07-03. ラストエンド
いや何これ。
本当、ナニコレ。
言葉では言い尽くせない混乱に見舞われ、私はその場に固まっていた。
でも、この場所にはめちゃくちゃ見覚えがある。
──学院の、屋上庭園のベンチ。
そこに、私は、ちんまりと座っていた。
……暫くして、ハッと我に返った。
自分を見下ろすと、ダボダボの制服を身に纏っている。顔には、分厚いビン底眼鏡。
おそるおそる、目の前で両手を広げてみる。そこにはシミもシワもなく、ゆで卵のようなツヤツヤした若い肌があった。
「……若返ってる、よね……?」
慌てて周りを確認すると、ベンチには学生時代に使っていた鞄が置かれていた。膝の上には、見覚えのあるランチボックス。
庭園には、晩夏の花が咲いている。
戸惑う私の目の前を、季節外れの黄色い蝶がひらひらと横切っていった。
「これは死後の世界なの……?」
何が起きてるの。
ひたすら混乱していると、背後の茂みがガサッと音を立てた。
「やだ、誰……!?」
泣きそうになりながら振り返ると、
「…………もしかして、アデル?」
「…………………ふぁっっっ!!???」
茂みから顔を出したのは、そこだけスポットライトが当たっているかのような麗しい美少年。
ジーク・ライヴァルトだった。
「先輩…………」
「君、僕がわかるの……?」
「え、はい。ジーク先輩ですよね……?」
「うん。そしたら、久しぶり、って言ったらいいのかな……」
「はい…………お久しぶり、です、ね……?」
「隣、座っていい?」
「…………どうぞ」
端に寄ってスペースを空けると、先輩は「ごめんね」となぜかすまなさそうに謝りながら、隣に腰を下ろした。
死後の世界にしては妙にリアルだ。
思わずほっぺをつねってみる。めちゃくちゃ痛いわ……!
「それ、さっき僕もやった」
そんな私を見て、先輩は「ほっぺたが赤くなってる」と苦笑した。
「さっき階段上ってくる時、昔の記憶とまったく同じ会話をしてた奴とすれ違ったんだ。デジャブみたいに、完全に同じで……」
いったん言葉を切った先輩は、ためらいがちに再び口を開いた。
「僕と君が、この場所で初めて会った日、覚えてる?」
「先輩が私に、友だちになってほしいって懇願した日の事でしょうか……?」
「そう。本当に信じがたい話だけど、どうやら、その日に時間が巻き戻ったみたいなんだ。それも、もしかしたら僕のせいかもしれなくて……」
────それを聞いた私は、泡を吹いて倒れそうになった。
「うわ、大丈夫!?」
「は、はい、何とか……!」
ベンチから転げ落ちそうになった私を、先輩がサッと支えてくれたけれど、脳震盪と過呼吸がいっぺんにやってきたかのような途轍もない衝撃に、私は立ち直るまでにかなりの時間を要した。
諸々が落ち着いたのは、昼休み終了の鐘がとっくに鳴った後だった。
校庭や屋上庭園からは人の気配が消え、辺りはすっかり静まり返っている。
ようやく気持ちが定まって、私はおずおずと切り出した。
「あの、僕のせい、とは一体……?」
先輩のさっきの台詞。
何か根拠があるんだろうか。
そう思って尋ねると、先輩は心から申し訳なさそうな顔をした。
「時間が巻き戻る直前、君の訃報が届いたんだ」
先輩がポツリ、ポツリと話し始める。
「それが、本当にショックで…………君と人生を共に出来れば良かったって、強く強く後悔したんだよね。僕はどうしたら良かったんだろう、叶うなら、人生をもう一度やり直したいって。
そうしたら、よくわからない力が身体中に溢れて、まわりが光って……気がついたら、この日に戻ってた。嘘みたいな話だけど、本当なんだ」
「な、なるほど…………」
「僕も信じられないし、100%確信があるわけじゃないけど……これは現実だと思う。不思議とそう感じるんだ」
うん。まあ、あり得なくはないわ……
私も一度経験してるし。
……そう思ったけど黙っていた。話がややこしくなりそうだから。
