6. マリアという存在
◇◇◇
ふと気がつくと、私は真っ白な部屋にいた。
染み一つない、ひたすらに白い壁。それに四方を囲まれている。
ここはどこだろう……と戸惑っていると、背後で小さな衣擦れの音がした。
「お嬢様……いえ、アデルハイデ・ローエングリム様。ようこそ、女神の領域へ」
「…………マリア?」
振り返った先に立っていたのは──私に長年仕えてきた侍女、マリアだった。
年齢不詳の端正な顔。人形のような無表情。
見慣れた、私の侍女だ。しかし彼女の纏う衣装は初めて見るものだった。
ゆったりしたシルエットは、何となく教会の司祭服を思わせる。
しかし司祭服が紺を基調としているのに対して、マリアの衣装は純粋な白で統一されていた。
内側から光り輝くような生地に、つい目を奪われてしまう。
不思議な白い衣装を纏ったマリアは、戸惑う私をじっと見た後、恭しく頭を下げた。
「……つい先程、世界の命運は、定まりました。それを受けて、貴女にお伝えすべき事がございます。そのためにここにお招きいたしました」
「世界の命運……ってなんのこと?」
抑揚のない声で言われ、はた、と記憶を辿る。
いつだったか、似たような台詞をマリアに言われた気がする。「あなたに世界の命運がかかっている」……とか何とか。
あの時は、「何言ってるんだろう」くらいにしか思わなかったけど……
「ねえマリア。これは、夢とかじゃ……?」
「否、夢ではありません。貴女の魂は現在、時空の狭間──女神の領域に存在しております」
なるほど分からない。
混乱する私に構わず、マリアは淡々と語り始めた。
「……さて、本題に参りましょう。
アデルハイデ・ローエングリム様、時間逆行する以前の貴女は、多くの民を虐げ、王国を荒廃させた悪逆非道な王妃であった。これを認めますね?」
「う、……はい」
「そのため、ノース王国は、反乱軍の"英雄ジーク・ライヴァルト"に滅ぼされた。その時、貴女は処刑されたのですが…………実は、その後が問題でした」
私はゴクリと喉を鳴らした。
そこから先は、私の知らない歴史だ。
「……"英雄ジーク・ライヴァルト"は、この国の新王に即位した直後、信頼していた部下たちに裏切られ、瀕死の重症を負いました。
家族を失い、部下の裏切りに遭い、世界に絶望した彼は──"魔王"の力に目覚めてしまったのです」
まおう。魔王とは一体。
え、比喩……とかではなくて??
「"魔王"って、教会が教えてる、あの……?」
「さようです。彼の正体は、"聖王"に倒された"魔王"の子孫だったのです」
「……え、えええぇぇっ!!!!??」
……と、いったん驚きはしたけれど、
「いや、よく考えたら全然意外じゃないわ!!!」と思考が高速でドリフトした。
先輩のカリスマと強さはどう考えても人外レベルだ。"魔王"の子孫と言われても納得しかない。
おそらく母親側の血筋がそうなのだろう。先輩のお母様って、石像ブン回したり、猪を素手で倒した女傑らしいし……そっかー"魔王"かぁー……
先輩が"魔王"の血筋だというなら、他にも色々辻褄が合う。
教会やマリアが苦手だったのとか。
そしてハッとした。
「ねえマリア。私、半壊の王宮と、銀の鬣の化物の夢を見た事があるの。あれは、逆行前に実際あった事だったのかしら……」
「そうですね、おそらく逆行前の出来事でしょう。アデルハイデ様なら、あの"魔王"を夢で見たとしても不思議ではありません」
マリアが頷く。
あれ、先輩だったのね……とドン引く私に、マリアがひと呼吸おいて、説明を続ける。
「"魔王"の出現によって、世界は一気に不安定になりました。"淀み"に傾き過ぎれば、いずれ世界は均衡を失い、崩壊を迎えます。創成の女神は、世界の破滅を阻止するために、時間を巻き戻したのです」
マリア曰く、二度の"魔王"出現は、女神にとっても想定外だった。
最初の"魔王"が現れた時、女神は"聖王"に力を分け与えた。結果、力の大半を失う事になった。
その失った力を回復するため、女神は深い眠りについた。だが──いまだに回復しきっていなかったのだ。
新たな"魔王"に対抗したくとも、誰かに力を与える方法では倒せない。
そこで女神は、いっそ時間を巻き戻してしまえ、という方向で解決を図ったらしい。
……というか、女神って実在したのね。全然信じてなかったわ。
