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五歩目

 その後、ライチは病院に連れて行ってもらい、打撲との診断を受け、帰って寝た。学校をさぼったことに関して親から小言を言われたが、大事な試合で負けたことでふてくされたと思われたらしく、強く咎められることはなかった。

 翌日、ライチが高校へ通学すると、昨日と同様に京子が話しかけてきた。

「おはよーサボり魔」

「はよ」

「昨日はどしたの? あの子誰?」

「ただの知り合いの子。詳しくは聞かないで」

「ふーん」

 じろじろと見てくる京子に対し、ライチは居心地悪そうに眼を逸らした。

「というかサボり魔はないでしょ。私が学校休んだの高校入ってからは二、三回じゃん」

「そのどれも露骨にサボってんのが原因じゃない? 体調不良だとか取り繕う気配さえないのが印象悪いんだと思う」

「他人事みたいな冷静な分析は求めてない」

「ライチがサボらないのが一番早いよ」

「正論もいらない」

「それより私に言うことあるんじゃない?」

 ライチは記憶を探った。京子がこうした言い方をするときには、大抵ライチが何かしらの約束を破ったときだからだ。

「ゲーセン?」

「やっぱり忘れてたんだ」

「ごめんね」

「いいけど、当然今日こそ付き合ってくれるんだよね」

「ごめん。今日も用事できた、かも」

 京子は明らかに不機嫌になった。眉ぎゅっと寄せてライチを睨んできている。

 しかし、ライチとしても折れるわけにはいかない。本当に暇ならばつまらないメダルゲームに付き合うくらいは吝かではなかったが、他にやりたいことがあるのに付き合うのはない。

 ため息を吐く京子に両手を合わせ、ライチは申し訳なさそうな顔をした。

「もうちょい落ち着いたら付き合うから」

「……はあ。別にいーよ。何するの?」

「え?」

「私との友情を投げ捨ててまでこなす用事はなぁに?」

「あぁ、それはね。なんていうか」

 脳内で適切な言葉を探したが思いつかなかったらライチは首を傾げながら答えた。

「デート?」




 ライチは校門の前に立つ竜司に声をかけた。

「お待たせマイダーリン」

「その言い方やめませんか」

「敵を騙すにはまず味方からでしょ」

「まあ、貴女が本気だというなら止めはしません」

「本気本気」

「最期にもう一度言っておきますが、簡単に抜けられるとは思わないでくださいよ。まあ、貴女が恐怖に負けて逃げるようなタマではないと思ってますが、好きな人ができたからこの恋人ごっこをやめたいなんてのは通じません。貴女がやめられるとしたら、死んだときか、手足を失って役に立たなくなった時だけです」

「えっ。なんかハードル高くなってない?」

「最初から俺は言ってます。簡単に抜けられるとは思うな、と」

 ライチは数秒悩んだが、すぐに決めた。他にこれより面白そうなことはなかったし、恋人だなんだは自分と無縁だと思ったからだ。

「オッケー」

「……はあ」

「なら行きましょうライチさん! 今日からよろしくお願いいたします!」

 何か言いたそうな竜司を遮って、校門の影から飛び出てきたのは雛菊だった。

「あら、雛菊も来てたの。じゃあ今日の特訓に付き合ってくれるの?」

「お手伝いします! とはいってもお役に立てるかはわかりませんが」

「いいのいいの。可愛い女の子が応援してくれた方がやる気出る気がする」

「任せてください」

「とりあえず移動しましょう。何故かはわかりませんが注目を集めています」

 ライチが振り向くと、確かに帰宅中の生徒の視線が一定数集まっていた。

 三人はその視線から逃げるようにして学校を後にした。

 ライチの通う高校から徒歩で二十分ほど。向かった先はこじんまりとしたアパートだった。

「ここで特訓するの?」

「いいから入ってください。合鍵は後で渡します。絶対に無くさないでください」

「了解!」

 扉を押し開ける竜司についていくが、内装も特に変わったところはない。少し贅沢な造りの1LDK。家具も普通に揃っている。綺麗すぎてあまり生活感が見えないところくらいだろうか。

 背後で雛菊が鍵を閉める音を聞きながらライチが靴を脱いでいると、竜司は脱いだ靴を持って奥へと進んでいく。

「靴は持ってきてください。泥は落とさないでください」

「なんで?」

「地下があります。そこでは靴を履くので」

「地下室?」

「ふふ、見て驚かないでくださいよライチさん。秘密の特訓部屋です」

「良い響きじゃん。けど地下室じゃ狭くない?」

「ふふふ」

「なににやにやしてるんだこの子は。こうしてやる」

「きゃー、担がないでください」

「早く来てくれませんかね」

 その声に確かな苛立ちを感じたライチはお腹に手を回して持ち上げていた雛菊を素早く下ろし、小走りに声の方へ向かった。

 竜司が立っていたのは押し入れの前だった。そして、押し入れの下段には隠し扉らしきものが蓋を開けており、地下へと続く階段が伸びているのが目に入った。

「マジの秘密基地じゃん」

「そうです。他言したら殺します」

「任せて。私は口が重い女として有名だから」

「そういうので有名になっている人初めて会いました」

「聞き上手のライチさんとは私のこと。何か吐き出したい悩みがあったらいつでも聞くよ」

「ないので黙ってついてきてください。暗いので足元には気を付けてください」

「あーい」

 壁に手を付いてゆっくりと降りていくと、少しずつ闇が深くなっていく。角を一回曲がった時点で完全に視界が利かなくなったが、慣れている竜司はずんずんと降りてゆき、姿が見えなくなった。

