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01-03. 私に出来る事

 


 国内最難関のエリートの登竜門。

 それが、王立学院である。

 三代目国王の王命で設立されたこの学舎は、百年以上の歴史を誇り、国内随一の伝統ある学校として知られる……らしい。


 その王立学院には、現在三つの学科がある。

 騎士科、魔法科、そして教養科。私はこの三つのうち、いずれかに入学しようと決めた。


 でも──自分に何が向いてるかなんて、さっぱりわからない。前回人生も今回も、まともに努力した事なんてないからだ。


 とはいえ、ネガティブ思考に嵌まってる暇はない。

 だから、そうね……逆に考えたらどうかしら。

 私には無限の可能性がある、と。

 うん、前向きに考えた方がいいわね。

 ……よーし、すっごくやる気出てきたわぁ!



 と、やる気を出した所で現実を振り返ってみよう。

 実際、学院の合格はかなり難しいだろう。

 なぜなら私は、世紀のアホだからだ。

 頭は空っぽだし、今のところ何のスキルもない。

 努力を惜しまず、きっちり準備して試験に臨まなければ、確実に不合格になる。


 学院の入学試験は十二歳。

 今の私は八歳だから、たったの四年しかない。

 早いとこ目指す学科を決めて、すぐにでも特訓しなければ間に合わない。

 じゃあ、どの学科で受験しよう……と熟考した結果。


 私が最初に希望したのは──騎士科だった。


 我ながら、すごく良い案だと思うの。

 ──ムキムキに鍛えた筋肉で、片っ端から悪党をなぎ倒す女騎士! ふふふ、これなら"悪女"と相当隔たりがあるわ!

 もはや、別種の生物といっても過言ではない。

 私は「ゴリマッチョな女騎士」になるのだ!!



 ◇◇◇



 女騎士になった自分を想像し、さっそく適性を確かめようと、私は勢いよく両親に頼みこんだ。


「お父様、お母様! どうか、剣術の師範をうちに呼んでいただけませんか?」

「剣術?」


 その申し出に、両親の目は点になった。


「何を血迷ったのだ、アデルハイデ」

「頭でも打ったのかしら………あなた、医者を……!」


 お父様もお母様も、鳩が豆鉄砲を食らったようなお顔で戸惑っていらっしゃる。

 気持ちはわかる。私は一応、深窓の令嬢だ。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 わが家の運命は、私が女ゴリラになれるかどうかにかかっているのだ……!


「頭は大丈夫です。お医者様も必要ありませんわ。ただどうしても私は、剣術を習って誰よりも強くなりたいのです!」

「でも、剣術なんて危ないわ」

「その通りだ、アデル。お前はそこらの木の枝すら持った事がないではないか」

「お父様、そこを何とか。中止になった誕生日パーティの代わりに、どうかお願いいたします!」

「…………ううむ」


 お父様が腕を組んで唸る。あとひと押し。

 私は「必殺・上目遣い」を連発し、ありとあらゆる「かわいい」を駆使して、ぐいぐい押しまくった。


「そこまで言うなら仕方ない」


 暫くして、お父様がついに折れた。ため息混じりに許可をくださったので、心の中でガッツポーズして快哉を叫ぶ。

 やったぁ!! これでわが家は安泰ね……!!


 はやる気持ちを押さえ、私は剣術を習える日を心待ちにしていた。



 ──それから数日が経って、剣術の師範がわが家にやってきた。私はご機嫌で訓練に臨んだ。


 しかし、ここで重大な問題が発生した。

 剣術をやってみてわかった事がある。──私の運動神経は、壊滅的なレベルでダメダメだったのだ。

 いかにも脳筋そうな剣術の師範も、しょっぱいものを大量に食べた時のような顔をしている。どうフォローしていいか分からないのだろう。

 だって、私ときたら三歩走ればコケるし、素振りした木刀がなぜか自分に当たるのよね。

 どうしてかしら…………?


