表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/48

01-01. 懺悔と二回目

 


 ──高熱と記憶の奔流に、八歳の私は圧倒されていた。

 実際、「思い出す」なんて生易しいものではなく。

 次々と記憶が「溢れ出す」、そんな感覚。


 すべてを思い出した時、私は「うわぁ……」と頭を抱えた。

 あらためて振り返ると、私って本当にひっどい女だったわね……


 王太子の寵愛を盾に、贅沢しまくった。

 国が傾いてる事実から目を背け、何を言われても浪費をやめなかった。

 魚は頭から腐るというけれど、"悪女"のせいで王国が腐っていくのはあっという間だった。

 横領や不正が横行し、罪をなすりつけられた者が断罪されていく。王宮は悪いヤツしか生き残れない場所になった。


 そのうち、圧政に苦しむ民衆が各地で反乱を起こすようになった。

 王国は彼らを武力で制圧したけれど、人びとの不満は募るばかりだった。


 国が弱体化すると、その隙を狙って、隣国までもが攻めてきた。

 隣国の軍は略奪を繰り返し、農地を焼き払いながら、王都を目指して進軍した。


 ところが、である。

 敵軍の勢いに恐れをなした王国の正規軍は、民を救おうとせず、穴熊のように砦に引きこもったのだ。

 民は絶望の淵に立たされ、王国軍の評判は地に落ちた。


 けれど──そこに救世主が現れる。

 当時、すでに立ち上がっていた反乱軍である。


 若き将軍に率いられた反乱軍は、激闘の末に侵略軍を追い払い、人びとの圧倒的支持を得た。

 勢いに乗った彼らは、隣国の軍が国境の向こうに逃げるのを見届けると、王都へ取って返した。そして、王都の民にこう呼び掛けたのである。


「王命に従わず開門せよ。物資を無料で配布する。悪いようにはしない」、と。


 この呼びかけは、たちまち功を奏した。

 城門に詰めかけた民衆は兵士を排除し、門を開放した。こうして反乱軍は、労せず王都を手中におさめてしまう。


 勇猛果敢な反乱軍に対して、国庫が空でろくに体制を整えられなかった王国軍は、あっけなく瓦解。速やかに降伏した。

 もちろん、国庫が空だったのは私のせいである。



 そうして迎えた私の末路は、"希代の悪女"にふさわしい、なんとも惨めで情けないものだった。


 王太子からすでに国王になっていた夫は、王族として最後の務めを果たすべく、城に残り、攻めこんだ反乱軍の将軍に討ちとられた。

 一方、王妃であった私は、夫を見捨て、自分だけ王都から逃げ出そうと画策したわけですよ……!


 ね、最低でしょ?


 けれど、誰からも憎まれた"悪女"がそう簡単に逃げられるはずもなく。

 密告によって捕えられた私は、広場に引きずり出され、あえなくギロチン行き。集まった民衆から憎悪と罵声を浴び、石を投げられ、自分がいかに憎まれていたかを悟った。もう涙も出なかった。



 断頭台に痩せた体を固定され、筋の浮いた首筋に、鋭く大きな刃が落ちてくる。

 一瞬だけ、熱い、と思った。

 それが最後の記憶だ。


 誰も同情なんてしない、"悪女アデルハイデ"の人生はこうして終わった。

 …………全方面に本気で申し訳ない。



 ◇◇◇



 高熱にうなされながら、私はアホすぎる一度目の人生を深く反省した。

 そして心の底から悔い改めた。


 かつての私は、多くの人びとを不幸に陥れた。

 その不幸にした人の筆頭が、両親である。

 愚かな娘のせいで、二人は市中を引き回され、無惨に殺されてしまったのだ。

 ギロチン直前、牢番に嘲るようにその事実を知らされ、私は泣き崩れた。どれほど両親に謝りたくても、もう後の祭りだった。


 そう──私の両親は、確かに一人娘に甘かったわ。それは事実だ。

 でも、市中引き回しにされて殺されるほど、悪い事はしてない。

 お父様もお母様も子煩悩ではあったが、一方で、普通の感覚をもった常識人だった。地位に溺れ、好き放題する私を、二人は何度となく諌めてもいた。

 その言葉に耳を貸さなかった私が、全面的に悪いのだ。


 後悔してもし足りない。

 あの頃の自分は、最低の人間だったと思う。


 ……でも、なぜか時間は巻き戻った。


 今の私は八歳だ。社交界に出るのは今から何年も先で、王太子とは出会ってもいない。死んだはずの両親もちゃんと生きてる。

 それなら、選択次第で未来を変えていけるのでは……?


