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三歩目

「ということで、不束者ですがよろしくおねがいいたします。周防雷智と申します。気軽にライチって呼んでね」

「お嬢」

「なぁに?」

「ちょっと思考を整理させてください」

 ライチと同じくらいの背丈の竜司と呼ばれた少年は、自分の横でにこにこと笑っている雛菊のことを睨みつける。すっきりとした顔立ちに似合わぬ三白眼のせいかかなりの眼力だが、雛菊は澄ました顔でコップに口をつけている。

「まず、今日の目的はどうしたんですか?」

「目的?」

「秘密保持の確約と、異物の回収です」

「ライチさん秘密にしてくれるって。大丈夫」

「異物の回収は?」

 雛菊は目を逸らした。竜司はそれを見て深いため息を吐く。

「じゃあ、次に。なんで俺とこの人が婚約って話になるんですか」

「ライチさんが一緒に戦いたいって言ってくれたから。本家と協会を説得するなら手っ取り早いのは竜司との婚約かなって思ったの」

「頭大丈夫ですか? この前の異客になにかされましたか? 正気に戻ってくださいお願いします」

 早口になり、強い口調で語り始めそうになる竜司だが、人目のあるファミレスだということに気付きぐっと堪えた。そして、感情を押し殺した声で平静を装った。

「まず、一緒に戦うと一口で言いますが、彼女は一般人です。無理です。できません」

「なーに言ってんの。この前助けてあげたばっかでしょ」

「……それは感謝しています。ですがそれは運が良かっただけのことです。魔術も闘技も使えないただの人間には危険すぎます」

「魔術? ってなんのこと?」

 ライチが首を傾げると、竜司はキッと雛菊の方を睨みつける。雛菊は目を閉じて耳を塞いだ。

「お嬢! それすら話してないのに巻き込むつもりだったんですか!?」

「だってそれ話したら駄目なことでしょう。竜司との婚約が問題ないってなったら本家のこと含めて話すつもりだったの」

「順序は正しいですが、っていうかならこの前のことなんだと思ってるんですか」

「UMAハンターがUMAに返り討ち」

「……【門】は? 【門】を見せたんですよね」

「ああ、そう言えばそんなのあったっけ。あれなに?」

 竜司は眉間の皺を揉む。絶句という表現がふさわしい言葉の失い様だった。

 自分が世紀の馬鹿だと思われていると察したライチは、慌てて言い訳を始める。

「いや違うよ? 忘れてたわけじゃないよ? だって雛菊はあれに関して教えてくれそうになかったんだもん。訊いても無駄かなって考えないようにしてただけ」

「だとしても、いやまあ、こちらとしてはその方がありがたいんですが……」

「でもでも話していいなら教えて。めちゃくちゃ気になってたんだ」

「お嬢」

 身を乗り出してくるライチを無視し、竜司は雛菊の肩を掴んで振り向かせた。

「遊びじゃないんですよ」

 雛菊は一瞬怯むが、ぐっと唇を嚙みしめて睨み返した。

「私だって遊びのつもりじゃないわ」

「じゃあどういうつもりですか」

「昨日のこと、竜司はどう思った?」

「それは……」

「力不足を感じた? 私はもっと別のことを思ったわ。そもそも頭数が足りてないって」

 竜司は黙り込む。それは竜司もずっと感じていたことだったからだ。

「門番の付き人は四人まで認められているわ。協会だってその程度の人数は必要だと思っているということよ。なのに私の付き人は竜司だけ。これじゃ危険で当たり前だと思わない?」

「だとしても、無暗に頭数を増やしても無意味です。すぐに死ぬでしょうし、信頼できない仲間が増えたところで危険が増えるだけです」

「ライチさんは事情も知らないのに私たちを助けてくれたのよ。それに、誤って殺してしまいそうになった私を笑って許してくれたわ。これ以上信頼できる相手はいないでしょう」