 昔防空壕に侵入して探検した時のことを思い出し、ライチは少し懐かしい気分になる。その時は結局迷子になって死にかけたが、今回は一本道で案内役もいる。死の危険のない冒険はただただ快適でわくわくするだけだった。

 ライチが数える段数が百段を超えたころ、前方が少し明るくなった。どうやら竜司が底に着き、地下室へと通じる扉を開けたようだった。

 足元が見えるようにはなったが焦ることはせず、ゆっくりと階段をおり切ったライチが見たのは、側面にある扉の先に広がる広大な地下室だった。

(わー……秘密基地だぁ)

 床は土だが天井と壁はコンクリート製で、広さは学校の体育館ほど。天井からは剥き出しの電球がいくつもぶら下げられ、隅々まで明るく照らしている。物はあまり多くなく、隅に椅子とソファと本棚と流し台があるのを除けば、ただただ広いだけの空間だった。

 立ち止まったライチの背後から雛菊が嬉しそうに声をかけてくる。

「どうですか? 秘密の特訓部屋です」

「いいねえ。雰囲気出てる。これどうやって作ったの?」

「こういうのが得意な人がいるので、その人に頼み込んで作ってもらいました。実は色々と法律を破っているので絶対に秘密ですよ」

「土木建築系能力者?」

「そう言われると響きがしょっぱいですねー」

「いやいや格好いいよ。私もこんなことできるようになるのかなぁ」

「なりません」

 ぬぅっと竜司がライチの目の前に立った。背は僅かにライチより高い。その威圧感に押されてライチは半歩下がる。

「そこも含めて話しますので、とりあえずソファにでも座ってください」

「長くなる感じ?」

「できる限り短くまとめます」

「ありがたい」

 ライチはソファに勢いよく飛び込んだ。体はしっかりとしたスプリングで勢いよく撥ねる。同様にライチの横に雛菊が飛び込んできて、二人してびょんびょんと振動する。

 竜司は背もたれのない椅子を引っ張ってきて腰掛けると、ライチをじっと見つめがら話し始めた。

「順を追っていきましょう。私たちの仕事は【門】を閉じ、他の世界のものが紛れ込まないようにすることです」

「そこは前聞いた。要するにUMAハンターでしょ」

「まあその認識でいいです。そして、相手にするのは、この前の石の蛮族や、巨大な蟹のようなものです。あれらを追い返したり殺したりするのに、普通の人間では難しいということは理解してもらえると思います」

「そうね。できれば戦車とか欲しいわ」

「軍隊が相手にするのが一番効率的でしょう。しかし、国家に存在を知られるのは好ましくない、と協会は考えています。そのため、私たちはひっそりと誰にも見られずに己の力のみであれらに対処しなければいけません」

「そっかー」

 ライチは頷きかけ、その動きを止めた。

「え、協会って国の組織だったりしないの?」

「違います。元々は三輪家が陰陽寮の支援を受けて行っていましたが、戦乱のごたごたを経て国との繋がりは途絶えています。現在の国家権力は異能に関しては何も知らないものと思われます。協会は昔からある異能廃絶を謳う謎の組織ですね。第二次世界大戦で古来からの名家が力を失ったのを機に一気に勢力を拡大し、今では国内の裏の世界を牛耳っています」

「待って情報量が多い。え? 戦争? おんみょーりょーって、陰陽師に何か関係するの? 名家って?」

「国は何も知らないということと、協会が力を持っているということだけ理解していただければ十分です。その他のことは長く続ければ自然と理解できます」

 ライチは歴史の授業が嫌いだった。竜司の口振りから同様の匂いを感じ取ったライチは、それ以上追及することを即座に諦めた。

「オッケー。国、無能。協会、強い」

「話を戻しますが、そういうわけで近代兵器に頼らずああした化け物を追い払う必要があるわけです。そのために利用する技術が、魔術と闘技です」

「なんか聞き覚えある」

「私が少しタクシーの車内で説明しましたね」

「そうそう聞いた聞いた。確か」

 が、具体的な説明があったかはライチは全く思い出せなかった。続く言葉が出てこず、ライチは口をぱくぱくとただ開閉させた。

 竜司は表情一つ変えず、淡々と話し続ける。

「毒を以て毒を制す。この他にも異能はありますが、覚えようと思って覚えられるのはこの二つのみです。貴女には闘技をいくつか扱えるようになってもらいます。異客と戦うのであればこれは必須条件です」

