00. 序章
………………この人生、二回目だ。
私がそれに気づいたのは、八歳の誕生日だった。
そんな話を聞いたら、誰もが口を揃えて、「何をバカな」と言うだろう。
頭がおかしくなったとか、あるいは、思春期特有のビョーキを疑うかもしれない。
これが人から聞いた話であったなら、私も絶対に信じなかった。
「ヒヨコからニワトリが生まれました!」とか、「月に行ってきました!」とか言われるのと同じくらい、あり得ないと否定したと思う。
そう、荒唐無稽な話だ。
けれども、それは。
私にとっては、紛れもない真実で。
私──アデルハイデ・ローエングリムは、最初の人生を終えた後、なぜか時間を逆行して、やり直しの人生を歩んでいる。
◇◇◇
はじまりは、八歳になった誕生日の朝。
前日まで、はしゃぎまわるくらい元気だったのに、私は何の前触れもなく熱を出した。ベッドから起き上がれず、楽しみにしてたパーティーも中止。
両親は私を慰めてくれたけれど、悲しくて悲しくて大泣きした。泣いたらさらに熱が上がって、目を回してぶっ倒れた。
お父様に呼ばれて診察に駆けつけた医者は、私にとんでもなく苦い薬を飲ませた。最低の誕生日になったと、また大泣きした。
泣き疲れた私は、カーテンを引いた薄暗い自分の部屋のベッドで、布団にもぐりこみ、熱にうなされながら微睡んでいた。
その時。
一度目の人生の記憶が、ぶわっと甦ったのだ。
『この悪女!』
『自分だけ逃げ出すなんて、どこまで卑怯な……!』
『お前のせいで俺の家族は殺された………』
『アデルハイデ・ローエングリムに裁きを下す!』
──次々甦る、生々しい記憶。
走馬灯のように流れる映像。
八歳の私はひどく混乱した。
流れていく膨大な記憶に圧倒されながら、一つだけ明確に理解した事がある。
巻き戻り前の私は、誰が見ても、救いようのないクズであったのだ。
いわゆる"傾国の美女"。あるいは、史上稀にみる"悪女"。
放蕩三昧で国を破滅に追いこみ、最後は断頭台の露となって消えた、歴史に残る毒婦。それが──王妃アデルハイデ。つまり、私だった。
◇◇◇
私は、ローエングリム家の一人娘としてこの世に生を受けた。
思えば……巻き戻り前の自分は、盛大に道を踏み外していた。外道と呼ぶにふさしい"悪女"だった。
そうなったのにはいくつかの原因があると思うけれど、最大の原因は、親譲りの「絶世の美貌」だったのではないかと思う。
私が生まれたローエングリム家は、ノース王国の名門貴族。両親は国内でも有名な、美男美女夫婦だった。
"地上の月"と謳われた母。"天上の彫刻"と讃えられた父。そんな両親のいいとこ取りで生まれた私は、「天使の生まれ変わり」「一目で心を奪われる」などと言われ、百人いたら百人が絶賛する美少女に成長した。
その愛らしさに魅了された周囲は、当然のようにちやほやしまくった。
私が微笑んで何か頼めば、たいていの望みは叶う。悲しい顔をすると、みんな一生懸命慰めてくれる。
思い通りにならない事なんてない。
その結果、とんでもなくおバカな少女が誕生してしまった。
調子に乗りやすい性格も、相当アホさに拍車をかけた気がする。
ちやほやされ有頂天になった私は、自分を唯一無二の存在だと思いこんだ。
世界は自分のためにある、そう信じてやまなかった。まさに唯我独尊。
……いやもう、勘違いにもほどがある。
蝶よ花よと育てられた私の脳内には、果てしなく広大なお花畑が広がっていた。
もちろん勉強は大嫌い。慈善事業も面倒だとしか思ってなかった。貴族の義務?何それ?だ。
お花畑で傲慢で、頭の軽いポンコツ。
なのに、中身の欠点を補って余りある美貌。
これがすべての元凶だったと今は思う。
過ぎたる美貌は、呪いのようなものだ。周囲や自分を幸せにするどころか、不幸に巻きこむのだから。
……これ、新しい格言として辞書に書いておくべきだと思うわ。
「ローエングリムの薔薇姫」と呼ばれた私の評判は、国内の隅々にまで広まった。
私はますます調子に乗った。
十五歳で社交界デビューすると、その日のうちに王太子に見初められ、すぐに婚約し、とんとん拍子に王太子妃におさまった。
これが悲劇を決定づけた。
計算もろくにできない我が儘な小娘が、意のままにお金を使える立場になったら、どうなるか想像してみてほしい。
そう、ポンコツだった私は、それはもう湯水のごとくお金を浪費したのだ。
それから、国が傾くのはあっという間だった。
国庫が底をついて、税を爆上げする悪循環。私や王太子に媚を売る者だけが出世し、いたるところで不正が横行した。
各地で反乱が起こり、隣国にも攻め入られた。最後は、王家に反旗を翻した反乱軍に城を占領され、国は滅びた。
私──"悪女アデルハイデ"は、ギロチンで処刑されて終了。
まあ、当然ではあるよね。
ほんと最低なんだけど。
…………なのに。
時間は巻き戻ったらしい。
処刑エンドの後で、気がついたら二回目の人生がスタートしていた。それが私の真実だ。