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01-02. 将来の目標

 


  ────ベッドに横になって、花柄の天井を見上げる。


 目を閉じると、かつての記憶が甦る。

 私──アデルハイデ・ローエングリムは、国を破滅に追いやった"悪女"として、悲惨な末路を迎えた。

 記憶は細部にいたるまで緻密で、単なる子どもの空想で片付けられるような代物ではない。生々しい現実感を伴って、頭の記憶領域を占拠していた。


 ──王都から逃げ出そうとして、密告で捕まった時の、奈落に落ちていくような絶望感。

 牢獄の鉄格子の冷たさ。

 処刑台まで歩かされた時に、投げつけられた石の痛み。


 絶望も、冷たさも、痛みも。

 間違いなく、すべてが本物だ。

 あれと同じ轍を踏むなんて、無理。

 "傾国の美女"なんてこりごりだ。

 でも───"傾国の美女"にならないためには、一体どうしたらいいの……?



 ◇◇◇



 熱が下がってきた二日目。


「アデルお嬢様、お食事をお持ちしました」


 侍女のマリアが、湯気の立つおかゆを運んできてくれた。いいにおいが部屋を満たす。

 あの激マズな薬が効いたのか、食欲も出て、私は少しだけ元気になっていた。


 ミルク入りのおかゆを少しずつ口に運びながら、これからどうしたらいいんだろう、と考える。

 大体の方向性は決まった。でも、昨日から色々考えてはみたけれど、具体的な計画は何も思いつかない。困ったわね……


 途方に暮れていたその時、私は側でじっとこちらを見ているマリアの存在にあらためて気がついた。

 そしてハッとした。

 ……そうだわ、わからなければ誰かに聞けばいいのよ!


「ねえ、マリア」

「何でしょうか、お嬢様」

「私のような貴族令嬢が、結婚せず、一人で生きていくにはどうすればいいと思う?」

「…………」


 常に冷静で無表情なマリアが、またしても目を丸くして、私をまじまじと見返した。思いもよらない質問だったらしい。

 そんなに驚かれたら、質問した私までつられて驚いてしまうわ。


「……お嬢様、なぜそのような事をお考えになったのですか?」

「だれかの妻になる以外に、自分が何になれるか知りたかっただけよ。いいから答えて。もちろん、あなたから聞いたなんて、だれにも言わないわ。約束する」


 ぎゅっと両手を組んで、うるうるした上目遣いで見つめる。この「必殺・美少女上目遣い」は、沈着冷静な侍女にも効果があったようだ。


 マリアはため息をこぼして、一つの選択肢を教えてくれた。


「そういった方々は、修道院に行かれる事が多いかと思います」

「修道院……」

「ええ。創成神たる女神に人生を捧げ、厳しい戒律を守り、ひたすら天に祈るのです」


 なるほど、と私は考えこんだ。

 修道院がどういう場所かは、無知な私でも何となく知っている。女神教会の付属施設で、俗世を捨てた女性たちが生活する場所だ。


 修道院かぁ…………

 身分や実家から距離を置く、という意味では悪くないかもしれないわ。結婚も贅沢も、私には要らないものだから。

 ただ、いったん修道院に入ると世の中から隔離されてしまう。何か行動したり、情報収集するのも、制限が多いはずだ。


 万が一、前回の記憶のとおりになって、両親が罪に問われたり、隣国が攻めてきた場合。

 私が修道院にいたら、両親を助けるどころか、状況を把握する事すら難しいと思う。

 それはどうなのかな……

 うーんと唸って、私は修道院行きをいったん保留にした。


「ねえ、ほかにも、何かあるかしら」


 もう一度尋ねると、マリアは首をかしげた。


「そうですね…………たとえば、学校に行く、という選択肢もあるのではないでしょうか」

「学校……なるほど!」


 その手があったわ!

 私はポンと手を打った。学生ならわりと自由に動ける。専門を極めれば、自立も不可能じゃない。

 つまり結婚しなくてすむ……!

 一石二鳥だ!!


 おかゆをもぐもぐ食べながら、さらにマリアに尋ねる。


「それは名案だわ。ねえマリア、わが国で一番有名な学校はどこ?」

「エリートの登竜門といえば、王立学院でございましょう」

「それよ、王立学院! たしか、学院には三つの学科があったわね。騎士科、魔法科、教養科。そうでしょう?」

「その通りです、お嬢様」


 マリアが頷く。

 世紀のアホだった私でも、王立学院くらいは知っている。卒業生の多くが文官や騎士、王宮魔法師になって、目覚ましい活躍をしてる事も。


 これだ。

 目の前に希望の光が射した。

 王立学院に行って自立を目指そう。一人でも生きていける女になるんだ……!


 それはとても魅力的な計画のように思えた。俄然やる気になった私は、ガツガツとおかゆを平らげていく。

 そんな私をマリアは何とも言えない顔で眺めていた。その時ふと、かすかな違和感を覚えた。



 …………最初の人生に、マリアという名前の侍女なんていたかしら?



 マリアは私専属の侍女だ。無表情で全然愛想のない子だけど、とても有能で、いつの間にかうちに来て働きだしていた。


 でも────こんな子、巻き戻り前にいただろうか。さっぱり記憶にない。


 私はマリアをじっと見つめた。

 色素の薄いプラチナブロンドと、淡い紫の瞳。顔立ちは整っていて、まるで無機質な人形のようにも見える。

 でも……これほど綺麗な顔立ちなのに、どこか印象が薄い。うーん。やっぱり一度目の記憶にはいなかった気がする。


「お嬢様、私の顔に何か?」

「いいえ。なんでもないわ」


 淡々と尋ねるマリアに、小さく首を振る。

 …………うん、きっと気のせいだわ。

 誰よりも高慢だったかつての私は、屋敷の使用人にほとんど注意を払わなかった。だから忘れてしまったのだろう。

 そう思い直して、私はおかゆを食べることに専念した。



 ◇◇◇



 さて────「王立学院に行く」、それが今の私の目標になった。


 我ながら、前回人生との落差がすごい。

 "悪女アデルハイデ"であった頃の私なら、くだらない、と鼻でせせら笑ったはずだ。

 あの頃は、あくせく勉強して働くなんて馬鹿げてると思ってたし、贅沢に溺れて当然だと思ってた。


 だけど、それではダメなのだ。

 バッドエンド回避のためには、悪女的なものとスッパリ縁を切らねばならない。


 王立学院は難関だ。入学試験だってある。どの学科を受験するか、早く決めていかないと。

 時は金なり。

 バカな私に、あまり時間は残されていない。



 そう決心した数日後。

 熱が下がってすっかり元気になった私は、「剣術の師範を呼んでほしい」と両親に願い出た。

 私が最初に目指したのは──ゴリラのような逞しい女騎士だったからだ。



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