マリアは淡々と、私に降りかかった事象の謎を解き明かしていく。
「そして時間逆行の際に、逆行前の貴女──"悪女アデルハイデ"の記憶を、子供のうちに取り戻させるという条件が付加されました」
「あ、なるほどー!」
私はポンと手を打った。
「ギロチンの記憶を思い出させたのは、私に再び"悪女"の道を選ばせないようにするためだったのね。それなら、少なくとも王国は安定するもの」
私は小さく苦笑して、マリアを指差した。
「そして女神はもう一つ、保険をかけた。あなたを遣わして私を監視させたのよ。そうでしょ?」
「さすが私のお嬢様、ご明察でございます」
マリアが恭しく礼をとる。
「私は、女神の命を受けた御使いです。
貴女が道を誤ったり、不測の事態があった場合は、私が対応する予定でした」
マリアは無表情を崩し、口許を微かに綻ばせた。慈愛に満ちたその表情は、まさに教会の女神像のようだ。
なるほど似てるはずだ……
「最終的にファトマ筆頭公爵が捕縛されたため、彼が引き込む予定だった、隣国の侵略の可能性もなくなりました。貴女が処刑される未来はこの先、訪れないでしょう。
偉大なる女神の名において、約束いたします」
「そうなのね!? やったぁ!!」
マリアが次から次へと吉報をもたらす。
私の気分も上向いていく。
嬉しくて万歳していると、マリアの表情がやや曇った。
「ですが……」
「え、何。もったいぶらないで教えて頂戴」
いったん言葉を切るマリア。
何だか嫌な予感がする。
「王国滅亡による、"魔王"出現はなくなったのですが…………ジーク・ライヴァルトは、貴女に執着しています」
「…………あ、うん。そうかも、ね………」
気絶する前、先輩は私のことが好きだと言ってたっけ。
「例えばの話、貴女が誰かに殺されるとか、無惨な死に方をすれば、それを契機に"魔王"にならないとも限りません」
「え…………何それ」
「ファトマ公爵の暴力も目の当たりにしていたら、かなり不味かったでしょうね。なので是非、貴女には、穏便に長生きしていただきたく……」
「いや、もちろんそのつもりだけどね!!!??」
何だか最後の最後でとんでもない難題を突きつけられた気がする。私は、ふと頭に浮かんだ疑問をマリアに尋ねた。
「ねえ、"魔王"の血筋が残ってたのに、どうして女神は何も対処しなかったの……?」
「ほとんど無害化されておりましたからね。彼の場合、かなり特異な先祖返りだったのと、巡り合わせが悪かったのです……」
マリアは意味深に私をチラッと見た。
うぐ、と言葉に詰まってしまう。私がその「悪い巡り合わせ」の筆頭だから、ぐうの音も出ない。
実際、先輩の性格とか、私なんかよりよっぽど人畜無害だものね……!
「あの、じゃあ、先輩の好意を突っぱねたら、怒って"魔王"化しちゃうとかは……?」
びくびくしながら尋ねると、「それは大丈夫です」とマリアが太鼓判を押した。
「その場合は、影から貴女の幸せを見守るだけになるでしょう。ストーカー行為は多少あるかもしれませんが……貴女は、誰と恋愛しても問題ありません、多分」
「それ、全然安心できないよね!!??」
怖い。
"魔王"の血を引くストーカーとか怖すぎる。
しかも小声で「多分」って言った。
「いずれにしても、世界は崩壊を免れました。後は貴女のお好きなように、人生を謳歌なさってくださいませ。
女神は力を使い果たし、ふたたび深い眠りについておられますゆえ、こちらの世界に干渉なさる事はもうないでしょう」
「いや、"魔王"化するかもしれないストーカーとか怖すぎるから!! 女神様の力で何とかしてよ、ねえ待ってマリアぁあーー!!!」
「今までありがとうございました」と無責任に去ろうとするマリアを、半泣きで引き留めようとしたけれど、強い力に引っ張られるように私の意識は地上に引き戻されていく。
そしてハッと目が覚めた。
「……ああ、起きた」
目を開くと、すぐ近くで、安堵する先輩の声がした。
答え合わせ回でした!
時間逆行前の部下の裏切りですが、裏でけしかけてたのもファトマ筆頭公爵だったりします。陰謀大好き。
先輩は、通常→英雄→魔王 と二段階変化するラスボスでした。
そして明日、二話更新して完結します。
(全45話→全47話に増えました)
最後までよろしくお願いいたします。




