ。


 この姿を新人秘書課の女たちにモデルケースとしてサンプリングしたい。

 これこそ、秘書の鏡。

 できる男とみた。その上、スラっと背の高いイケオジだ。


「どこから、ご説明をいたしましょうか?」

「そうね、わたしの国のこと、ここに来た理由から、とくにわたしのことを」

「かしこまりましてございます」




(つづく)

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