 ライチとしては笑って許したつもりはなかったため、目を細めて視線を逸らす。

「でも一般人を巻き込むことに本家は許可を出さない。本家に隠すつもりですか?」

「そこで竜司との婚約よ! 身内ってことにしてしまえば本家も文句は言えないわ!」

 ふん、と鼻息荒く机をはたく雛菊。自身のアイデアが名案であると信じて疑っていないようだ。

 ライチはポテトの先端でケチャップを捏ねながら、二人を交互に眺める。

(なんとなくわかってきた。本家と協会ってのが何か権力持ってて、UMAのこととかを隠していたわけか。中々陰謀論じみて来たわね。とりあえず婚約してみれば問題ないくらいのつもりでいたけど、ふむ)

 ライチが口を挟もうとした瞬間、みしり、と何かが軋む音がした。音の発生源を見回すが見つからない。竜司が手を置いている机からしたような気がしたが、こんな分厚い天板が人力で割れるはずもないので見なかったことにするライチだった。

「確かに本家は俺ごときの婚約に口出しはしないでしょう。ですが、それはあくまで普通に結婚相手を決めた場合のことです。その相手が一般人なのに家業手伝うなんて通るわけないでしょう」

「そこは上手くストーリー考えましょう。偶然出会い恋をした二人、会うたびに仲は深まりとんとん拍子で婚約に進む。しかし、彼には人には言えない秘密があった。人々のために異客と戦う戦士としての姿だ。ある日それを知った彼女は、身を引くのではなく共に戦う決意をする――」

「〇点です」

「もっともらしければそれでいいの! 本家に本当か聞かれても口裏合わせて押し切ればいいもの。ライチさんが他の組織の人だった、とかじゃない限り、身辺探られても問題ないでしょ」

「そこも問題です。貴女、なんで生きてるんですか?」

 急に話を振られ、ライチはポテトを喉に詰まらせかける。咽そうになるのを気合で耐えながら、水を飲み息を落ち着かせる。

「なんでって?」

「崖から落ちたんでしょう。あの高さ、普通の人なら死んでますが。はっきり言いますが、俺は貴女を疑ってます」

 竜司に睨みつけられ、ライチは少し怯む。今日初めてまじまじと顔を見たのだが、思ってたより顔が良かったからだ。雛菊に聞いていた話と違う。

「雛菊にも言ったけど、運がよかっただけ。トタンの屋根に墜ちれたから。あとは、謎の紐とか植物とかを掴んで減速したり、いろいろ」

 そのせいでライチの手のひらはぼろぼろだ。一応タオルを挟んだが、あっという間に摩擦で焦げたためあまり効果はなかった。

 竜司はじっとライチを見る。その目が光った気がしたが、目を擦った次の瞬間には消えていた。

「にわかには信じがたいですが、嘘は吐いてないみたいですね」

「だからそう言ってるでしょ。もう、本当に竜司は疑り深いんだから」

 なぜか得意げになる雛菊。

「仮にそれで本家を納得させたとして、貴女はそれでいいんですか? 婚約ですよ」

「別にいいんじゃない? 口だけだし」

「婚約というのは口約束でも法的な拘束力が生じます」

「マジ?」

「マジです。それだけ日本人は婚姻というものを重視しているということです。本気で婚約する気ですか?」

「でもそれで困るのって、婚約解消の段階で揉めた場合だけでしょ。お互いに納得の上ではいサヨナラなら問題ないんじゃない?」

「いつまで婚約しているつもりですか?」

「え?」

「貴女はいつまでこれに関わるつもりですか? 老いて死ぬまで戦い続ける気はありますか?」

 もちろん、ライチはそんなことは考えたことはなかった。そんな内心を見透かしているのか、竜司が握りしめる紙ナプキンがぐしゃりと歪む。

「貴女は少しの好奇心で底なし沼に足を踏み入れようとしているということを自覚した方がいい。お嬢も俺もこれを一生の生業だと理解しているし、命を懸けてやっている。貴女にもその覚悟はありますか?」

 また、みしりと音がなった。ライチの聞き間違いではないようだった。竜司の太い腕の筋肉が強張っていることからも、ひっそりと苛立ちをぶつけられている机が悲鳴を上げているらしかった。