 せっかくこうしてやり直しのチャンスが巡ってきたんだもの。これからはまっとうに生きなきゃダメでしょう。

 ギロチンで終わる人生なんて二度と御免だ……!




 熱で朦朧としながら、必死に考える。

 二回目人生の目標は、大きく二つ。


 まず、"悪女"にならないこと。

 次に、両親を巻きこまないこと。


 結婚とかもこりごりだ。

 私はアホで調子に乗りやすい。

 王太子と結婚なんかした日には、また国を滅ぼしかねない。ギロチン最短コースである。危険すぎる。


 では、結婚相手に、王太子以外を選んだらどうなるんだろう。

 ……考えてみたけど、そちらも微妙だ。

 社交界に出て、私の美貌や家柄に惹かれた男にちやほやされたら、また性悪な"悪女"の本性が出てしまいそうだしね……

 そうならない自信は…………正直全然ない。

 そして再び"悪女"になってしまったら、また破滅が待ってるわけで…………


 うん、やっぱり結婚はナシで。


 はぁ……それにしても、記憶を取り戻したら、高貴な身分も贅沢三昧も、全然魅力的だと思えなくなっちゃったわ。

 王太子妃として社交界に君臨していた頃は、この世の春って感じだったけど、そのために身を滅ぼすと知ってしまったら、そんな場所には金輪際近づきたくない。だって怖すぎる。


 今回の人生は地味でいい。

 目立たないのが一番。できれば深海魚のようにひっそりと生きていたい。


 だけど──身分や結婚を捨てて、実家にも頼らないとか、そんな生き方を選択する貴族令嬢ってどれだけいるのかしら。とってもレアな気がする。


 でも、何かしら方法はあるだろう。

 なければ自分で道を切り開くしかない……!



 決意したところで──コンコンとノックの音が部屋に響いた。

 侍女のマリアが入ってきて、「アデルお嬢様、お薬です」と、不気味な緑色の液体が注がれたカップをサイドテーブルに置く。

 これ、昨日も飲まされたやつ……


「お薬、飲まなきゃダメ……?」


 げっそりしてマリアに尋ねる。


「ええ、お医者様が必ず飲んでくださいとおっしゃっておられました」


 その返事に打ちひしがれながら、マリアに手伝ってもらって体を起こし、カップを受けとる。

 しぶしぶ口をつけると、やっぱり耐えられない苦さだった。


「…………まずいわ」


 でも、回復するには飲むしかない。

 必死になって薬を飲んでいると、常に冷静なマリアが目を丸くして、静かに驚いていた。


「お嬢様は、『飲みたくない』と駄々をこねるものだと思っておりました」


 ポロリと出たマリアの本音。

 まあそうよね。今までの私なら間違いなくそうしたわ。

 甘やかされて、我が儘になっていた自覚はある。だけどこのままじゃダメなの。

 良い方向に変わらなければ、私はまた"悪女"として裁きを受けるかもしれない。同じ轍は踏みたくない。


 私は半泣きになりながら、苦い薬を飲みきった。

 マリアは「アデルお嬢様、頑張りましたね」と優しく誉めて、一礼し、空になったカップを下げるために出ていった。


 誰もいなくなって、私はポスンと枕に顔を埋めた。熱は少しずつ下がっている。激マズの薬を飲んだ甲斐があった。


 さて、続きを考えなくてはね。

 ベッドの上で、私は再び二度目の人生計画を練りはじめたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前回そんなに頭空っぽのまま亡くなったのに、いきなり聡くなって客観的に見られるようになるものだろうか…? 一回別の人生挟んでないかな…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