 剣術の師範は、その日の最後に、「お嬢様は、刺繍や詩をご趣味になさった方がよろしいかと思います」と率直な感想を述べた。

 その後ろで両親もこくこく頷いている。

 これは切ない。

 私は「ゴリマッチョな女騎士」になる夢を諦めた。


 ……でもね。私の目指す道は淑女ではないのよ、お父様、お母様。そうしたら私たちは、一家で破滅するかもしれないの。



 ◇◇◇



 次に試したのは、魔法だった。

 強力な魔法を使いこなし、学院で優秀な成績を修めれば、宮廷魔法士などの道も開ける、という。

 魔法使いといえば、暗い色のローブに、深くかぶったフード。不幸を呼ぶこの顔も隠せるし、一石二鳥だ……!


 私はもう一度両親に頼みこんで、魔法の師範を呼んでもらおうと決心した。


「お父様、お母様! 私は今、とっても魔法に興味があるのです! どうか、魔法の師範をよんでいただけないでしょうか?」

「魔法だって? 炎や氷を出すんだろう、危険だ」

「そうよ、アデルハイデ。やめた方がいいわ」

「いいえ、私はどうしても魔法を学びたいのです! 慣れるまでは、師範の目のとどくところでしか練習いたしません。どうかお願いします!」


 上目使いにうるうる涙目も追加し、前回同様、どうにか両親を押しきった。



 ……だが。


 実際に魔法の訓練に取り組んで、わかった事がある。

 私の魔法の才能は、限りなくゼロに近かった。

 必死に頑張っても、指先にちょこんと小さな炎を出すだけで精一杯だったのだ……!

 これならマッチの方がマシだ。一緒に訓練を始めた侍女のマリアの方が、よっぽど大きな炎を出してたわね……


 老年の魔法の師範は、「お嬢様にふさわしいのはダンスや楽器でございましょう」と、私を慰めるように諭した。

 悲しいけれど、魔法使いになる選択肢は外すしかなかった。



 ◇◇◇



 ────いけない。こんなんじゃ、また"悪女"になってしまうわ。


 剣術と魔法のあまりの才能の無さっぷりに、私は一人焦っていた。二回目人生の生存戦略は、早くも崖っぷちである。ちょっと泣いていいかしら……?


 そんな風に弱気になったりしたけれど、私はまだ諦めていなかった。

 まだ一つ残されている、最後の砦だ。

 でも……あのカサカサする黒い虫より苦手なアレに挑戦する事になっちゃうなんて……!

 つい現行人生を呪いたくなったが、泣き言を言ってる場合じゃない。諦めたらそこで終了だ。

 私は最後に取っておいた、教養科を目指すと決めた。──すなわち勉学だ。



 逆行前も今も、私は極端な勉強嫌いで、家庭教師からは何かにつけて逃げ回っていた。

 空っぽの風船ヘッドだから当然ではある。

 だけど、ここまできたら最後の可能性に賭けるしかない。


 これがダメなら、潔く修道院に行こう──と、私は悲壮な覚悟を決めた。

 けれど、運命は私を見捨てなかった。



 私はまた両親に頼みこんで、家庭教師を呼んでもらった。

 勉強嫌いだった娘が突然、「勉強したい」と言い出したものだから、やっぱり頭がおかしくなったのでは……と両親や使用人から、いたく心配された。

 いや違うから。


 家庭教師はすぐに馳せ参じてくれた。

 彼女の指導の下、私は数日間本気でみっちり勉強に取り組み、最終日にテストに臨んだ。


 すると結果は……なんということでしょう。

 驚くべき事に、結果はそこそこ。幸いなるかな、私の地頭はそんなに悪くなかったらしい。

 壊滅的なバカだと思っていたけれど、私はやれば出来る子だったのだ。私も知らなかったけど……!

 きっと食わず嫌いというやつだったのね!


「お嬢様、よくがんばりましたね! 素晴らしい成績ですわ!!」


 家庭教師にべた褒めされて、元々調子に乗りやすかった私は「これしかないわね……!」と決意した。

 私ことアデルハイデ・ローエングリムは、王立学院教養科を目指すのだ。

 ついでにこの派手な顔を隠して、本格的に地味に生きようと誓ったのだった。



 二度目の人生設計はこうして決まった。

 愚かな"希代の悪女"から、"ド地味な優等生"へ───

 いける。

 つい先日まで「教科書なんてただの紙」だと思っていた事も忘れ、私はやる気に満ち溢れていた。


 ……まぁここだけの話、まったく別の人間に転生した方がよっぽど楽だったわ……と思わなくもなかったけれど、これもまた人生である。



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