 ライチは心の中で悲鳴を上げながら、恐る恐る上目遣いになる。

「ちょっとお試しとかは駄目かな?」

「ちょっとのお試しで婚約して自分の命を危険に晒すつもりですか?」

「うん」

 神妙な顔をしてライチは頷いた。いくら真面目な振りをしても怒られるかな、と竜司の方を見ると、竜司は深くため息を吐いた。

「俺が婚約解消を拒んだ場合は? それに、婚約者の立場を利用して貴女の体を求めた場合は? どうします?」

 あまりにも予想外な言葉にライチはぱちくりと目を瞬かせた。

「えっ、私に惚れちゃった? どうしよう。これ遠回しなプロポーズみたいなもんだよね」

「竜司は一線超える前に振られまくってますからね。初心なんです。ライチさんくらい美人ならイチコロですよ」

「きゃー、もうやだー。雛菊の褒め上手!」

「お世辞じゃないですよ!」

 頭が痛そうに竜司は自身の眉間を揉んだ。まったく怯まないどころか、楽しそうに話に乗ってくるのは想定外だったからだ。

「冗談ですよ。夫婦の間でも強姦罪は適用されますので、もしそうなったとしても行為の強要はできませんしね。ただ、相手の男をよく知りもしないでこう言ったことを安請け合いするのは良くないと、俺は言いたかったんです」

「まあそうなったらその時考えよう。もしかしたら私たち相性良いかもよ?」

「ライチさん、えっちです! その言い方はえっちです!」

「え? 性格の話だよー? 雛菊は何を想像したのかな? お姉さんに話して見なさい」

 竜司は過ちを悟り何とか話を戻そうとするが、一度盛り上がってしまった二人の少女には効果はなかった。きゃいきゃいと指を絡ませ合う少女たちを横目に竜司は立ち上がり、ライチを手招きする。

「たとえ、多少の覚悟があろうと、一般人に続けられることではありません」

「ふふん、私をただの女子高生と侮ることなかれ」

「試してみますか?」

「いいよ? カモーン」

 ライチも立ち上がり、掌を上に向けてちょいちょいと竜司を煽る。

 竜司は拳を突き出した。そのモーションはライチの目には一切追えず、拳はライチの鼻先数ミリの場所でピタリと静止する。ワンテンポ遅れて拳が起こした風がライチの顔を叩き、ライチの髪を後ろに流した。

 ライチは全く反応できず、手で防御するどころか体を捻ることすらできなかった。唯一出来たのは、せめて一太刀と蹴りを繰り出すことくらいだった。

「これくら――?」

 その蹴りは竜司の突きには全く間に合わず、竜司が突きを振り切っていたらライチは脚を上げることすらできなかった。だが、竜司は寸止めをし、ライチにはそれが寸止めかどうかを見切って足を止めるほどの技量はなかった。

 結果、竜司は玉を思いきり蹴り上げられて悶絶する。

「っあ、ぁぁっ、ごぉぉ……」

「ご、ごめん。またああなるくらいならせめて一撃入れようと」

 まったく反応に間に合っていなかったことが竜司の油断を生み、ライチが完全な捨て身であったことが竜司に攻撃を悟らせなかった。すべてが悪い方向にかみ合った結果、無防備な急所にライチの豪脚が突き刺さったのだ。

 泡を吹いて倒れる竜司に、にわかに騒がしくなるファミレス。ライチがどう騒ぎを収集するか脳を回転させていると、窓の外に視線をやった雛菊が慌てた声を上げた。

「また【門】が……!?」

「へっ、なになに、どうしたの?」

「竜司! 何を寝てるんですか! 招集です!」

「かっ……ぅ……」

「ああもう! 一刻を争うのに! ライチさん!」

「はい」

「竜司を担いで運んでもらえますか? 【門】が開きかけていて、急いでいかないといけないんです」

「つまり?」

「ライチさん風に言うならばUMA退治の時間です」

「なるほど」

 わかりやすい説明にライチは何度も頷く。

「私もいいの?」

「時間との勝負です。もし竜司がこのまま動けないならライチさんに手伝ってもらうしかありません。竜司は後で説得します」

 ライチは親指を立てると、竜司を股間を抑えて動かない竜司をお姫様抱っこした。そして、衆人環視の中手早く支払いを済ませ、慌ただしく退店した。

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