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二歩目

 ライチが教室で机に突っ伏していると、幼馴染の京子が話しかけてきた。

「おはよー、ライチ」

「はよ」

「聞いたよ昨日のこと」

「えっ」

 昨日、という単語にライチは一瞬体を強張らせた。

「試合惜しかったんだってねー」

「あー、そっちね。負けた」

「いやいや、負けたって言っても惜しかったって聞いたよ。もうちょっとで勝てたって」

「負けたもんは負けたの。もうその話やめよ」

 ライチは頬杖をついて視線を逸らす。露骨な不機嫌アピールだが、ライチのことをよく知る京子には効果がない。

「けど大活躍したんでしょ。一人で六十点取ったって」

「五七点」

「それそれ。アホでしょ。バスケってチームスポーツってことわかってる?」

「わかってるよ。でも私が点取るしかなかったんだもん。しかたないじゃん」

「悪いとは言ってないよ。スカウトも来たらしいじゃん」

「スカウト?」

 ライチにとってそれは初耳だった。京子の冗談だと思ったのか、ライチは鼻で笑う。

「何それ。というか私まだ高二だし。本当だとしても気が早すぎでしょ」

「いやー、そうでもないらしいよ。スカウトっていうと大げさだけど、早めに唾つけとくってのはどこもやってるらしいし。私もライチの身体能力なら絶対来ると思ってたもん」

「はいはいよかったね」

「何その気のない返事。どこだろうと大学のスポーツ推薦もらえたら嬉しいでしょ。勉強嫌いだし」

 ライチはむっとしたが、反論しようにも言葉が出なかった。ライチが勉強を嫌ってるのは事実だし、とくに希望の大学があるわけでもないのも事実。受験も面接も嫌いで嫌いで仕方がないと普段から口走っていた。

「……でも私、もうバスケやめるもん」

「えっ! なんで?」

「チームスポーツ向いてないことがわかった」

「そんなの最初からわかってたことじゃん。馬鹿なの?」

 再び返す言葉に窮すライチ。京子の指摘の通り、最初からわかっていたことではある。

「百歩譲ってようやくそれを理解したってことにしてもさ、今更やめるなんてもったいないよ。ライチにしては珍しく三年以上続いてるんだよ? 他にそんな趣味ないじゃん」

「いいよもう。最近は殆ど惰性だったし。そもそも今回の大会を最後にやめるつもりだったし」

「はあ? まーたそんな駄々こねて……」

 京子は呆れかえった様子で自身の額に手を当てた。だが、ライチは目を合わさず、机に突っ伏した。

 突っ伏した瞬間、体のあちこちがずきりと痛む。特に痛むのは強く打った額と尻と無理をさせた両方の手のひら。湿布やらなんやらは貼っているが、家の応急箱にあったカビの生えてそうなもののため、効果の有無はわからない。

「というかその怪我どうしたの? 負けたショックで喧嘩でもしたの?」

「人を野蛮人みたいに言うのやめてよ。喧嘩なんて十年以上してないよ。そんなんじゃなくてさ」

 ライチは昨日あったことを話すかどうか迷い、結局黙っていることにした。最終的には敵対したような形にはなったが、一応途中まで協力していたわけだし、ライチには少女がそう悪い人間には思えなかったからだ。少女が黙っていた方がいいというならば、何か理由があるのだろうと思ったからだ。

(ま、もう関わることもないでしょ。戦利品は一応ゲットできたし)

 そう思い、ライチはため息を吐いた。

 しかし、そんなライチにクラスメイトの一人が入口の方から声をかける。

「ライチー! お客さん!」

「んー」

 声の方を向くと、見知らぬ制服を着た少女が立っていた。前髪はぱっつん、後ろ髪は後頭部でお団子にしている、小柄な少女。服装こそ違うが、昨日の少女で間違いない。

 それを見た瞬間、ライチは教室の窓から飛び降りた。

「ちょ、ここ二階ー!」

(ヤバいヤバいなんで高校ばれてんのっていうかなんで白昼堂々来てんの何が目的なのもう放っておいてくれればいいじゃん!)

