02-07. 王立植物園
その日、私たちは王立植物園から少し離れた街角で会う約束をした。
「やぁ」
待ち合わせ場所に現れた少年は、服装は非常に地味なのに、顔面や雰囲気は相変わらずキラッキラだった。まるで発光体だ。
周りを見なくても、注目を浴びてるのがわかる。
「こんにちは……とりあえず、ちょっとこちらに来ていただけますか」
さっと彼の手を引っ張って、人目につかない路地に誘導する。
これほど目立つ容姿の人間と、そのまんまで人混みを歩き回るなんて冗談じゃない。
地味人間には自殺行為に等しい。誰が見ているかわからないのだ。
なので一計を講じる事にした。
「はい、これが例のブツです。どうぞ着用してください」
「えーと……眼鏡とカツラ?」
「そうです」
私はおもむろに、牛乳ビンの底のようなクソデカ眼鏡と、平凡な焦げ茶色のカツラを鞄から取り出し、困惑している彼に押し付けた。
「その派手な銀髪と、キラキラしい顔を隠していただかないと、落ち着かなくて一緒にはいられません。さぁどうぞ」
「……約束したから、まぁ、いいけど」
彼は、仕方ないなという風に苦笑した。
わりと失礼な事をしている自覚はある。でも、私の友人でいたいなら協力していただきたい。
私は、何があろうと目立ちたくないのだ。命がかかってるので必死にもなりますって!
彼は文句一つ言わず、あっさり眼鏡をかけ、カツラをかぶった。
「どう?」
「ふむ、なかなかいいんじゃないですか。ものっ……すごく地味になってます」
「これなら、君の隣にいても問題ない?」
「全然ないです。ありがとうございます」
「そう、良かった」
クソデカ眼鏡の少年は、頷いた後でふと口を開いた。
「この眼鏡、君の?」
「はい。私のスペアで申し訳ないのですが、今日は我慢してくださいね」
「別に構わないよ。君とお揃いっていうのも、なんかいいね」
彼はそんなことを言ってなぜか嬉しそうにした。喜ぶポイントが謎だ。
首をかしげる私に笑いかけると、彼は「じゃあ行こうか」と機嫌良く歩き出した。
王立植物園は、前回人生の記憶の通り、とても美しい屋内庭園だった。
遠目に見ると半球型のドームのような建物だが、近くから眺めると、細い鉄骨を三角形に組み、その骨組みに透明なガラス板を嵌めこんだ、多面体の構造になっている。
あまり他では見られない、繊細な作りが美しい。冬の陽光を反射してきらめくさまは、切子のガラス細工のようだ。
ここは温度管理システムも最新式だ。
建物の内側は魔法によって一定の温度に保たれ、南国の動植物に適した環境が整えられている。
珍しい花も多く、年に数回しか一般開放されないとあって、思ったよりたくさんの見物客が訪れていた。
意気揚々と近づく。実際の建物は見上げるほど大きい。小さめの城ならすっぽり入ってしまうくらいの規模だ。
門を通りすぎ、二人並んで温室の入口をくぐる。
「きれい……」
足を踏み入れた途端、思わず感嘆の声が漏れた。
そこはまさに南国の楽園だった。
鮮やかな原色の花が咲き乱れ、目の覚めるような赤や黄色の鳥が放し飼いにされて自由に飛びまわっている。それも、ノース王国では見られない鳥が大半だ。
「わぁ、あの鳥、見てください! すっごく鮮やかな赤ですね!」
「ほんとだ」
枝に止まった赤い鳥は、私たちを見下ろして首を傾げる仕草をした。すぐ近くに、鮮やかな黄色の小鳥も飛んでくる。鳥たちは餌をねだるように鳴いた。
「お腹が空いてるみたいですね……でも、ここって餌やり禁止なんですよね。残念です」
「よく知ってるね。前にも来た事があるの?」
「いっいえ、はは初めてです! あの、入口に、そういう看板があったような……」
あっぶない……!
今のは私が知らないはずの情報だ。口を滑らせてしまったけど…………だ、大丈夫よね?
そろりと窺うと、少年は「そうか、気がつかなかった」と納得した顔で頷いた。よしセーフ……!