 瞬間、ライチは勢いよく手を挙げた。

「はい先生! 私は魔術使いたいです! 魔法使いになりたいです!」

「やってみないとわかりませんが、おそらくできません。できたとしても大して強くなりません。貴女には闘技の方が向いています」

「やってみないとわからないならやってみたいです!」

「貴女は向いてません。優れた身体能力を活かすべきです。それともあのメイスを捨てますか? あれを提供してくれるというのであれば考えなくもないですが」

「うっ、ま、魔法剣士とか、パーティに欲しくないですか?」

「中途半端を要りません」

 ライチは悩んだ。だが、雛菊と竜司が即戦力を求めているというのはわかっていたし、ライチも自身が魔術とやらを扱えるかは全く自身がなかった。身体能力に自信があるというのも事実。それを活かした方がいいのは、言われるまでもなく分かっていた。

 ライチはがっくりと肩を落とし、続きを促した。

 竜司は頷き、指を三本立てる。

「貴女にまず覚えていただきたいのは【剛体】【飛脚術】【大力】の三つです。これらを扱えるようになれば、簡単に死ぬことはなくなるでしょう」

「なんか響きが格好いい気がする」

「できれば【マアラ式】と【シンフォナ】も扱えるようになっていただきたいですが……まずは、肉体を鋼と化す【剛体】からですかね。死なないことが第一です」

「えー、できれば攻撃力先に上げたいんだけど。倒されるより前に倒した方が早くない?」

「重要なのは死なないことです。俺たちが失敗したとしても、生きていれば再挑戦できる可能性はありますし、別の【門】を閉じることで役に立てます。ですが、死んでしまえばそれで終わりです。もう何もできません」

「んー、理屈はわかるけどさぁ」

 点を取らなければ勝てない。ディフェンスよりオフェンスの練習を。ライチは常にそう思考してきたし、そう嗜好してきた。何より、防御というのは常に受動的な行動であり、能動的に選択をする側ではない。いざというときに、選択する側でいたい。ライチはそう考えていた。

 しかし、竜司は首を横に振る。その意思は固そうで、ライチが何かを言ったところで意思が変わりそうにはなかった。

 諦めかけるライチに助け船を出したのは、横で体を揺らしていた雛菊だった。

「待って、【剛体】の訓練ってことは、アレやるのよね」

「当然アレをします」

「女の子にアレは良くないんじゃないかしら」

「いやいやお嬢だってやったでしょう。傷の一つや二つを気にするタイプでもないでしょうし」

「でも、ライチさんは丙種異能者よ。初めての人にアレはきついと思うの。特に、今回は急いで詰め込むのだろうし、そうなると余計に厳しくやるのよね?」

「もちろんです。結果的にそれがライチさんのためになりますから」

 雛菊と竜司がライチをちらりと見る。その視線に悪寒を覚えたライチは、慌てて声を上げた。

「待って。よくわかんないけど痛いのは嫌だよ?」

「はっ、今更何を言っているんですか。そんなのは覚悟の上でしょう?」

「戦って痛いのは覚悟してるけど訓練で痛いのは嫌」

「わがままな」

「わがままでもなんでも嫌なものは嫌」

 ソファの背後に逃げ拳を構えるライチの前に、雛菊が両手を広げて庇うように立ち上がった。

「竜司。先に【飛脚術】か【大力】を習得するのはどうかしら。何か一つ闘技を修得してからの方が他の修得がスムーズに進むと思うの」

「それは、一理あります。ですが、その間に【門】が開いたらどうするんですか?」

「その場合はライチさんには見学をしてもらいましょう。【飛脚術】があれば逃げるのも容易になりますし、生存力の向上と言う目的は達成できるのではないでしょうか」

「まあ、そうですね。お嬢がそう言うのであれば仕方ありません。先に【飛脚術】の修得から行きましょうか」

(よくわからないけど、ナイス雛菊! たぶん!)

 ライチは心の中でガッツポーズを取った。

 竜司は踵で地面の土を擦り、線を引きながら言う。

「闘技というのは人間の動作を拡張する技術です。より速く、より強く、より徐かに、人の領域を超えるまで拡張します」

 そして一メートルほどの線を引くと、今度はすたすたと離れていく。

「【飛脚術】、またの名を【六波羅式遁走術】と呼ばれるこの闘技は、走ること、跳ぶことを拡張します。一っ跳びで河を渡り、垂直な崖を駆け上がり、日に三〇〇里を走破する。この闘技を完全に習得したものはそれらを容易く行います」

「すっご」

 そして、十メートル近く離れた場所に再び線を引き始める。

「基本的なやり方から教えてもいいですが、運動に関しては個人の感覚に依る部分が大きいのも事実。特に貴女は理論派というよりは感覚派でしょうからね。一歩一歩進めていくしかありません」

 竜司はライチの方を振り返ると、腕を組んで言い放った。

「そちらの線からこちらの線まで八メートル九五センチ。女子全中の走り幅跳びの最高記録です。まずは走り幅跳びでこれを超えてください。話はそれからです」

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