 爪先から膝を柔らかく使って地面に着地し、さらにくるんと前転して勢いを殺す。登校中の男子生徒にスカートの中身を見られた気がするが、今はそれどころではない。ライチは視線を走らせ、逃げる方向を探した。

 だが、その一瞬の迷いが良くなかったのか、同様に窓から飛び降りてきた少女が猫のようにしなやかに着地する。それはライチのように荒々しい動きではなく、羽のようにふわりと地面に着地した。

 歯を噛みしめて逃げようとするライチを、少女は必死に呼び止める。

「待ってください! 危害は加えません!」

「……ほんと?」

「本当です。今日は謝罪に来ました」

「いきなり殴りかかってきたりしない?」

「し、しません」

「……うーん」

 嘘は言っていないように見える。だが、ライチは己の観察眼にはあまり自信がなかった。

 時計を見ると、始業まで二十分以上ある。いつもの癖で朝練の時間に学校に来てしまったせいだ。そのおかげか、今は丁度生徒が登校してきている時間であり、人の目はそれなりにある。

 流石にこんな状況で悪さはしないか、と判断したライチは時計を指差した。

「じゃあ、十分だけ。あと話す場所はここね。人気のないとこにはいかないから」

「はい。それで問題ありません」

 少女は頷いた。

 人の多いところが良いが、人に聞かれたい話ではない。そこは両者の意見が一致したため、昇降口から少しそれた場所で校舎を背に会話を始めた。

「あの、まずは自己紹介から良いですか? 私、三輪みわ雛菊ひなぎくと言います。こう見えて高校一年生、十六歳です」

「えっ、ごめん。勝手に中学生だと思ってた。私は周防すおう雷智らいち。高二。ライチって呼んで」

 ライチは自身より頭一つ分、下手したら頭二つ分は小さそうな少女、雛菊の方をじろじろと見た。

「それで雛菊ちゃんは……長いから雛菊でいい?」

「呼び方は、なんでもいいです。今日の目的は、お礼と謝罪とお願いです」

 そう言って、雛菊はライチに向かって深々と頭を下げた。

「昨日は助けてくれてありがとうございました。おかげで無事に【門】が閉じれましたし、私も竜司も五体満足で生きています」

「どういたしまして。昨日はやっぱりピンチだった?」

「正直、危なかったと思います。大型個体の奇襲で竜司が気を失ってましたから」

「でしょでしょ」

 ライチはにっと笑った。なんだかんだ言って、お礼を言われて嬉しい気分になったのだ。

 それにつられて雛菊も微かにほほ笑んだが、すぐに神妙な表情となり、再び頭を下げる。

「そして、申し訳ありませんでした。危うく命の恩人を殺しかけるところでした」

「ああアレね。いやまあ後ろを確認せずに跳んだ私も悪かったんだけど」

「どうやって助かったんですか? あんな高さの崖から落ちて、私、てっきり……死んでしまったのかと」

 そう言う雛菊の声は震えていた。おまけにぐすぐすと鼻をすする音まで聞こえてくる。何を大袈裟な、とライチは思ったが、こうしていると何故か自分が悪いことをした気分になってくる。

 ライチは雛菊を慰めるようにぽんぽんと頭を叩きながら、できるだけ柔らかい声を出そうとする。

「そんな大したことじゃなくて、あの棍棒でコンクリ削りながら落ちてっただけ。で、途中で木の枝とかなんか謎に伸びてるワイヤーとかに掴まったりとかして、そしたら上手いこと柔らかめのトタン屋根に落ちれたの。そんだけ」

「それだけって、本当に奇跡みたいな事ですよ」

「日頃の行いが良かったのかもね。まあだから落ちたこと自体はあんまり気にしなくていいよ。事故みたいなもんだから」

 実際には必死になってもう少し色々とやったのだが、それを誇示したところで意味はない。少しばかり見えを張りたい気持ちもあり、ライチは軽く説明するに済ませておいた。

 それより、とライチは雛菊の両頬を片手で掴む。

「なんで殴りかかってきたの?」

「ひょれは、わしゅれてもらおうと」

「頭殴って?」

「ちがいましゅ。べちゅのほうほうでしゅ」

「どうやって」

「それは、ひみちゅでしゅ」

 少しの間じーっと睨みつけるが、雛菊は目を逸らそうとしなかった。話す気はなさそうだ。

 ライチは手を放し、ため息を吐く。

「じゃあ、お願いって?」

「いくつかあって、まず昨日のことは絶対に誰にも言わないでほしいんです」

「それはいいけど、理由を教えてくれる?」

「……人に話した場合、ライチさんが殺されます」

 予想外な言葉に、ライチは思わず雛菊の方を凝視した。

「誰に? 雛菊?」

「いえ、ああいったことを世間に秘密にしておきたい人たちに、です。これ以上は言えません」

「他のUMAハンターか。まあ獲物の取り合いみたいなのがあるのかな。けど公表しないなら名声も得られないんじゃない?」

 ライチの疑問には応えず、雛菊はただ首を横に振った。

「次に、昨日拾ったものを返してほしいんです」

「え゛っ。拾ったものって」

「メイス、ライチさん風に言うなら棍棒です。金属製の」

「うむむ」

 それはライチにとって予想外な要求だったが、考えてみれば当然のことだった。あんな不思議アイテムがあると知ったら世間は大騒ぎだろう。そこまで考えが及んだライチは、一つの考えに辿り着く。