しかし本気で焦ったわ……余計な事を言わないようになるべく口を閉じておこうっと。
気を取り直して、散策を再開する。
隙間なく植えられた南国の植物は、生き生きとした生命力に溢れている。美しく咲く花や、飛びまわる鳥たちに誘われるように、私たちは奥へと進んだ。
道順や植えられた植物は、記憶とほとんど変わらない。何だか不思議な心地だった。
「……へぇ、変わった形の花弁だな」
カツラと眼鏡ですっかり地味になった少年が、不思議そうに手を伸ばした花を見て、私は「それ、トゲがありますよ!」と慌てて注意した。
少年は手を引っ込め、じっと花を見つめる。
「本当だ。君は異国の植物にも詳しいんだね」
「いやぁ、それほどでも……」
あはは、と笑って誤魔化す私の背中に、また冷や汗が伝い落ちる。あぁぁ、気をつけてたのにまたやってしまった。
────トゲがあると知ってたのは、勉強したからじゃない。前回人生で、私もあの花に手を伸ばし、うっかり指にトゲを刺してしまったからだ。
だから口を出してしまった。
今度こそ気をつけよう……と私は唇を引き結んだ。
◇◇◇
ひと通り温室を見て、「そろそろ休憩しよう」と少年が提案し、アップルパイが美味しいと評判のお店に移動した。
植物園から歩いていける距離にあるその店は、白を基調とした愛らしい外観で、若い女性客が多いようだった。
席を確保し、アップルパイとお茶を二人分注文する。運ばれてくるのを待つ間。
「君、途中から少し元気なかったよね。疲れさせちゃったかな。大丈夫?」
少年に言われてギクリとした。
迂闊な失言をしないよう、口数少なめにしていたけれど、彼はそれに気づいていたらしい。暢気な人だと思ってたけど、意外と鋭い……
「そっそうですね! 勉強ばかりしてるから、あまり体力がなくて」
「じゃあ僕が鍛えてあげようか」
「いえ、それは遠慮しておきます」
「そう? もし体力作りをしたくなったらいつでも言って。力になるよ」
彼はにこりと微笑んだ。
しかし私は、木刀の素振りで自分を攻撃してしまうほど、破滅的な運動オンチだ。自分の限界は知っている。体力自慢の騎士科の生徒とはわけが違う。
「お客様、お待たせいたしました」
その時、タイミング良く店員がアップルパイとお茶を運んで来てくれて、この話は終わりになった。
香ばしい香りが鼻をくすぐる。きつね色にこんがり焼けたパイに、真っ白ふわふわなクリーム。思わず皿を食い入るように見つめてしまった。
「わぁ、おいしそうですね……!」
「王都で最高のアップルパイらしいよ。さぁ温かいうちに食べよう」
「では、遠慮なく……!」
にこやかに促されて、手元のアップルパイにサックリとフォークを入れる。断面から、琥珀色の林檎の蜜煮が姿を見せる。
一口分をフォークに刺して口に運んだら、サクサクしたパイ生地と、甘酸っぱい林檎が最高のハーモニーを奏でた。ああ、ほっぺが落ちそう。
「お、おいしい……」
うちの料理人のアップルパイもハイレベルだけど、こちらは絶品と呼んでいい。一芸を磨いた職人の御業というべき、究極のアップルパイだ。
感動に打ち震えながら、アップルパイを丁寧に味わう。
すっかり地味子になった少年は、そんな私を「温室で見た小鳥みたいだね」などと評しながら、三口くらいでぺろっと平らげてしまった。
いやなんで!? もっと大事に食べようよ……!!
私がちまちまと大事にアップルパイを食べている所を、何が楽しいのか、少年はニコニコして眺めていた。
そして私が食べ終わると、今日はお開きとなった。
路地裏でこそこそカツラと眼鏡を回収し、少年と別れ、待ち合わせしていた我が家の馬車に乗り込む。
焦げ茶一色の地味仕様、家紋も何もついていない馬車で待機していた侍女のマリアが、いつもの無表情で迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。今日のデートはいかがでしたか」
「デッ……誤解よ、マリア。あの人はただの知り合いだから!」
「そうでございましたか」
しれっと頷いたマリアは、ふと馬車の小窓から去っていく少年の後ろ姿をちらりと見やった。そして長い睫毛を伏せて呟く。
「…………お嬢様は、あの方とすでに出会っておいでだったのですね」
「……? 聞こえなかったわ、いま何て言ったの?」
「いえ、何でもありません」
静かな笑みを湛えた侍女は、ただ小さく首を振った。