────これは私の推測でしかないけど、私の訃報をトリガーに、先輩は魔王の力を使って、時間を巻き戻してしまったのだろう。
世界の均衡を崩す、と言われるほどの力を秘めていたわけだから、時間逆行ができたとしても不思議ではない。
しかしそんな事に使うかな、普通……
"魔王の末裔"のストーカーこっわ……
「君は、僕の事を友だちとしか思ってなかったのにね。こんな事に巻き込んでしまって、なんて謝ったらいいのか……」
でも、当の末裔は、長身を折るようにひたすら平謝りしている。
また人生やり直しかぁ……と思うと白目になってしまうが、先輩だってこんな事になるとは想像もしてなかったはずだ。
悪気があった訳じゃない。
責めるのは簡単だけど……私には出来なかった。
落ち込んでいる先輩を見ていたら、なんだか、しょうがない人だなぁ、と思えてくる。
そうならないように気をつけていたのに、気づけばどうしようもなく、情が移っていたようだ。
そう……私は多分、綺麗で、不器用で、優しいこの人が好きなのだ。
首チョンパな最期を引きずってた二度目の人生。
あの頃の自分は、恐怖に突き動かされていた。それが、あらゆる困難を乗り越える原動力になった。
だからこそ、処刑命令を下した相手を好きになるわけにはいかなかった。
元"悪女"でド地味を装う私が、先輩に好意を持ったりするのも、罪を重ねるようで嫌だった。
心を許すと、どこか無理が出る気がして苦しかった。
だから私は、先輩の告白を受け入れられずに、物理的、心理的に距離を置いた。
だけど今は違う。
断罪は、体感で遠い過去になった。
そうして残った感情は、日だまりのようにあたたかい思慕だ。
私はその感情を、頑なに認めてこなかった。
だけど、ここまで来て逃げるなんて、自分をも裏切るようなものだ。
もし先輩に「やっぱり別れよう」とか言われたら、いい女ムーヴで別れてあげればいい。後で泣きながらやけ食いするかもしれないけど、時間が経てばきっと大丈夫。
いい加減、腹を括ろう。
「ジーク先輩、その事なんですが」
「うん」
捨てられた子犬のようにしょぼくれて、ジーク先輩が私を見る。ああ、かわいいな、もう。
「……実は私も、まあ、多少……多少ですけどね? 先輩の告白に応えなかったのを後悔しているというか……!
そこまで想われて、先輩の気持ちを無下にするほど、私も冷たくないので……その………」
あたふたしたけど何とか言葉に出来た。
すると、先輩の空のような青い瞳が、これ以上ないほど丸くなった。
長い腕が伸びてきて、私をぎゅうっと強く抱きしめる。思わず息を詰める。
「ありがとう。大好きだよ、アデル」
耳元で囁かれた声は、小さく掠れて震えていた。
◇◇◇
……という顛末の末に、私の三回目の人生がスタートした。
三回目は、二回目でひととおり経験していたので、かなりスムーズに事を運べた反面、数十年の激重感情を拗らせた先輩を抑えるのが大変だったり、悪いタイミングが重なって、ファトマ公爵が隣国ウルギークに亡命したり、公爵を担ぎ上げた隣国が攻めてきたりと、想定外の波乱も少なからずあった。
ただ、「結婚はウルギークとの戦争が終わってから」と先輩と約束したからか、ジーク先輩が鬼神のような強さを発揮し、戦場で一騎当千の大活躍をした事は記憶に留めておきたい。
さすが"魔王の末裔"、元"英雄"。
本当、あんなの敵に回す方がおかしいって……一回目の私ってば、いったい何考えてたのかしら……
そうして、ウルギークはこてんぱんに負けて撤退。私とジーク先輩は晴れて結婚し、三回目でようやく至極平穏で幸せな人生を手に入れたのでした。
おしまい。
完結しましたーーー。
「面白かったよー」と思った方は、☆・ブクマ・リアクション等で応援していただけるととても励みになります!
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