「あ。もしかして、あの棍棒って【門】の向こうから来たものなの? だから回収しておきたい感じ?」

「そうです」

「ああー……なるほど」

 ライチは眉に皺を寄せて腕を組んだ。

 ライチとしては、あのメイスは持っておきたかった。戦利品かつ記念品ということもあるし、将来的に生活に困ったときに売ればそれなりの金になるという目論見があったからだ。上手く売れば一生遊んで暮らせるのではと考えていたのだ。

「私が拾ったんだから私のものにならない? 私が持ってちゃ駄目? 家宝として保管しとくだけだから」

「ちょっと難しいです。もし他人に見られたら、と考えるとリスクが大きすぎます」

「じゃ、じゃあ昨日みたいなことがあったら手伝うからさ。役立たせるならいいでしょ」

「できません。ライチさんのような一般人を巻き込むわけにはいきません。あれは私の家のすべきことです」

「雛菊ちゃーん」

「駄目です。まともなお礼もできず心苦しいですが、これはライチさんの身の安全のためでもあるので……」

「うぬぬ」

 ライチは不思議と雛菊の言葉に説得力を感じた。危険をもたらす対象を明確に認識しているからか、実際にそうした目にあった人を見たことがあるのか。おそらく両方だろう。ライチはそう直感した。

 しかし、ここで諦める気にはならなかった。折角の魔法の武器を手放したくないという気持ちは勿論ある。メイスの持つ魔力のようなものに憑りつかれているのかもしれない、とすら感じているほどに。だが、それより強く感じているのは好奇心だ。あんなものが他にもあって、あんな生物が他にもいるかもしれない。そう思うだけで心が浮き立つのを感じる。わくわくするのだ。

 難しい顔をした雛菊は、ライチの手を取った。

「駄目なんです。一般人では。ライチさん、この手を振り払うことはできますか?」

「余裕よ。華女のゴリラと呼ばれてる私を、舐めな、い、で」

 ライチの言葉からどんどんと勢いが消えてゆく。反比例して全身に力が込められていくが、その手はピクリとも動かない。それは昨日のそれと全く同じで、まるで万力で固められているかのようだ。

 ライチは汗がうっすらと滲むのを感じながらも、雛菊から目を逸らすことはしない。

(……合気道ってわけね。武術を修めてないと駄目だと、そう言いたいわけか)

 力の向きを変えたり、いっそ雛菊の体ごと持ち上げようとするが、全く効果はない。雛菊は涼しい顔をしてライチの方をじっと観察している。

 ライチは見つめ合ったまま、さらなる力を籠める。そして、形振り構わず全力を振り絞っている振りをして雛菊の顔に顔を近づけ――耳に息を吹きかけた。

「ふぅっ」

「ひゃんっ」

 集中していないとあの力は維持できない、というライチの見立て通り、雛菊の力は一瞬で弱まった。その隙をつき、ライチは手を振りほどきピースする。

「どうだっ、振りほどいてやったぞぉ!」

「ず、ずるいです。いきなり耳に」

「振りほどけるか、って質問でしょ? 私なら振りほどけるわ。こんなに簡単にね」

「ぐ、ぐぐぐ」

 雛菊の目は反則だと訴えている。しかし、ライチの言葉にも一理あると感じてしまったのか、言葉が上手く出てこないようだった。

 その隙をつき、ライチは真面目な顔でつらつらと語る。

「雛菊。雛菊が私のことを考えて提案してくれてることは分かるわ。けど、雛菊は私たちを守るためにああいうのと戦ってくれてるんでしょ。そんなのさ、知っちゃったらさ、見てみぬふりなんてできないよ」

「ライチさん……」

 雛菊は少し心打たれたようだった。予想外の効果にライチは心の中でガッツポーズした。

 やや間を置き、雛菊は顔を上げた。

「方法は、ないことはないです」

「え、ほんと?」

「はい。ただ、ライチさんは嫌かもしれません」

「なになに、とりあえずお姉さんに言ってみなさい」

 雛菊は言うべきか迷っていたようだが、意を決して頷いた。

「竜司と婚約してください」

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