01-01. 懺悔と二回目
──高熱と記憶の奔流に、八歳の私は圧倒されていた。
実際、「思い出す」なんて生易しいものではなく。
次々と記憶が「溢れ出す」、そんな感覚。
すべてを思い出した時、私は「うわぁ……」と頭を抱えた。
あらためて振り返ると、私って本当にひっどい女だったわね……
王太子の寵愛を盾に、贅沢しまくった。
国が傾いてる事実から目を背け、何を言われても浪費をやめなかった。
魚は頭から腐るというけれど、"悪女"のせいで王国が腐っていくのはあっという間だった。
横領や不正が横行し、罪をなすりつけられた者が断罪されていく。王宮は悪いヤツしか生き残れない場所になった。
そのうち、圧政に苦しむ民衆が各地で反乱を起こすようになった。
王国は彼らを武力で制圧したけれど、人びとの不満は募るばかりだった。
国が弱体化すると、その隙を狙って、隣国までもが攻めてきた。
隣国の軍は略奪を繰り返し、農地を焼き払いながら、王都を目指して進軍した。
ところが、である。
敵軍の勢いに恐れをなした王国の正規軍は、民を救おうとせず、穴熊のように砦に引きこもったのだ。
民は絶望の淵に立たされ、王国軍の評判は地に落ちた。
けれど──そこに救世主が現れる。
当時、すでに立ち上がっていた反乱軍である。
若き将軍に率いられた反乱軍は、激闘の末に侵略軍を追い払い、人びとの圧倒的支持を得た。
勢いに乗った彼らは、隣国の軍が国境の向こうに逃げるのを見届けると、王都へ取って返した。そして、王都の民にこう呼び掛けたのである。
「王命に従わず開門せよ。物資を無料で配布する。悪いようにはしない」、と。
この呼びかけは、たちまち功を奏した。
城門に詰めかけた民衆は兵士を排除し、門を開放した。こうして反乱軍は、労せず王都を手中におさめてしまう。
勇猛果敢な反乱軍に対して、国庫が空でろくに体制を整えられなかった王国軍は、あっけなく瓦解。速やかに降伏した。
もちろん、国庫が空だったのは私のせいである。
そうして迎えた私の末路は、"希代の悪女"にふさわしい、なんとも惨めで情けないものだった。
王太子からすでに国王になっていた夫は、王族として最後の務めを果たすべく、城に残り、攻めこんだ反乱軍の将軍に討ちとられた。
一方、王妃であった私は、夫を見捨て、自分だけ王都から逃げ出そうと画策したわけですよ……!
ね、最低でしょ?
けれど、誰からも憎まれた"悪女"がそう簡単に逃げられるはずもなく。
密告によって捕えられた私は、広場に引きずり出され、あえなくギロチン行き。集まった民衆から憎悪と罵声を浴び、石を投げられ、自分がいかに憎まれていたかを悟った。もう涙も出なかった。
断頭台に痩せた体を固定され、筋の浮いた首筋に、鋭く大きな刃が落ちてくる。
一瞬だけ、熱い、と思った。
それが最後の記憶だ。
誰も同情なんてしない、"悪女アデルハイデ"の人生はこうして終わった。
…………全方面に本気で申し訳ない。
◇◇◇
高熱にうなされながら、私はアホすぎる一度目の人生を深く反省した。
そして心の底から悔い改めた。
かつての私は、多くの人びとを不幸に陥れた。
その不幸にした人の筆頭が、両親である。
愚かな娘のせいで、二人は市中を引き回され、無惨に殺されてしまったのだ。
ギロチン直前、牢番に嘲るようにその事実を知らされ、私は泣き崩れた。どれほど両親に謝りたくても、もう後の祭りだった。
そう──私の両親は、確かに一人娘に甘かったわ。それは事実だ。
でも、市中引き回しにされて殺されるほど、悪い事はしてない。
お父様もお母様も子煩悩ではあったが、一方で、普通の感覚をもった常識人だった。地位に溺れ、好き放題する私を、二人は何度となく諌めてもいた。
その言葉に耳を貸さなかった私が、全面的に悪いのだ。
後悔してもし足りない。
あの頃の自分は、最低の人間だったと思う。
……でも、なぜか時間は巻き戻った。
今の私は八歳だ。社交界に出るのは今から何年も先で、王太子とは出会ってもいない。死んだはずの両親もちゃんと生きてる。
それなら、選択次第で未来を変えていけるのでは……?
せっかくこうしてやり直しのチャンスが巡ってきたんだもの。これからはまっとうに生きなきゃダメでしょう。
ギロチンで終わる人生なんて二度と御免だ……!
熱で朦朧としながら、必死に考える。
二回目人生の目標は、大きく二つ。
まず、"悪女"にならないこと。
次に、両親を巻きこまないこと。
結婚とかもこりごりだ。
私はアホで調子に乗りやすい。
王太子と結婚なんかした日には、また国を滅ぼしかねない。ギロチン最短コースである。危険すぎる。
では、結婚相手に、王太子以外を選んだらどうなるんだろう。
……考えてみたけど、そちらも微妙だ。
社交界に出て、私の美貌や家柄に惹かれた男にちやほやされたら、また性悪な"悪女"の本性が出てしまいそうだしね……
そうならない自信は…………正直全然ない。
そして再び"悪女"になってしまったら、また破滅が待ってるわけで…………
うん、やっぱり結婚はナシで。
はぁ……それにしても、記憶を取り戻したら、高貴な身分も贅沢三昧も、全然魅力的だと思えなくなっちゃったわ。
王太子妃として社交界に君臨していた頃は、この世の春って感じだったけど、そのために身を滅ぼすと知ってしまったら、そんな場所には金輪際近づきたくない。だって怖すぎる。
今回の人生は地味でいい。
目立たないのが一番。できれば深海魚のようにひっそりと生きていたい。
だけど──身分や結婚を捨てて、実家にも頼らないとか、そんな生き方を選択する貴族令嬢ってどれだけいるのかしら。とってもレアな気がする。
でも、何かしら方法はあるだろう。
なければ自分で道を切り開くしかない……!
決意したところで──コンコンとノックの音が部屋に響いた。
侍女のマリアが入ってきて、「アデルお嬢様、お薬です」と、不気味な緑色の液体が注がれたカップをサイドテーブルに置く。
これ、昨日も飲まされたやつ……
「お薬、飲まなきゃダメ……?」
げっそりしてマリアに尋ねる。
「ええ、お医者様が必ず飲んでくださいとおっしゃっておられました」
その返事に打ちひしがれながら、マリアに手伝ってもらって体を起こし、カップを受けとる。
しぶしぶ口をつけると、やっぱり耐えられない苦さだった。
「…………まずいわ」
でも、回復するには飲むしかない。
必死になって薬を飲んでいると、常に冷静なマリアが目を丸くして、静かに驚いていた。
「お嬢様は、『飲みたくない』と駄々をこねるものだと思っておりました」
ポロリと出たマリアの本音。
まあそうよね。今までの私なら間違いなくそうしたわ。
甘やかされて、我が儘になっていた自覚はある。だけどこのままじゃダメなの。
良い方向に変わらなければ、私はまた"悪女"として裁きを受けるかもしれない。同じ轍は踏みたくない。
私は半泣きになりながら、苦い薬を飲みきった。
マリアは「アデルお嬢様、頑張りましたね」と優しく誉めて、一礼し、空になったカップを下げるために出ていった。
誰もいなくなって、私はポスンと枕に顔を埋めた。熱は少しずつ下がっている。激マズの薬を飲んだ甲斐があった。
さて、続きを考えなくてはね。
ベッドの上で、私は再び二度目の人生計画を練りはじめたのだった。